100moments
乙姫静香
◇第四話◇
「優しい声」
聴きたい曲があってCDを買いに行った。
昔からそう。聴きたい曲、読みたい本、食べたいもの、飲みたいもの。思い立ったら、すぐに手に入れないと気が済まない。その日もそんな気分で店をぶらついた。
会社帰りのいつものルート。いつも一人という訳ではないけれど、今日は一人。洋楽の棚を見れば目的のバンドはすぐに見つかった。
それにしても今日はちょっと店が混んでいる。そういえば今日は月末。給料日後の人もいれば、送別会の時間合わせの人も居るだろう。まぁ、目的のものが買えれば、なんら問題はないんだけど。
俺は手を伸ばすと目標のCDに触れる・・・と、その時、もうひとつの手が同じCDにかかった。
「?」
指先をCDにかけたまま横を向く。その手の持ち主も同じようにCDに横から指を挟み、俺を見た。
「あ・・・・」
目が合った瞬間に棚から落ちるCD。俺たちは瞬時に目をCDに戻すと、こぼれ落ちたCDを二人の手で受け止めた。
「こん・・・ばんわ」
「・・やぁ」
あろうことか同じ会社で見かける別の部署の人間だ。広報にいた、名前は確か・・・宮本・・・とかいったかな?向こうが一年くらい後輩だったと思う。どちらかというと、おとなしい感じの奴に見えた。淡い色調のスーツが、余計に穏やかさを強調している。
こういう距離感が一番難しい。ラフに話かける訳にもいかないし、かといって簡単な受け答えで終わらせるわけにもいかない。俺はとりあえず拾ったCDを持ち直すと、あいまいな笑みを浮かべた。
「U2、好きなんですか?」
意外にも、宮本は素直な笑顔を向けて話し出した。
「あ・・・あぁ、好きっていうか・・・昨日、この曲が使われてる映画をみたから。なんか、気になって」
洋楽は下手に「好きだ」と切り出すととんでもないことになる。というのも、好きな人間の好きの度合いに大きな開きがあるからだ。ちょっと聞いたことがある程度で好きなんて言った日には、付いていけない話に延々付合う羽目になる。だから、俺はよっぽど聞き込んでいるアーティストのものでないと「好き」とは言わないことにしていた。
「それ、僕も見ました。『ベルリン・天使の詩』の続編ですよね」
「あぁ、そう。君も見たんだ」
「はい。随分前ですけど」
笑うと、実際の年齢よりも幾分若返って見える。そうは言っても、実際の年齢も何も知らないのだけれど。
「あ、ご紹介が遅れました。僕、宮本っていいます。広報にいるんですけど・・・・内藤さん・・ですよね?営業の」
「知ってるのか?俺のこと」
「はい。プラスの内藤といえば、社内で知らない人はいないと思いますよ」
そう言って宮本は、何か面白いものを見つけた少年のように屈託のない笑顔を見せた。
そう『プラスの内藤』。いつの頃からか、俺はそう呼ばれていた。半ばギャンブルといえるような投資でも最後には確実にプラスに持って行く。ハイリスクでも確実なリターンを約束する男、といつの頃からか言われるようになっていたのだ。
「なんか嫌だな・・・社外でまでそんな言われ方をするのは」
「でも、内藤さんのおかげで広報も仕事がしやすいですよ。数字勝負で勝っている会社っていうのはそれだけで信用されますからね。僕もがんばらなくちゃ」
宮本は心のそこからそう思っているのか、警戒心を感じさせない瞳で俺を見返した。
「宮本くんは、U2好きなのか?」
「はい!昔からって訳ではないですけど、大好きです」
あまりにもあっさり言ってのける宮本に俺の方がくすぐったくなる。
「Bonoの声が好きなんです。安心するっていうか・・・包容力のある声だと思うんですよね」
言われてみれば、俺もそんな風に思ったことがあるな。そうあれは・・・。
「俺も『One』聴いた時にそう思った」
「僕も、あの曲大好きなんです!あとはベタですけど『With or Without You』とか『Where The Streets Have No Name』とか」
「『Pride』とかもいいよな」
「そうそう、それでこのアルバムだと・・・」
と宮本が俺の手にするCDに目を落とす。
「『Stay』」
二人の声が揃う。つい、俺もつられて笑顔になる。
「しっかり内藤さんも好きなんじゃないですか、U2」
「いや・・・嫌いじゃないけど、まだそんなに知らないんだ」
「じゃあ、是非聴いてくださいよ。いいですよ、U2」
宮本が俺の方に手の平を下から向ける。どうやら、このCDは譲るといってるらしい。
「でも・・君もこれ、探してたんじゃないのか?」
「いいです。内藤さんがもっとU2好きになってくれたら嬉しいですから」
「だが・・・・」
「本当にいいですよ。MDに落としたものは持ってるんです。別に、急いでませんから」
「そうか?」
少し済まないという気にはなったものの、どうしても欲しかったものだけに譲ってもらえると有り難い。その気持ちを悟ってか、宮本がレジに向かう俺に付き合いながら言った。
「今夜は是非、聴きながら寝て下さい」
「あぁ、そうする」
レジにCDを出し、金を払う。その時、俺の半歩後ろに立った宮本がポソリと言った。
「Bonoの声って・・・少し、内藤さんの声に似てますよね」
俺の、CDを受け取る手が、一瞬止まる。振り向くと、宮本は数秒俺と目を合わせ、そのまま瞬きにまぎれて目をそらした。
CDを鞄に入れて店を出る。外には途切れることのない雑踏。宮本は俺の半歩先でゆっくりと振り返った。
「じゃあ、また会社で」
「あぁ」
微笑で返し、CDを入れた鞄を軽く持ち上げる。宮本は軽い会釈でそれに応え、そのまま雑踏の中に消えそうになった。
「おい!」
気付かぬうちに飛び出した俺の声。宮本は再びゆっくりと振り返り、微笑みながらも不思議そうに首を傾げた。
「うちで・・・・聴いてくか?」
もう一度、ゆっくりと持ち上げる鞄。
宮本が、溶けそうな笑顔で微笑んだ。
−終−
Bonoの声が大好きです。U2はもちろん大好き!
ハスキーなのに透明感があって、こんな声で子守り歌でも歌われた日には
どうにかなってしまいそう(><)!!作中に出てきた曲はワタシも大好きな曲です。
よろしかったらご試聴あれ!声のイイオトコにはすぐ惚れるなぁ(^^;)