100moments
乙姫静香



 ◇第一話◇



「触れる指先・ためらう口唇」






 タクシーの外を眺めながら、俺は隣りにいる奴のことを考えている。
 手を伸ばせば届く距離。シートに手を置いて反対側の窓から外を眺めるあいつが、俺の見てる窓に半分透けたように映っている。流れるネオンの上に重なるあいつの横顔を、もう何度同じ想いで見ただろうかと俺は考えた。
 岡田は会社の同期。趣味が同じスキューバダイビングということもあってすぐに仲良くなった。向こうは浪人してるから実は俺の方がひとつ下なんだけど、その事実を知らない期間が長かったからすっかりため口きいてるし、夜にはよくこうして一緒に飲みに出かける。きっとそれだけの仲。あいつにとっては・・・。
 顔は窓に向けたまま、シートにそっと手を置く。あいつの指先まであと5センチの距離。全神経が指先に集中するような緊張。
「坂口?」
 呼ばれて、すぐに手を引っ込める。見咎められたのかと、俺は気が気ではなかった。
「なに?」
「そういえば、ビデオ借りてたの、返さないとな。俺んちについたら、少し待っててくれるか?すぐに取ってくるから」
「い・・・」
 『いや、別に今日でなくてもいいよ』といいかけてやめる。あいつのアパートと俺のアパートの距離は車で5分ほど。きっと言っても、不自然じゃ・・・ないよな。
「じゃあ、ついでにもう少し飲まないか、お前んところで。明日は土曜だし、下のコンビニに酒売ってたろ」
「あぁ、いいな。俺もちょうどもうちょっと飲みたいと思ってたんだ」
 にこやかに答える岡田。俺は胸の中でほっと息を付く。嫌われたくない、避けられたくないという気持ちが日増しに膨れ上がり、最近の俺はちょっとあいつの顔色をうかがい過ぎなのかもしれない。別に、酔った勢いで友達の家でそのまま雑魚寝なんて良くある話。実際俺だって、岡田相手じゃなければ、ここまで卑屈になりはしない。
 窓に映る半透明な岡田の横顔。実は結構睫毛が長い。左の鎖骨の上に小さな黒子がある事も知ってる。
「!?」
 タクシーがカーブに勢いよく突っ込み、あいつの身体が俺の方に傾く。
「おっと」
 あいつは俺の太腿に手をかけて体勢を保とうとする。俺はそんなあいつの肩に手をそえた。
「ごめん」
「いや」
 自分の場所に戻りながらあいつが苦笑い。俺もそれに笑い返すと、再び窓の外に視線を投げた・・・・・けど。
 シートに置いた手に触れる指先。二人同時に置きなおした手が、偶然近かったのだ。
  指先から伝わるあいつの温度。お互いすぐに引っ込めればなんてことはなかったのだろうけど、一度引くタイミングを誤ると、どうにも動けなくなる。今ここで手を引いたら、とても意識してるような感じになるし、なんとも気まずい。かといって、このまま指先を寄り添わせているのも・・・。
 いっそのことこのまま、この指先をつかまえてしまおうか。
 ふと胸に浮かぶ選択肢。そうしたら、あいつはどんな瞳で俺を見るのだろうか。驚くだろうか、軽蔑するだろうか。とまどって振り払われるのだろうか?
 駄目だ、良い方向に予想が出来ない。でも、このままずっとこんな想いを抱えていくのだろうか?決着をつけたいのなら・・・どんな方向で?
 ふられても良いお友達で・・・なんて事は言えない。いつかあいつが作るかもしれない恋人との仲むつまじい姿を見せ付けられて祝福できるほど、俺はできた人間じゃない。かといって、この想いをなかったことにするには、もう遅すぎた。
 俺はドアに左肘を乗せ、 自分の人差し指の甲を口唇に押し当てる。
 触れ合う指先。高鳴る鼓動。窓に映るあいつが、こっちを向こうかと何度か顔を傾けるのが見えた。
 それはとまどいだろうか、それとも指を引くタイミングを伺っているのだろうか。
 俺は口唇に押し当てた指の甲を、静かに噛む。その時、俺は窓に映るあいつと目が合ったような気がした。
「・・・・・・」
 ゆっくりと見開く目。やっぱりあいつも俺を見ている・・・ような気がする。
「こちらでよろしいですか?」
 徐行していたタクシーが、止まる。俺は視線を前に向けると、タクシーの運転手に言った。
「あ、はい。ここで結構です。領収書頂けますか」
 俺の言葉の間に、触れていた指先はまた5センチの距離に戻っていた。
「俺が払うよ」
 岡田の言葉に、俺は先に車を降りる。岡田のアパートの前。一階には大手チェーンのコンビニエンスストア。岡田の部屋はここの4階だった。
「お待たせ」
 岡田が笑顔でタクシーから降りてくる。良かった。変な風には思われてないみたいだ。
「お前ん所なにか食うもんある?」
 去っていくタクシー。俺たちはコンビニに足を踏み入れながら何を買うかの相談をした。



 「どうするよ、これ?」
 ビール片手に、二人でベランダのホタル族。二人して減煙を誓ってはや数ヶ月。前は一日にひと箱半吸っていた俺も今では日に二・三本、酒のつまみに吸う程度になった。岡田の方は殆ど吸わずにいられるようだけど。
 岡田がどうするかと言ってるのは、さっきのコンビニでおまけにもらった線香花火。夏の終わりの在庫処理といったところだろうか。
「どうするっていってもなぁ」
 岡田が手に持っていた線香花火を俺は受け取って、くわえ煙草で封を切った。
「あ、開けちゃった」
 ビールから口を離して岡田が言う。
「だって、開けなきゃ出来ないだろう」
「じゃあ、やるんだ」
「やらないのか?」
「いや、坂口が一緒にやってくれるならいいけど」
 何気ない一言が、ズキリと胸を刺す。無心の言葉だけに、下心には響く。
「だって、線香花火一人でやるって、かなりわびしいと思わないか?」
「まぁ・・・確かにな・・・」
 そうだけど、それはそうだけど。それは二人でやってもあまり変わらないような・・・。
「あ、そうだ。こういうのはどうだ?」
 突然岡田は俺の開けた線香花火を奪い、立ち上がる。俺が黙って見上げると、岡田が線香花火を、洗濯物をぶら下げるわっか型に連なった洗濯挟みに一本一本ぶら下げ出した。
「なにしてんの?」
「これで線香花火のナイアガラ。いっぺんに終わるし、いいんじゃないの?」
「あははっ。世界最小のナイアガラだな、こりゃ」
 俺も立ち上がって残りの花火をぶら下げる。全部をつけ終わると、岡田が楽しそうに言った。
「どれが最後まで残るかな?」
「え?」
「ガキの頃、競争しなかったか?どっちの線香花火が長持ちするかとか」
「あぁ、やったなぁそういえば。じゃあ、どれが最後が賭けようぜ」
「いいよ。俺は・・・そうだなぁ。これ」
 右端の一本を岡田が選ぶ。
「じゃあ俺はこの真ん中の」
「オッケー。この二つのうちで遅い方が勝ちな。で、なに賭けるんだよ」
 そうだ。なに賭けるんだろう?俺は、岡田の笑顔を見ながら考えた。
 岡田の・・・笑顔を・・・。
「・・・坂口?」
 つい見とれてしまい、俺は岡田の声で気を取り直す。そうそう、賭けるものだって。
「そうだなぁ、じゃあ今度の秋休暇で沖縄に行く時のダイビング料金」
「オッケー」
 同意を得られて、二人でライターを手にする。
「あ、ちょっと待った」
 駆け足で岡田が部屋に戻り、電気を消した。
「せっかくの花火だからな」
 そう言って無邪気に笑う岡田は妙に可愛かった。
「3、2、1、ゼロッ!」
 ぶら下がった線香花火に、一斉に火をつける。すると、勢いよく燃え出した花火の火の粉を受けたのか、岡田が声を上げた。
「痛っ!」
 慌てて手を引っ込める。そのまま岡田は自分の手の甲を自分で舐めた。
「おい、大丈夫か?見せてみろよ」
 岡田の口から手をはがし、うす闇の中で岡田の濡れた手の甲を眺める。白い中に少し赤くなった部分が見えた・・・ような気がした。
「そんなに痛くないし、すぐに冷やせば大丈夫だろ。・・・・・・坂口?」
 横では、パチパチと弾ける線香花火。俺は岡田の手を掴んだまま、線香花火の光で浮かぶ、岡田の顔を眺めていた。岡田が不思議そうな顔で俺を見返している。
「坂口・・・?」
 手の甲を舐めていた所為か、岡田の口唇は濡れていた。その口唇にくちづけたい衝動。
 そうしたら、こいつはどんな顔をするだろうか?どんな目で、俺を見るのだろうか?
 分からない。分からないけど・・・・でも、それでも・・・・。



 口唇が・・・。




−終−


岡田と坂口。どちらも仕事仲間の名前ナリ。
本人たちにはとても言えない・・・(^^;)許せ。


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