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乙姫静香



◇第八話◇



「美味しいワインの楽しみ方・2」






 先日仕事を手伝った礼にと、寺島さんがおごってくれることになったのは一週間前。二日前から店を予約し、今日は新しいYシャツをおろしたりしてしまった。こんなに緊張してたり、同時に気持ち良かったりするなんて、やはり俺はどうかしてるとしか思えず。驚きと、狼狽と訳の分からないときめきと・・・・・。俺は・・・あほか?

 そんな俺の心の呟きもよそに、寺島さんは食事を終えていい気分。ワインは既に二本めに突入していた。
「寺島さんは・・・強い方ですか、酒?」
 俺は寺島さんのグラスにワインを入れながら聞く。イタリアワインは結構好きだけど、これはちょと甘いかな?と思った。
「そうだな・・・弱くはないと思うよ」
「そうですか」
 ちょっとがっかり。いや、何を期待してるという訳では・・・・あるけど。
「中山は強そうだよな。見た感じからして」
 ふふふっと寺島さんが笑う。俺の見た感じって・・寺島さんにはどういう風に見えてるんだろうか。
「そうですね。俺も弱くは無いと思いますよ。どっちかというと、介抱役の方ですね」
 そうです。介抱したいです。だから、酔っぱらってくれちゃって結構です。そういう思いがぐるぐると回る。・・・・すみません寺島さん、今日ばかりは俺、酔ってるかも。
「でも見た感じって・・・・寺島さんにはどんな風に見えてるんですか?俺って・・・・」
 酔った勢いで大胆な質問。俺のこんなよこしまな下心を知らなければ、別に大胆な質問でもなんでもなく、ただの自意識過剰な奴って思われるだけのモンかも知れないけど・・・。
「そうだなぁ・・・・」
 寺島さんがボルドー色のクロスがひいてあるテーブルに肘を突いてため息をつく。組んだ指の上に乗せた顔がほのかに赤いような気がした。
「男にもてそうだよな〜」
 ずき。ど・・・それは・・どういう・・・?俺は思わず口に運んだワインのグラスを噛んでしまった。
「あ、変な意味に取るなよ。なんていうか、よくいるだろ、男友達として好かれる奴が。男っぽいっていうか、男くさいっていうか・・・・」
「あぁ、俺ラグビーやってましたしね。そういう、体育会系のノリってことかなぁ」
 友達。くだらない一言をつい胸の中で拾って留める。別に、深い意味があって言ってる訳でもなんでもないんだろうけど・・・。でも顔では笑ってしまう。少しだけ、自己嫌悪。やけでグラスのワインを一気飲み。
「ラグビーか・・・あー、そんな感じするなぁ」
 にこにこと笑う寺島さん。やっぱり、酔ってるように見えるんだけど・・・。どうだろう?読めない。
「これでも結構、脱いだらすごいんですよ」
 冗談っぽく言ってみる。すると、寺島さんはそのまま横を向き、片手で顔を覆うと小さく鼻で笑った。そのままくすくすと笑い続ける。俺はとりあえず冗談を冗談と受け取ってもらえたことに安心しながら、空いた自分のグラスにワインを注ぐ。寺島さんも笑いながら自分のグラスの底に指を乗せ、俺の方にすっと滑らせた。
 ワインがクロスの折り目に引っかかって一瞬倒れそうになる。俺がボトルを片手にしたままグラスに手を沿えると、寺島さんの指先に触れた。
「あ、すみません」
 何に対して謝っているのだろうと、すぐに思った。寺島さんは特になにも言わずに微笑んでいる。俺は静かに彼のグラスにワインを注いだ。
 熱い指先。やはり、酔っているのではないだろうか?
 ・・・俺が?それとも彼が?
 ・・・・ワインに?・・・・それとも、何に?
 いつもキーボードを軽やかに叩く長い指。綺麗に爪が切られている。
 前から気になっていたけど、この人は指先の表情が印象的だ。何気ない動きに、どきっとする。グラスに添えられる指。ナイフを持つ形。でも一番好きなのは、考えごとの最中にふと視線を逸らし、口唇に触れる指。会議中にたまに見かける。
 おそらく本人は気付いてないのだろうけど、腕を組んで、人差し指の背を口唇に押し当てる癖がある。まるで、くちづけるように・・・。
「この間は、どうもありがとう。助かったよ」
「いえ。いつも寺島さんにはお世話になってるし。あんなんで助けになれるんなら、また手伝いますよ」
 寺島さんの言葉に、現実に引き戻される。変なこと考えてたの、バレルかな?
「ついでにパソコン教えてやろうか?」
「え?」
 いま、なにかおいしいお誘いがあったような気がした。
「コンピュータのこと、もっと分かった方がクライアントと話だってしやすいだろ。俺の方もお前が分かっててくれると話が早いし。もしあれなら、教えようか?」
 それは願ってもない。仕事としても、それでなくても・・・。
「え?本当にいいんですか?」
「いいよ」
 大人の微笑み。これで寺島さんに話し掛けたり電話したりする口実ができる。寺島さんは家にもしっかりパソコンあるっていうし。それを口実に遊びに行けるかも・・・。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
「うん。仕事の後でもいいし、俺のうちでもいいし。でも、余裕があるなら自分でも買った方がいいぞ」
「はい」
 遊びに行けると分かって、さっさと買ったら阿呆でしょ。しばらくは買いません。絶対に!
「でも、マックかWindowsかとか考えたことないですし、よかったら寺島さんの家で両方試させて下さいよ」
「別に良いけど。それよりさ、お前、終電大丈夫なの?」
「え?」
 そして視線を時計に落とす。げ!もう終電出てるじゃん!!
「あ・・・・」
 俺はそのまま固まった。寺島さんはそんな俺を見てくすくすと笑う。
「しょうがないな。まぁ、明日は休みだし、俺の所に来るか?」
 心の中で耳が大きくなる。え?俺いま・・・家に誘われたか!?そんなに早く望みが叶っていいのか!?
「あ・・・・すみません・・・」
 嬉しい気持ちを必死に隠して、申し訳なさそうな顔をする。
「じゃあ、俺の方も終電近いし、そろそろ出ようか」
「はい」



 あ、やべ、嬉しそうに笑っちゃった。




−終−



状況的に続いちゃいました。すみません看板に偽りありで(^^;)
続きは近日中に載せたいな・・・と。

指の綺麗な人が好きなもんで。
タイトルの意味はまだ先の話(ってやっぱり続いてるし!)。


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