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「っツー訳で、まだ何もしていません」
俺はそれだけ告げると、実験台の上に頭を乗せた。
「はいそうですか・・・・って訳にはいかないだろう!?」
兄ちゃんはパソコンに向かって何やら書類を作っている。化学準備室の中。秘密の会議はなんとも暗い中で行われていた。
「あ、でもさ。タケってなんか番長グループと繋がりでもあるのかなぁ?」
「え?・・・なんでだ?」
カチャカチャとキーボードを叩いていた兄ちゃんの手が止まる。俺が顔を上げると、兄ちゃんも俺を見ていた。
「だって、なんか俺のこと挨拶に行くようにすすめたりとかさ、事情知ってるような雰囲気がするんだもん」
「そ・・そうか?それはアイツが学級委員だからじゃないか?面倒見の良い奴だし」
「ふうん」
俺は言うと、兄ちゃんの机の方に椅子を引っ張る。
「でもさ、なんなんだよあれ」
「あれって?」
兄ちゃんは再びパソコンの方に向き直っている。俺はそんな兄ちゃんの横顔を見て、一瞬言葉に詰まったものの、小さく咳払いをして続けた。
「その・・・兄ちゃんのこと落とした人が、次の裏番・・・とかって・・・」
「あぁ。それね」
「兄ちゃん知ってたの!?」
「あぁ。知ってるよ」
平然と言ってのける兄ちゃんに、俺は呆然と視線を投げる。兄ちゃん知ってて・・それで生徒にあの態度?すげー、強気だ・・・。
「知ってるって・・・それでいいの?だって兄ちゃんのテイソウが危ないんだよ!?」
「っつったって『やめろ』と言って聞く相手じゃないだろう。まぁ、一種のお祭りだから好きにやらしとけ。別に俺だけが狙われてるって訳でもないしな」
書類のプリントをかけ、プリンターが動きはじめる。兄ちゃんは傍らのコーヒーに手を伸ばすとやっとこさ俺に向き直った。
「他にどの位いるの?その・・・落とせば・・って人」
「何人だろうなぁ?俺だろ、宮下だろ、各学年に2人ほどいるからな。あ、そういえばその一人がもうすぐここに来るぞ。だから『兄ちゃん』はやめるように」
「オッケー」
俺が返すと兄ちゃんが笑顔で教科書一式を俺に手渡す。と、まさにそのタイミングを計ったようにドアがノックされた。
「はい」
兄ちゃんの返事にドアが開けられる。入ってきたのはザンバラ頭をひとつにまとめ、これぞまさしく『ビン底眼鏡の見本』と言わんばかりの分厚いレンズの眼鏡をかけた冴えない少年であった。いまどき、ここまで冴えないのも珍しいような・・・。
「失礼します。高科先生、新学期の予定なんですけど・・・」
「あぁ、こっちに申請書があるからこれ使って。・・・あ、じゃあ教科書は中等部の最後の方から既に使ってるから、分からない所があったら聞きに来て。プリントも揃えておくから今度取りに来るように」
後半は俺に向かって兄ちゃんが言う。いかにも教科書解説してましたって感じ。兄ちゃん役者だなぁ。
「はい。よろしくお願いします」
俺も、それに付き合って頭なんか下げたりして。ちょっと楽しいかも。
「新しい部員ですか?」
そんな俺を見て、サエナイ君が兄ちゃんに聞く。すると兄ちゃんは目の前で手を横に振りながら笑った。
「いやいや、二階堂。彼は、高科ユカリくん。高等部からの編入生だよ。バスケが上手いのをかわれてスカウトされたらしい。うちの部には・・・まぁいない人材だな」
「先生は何か部の顧問をしてらっしゃるんですか?」
そんな話は聞いてないぞ。すると二階堂と呼ばれたサエナイくんは、興味なさそうという雰囲気をプンプン漂わせて申請書に手を伸ばした。
「あぁ、理科部の顧問をしてるよ。部員は少ないけどね。3年生もいないから2年の二階堂くんが部長だし」
「は・・はじめまして。高科ユカリです」
紹介されたので、一応挨拶なんぞをしてみる。兄ちゃんが世話になってる訳だし。しかし二階堂サエナイ君はそれにも興味を示す気配はなく、つまらなさそうにぼそっと言った。
「・・・二階堂シキブ・・です・・・」
うわっ。暗いっ。タケトの明るさを足して2で割ってやりたい。もうちょっと愛想ってもんをよくした方がいいんじゃないか?
「じゃ・・じゃあ、俺、帰ります。バスケ部の方にも顔出さないといけないし」
息が詰まりそうな空気に荷物を抱える。兄ちゃんも、接点のなさそうな俺たちに苦笑しながら送り出してくれた。
「ああ。はやくなじむといいな」
「はい。失礼します」
一礼してドアを閉める。俺は体育館に向かって歩き出すと、兄ちゃんの言葉を思いだしていた。
−そういえばその一人がもうすぐここに来るぞ。
・・・・え?まじ?あのサエナイくんも一人なの??
そうか、あれを落とすほどの物好きと言うか冒険者なら、裏番もはれるっていう証明になるのか。なるほどねぇ。みんながみんなタケトや兄ちゃんみたいに綺麗って訳ではないのか。それなら兄ちゃんがあんまり気にしないのも分かるかもしれない。ふ〜ん、お祭りお祭り♪
「ユカちん!」
と、突然呼ばれて俺は周りをきょろきょろと見まわす。この呼び方はもはや一人しかいない。
「タケ?」
「アッタリンリン!何処行くの?」
目立つ金髪が廊下の向こうからやってくる。ふわふわと漂うように歩く姿はなんとも楽しげだった。
「体育館に行って、バスケ部の入部希望しようかと思って」
「なるへそ。でもさぁ、先にすることしといた方がいいと思うよ」
学ランの肩をひょいっとすくめる。並んで気付いたけど、やっぱりこいつそんなに背が低い方じゃないぞ。
「それって・・・例の・・・?」
「そう、番長グループ」
「でも、一緒に行ってくれないんでしょう?」
伺うような視線でタケトを見つめる。するとタケトは今まで何処に隠していたのか、一人の男子生徒(っつってもここ男子校だけど)を引っ張り出した。うわっ!ちっちぇー!!
「は〜い!!紹介しまっすぅ。ヒロミちゃんで〜す!!」
前髪で殆ど顔が見えましぇん。ヒロミちゃんと紹介された彼は、恥ずかしそうに頭をかいてぺこりとオジギ。さっきのサエナイ君よりもよっぽど礼儀を知ってるぞ。
「は・・はじめまして。高科です」
「そ、こっちがユカちん。こっちがヒロミちゃん」
タケトは俺たちの手を取ると、勝手に握手をさせる。こういう握手って力の加減に困るよなぁ。
「ヒロミちゃんの本名は違うんだけど、名字が岡だから『ヒロミ』ね。ちなみにうちのクラスに『コーチ』っつーのもいて、これは名字が『宗方』だからよん」
「よろしく・・・」
やっぱり泣きたい時はコートで泣くのかなぁと思いつつ愛想笑い。するとタケトが俺の背を押して言った。
「てなわけで、ヒロミちゃんと行ってらっしゃい。ヒロミちゃんなら酷い目に合うことも無いから」
「え?そうなの?」
「そうそう」
深く肯くタケトに背を押され、知らぬ間に歩かされる。
「それじゃあ、気を付けてねぇ〜♪」
と声が遠ざかりつつ、俺はヒロミちゃんと共に別の意味で体育館の方向に歩いていた。
「なんか・・・ごめんね。俺のために、変な所行く羽目になっちゃって」
そりゃ誰も好き好んで番長グループになんぞ会いたい訳がない。申し訳なく思いつつ俺が言うと、ヒロミちゃんは気にした様子もなくあっさりと言った。
「いえ、別に気になりませんよ。さっき宮下くんが言ったように、僕なら大丈夫ですから・・・」
僕なら大丈夫?それなに?俺なら大丈夫じゃないのかなぁ?ヒロミちゃんはこんなに小さいのに、本当に大丈夫なのか?
「あ、変な意味に取らないで下さい。あの、番長の好みは・・・なんていうか、高科くんみたいな人ではないというだけで。宮下くんは本当に、行くと危ないから・・・」
「酷い目にあったことがあるの?」
「宮下くんが中等部にいた頃、プールの更衣室で襲われて・・・」
「ええ!?」
歩きながらヒロミちゃんが淡々と語る。いいのか?そんなこと聞いちまって。
「半死半生の目に・・・」
「タケが!?」
「えぇ。・・・あわせました、番長を」
え?タケトが番長を半死半生の目にあわせたぁ?ど・・どういうこと?
「宮下くん、ケンカ強いんです。それなのに諦めもせず、番長が何度もトライしてて・・・。宮下くんも手加減って言葉を知らないから、トライされるたびに全力で拒むし・・・面倒くさいから出来るだけ近づかないようにしようとしてるみたいです」
「あ・・・っそ」
そういう訳ですか。はぁ・・・。すご。
「でも、ヒロミちゃんが大丈夫っていうのは?」
顔はよく見えないけど、ヒロミちゃんだって可愛い雰囲気してるぞ。なんせ小さいし。150センチくらいかな?顔なんか俺の手の平に入りそう。
「あぁ、僕が平気なのはですね・・・」
「うん」
実はこれでもヒロミちゃんは空手かなんかの使い手だとか?
「僕、番長の弟なんですよ」
「ふう〜ん。・・・って・・・・え!?」
いきなり身内の登場だ!!へぇ〜。ほぉ〜。ヒロミちゃんが番長の弟か・・・。これはまた意外な・・・。
「お兄さんと・・・似てるの?」
「兄は、似てると言いますね。僕は・・・どうかと思いますけど」
頭をぽりぽりとかいてヒロミちゃんが言う。そうこうしてるうちに何やら怪しい場所にやって来た。
「げっ!!」
『立ち入り近視』の看板。・・・・あ、近視の上にバツが付いてて書き直されてる。『立ち入り禁死』・・・うーん、これはセンスなのか間違いなのか、難しいところだな。でも死を禁じるなら良い所じゃないか?・・・どうやら、深く考えちゃいけないらしい。
「ここから番長グループの溜まり場なんで、気をつけてくださいね」
気をつけろといわれても、何に?どう?って感じ。そこはどうやらかなり大きな体育館倉庫のようで、あちらこちらに埃をかぶった体育用具が転がっている。
「ヒロミちゃんは・・・良く来るの?」
「はい、兄に用事のある時は」
「そ・・そう」
こんな緊迫した場所にしょっちゅうくるんだ。見かけよりも神経太いのかもね、ヒロミちゃん。
あそこに見えるゴミ・・・もしかしてコンドーさんの空き袋?5連のパックが縦に一気に空けられてるんですけど、そんなに一気にどう使ったんでしょうか?まさか、5人で・・・あ、いや、怖い想像になってしまいました。失敬失敬。でもコンドーさん使うだけ良心的?あ、いや5人でやるのに良心的もなにも・・・俺、何考えてるんだろう?
あ!なんか右手に鞭が転がってるのが見えちゃったんですが、夢・・・ですよね。あはは。
ヒロミちゃんはずんずんと奥へ進んでいく。俺はビクビクしながらそんなヒロミちゃんの後に隠れて(と言っても全く隠れられない身長差なんだけどさ)、先を覗き込んだ。
「兄さ〜ん」
一番奥にある部屋のドアをノックもせずにいきなり開ける。ひえっ!ヒロミちゃん強気!!
バタバタバタバタッ
途端に部屋の中に埃が舞い、部屋の中で息を潜めていた数人が、一気にテレビの前に立ちはだかる。更に、そのうちの一人がリモコンのミュートボタンを押そうとして、一気にボリュームアップを押した。
「はああんっ!!あっ!あっ!もっとぉ〜ん!!あんっ!!」
響き渡る喘ぎ声。俺は目の前で何が起こってるのか全く把握できないまま、ぽか〜んと立ち尽くした。
「ばっ!ばかっ!!さっさと消せ!!」
目が覚めるようなオレンジの頭をした男が、リモコンを奪い取ってテレビを消す。突然訪れる静けさ。俺はただ、口を半開きにしたまま状況を見ていた。
「兄さん、また何見てたの?」
「いや・・・別に・・・」
オレンジ頭の黒目が白目の中で泳いでいる。同じ男として、少し同情。あっちの方は、かなりいい感じの状況だったに違いない。微妙に内股。
「ふ〜ん。宮下くんの使いできたんだけど、忙しいの?」
ヒロミちゃんは全く兄のあっちの状況には気を配らないようで、無邪気に言うと、俺を振り返った。
「タケトの?いっ忙しくない!!全く、本当に!!」
これが番長ですか?といいたくなるようなコメディー君。この人がタケを襲うのかぁ・・・。確かに、タケの方がウワテっぽいなぁ。
「そう?じゃあ兄さん。こちら高科ユカリくん。今日から僕のクラスに編入してきたんだ。バスケでインターハイ目指すんだって、よろしくね」
「高科ぁ?」
弟に寄せるのとは違った鋭い目付きで、番長君が俺を見る。俺はここは笑わない方がいいだろうと、できるだけ無表情に見返した。本当は緊張のため笑う余裕がなかったってだけだけど。
「ミドリちゃんとなんか関係あるのかよ」
「他でも聞かれたけど偶然です」
やっぱりこいつも兄ちゃんのことミドリちゃんって呼ぶのかぁ。俺もほっといたら、みんなにユカちんって呼ばれちゃうのかも。それはちょっと勘弁だなぁ。
「とりあえず、タ・・宮下くんに、挨拶しておいた方がいいって言われたから。宮下くんも一目置いてるみたいですね、番長には」
軽くジャブ程度のヨイショ。やり過ぎると逆効果ってのは分かってる。びくびく。
「そ・・そうかぁ?」
おい!そんなに簡単に目尻を下げるな!!兄ちゃん・・・この番長の何にてこずるって言うんだよ。こんなに安易になじめるなんて、俺、編入までする必要あったのか???
「おい!茶だ!茶を出せ!」
番長が叫び、傍らにいた、番長よりも少し落ち着いた男が無言で動く。俺はとりあえずもう一発いっとこうかと、続けた。
「番長のことこの学園のVIPだって言ってましたから」
「なんで俺がエレキバンなんだよ」
途端にすごまれる。こ・・・怖いっす。三白眼。
「兄さんそれ、ピップ」
横からヒロミちゃんのナイスフォロー。ああ、ヒロミちゃん居てくれてよかった。
「なにがどう違うんだ?あん?」
「VIPは重要人物ってこと。この学園でも欠かすことのできない人だって言ってるの」
「タケトがそう言ってるのか?」
嬉々とする番長。許せ、タケトよ・・・。俺、胸の中でタケトに手を合わせる。
「は・・はい。そうです」
「ティーカップには皿をつけろよ!」
番長が新たな指示出し。ソーサーのことですね、と思う。なんかこの番長・・・憎めない。
俺は気が緩んで笑いそうになってしまった。
「どうぞ」
目の前に出されるティーカップとソーサー。なんだ?ざらざらしてるぞ。
「鮫島さん、ジャスパーのダンシングアワーですね。僕も好きです、このライラック」
「ご名答」
寡黙な男がにこっと微笑む。なんだ?この薄汚い体育倉庫が、一瞬都会のカフェ〜になったぞ。
しかし、寡黙君。鮫島って名前がぴったりなほど、冷たい目をしてる。どっちかというと、こっちが番長の方がすご味も貫禄もあるんじゃあ・・・。
結局俺は裏番長の話を切り出せないまま、美味しいお茶だけを飲んでその日は帰った。