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乙姫静香

<解説>
由比(29歳)と葉山(25歳)は同じ会社の同じ部署に努める先輩と後輩の仲。詳しいことは「残業天国・1」の『嫌いの証明』をご覧ください。


◇第十二話◇




「給湯室で会いましょう」






 「コーヒーでも飲もうかな」
 葉山はそう言って席を立ち、去り際に軽く俺の背中を叩く。俺はその感触に、思わずドキリとした。
「給湯室で待ってますからね」
 という台詞の代わりにこんな合図を使い始めたのは、俺たちがそういうことになって間もなくのことだった。話したいことがあれば隣りの席にいるのだし、直接言ってくればいいのだけれど、葉山はこんな風にどこか二人っきりになれる空間に行くのが好きなようであった。
「由比さんのも、コーヒーいれましょうか?」
 しばらくしてから俺が給湯室に行くと、あいつはにっこり微笑んで俺のコーヒーカップを手に取った。しかし、コーヒーメーカーの方はまだ動いている。コーヒーが出来上がるまでの時間が僅かにあることが、葉山には嬉しいようであった。
「由比さん」
 コポコポとコーヒーメーカーが音を立てる横で、葉山が俺に顔を寄せてくる。俺は目と耳で誰も来ないことを確認すると、少しのためらいの後で目を閉じた。
 静かに重ねられる口唇。すぐに口唇の間から差し込まれる舌の感触に、背筋をゾクリと何かが駆け上ってきた。
 背中に回した手で、あいつのシャツをぎゅっとつかむ。激しく絡めてくる舌に、ともすれば声が出そうになるのをこらえた。
「・・・・っ・・・はぁ・・・っ」
 やっと離された口唇に、安堵の息をつく。鼻孔をくすぐるコーヒーの香り。俺がコーヒーポットに手をかけると、あいつが横から言った。
「今日、由比さんのところに行ってもいいですよね?」
「え?今日か?・・・・・俺、残業だぞ」
 確かに金曜の夜である。だが、俺にはまだ来週の会議用に準備をしなければならないものがたんまりとあった。
「じゃあ、俺も手伝います」
「でも、お前も持ってただろ?例のK企画の・・・」
 そう、俺があいつにまかせた仕事だ。そんなに簡単に終わるようなもんじゃなかった筈だし。
「あれはもう向こうのオーケーもらいましたよ。さっき返事が来ました」
「早いな」
 いつの間にそんなに仕事をしてたんだか・・・。そう言えばこいつ、最近俺よりも遅くまで残ってた気がする・・・。
「でも、俺の仕事だし、一人でやるよ。すまんな」
「だったら、俺、由比さんの部屋に行っててもいいですか?飯作ります」
 『どうしても行きたい』と顔に書いてある。時に頑固なくらい強引なあいつは、一度こういうことを言い出したらきかないのだ。
「だがなぁ・・・本当に何時になるか分かんないぞ。それでも良かったら・・・・」
 息をつきながら言う俺に、葉山が嬉しそうに微笑んだ。





 そして、案の定遅くなってしまった。いい加減、飯も先に食ってるだろう。もしかしたら、待ちくたびれて帰ってるかもしれない。そんなことを思いながら玄関のノブを回すと、鍵はかかっておらず、すんなりとドアが開いた。不用心だな、と少し心配になる。
「葉山・・・いるのか?」
 部屋の中は薄暗く、音を消したテレビの明りだけが見える。その前に寝転がり、葉山は正体なく眠りこけていた。テーブルの上には綺麗に準備された食事が乗っていた。
 とりあえず、ハンガーにかけられたあいつのスーツのポケットに手を入れる。部屋の鍵を回収しようとしたら、一緒に定期入れを掴んだ。
 葉山を起こすべきか否かを悩みながら、とりあえず鍵を回収。定期入れを元に戻そうとした時に、ふとそれが目に入った。





 俺は葉山の肩に手をかけると、それを静かに揺らす。
「おい、葉山。起きろよ。風邪ひくぞ」
「ん・・・・あ、由比さん。お帰りなさい」
 クッションに顔を埋めていた葉山の顔があがり、目を細める。俺は息を整えながら、自分のスーツをハンガーにかけた。
「ごめんな、遅くなって」
「いえ・・・・仕事、終わったんですか?」
 あくびまじりに身体を伸ばす。きっとこいつの方が疲れてるんじゃないかな・・・とその時思った。
「あぁ、とりあえず目処がついたからな、帰ってきた。飯食おうぜ」
「あ・・・はい。適当にあるもんで作りましたけど・・・あ」
 葉山はダイニングの椅子をひきながら、テーブルの上に置かれたワインのボトルに目をとめる。俺は手を洗うと、グラスをふたつテーブルの上に並べた。
「どうして言わなかったんだよ」
「え・・・だって・・・・・」
 戸惑うあいつの瞳。定期入れの中に見えたあいつの免許証。
 今日は、葉山の誕生日だった。
「時間が時間だから、たいしたもん買えなかったんだぞ」
 あれから俺は再び外に出て、買物をした。とはいえ、本当にたいした物は買えなかったのだが・・・。
「そんな・・・いいのに」
 こいつのことだから、一緒にいられればそれで良いなんて思っていたのかもしれない。きっとそのために、昨日までの残業はあったのだろうから。
 葉山は椅子に座りながら、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。





 食事を終えてシャワーを浴びると、葉山は俺のベッドで再び眠り込んでいた。
「おい、シャワー・・・」
 声をかけても起きる気配はない。小さな寝息が聞こえた。
 本当に寝てなかったんだな、こいつ。俺はバスローブ姿で頭を拭きながら、葉山が眠る傍らに腰掛けた。
「スーツのまま寝ると皺になるぞ」
 それでも眠そうなあいつの様子に、仕方ないなとベルトを外す。スラックスの前をあけると、けだるげに笑って葉山が言った。
「すげ・・・由比さんてば、積極的」
「ば・・・ばかっ!そんなこというなら自分で脱げ!」
 俺の言葉に、葉山は自分のネクタイの結び目に人差し指を入れる。ネクタイを緩めながら身体を起こしたあいつを見て、俺は自分のスーツのポケットに入れていたそれをそっと取り出した。
「おい、葉山」
 俺の声に、半分瞼の下りかけた目を向けてくる。俺は手に握ってるものを、一瞬どうしようかためらったものの、結局あいつの手に握らせた。
「本当に、ここらの店閉まってて、他にどうしようもなかったんだからな。また明日でもなんでも、ちゃんとしたもんやるから、今日はこれで勘弁しろよ」
 ゆっくりと手の平を開く葉山。そこに乗ってるものを見ると、葉山が信じられないという目で俺を見た。・・・・・・見るなっつーの。
「由比さん・・・。本当に、いいんですか?」
 葉山の手の中で光る合鍵。ばか、そんなに嬉しそうに笑うな。
「これでもう、外で待たなくてもいいし、鍵開けたまま寝なくてもいいだろ。今日は、これで勘弁な」
「由比さん。嬉しい・・・もう、最高」
 満面の笑みで俺を見てくる葉山に、思わず顔を背ける。こいつの直球の感情は、時にとても照れくさい。
 葉山は自分のポケットからキーホルダーを出すと、それに俺が渡した鍵をつけ、嬉しそうに目の前で揺らしてみせる。だから、さっさとしまえっつーの。
「これ、わざわざ作りに出かけてくれたんですか?」
 だから、そういう突っ込みはするなっつーの。俺は頭を拭く手を止めず、返事もしない。
「ちゃんとしたもんって、何くれるんですか?」
 答えない俺を覗き込むように、あいつが聞いてくる。俺は頭の上のタオルを手に持つと、考えながらあいつを見た。
「それは・・・」
 それを待っていたように重ねられる口唇。味わうようにゆっくりと舌が絡み、濡れた俺の髪にあいつの手が忍び込む。
「・・・・・んっ・・・・」
 俺の腰を抱き寄せるあいつの腕。口唇を重ねたまま、俺の身体はベッドの上に横たえられた。バスローブの膝をあいつのスラックスが割る。
「これ以上ちゃんとしたもんって・・・・無いと思いません?」
「絶対そう言うと思った」
 半開きの目で俺はそう言うと、呆れたように笑った。
「だって、本当のことでしょ?」
 首筋に埋められるあいつの頭に手を添えて、天井を見上げる。葉山の整髪料の香りが鼻をくすぐった。
 低姿勢でありながらあくまでも強引。しかし、そんな葉山の迷いのない強引さに、気持ち良さを感じているのも事実。だからこそ、相変わらず好きと口に出すのは少し怖かった。口に出したら、かえってそれっきりになってしまうような、そんな気さえした。
「由比さん・・・・声、出して・・・」
 はだけたバスローブの間を降りて行くあいつの口唇に、身体を震わせながらあいつのシャツを握り締める。
「ば・・・かっ・・・。ちゃんと服脱げって・・・」
 皺だらけのスーツは好きじゃないというのもあるが、特に葉山にそんな格好をさせたくないというのもあった。もちろん、そんなことは言えないが。
「じゃあ、由比さん脱がせて下さいよ」
 身体を上げて葉山が微笑む。俺は乱れ始めの息を整えると、ゆっくりとあいつのネクタイをほどき、シャツのボタンを外した。
 徐々に現れるあいつの締まった身体から、思わず目を逸らしてしまう。変な話だが、葉山の身体を直視するのは苦手だ。なんというか・・・変に、そそられる。
 俺は身体を起こすと、脱がしたシャツをあいつに手渡す。葉山はベッドから出てそれをハンガーにかけると、楽しそうに振り返ってベッドに座った。
「はい。さっきの続き」
「・・・・・・・ばか」
 ぼそっと抗議して、葉山を見上げる。葉山は俺の戸惑う姿が嬉しいのか、笑顔を崩さずに俺を見ている。仕方なく俺があいつのスラックスを脱がせると、傍らの椅子の背にそれをかけ、葉山が俺の頬に口づけた。
「なんか・・・すっごくいやらしいですね、由比さんに脱がせてもらうと・・・・。俺、どきどきしちゃいました」
 どう答えていいのか分からずに、とりあえず赤くなっているであろう顔を背ける。もはやこうなると、自分がどんな顔をしてるのかも考えたくない。
「今日は、俺のしたいようにしてもいいですよね?」
 無邪気な笑みでそう言う葉山に「いつだってお前の好きにしてるじゃないか」と抗議したい気持ちをぐっとこらえる。まぁ、別に好きにされても・・・嫌ではなかった訳で・・・。
 が、しばらくの後、そこで抗議しなかったことを少なからず後悔することになった。
「・・・っ・・・あっ・・・」
 座ったまま後ろから抱きしめられて、前と後ろの両方を弄ばれる。放ったものや唾液にまみれたそれに葉山が手で刺激を加えるたびに、後ろの方に入れられた指が呼応して動かされた。
「はあっ・・・・・っく・・・ん・・・・」
 幾度も果て、このまま朝が来るのではないかと思うような長く一方的な愛撫に、気が遠くなる。前も後ろも、もはやそうされることが当然であるかのように、感覚が刷り込まれていく。
「は・・・やま・・・っ・・」
 葉山の熱い身体に預けた背中。その自分の背中と葉山の胸の間に流れる汗。もはやどっちのものかも分からないような汗が腰に落ちて行く。
「由比さん・・・っ・・・。気持ち・・いい・・っ?」
 熱に浮かされたような葉山の声。あいつの舌が首筋を這い、ずきりと腰に響く感じ。
「なんで・・・っ・・俺ばっか・・り・・っ・・・?」
 刺激に上ずる語尾。俺が眉を寄せてあいつを見ると、葉山は嬉しそうに俺の耳元に囁いた。
「だって・・・由比さんの、この時の顔も・・・声も・・・・大好きだから・・・っ・・」
「それ・・にしても・・・・っ・・・・・あ・・・」
 指が出し入れされる音が、自分で聞こえる。何回イカせたら気が済むのだろう。俺は葉山の腕をつかんで、あいつを見上げた。
「葉・・山・・・・っ・・・・もうっ・・・・」
 俺のその言葉を聞いて、葉山の目が輝く。葉山は俺の耳たぶを口唇で挟みながら言った。
「欲しい・・・ですか?由比さん?」
 その瞬間、こいつの意図がそこにあったことに気が付く。同時に、前後を弄んでいた手の動きが止まり、大きな手が俺の内股を撫でた。あいつの口唇が、俺の肩の上を滑る。
「本当は言って欲しいけど・・・でも、まだガマンしようかな・・・」
 背中から抱いていた俺の身体を離し、ベッドに横たえる。俺の肩の脇に手を置くと、葉山が俺の額に額を合わせた。
 あいつの言って欲しいセリフは手に取るように分かる。けれど、そんな言葉なんて言える訳が無い。俺はあいつのねだるような目を見ながら、口を閉ざした。
「由比さん・・・・。大好き」
 微笑むあいつは、無理にそれを言わせようともせずに、俺の髪を撫でている。逆にそんな風に素直にあきらめられると、それはそれでこっちの罪悪感がくすぐられた。
 今日は葉山の誕生日・・・という言葉が頭の中でぐるぐると回る。
「由比さん・・・?」
 視線を上下させる俺に、葉山が首を傾げる。なんというか、これが惚れた弱みというものなのか、俺は意を決して目を閉じると、最大の譲歩のラインをかすれる声で口にした。
「葉山・・・・・・・・・・早く・・・・・っ・・・・・」
 一瞬の間。そして、閉じた瞼に優しく触れる口唇。葉山の手が足にかかるのを感じながら、俺はさらにきつく目を閉じた。





 そんな二人の誕生日。




−終−



なんというか、ちょっぴりえっちなシーンを書きたかったんだよう(><)!!
でもなんか中途半端になっちゃった。でも本番突入すると長くなるので(^^;)
そういうのは本の方におまかせ!あははは!(←何故か笑う)
由比と葉山は本の方で二作載せる予定だったので、どうしても書きたかったのです。
一作目のあのシーンがああいうもんだったんで・・・。あはは。


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