水温む夏の終り

乙姫静香


  「マッコちゃ〜ん」
 見なくても誰かすぐに分かる声。マコトは店の奥でヤキソバを頬張りながら短く返した。夏の最中の、暑い夕方のことだった。
「お〜」
 店の前に立っていたのはタカシ。その背後にはいつもの黄色い面々やマサもいた。
「お、マコちゃん晩飯?」
「おう」
 口いっぱいにヤキソバを頬張りながら、マコトはさらに短く答える。タカシは店の中に入ってくると、部屋の入り口に腰掛けた。
「今日は、オバサンいないの?」
「いや、すぐに帰ってくんじゃねぇか」
 空になった皿を名残惜しそうに見つめつつ、マコトは湯のみの中のお茶を一気に飲み干す。この暑い日でも、なぜかマコトは熱いお茶を飲んでいた。
「マコちゃん、熱くね?」
「暑ぃに決まってんだろ」
 眉を寄せるタカシに、マコトも眉を寄せて返す。
「なんで冷てぇもん飲まないの?」
「そりゃあれだ、氷作るプラスチックのあの皿。あれが壊れたんだわ。うちの冷蔵庫古いからな〜、皿に水入れて冷凍庫に入れないと氷ができねぇんだよな」
「ふぅ〜ん」
「でも、飲み物に氷入れると、飲む時に口唇に当たって凍らね?あれが苦手だしよ」
 タカシは話を聞きながら、だったら氷抜きで飲み物自体を冷やせばいいんじゃ…と思う。しかし、あまりにも真剣なマコトの顔に、とてもその突っ込みは入れられなくなったけど。
「家で茶を飲むのに、ストローもねぇしな」
 難しい顔で何度も小さく肯くマコト。それに合わせてタカシも肯いていると、表からマサが言った。
「おいマコト!早くしろよ、始まっちまうぞ!」
「あぁ?」
  マサは店の外で、すでにテンションも高く跳ね回っている。跳ねた拍子にワッキーに当たると、二人の身体が弾けて転んだ。
「なんだ?」
  マコトはなんのことやら分からずに、首を傾げながら空いた皿を片付ける。タカシは、そのマコトの背を眺めながら、ニコニコと笑って言った。
「マコちゃん、花火見にいかね?」





  「なんだぁ?」
 マコトはタカシに連れてこられた場所に、思わず目をむいて声をあげる。Gボーイズの面々は奇声を上げて喜んでいた。
「なにって、俺らの高校じゃ〜ん。マコちゃん、もう忘れたの?」
 確かに、タカシに連れてこられたのは、二人が卒業した高校の屋上。ビルの立ち並ぶ池袋の中心地から少しだけ離れている所為か、いつもよりも空が広く感じられた。
「忘れねぇけど。けどよ、ここで花火って…どういうことだよ」
 マコトとしては、花火大会=縁日=屋台のヤキソバという図式があり、半ばそれが目的でついてきたらしい。しかし、ここからは花火大会の雰囲気も、縁日の空気も、ましてやヤキソバの匂いすら感じられなかった。
「お客さんに聞いたんだよ、こっから花火がよく見えるって。障害物ゼロのまさに特等席だってよ」
 マコトの言葉に振り向いたのはマサ。すると、それを助けるかのようにキムも言った。
「俺も聞いたことあるンすよ。隠れた穴場だって」
 確かに、隠れた穴場らしく、マコトたち以外には誰も来る気配が無い。マコトは半ば疑いながらも、口唇を突き出して答えた。
「ふぅ〜ん」
 マコトとしては、花火は二の次なわけで、実のところ花火が綺麗に見えようが見えまいが構わない。隠れた穴場には屋台はでないことの方が重要なのだ。しかし、それを口に出して訴えられるわけもなく、壁に背を預け、諦めたようにその場にあぐらをかいた。
「ま、久しぶりに来た母校で、想い出に浸るってのもいいんでないの?」
 隣に座ったタカシがそんなことを呟き、マコトもなんとなく昔のコトを思い出す。昔とは言っても、たかが数年前のことなのだが…。
「夜だからピンと来なかったけど、よくよく見ると、昔のまんまだな、ココ」
 宵闇の中に投げた視線がグルリとめぐり、ポツリと漏らしたマコトの一言。タカシは隣で膝を抱えると、同じように視線を投げて呟いた。
「…そだね」





 その日も同じように暑い日だった。
 夏休みの校舎には人影もまばらで、真面目に部活動をしようとしている生徒か、補習で呼び出されたやる気のない生徒のどっちかしかいない。山井はその後者の方で、かったるい補習が終わった後、カカトをつぶした上履きのまま、プール脇を歩いていた。
 三学年一緒の補習なのに、出席率がものすごく悪い。そういえば、マコトも来るべき生徒の一人の筈だ。一体どこでなにをしているのやら。
 プールの裏手にある芝生の上で昼寝でもしようかと思い、山井がパンを片手に歩いていると、プールの建物の中から物音が聞こえてきた。
 水泳部は合宿で地方に行っている筈。だからこそ、プール脇で昼寝をしようと思ったのだ。プールの方から水音はしない。とすると、一体…。
「んっ……っあ…」
  途切れ途切れに聞こえてくる声に、気が抜ける。なんだ誰かがホテル代わりにしてるだけかと納得し、山井は建物脇の芝生に腰を下ろす。少し距離ができたせいか、声はあまり聞こえなくなったが、時折盛り上がった声が耳に届いた。
 暑い中、物好きなもんだと思いながらパンをかじる。紙パックの牛乳にストローを挿し、飲もうとした瞬間、プールの更衣室のドアが開いた。
  出てきたのは、自分と同じ補習組の三年生。あまり接触の無いグループだったが、その中でも中心的な人物だったと思う。ベルトを締めつつ軽快な足取りで去っていく男を見ながら、山井は意外な人物の意外な趣味に驚いていた。
『へぇ〜、アイツがね〜』
  しかし、そんなこと別にどうでもいいこと。再びパンをかじると、ストローを口にくわえた。
  カチャ
  ドアの開く音がして、誰かがフラリと出てくる。制服の裾が見えるから、やっぱり予想通りに男子生徒。アレの相手をしているのが誰なのか、少しだけ興味がわいた。
  牛乳を一口飲み込んで、息を飲む。しかし、次の瞬間、山井の口が半開きのまま固まった。
 シャツの第三ボタンまでを開けたまま、やや疲れた顔で更衣室のドアを閉めているのは、間違いなくタカシ。二ヶ月ほど前に、全く同じ場所で同じ行為をした相手だった。
「タカ…ッ……」
 思わず漏れた声。タカシはそんな小さな山井のうめきにも似た声を耳で拾うと、視線をこっちに投げてきた。
  そこに誰かがいたことにも、そしてそれが山井だったことにも驚いたような顔。しかし、少しも悪びれたところはないままに、タカシは山井を見てニカっと笑った。
「山井ちゃ〜ん、一人ガンシャ?」
 タカシの言っている意味が分からずに、山井は手元を見る。すると、知らぬ間に牛乳パックを握りつぶしたらしく、手には牛乳が白い筋になって伝っていた。そのまま手で拭うと、口から顎にも牛乳が飛んでいる。
「ばっ…お前っ……」
 お前も補習だったじゃねぇかと言おうと思うものの、上手く口が動かない。タカシがそういうヤツだということは、自分がやったときにも分かっている筈。しかし、山井はどういうわけか、目の前の現実を受け入れられずにいた。
「補習、もう終わっちゃったんっしょ?」
 タカシは、たった今まで自分がしていたことなど忘れたかのような笑顔で聞いてくる。あくびと同時に伸びをすると、日に焼けない白い腹が見えた。
「マコちゃんも来てないし、帰ろっかな」
  タカシは山井の返事など待たずに、一人でブツブツと語っている。
「お…お前っ…!」
「なに?俺のこと?」
 山井がやっと搾り出した言葉。タカシは口の両端をキュッとあげると、小さな頭の後ろで両手を組んだ。
「……なに、やってんだよ……」
 山井の質問に、タカシがキョトンと目を丸くする。沈黙を埋めるように、セミの鳴き声が二人の耳に響いた。
「なにって…セックス」
 それ以外になにか言い方でもあるか?と言いたげなタカシの口調。山井はそれになんと続けていいのか分からずに、再び黙り込んだ。
「なぁにぃ?変な山井ちゃ〜ん」
 タカシは不思議そうな顔をして、山井に背を向ける。そして鼻歌を歌いながら、どこへともなく歩き去った。
 あとには再び、五月蝿いまでの蝉の声が響いていた。





  ドンッ
 そんな音がして、みんなが一斉に周囲を見回した。それはみんながこの屋上に上ってから、優に三十分ほど経ってからだった。
「どこ?どこだよ?」
 マサが三六〇度回転をしながら、花火を見つけようとする。他の面々もしきりに音の出所を探していた。
 ドンッ
 再び、どこからか聞こえてくる花火の音。しきりにグルグル回っているGボーイズたちを見ながら、マコトが座ったままで呟いた。
「なんか、アイツらコマみてぇな」
「あはははははっ!」
 受けたタカシが声をあげて笑う。すると、ケンケンが一方を指差して叫んだ。
「見えた!あっちだ〜〜〜っ!」
 そして、マサを初めとする面々が、ケンケンの指差した方向を一斉に見る。
 確かに、そこには障害物ゼロで見える、500円玉大の花火があった。
 ドンッ
 音とのずれが、花火との距離を物語る。確かに見えなくはないし、障害物もないけれど、これではテレビで見る花火よりも小さかった。
「え……あれのことッスか?そんなことないッスよね。あれじゃ、ここで線香花火やった方がでかいッスよねぇ。まさかあれな訳ないッスよね」
「うるせぇっ!」
 しつこく目を擦って確認するワッキーに、マサが切れてワッキーのデコを叩く。言いだしっぺの面目が立たなくなったマサは、その焦りをぶつけるように、ついでに二発ほどワッキーにデコピンを食らわせた。
「あああああああっ!」
 自分の頭を叩きながら、叫ぶマサ。マコトはマサの突然の奇行を、眉寄せ口半開きで眺めていた。
「花ぁ火ぃいいいいいい!」
「どーしちゃったの?マサ」
 さすがにタカシも驚いてマサを見る。するとそれまで静かに花火を見ていたエンデンジャーが、懐にいれていた袋をマサに差し出した。
「これ…」
「え?」
 戸惑いながらそれを受け取るマサ。恐る恐るビニール袋の中を覗くと、そこには、花火セットが入っていた。
「おおおおおおお!」
 再び奇声を上げて飛び跳ねるマサ。しかし、半ば引いていたGボーイズもそれを覗き込んで、同じように奇声をあげた。
「おおおおおおお!」
 そして口々にエンデンジャーを湛えながら、手ではバシバシとエンデンジャーを叩く。…が、誰かが強く叩きすぎたのか、軽い殴り合いにも発展していた。
「よっしゃ〜。マコトやろうぜ〜〜っ!」
 軽い殴り合いの余波を受けたマサが、ちょろりと鼻血を出しながらマコトを誘う。マコトは完全に引きながらも、これも付き合いとばかりに腰をあげた。
「お…おう」
  その瞬間、誰が火をつけたのか、シューという激しい音と同時に、目の前をロケット花火の火花が横切る。それは、階段のあるコンクリートの壁にぶつかってはじけた。
「ばぁかっ!お前危ねぇだろ!」
 マコトは叫びながらもテンションが上がってきたのか、花火の輪の中に入っていく。
 タカシは、それを目を細めて眺めていた。





 あの日から一週間ほど経ったある日、山井は再び補習のために高校に来ていた。あの翌日以降、マコトもタカシもたまに補習に顔を出す。どうやら、タカシはマコトが休むとフラリと教室を出て行くらしいということも分かってきた。そういえば、今日はマコトの姿を見ていない。ということは、タカシも教室には来ないのだろう。
 キ〜ンコ〜ン カ〜ンコ〜ン
 人気もまばらな校舎の中にこだまするチャイムの音。人がいないと、余計に響いて聞こえる。山井はもらったプリントを机の中に突っ込むと、手ぶらのままで教室を出た。
 今日は適度な曇り空。風もあるから屋上にでも行こうかと山井は思う。自販機で紙パックのコーヒー牛乳を買うと、それをズボンのポケットに入れて山井は階段を上った。
 こっそり出回っている屋上の鍵のコピーを取り出し、鍵穴に差し込む。…が、回してみると鍵はすでに開いていた。
 ドアを開けて屋上に出る。すると、ドアのある壁の影から誰かが飛び出し、山井にぶつかった。
「あっ…ご…ごめっ……」
 相手は乱れる服装を直しながら、山井にひたすら頭をさげて階段を下りていく。必死に顔をみせまいとしている姿も、どこか滑稽だった。
「なんだ、ありゃ」
 今降りて行ったのは、珍しくここの学校でも成績優秀の優等生。大学進学率をあげるための頼みの綱とでも言うべき存在の生徒だった。いくらここの鍵がそれなりに出回っているといっても、あの手の生徒が持っているのは不思議だ。しかも、ベルトの前が開いていたということは…。
 山井は目を見開くと、優等生が飛び出してきた壁の後ろに回る。するとそこには、半裸のまま壁に背を預けて空を見上げるタカシがいた。
「お前…」
  さすがにこれにはすぐに反応できた山井。すると、タカシはそんな山井を振り返って不機嫌そうに言った。
「んも〜、山井ちゃん勘弁してよ〜。気のちっちぇえヤツったら、ちょっとの物音でもすぐにビクビクするから逃げられちゃったじゃんよ〜」
 瞬間、自分でも頭に血が上ったのが分かった。
 山井は、立ち上がりながらシャツのボタンをとめようとするタカシの腕を掴むと、そのまま力任せに壁に押し付ける。タカシが驚いて顔をあげると、眉間に深い皺を寄せて山井が言った。
「おめぇ、なにしてんだよっ!」
「なにって…セックスじゃん」
「そういうことじゃねぇだろっ!」
  山井の真剣な叫びに、さすがのタカシからも笑顔が消える。代わりに、鬱陶しいと顔に書いてあるような表情になると、冷ややかに言い放った。
「何が言いたいわけ?はっきり言えよ」
「それは…お前…」
 元々、口ではタカシに叶うわけが無い。山井はタカシの腕を握り締める手に力を込めると、低く唸りながら続けた。
「手当たり次第とっかえひっかえしてんじゃねぇよっ!」
「はぁ?」
  なんでそんなことを言われなくちゃいけないのかと、タカシは呆れて山井を見返す。
「なに山井、俺の保護者?」
「うるせぇ!この間のヤツにしても、今日のヤツにしても、お前にとってなんでもねぇヤツじゃねぇかよ!」
 この男、本気で言ってるのか?とタカシは真剣に疑問に思い出す。男相手に、こんなセリフを吐く人間を、タカシは知らなかった。
 一方で山井は、別のことを考えている。タカシがこれだけとっかえひっかえ相手を変えるのは、誰かの代わりだからなのではないかと。タカシが、本当にしたいたった一人の相手とはできずに、それ以外は、誰とやっても同じだと思ってるからではないかと。だから、いつまでもそんなことを繰り返す。まるで、底の開いたバケツに水を入れようとするかのように…。しかし、そんな山井の気持ちに気付くはずもなく、タカシは静かに言い放った。
「そういう山井だって、俺とやったじゃねぇか」
 ぐ。それを言われるとつらい。確かに山井もタカシとやった。しかも、半ばレイプじみたやり方で。
「それとも、山井は俺にとってなんでもねぇヤツじゃねぇとでも言いたいの?」
 冷ややかな頭のいい子の顔でまくしたてるタカシに、山井の頭の中が真っ白になる。タカシに言われると、そうかもしれないという気になるから不思議だ。
「山井だって、目の前にやらせてくれるヤツがいたらやるんだろ?やってみてぇと思ったヤツのこと散々気にしたりしても、やったらそれで憑き物が落ちたみてぇに盛り上がってた気が変わったりするんだろ?いいじゃん、それで。やりてぇ時にやりてぇヤツとやって何が悪ぃんだよ。しかもお互い合意でやってることに、なんの権利があっててめぇが口挟むんだよ」
 言われてることに、なんの反論も出来ない。タカシが言ってることは、いちいち尤もだ。山井にも心当たりが痛いほどあった。
「いいから離せよ。それとも、またこの間みたいに緊縛プレイでもすんのかよ」
 言うが早いか、言葉を無くしてうなだれる山井の頭に頭突きをかます。突然の痛みに頭を抱えた山井が両手をタカシから離すと、タカシが軽く腕を振った後にシャツのボタンをとめ始めた。
「痛ぇじゃねぇかよっ…」
 頭を抑えた山井が、タカシを睨む。するとタカシは、比較的いつもの顔に戻ると、子供を諭す親のようなフリで言った。
「俺、元々痛いのとか縛られんの好きじゃねんだよな。でも、山井ちゃんはそれでもケッコー上手い方だったよ〜ん」
 そしてポンポンと頭の上に手を乗せる。その感触は殴られるよりも痛かった。
 山井はタカシの胸倉をつかむと、細い身体を壁に押し付ける。タカシも山井の目を見て本気を悟り、山井の胸倉に手を伸ばすと、白い腕で締め上げた。
「離せよ…っ!」
「うるせぇっ!」
 殴ろうにもお互い手が離せない。交互に壁に背をつけるようにもつれ合い、結局タカシが山井の足を引っ掛け床に転がした。布の切れた音がして山井をみると、ボタンが飛び、シャツの前が裂けている。
「なんなんだよ!マジでわけわかんねぇって!」
 タカシは転がる山井を見下ろしながら、髪をかきあげる。すると山井は、床に転がったまま叫んだ。
「変わんねぇモンもあるんだよっ!」
 瞬間、タカシが真剣な顔で立ち尽くす。山井はタカシを見ることができないまま、叫び続けた。
「そりゃお前のいうように、変わっちまうもんも腐るほどあるけど、やったってやらなくなって変わんねぇモンも、あるんだよっ!どうしても食いたいモンがあって、目の前にどんだけの食いモン積まれたってそれに手を出さずに餓死するヤツだっているんだよ!」
 淀んだ空に、重い雲が流れていく。タカシは、茶化すこともなく山井の言葉に耳を傾けていた。
「どうしてお前にはわかんねぇンだよ!わかってんのに、わかんねぇフリすんだよ!」
 今にも雨が降りそうな空模様。山井はそこまで言い切ると、肩で息をしながら床にあぐらをかいた。
 タカシは硬い表情で山井を見下ろしている。深呼吸をひとつつくと、山井に背を向けて数歩進んだ。
「じゃあ見せてみろよ、その変わらないモンとやらを。五年なり十年なりして、お前の言うことに納得するだけの理由を見つけたら、そん時は同意してやるよ」





 花火も残り僅かになり、遊びつくした一行は満足げな顔になる。ただ一人、一番の目的を達成できてない人物はいたが。
「マコちゃん」
  タカシは、線香花火を手に必死に動くまいとしているマコトの隣に行くと、横から吹いて来る風を遮るように足を伸ばして座った。
「なんだよ。いま、大事なトコロだからな」
 マコトの手元には、綺麗にオレンジの火花を散らす、線香花火。
「ホントはヤキソバ食べたかったんしょ。ごめんナリ」
 タカシは短く言って、ペコリと頭を下げる。マコトは花火ですっかり忘れていたのか、顔も動かせずに固めたまま返した。
「別に、かまやしねぇよ。ちょっと足伸ばせば、屋台のヤキソバくらいいつでも食えるしな。まだ夏は終わっちゃいねぇし」
「そうだよね〜」
 まだ夏は終わってない。そんなマコトの言葉に、タカシも小さく肯く。マコトの線香花火は絶好調で、落ちることなく最後は黒く小さく固まった。
「おおおおお〜〜っ!」
 勝利の雄たけびを上げるマコト。すると、それを合図のように、周囲が一気に暗くなった。
 花火の明るさに慣れた目が、花火の終了と共に暗闇に引き戻された所為だった。
「じゃ、片付けて帰るか」
 マサが言い出し、みなが散らかした花火の燃えカスを集め始める。タカシとマコトも適当にそこら辺のゴミを拾った。
 その時、タカシは最初のロケット花火のことを思い出す。壁にぶつかっていたから、そこら辺にあるかもしれない。タカシはマコトにライターを借りて火を灯すと、壁沿いの床をざっと眺めてみた。
「あ、発見」
 転がっているロケット花火を思われるカスを拾う。そして屈んだまま視線を横にずらすと、何かが光って見えた。
「?」
 思わず手を伸ばして拾ってみる。するとそれは思いもかけないものだった。
 手の平に乗せて、じっと見つめる。きっとそうだ、間違いない。
「タカシ?どうかしたか?」
 マコトの声に振り返り、タカシは手に持っていたものをポケットにしまいこむ。
「これ、ロケットの残骸」
  ロケット花火のゴミをマコトに手渡し、タカシはそのままマコトの横顔を眺めた。
「マコちゃん」
「あん?」
「屋台のヤキソバ食べられなかったけど、これからウチ帰ってカップヤキソバ食べるの?」
 マコトはゴミを袋に入れ、う〜んと唸りながら考える。タカシがどうしてそんな質問をするのかとは考えないらしい。
「いや、別に食わねぇけど…。屋台のヤキソバ出されたら食うけどな」
 冗談のように聞こえるが、おそらく本気。タカシは思わず笑うと、マコトの背中を叩きながら言った。
「やっぱ、マコちゃん愛してる」
「ばっ!」
 身に覚えがあるだけに、タカシの告白に焦るマコト。思わず周囲を見回すが、今更タカシのそんなセリフに動じるものは誰もいなかった。全員、いつものノリと軽くスルーしている。
 タカシは、何故だか上機嫌。いつもと同じ面子をざっと見回しては、ニマリと笑った。
「さぁて!帰るとしますか〜!」
 片付けも終わった頃合。タカシが両手を挙げて、夜空に叫んだ。





 夏も終わりのとある日。塀の中の山井の元に、一通のハガキが届いた。
 差出人の名前もなく、リターンアドレスももちろんない。山井が不思議に思ってハガキの裏を見ると、そこにはセロテープで張られた一個のボタンがついていた。
 そして、その横に一言。
「見っけた!」
 と力強い文字で書かれている。書いた本人の口調そのままで山井の心に届いたその言葉に、普段滅多に笑わない山井の口元が緩んだ。



 まだ、夏は終わらない。





水温む夏の終り

Written by Shizuka Otohime

20040814(SAT)


−終−







『騎士と王様とその犬・その3』に収録されておりますショートでございます。
「Above & Beyond」の後日談プラスアルファとでもいいましょうか、この3人の位置関係の表れた作品になったな・・・と。
なんちゅーか、こういうちょこっとノスタルジーみたいな作品が好きなもんで
シツコク何度も書いてしまいます。いやホント、シツコイっすよね(^^;)
花火とかも大好きなもんで、花火とマコキンは前にも他の話で書きましたな。
うおう!マンネリズム(>_<)!!
でもきっと、またこんなの書いちゃうのでしょう。こりもせず・・・。
まさに三年近く経ってからのサイトアップ!
うおう!これもまたノスタルジック!(←どこが!?)
読んでいただけたなら、これ幸いッス!(←ワッキー風)


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