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乙姫静香
◇第十三話◇
「雨の香り」
雨が降っていた。
降り出してから、どれくらい経ったであろう。窓から見下ろしても人影はなく、昼間だというのにまるで夜明けの頃のような青い風景が広がっていた。
そろそろ帰ろうかなと思う。完全閉鎖の連休中なので、コンピューターラボも開いてないからメールチェックもネットサーフィンも出来やしない。中途半端な連休は、地方出身者にとっては退屈な時があるなと、俺はため息ひとつでそれを表現した。
建物を出て傘を広げる。すると、背後から聞きなれた声が届いた。
「早川」
振り返らなくても分かる声。こんな雨の日に聞けば、なおさら。
「二宮?」
「大当たり」
笑顔で振り返り、目で確認。そこには、入学当初からの友人である二宮が立っていた。
「早川がいるなんて、ラッキー」
こいつの用件はもう分かっている。傘がないのだ。
というか、出会ってからもう2年経つものの、二宮が傘を持っている姿を見たことが無い。そして雨の日はいつでも俺の帰りを待っていた。
「ラッキーって・・・お前何してるんだ?こんなところで」
「こんな所って、俺たちの大学じゃないか。そういうお前こそ、何してるんだよ。実家に帰るとか言ってたじゃないか」
お互いに投げかけたまま、口を閉ざす。俺は観念して、先に口を開いた。
「俺は、教授に借りてた本を返しに来たんだよ。実家に帰ろうかと思ったけど、金無いしな」
「ふぅん。俺は、散歩」
散歩?あいつの返答に思わず笑ってしまう。確かに二宮の家は近いけど、散歩って・・・。
「あ、笑ったな」
二宮が広げた俺の傘を取って差し掛ける。俺はその傘を奪い返して言った。
「何度も言ってるけど、傘さされるの嫌いなの。入れてやるから、俺に持たせろって」
「俺の方が背が高いのに・・・」
ぶつくさと言いながら、それでも二宮が俺の傘に入る。そんな姿を横目で見ながら、俺はまた微笑んだ。
別に、教授に本を返すのなんて、今日でなくてもよかった。こんな寒い日に出かけるなんて、自分でも馬鹿げてると思う。けれど、俺と二宮の共通の友人である鴨居が言った一言が、俺をここに連れ出した。
『二宮さ、大学に人がいない時ほど大学に来たがるよな』
それが今日だとは言って無い。むしろ、来ない確率の方が大きい。風邪気味だし、部屋でゆっくり寝てた方がいい。何度もそんな葛藤を繰り返し、朝食を食べた後もテレビをボーっと見ていた。そして、目にした天気予報。
今日は、雨。
外出するなら、二宮は絶対に傘を持たないはずだ。そして、俺を見つければ声をかけてくるに違いない。
俺がいなかったら、他の誰かの傘に入るのかな?まだ、それは見たことが無いけど・・・。
「好きなんだ・・・・」
突然の二宮の呟き。俺はどきっとして顔を上げる。
「雨とか、雪とか・・・・」
あぁ、そういうことかと思う。そうだよな。そんなに急にうまくいくことなんかない。
「そうか?だから傘持たないのか?」
「そういう訳じゃないけど・・・・」
思わせぶりな言葉の切り方に、俺は黙って二宮を見返す。俺も、雨とか雪とか嫌いじゃないけど・・・。
「俺の実家さ、すげー雪降るんだよな。もう、雪かきとかしない年はないくらい」
「へぇ〜」
感心したような二宮。俺は二宮の肩に雨がかからないように、傘を傾けた。
「だからさ、なんか東京に来てから、無性に雪が見たくなる時があるっていうか・・・」
実際そんなに降ったら大変だっていうのもよく分かってる。特に雪に慣れてない地方では、いろんな機能がストップするし。でも、一面の雪景色は冬というだけではない何かを感じさせてくれるような気がする。だから、雪は好きだった。
「いいな。そんなにすごい雪なんて見たことないからな、いつか・・・見てみたいな」
「そうだよ、今度俺の実家に遊びに来いよ。冬の日本海はなかなかすごいぞ」
さりげない誘い。ちゃんと、さりげなかったよ・・・・な?
「演歌の世界を感じるな〜」
吹き出したあいつに、俺も笑ってしまう。まぁ、そう思われても仕方ないか。
出会いの頃から隠し続けた想い。きっと、隠し続けなければいけない想い。出会った頃から溶けない雪のように静かに積もり続けたそれは、今では俺の胸の中を真っ白く覆っている。
「東京じゃあ、そんな雪は見られないよな・・・」
降り続ける雨に向かって、二宮が呟く。呟きの大きさだけ白く煙った口元が、吐息の熱を表していた。
「殆ど、雨だもんな」
それに返す、俺の呟き。だから、俺は雨が好きになった。雨になれば、二宮は俺を探す。雨の時だけ、触れ合う二人の肩。積もらない雨だけれど、二宮の胸の中に、この香り程度は俺が広がってくれればいいのに・・・。
「じゃあ、行かなくちゃな」
「え?」
「早川の実家」
言って、あいつが傘を少し押す。俺はしばらく呆けたように、あいつの言葉を胸の中で響かせる。それからちらりと見ると、俺の肩が雨に濡れていた。
あいつの分も考えて買った、緑色の少し大き目な傘。それでも、まだ男二人分には狭いのかな?
「もうちょっと寄らないと、濡れるぞ」
俺の方を見ずに言う二宮に、俺は戸惑いながら肩を寄せる。少し、二宮の顔が照れてるように見えたのは、きっと俺の気の所為。
今日は雨なのに、また雪が降る。
−終−
というわけで、残業天国2に掲載の「声のない告白」の関連作品です。
両方楽しんで頂けると嬉しいですが、まだ続くんですこれ(^^;)
「声のない告白」ではリーマンになってますが、ここではまだ大学生。
続きは「声のない〜」の後の話で・・・。
いや、「声のない〜」の方を読んだ方にしてみれば、
「え!?」って言われてしまいそうですが・・・・(笑)。
文章白くて読みにくいときは、選択していただければ・・・。すみません(^^;)