見返り美人は微笑まない
乙姫 静香
ここは西陽学園(さいようがくえん)高等部。中高一貫教育の私立校で、姉妹校には東月学園という有名進学校や華南学園、星北学園といったいずれ劣らぬ有名校がある。・・・にもかかわらず、西陽学園はいまいち評判が芳しくない。
成績だって悪くない。進学率もいい。それなのに西陽学園の評判をいまひとつ全国区にしない原因。それは、番長制度であった。
この西陽学園には、21世紀もやってこようというご時勢に、なんと昭和の遺物、番長がいるのだ。しかもそれは毎年必ず引き継がれ、裏番までいるという始末。しかし、この伝統(?)は廃れる気配は全くなかった。
「と、言う訳で。よろしく頼んだぞ、ユーくん」
「そのあだ名で呼ぶなっつってんだろ、兄ちゃん」
「お前こそ、学校の中では兄ちゃんだってこと内緒にしろよ」
「う・・・うん」
俺、高科ユカリはそう言って肯くと、兄ちゃんの目をかすめてため息をついた。兄ちゃんこと高科ミドリは西陽学園の化学教師。弟の目から見てもなかなかイケテルと思う。なんつーか、知的で華奢。美人で評判の母ちゃんによく似てる。
俺は・・・というと、ユカリという名に全くふさわしくない、すくすくと育ったこの身体。父ちゃんに似て男らしい顔。同じ兄弟でもこうも違うのかといういい見本だと思う。この意志のはっきりしたような眉を見ろよ。ほっとくとつながるんだぜ。あ、あとで眉間剃っとこ。
で、なんで俺がため息をついているかというと、この度西陽学園の高等部一年に編入することが決まったのだ。一応バスケで全国大会にまで行ってるって言うのもあるんだけど、本当のところは兄ちゃんのスパイになることが条件。謎の裏番の正体を突き止め、番長制度の崩壊を狙う先生側の手先になるってことらしい。
「父ちゃんの会社が苦しくなきゃなぁ・・・」
スパイになる代わりに学費は免除。バスケ部に所属してインターハイまで目指さなくちゃいけない。ああ、なんか人身御供ってこういうこと?
「まぁ、そういうなって。お前が頑張れば、弟のコンも学費免除になるんだし。父ちゃんを助けると思って、ここはひとつ・・・な」
「でも、番長グループに近づかなくちゃなんないんだろ?俺にできるかなぁ?」
「大丈夫だって、ユーくんは心臓の割に身体がでかくて威嚇できるから、あんまりしゃべらなきゃ適当に祭り上げられていくんじゃないの?」
「兄ちゃんそれ、誉めてない」
俺はそうとだけ言うと、再びため息をついた。
ああ、明日は新学期。本当に俺にそんなこと出来るんだろうか?
**********
「というわけで、今日からこの学園に編入することになった高科ユカリ君だ」
「高科です。よろしく」
俺の名前を言った途端にざわめく教室。ああ、心臓が痛い。なんか俺、笑われてない?俺の気のせい?
「化学の高科先生と同じ名字だが、親戚とかっていう訳ではないらしい」
と、担任の若松先生が説明すると「な〜んだ」といった空気が流れる。なんだ?兄ちゃん・・・生徒にどう思われてるんだよ?それにしても、先生陣の決意を感じさせる嘘だなぁ。
「じゃあ、高科くん。窓際の宮下の隣りに座ってくれ。宮下、あとは頼んだぞ」
「は〜い」
へらりと答えて、宮下なる生徒が俺に手を振る。俺はそれに吸い寄せられるように歩くと、宮下の隣りの席にちょこんと腰を下ろした。
「俺、宮下タケトよろしく。一応学級委員ね。タケって呼んで」
彼、き・・・金髪です。いいんでしょうか私立校で・・・こんな。しかも学級委員らしいですよ、この人。
「あ、よろしく。俺まだ、教科書とかもらってなくて・・・」
「だーいじょうブイ!俺も持ってるけど、あんまり使わないから」
Vサインを俺に見せ、にかっとタケトが笑う。悪い人ではなさそうだ。
「それにしても、なんでわざわざうちなんかに来ちゃったのさ。うちじゃあ全国狙っても、出場停止になる可能性ベリベリビッグじゃん」
「え?」
バスケの話かな・・?なんで知ってるんだろう?
「一応のプロフィールはもう出回っちゃってるのよ。特にミドリちゃんの家族って噂が流れてるから、みんなもうユカちんのこと知ってるよ」
ユカちん・・・・。今まで呼ばれた中で最強のあだ名かも。どうリアクションすればいいのかなぁ。怒った方が番長グループとかに入れるのかなぁ?
「そ・・・そうなんだ」
へらっと笑い返してしまう。ばかばか!俺の馬鹿!駄目だ兄ちゃん。所詮俺は小心者だよう。
「で、本当に違うの?ミドリちゃんの家族じゃないの?」
ミドリちゃんって・・・兄ちゃん、本当に生徒と上手くやれてんのかよ。弟ながらにちょっと心配。
「だ・・誰?ミドリちゃんって」
えへへっと笑ってみる。ぎ・・ぎこちないだろうか、この笑み。
「ふーん。本当に知らないんだ。ミドリちゃんっていうのは、うちの化学教師でみんなのアイドル。ちなみに、ミドリちゃんを落としたらすぐに裏番決定ってとこかな」
「え!?そんなことで裏番が決まるの!?」
だ・・大丈夫か兄ちゃん?そんなこと一言も言わなかったじゃないかぁ。
「そおよ〜。ちなみに今の裏番は本当に誰か不明。番長グループの中でも極一部しか知らないって話。まぁ、ミドリちゃんの身内だったらすぐにおよびがかかっただろうけど、そうじゃないんだったらどうかなぁ?どっちにしろ、挨拶はしといたほうがいいかもね」
「あ、挨拶・・・・」
タケトとの会話の最中にHRが終わり、若松先生が教室を出て行く。
「すぐにしたいんだったら連れてくけど」
タケトがそういって大きくあくびをする。連れてくって・・・授業が始まるんじゃあ・・・。でも、ここは行っといた方がいいのかなぁ?
「じゃ・・・じゃあ、お願いしようかな?」
すると、意外!ってな顔をしてタケトが俺を見る。俺はついまた愛想笑いをしてしまった。
「ラジャ!じゃ、行きますか」
童顔をくしゃっと崩してタケトが笑う。その笑顔に、なんとなくタケトが学級委員に選ばれる訳が分かったような気がした。
**********
「ほんじゃ。こっから先は一人でひとつよろしく」
「ええ!?」
授業をサボってまで出てきた教室。タケトは渡り廊下の途中で足を止めた。
「連れてってくれるんじゃなかったの?」
「ここまでね。だって、顔合わせるところまで行っちゃったら俺の貞操がやばいもん。一応俺も落としたら裏番って言われてるうちの一人だからさ。なんかやな感じなんだよね〜。ギラギラしちゃってさ」
肩をすくめて舌を出す。確かに、こうして見ればタケトって色白くて、肌綺麗だし。でも、やっぱ男でしょ。それなりに肩幅も背もあるしさ。だめ、俺にはそういう世界って理解できない。
「そんなんじゃ・・・俺・・・」
そうだよ。俺だって一人で行ったら・・・。
「あぁあぁ、大丈夫。ユカちんなら襲われても乗られるくらいですむっしょ。その身長とそのガタイでユカちんのことどうこうできると思える人は少ないって」
ほ・・誉められてるんでしょうか?俺。
「んで、ここ真っ直ぐ行くと体育館の入り口に出るから、そこを入らないで、右に行って突き当たったら左に行くと大体グループの誰かがいるから。わかるっしょ?」
わかる・・とは思うけど、なんか心細いなぁ。大丈夫だろうか?
「だいじょうブイ!!」
また、にかっと笑ってタケトがVサインを見せる。
かくして、俺はとぼとぼと渡り廊下を歩きはじめた。
**********
体育館の入り口。これを入らないで右に・・・あれ?なんか通れないけど、じゃあ左?左だったっけ?でもこの場合左?・・・とりあえず左に行ってみよう。って・・・何処に行くんだこれ?突き当たんないじゃんよ。振り返っても、タケトは当然いないし・・・。
ドンッ
振り向いたまま歩いていた俺は誰かにぶつかった。
「あ、すみません」
咄嗟に言って前を向く。・・・と、俺にぶつかった人物は小走りに先を急ぎながら、俺のことを振り返った。
バックン!!
な・・・なんだ?
肩を越すくらいの艶やかな黒髪。淡いピンク色の口唇。そのくせ色素が薄そうな大きい切れ長の瞳。その姿で・・・・彼は長ランを着ていた。
バックン!!バックン!!
長い前髪が頬の辺りで揺れている。まるで映画のスローモーションの様に彼は振り返り、そして冷たい一瞥を俺によこして走り去る。廊下の向こうに彼の姿が消えても、俺は呆然とその場に立ち尽くした。
「な・・・なんだ?」
心臓の音だけが俺の耳を打つ。何にドキドキしているのか分からないまま、俺は授業終了の鐘の音が聞こえるまでそこで立ち尽くしていた。
**********
「で、結局番長グループに会わないまま帰ってきちゃったの?」
タケトが下唇を突き出して頬杖を突く。俺は窓の外に視線を投げると、大きくため息をついた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、誰かにちゃんと最後まで案内させるからさ。今度はちゃんと行くんだよ。あ〜ん、誰にしようかなぁ?」
Tシャツ姿で机に脚を乗せるタケトに、俺は再びため息。すると、けだるく頭をかきながらタケトが言った。
「さっきからなんなの、そのため息。こっちまで気が滅入るからストップー!!」
それにもため息で返す。はぁ、なんでこんなにため息ばかり出るんだろう。
そして聞こえる授業開始のチャイム。そう言えば次は兄ちゃんの授業だよな。
ガラッ
入り口が開いて、白衣姿の兄ちゃんが現れる。おお、教師っぽいぞ兄ちゃん。
「起立っ。・・礼っ。着席」
ガタガタっと生徒が席に着く。・・・や否や、兄ちゃんは力いっぱい黒板を叩いた。握りこぶしで・・・。
「てめえらなめてんのかっ!?なんだこの間の中等部末の結果!トップは宮下。相変わらず100点。これはいいとしてだなぁ。なんでお前らこんな簡単な化学式も解けん!?なんで『元素記号のC』が『え?そんなこと書いていいんですか?』になるんだ!?ふざけんのもいい加減にしろ!?武田ぁ!問3の化合物の量を求める問題の答えが『適量』ってなんだ!?」
武田と呼ばれた生徒が嬉しそうに頭を掻く。・・・なんで、嬉しそうなんだ?
「山本!過酸化水素水と二酸化マンガンから出来るものが『愛』だとぉ!?宮下除いて、全員補習!いいな!」
そして、みんな嬉しそう。だから、なんで嬉しそうなんだってば。補習だよ。補習。
俺が顔面いっぱいに?マークを浮かべていると、隣りでタケトがポソリと言った。
「こいつら、名前覚えてもらおうと必死だからさぁ〜」
げっ!?この兄ちゃんに?俺、いまだかつてこんなに怖い兄ちゃん見たこと無いぜ。みんな・・・マゾ?奥様はマゾ・・・なんちって。オヤジギャグ?
「ミドリちゃん怒った顔も可愛いから・・・」
え?じゃあタケトも兄ちゃん狙い?なに?どうなってんの?
なんなのこの学校!?