せつなさで殺して・5
乙姫静香
弱気につけこみ気弱にさせる。
せつない思いは刹那に削除。
無神経にも無節操。
飛べない翼なんて、はなからいらない。
地べたの君がいればいい。
池袋の夜。誰もいない階段を上がる。
コンクリートのひび。
どこから染みてきたのかも分からないような水の跡。
上に行くにつれて、頬にあたる風の勢いが増しているような気がする。
眼下に広がる光の洪水。マコトはそれを眩しげに見つめながら、最後の階段を軽快な足取りで登り切った。
なにもないガランとしたビルの屋上。しかし、そこに浮かび上がる白い影を確認すると、マコトは表情を緩めて片手をあげた。
「よ」
「ういっち!」
タカシは一人で屋上の壁にもたれていた。背後には乱反射するネオン。微笑を浮かべて手を差し出すタカシに、マコトもその手を握り返す。
「悪ぃな、こんな所に呼び出して」
マコトは服の下から隠し持っていたビデオカメラを取り出す。タカシは親指と小指でサインを作りながら、肩をすくめた。
「別にいいよ〜ん、場所指定したのこっちだし」
ブラックエンジェルスの集会に参加した帰り、マコトはタカシに電話をした。ビデオを見せようかと思ったのもあるが、何故だか、タカシの顔が見たくなったというのもある。
「で、なんナリ?」
「あ、これ・・・・・」
と、ビデオを見せかけて止まるマコトの手。タカシはそんなマコトの様子とじっと見つめた。
「・・・・?」
「あ、いやさ・・・・」
何が言いたいのだろう。自分でもよく分からない。京一の言った言葉が胸に引っかかっているのだろうか?タカシは人をまとめるキャラじゃないと、だからその座から引き摺り下ろしてあげるのだと言った京一の言葉に?
「どったのマコちゃん?」
タカシは動きを止めたマコトをじっと見つめている。黒目がちな瞳が、闇の中で更に黒く光った。
「や・・・そういやさ、ジェシー・・・どうだった?大丈夫か?」
見せかけたカメラをまた服の中に押し込みながら、マコトは不自然に笑う。タカシはそのカメラに気付きながらも、マコトの質問に答えた。
「ジェシちゃん最近見ないんだよね〜。どうしちゃったんだろ?あれ、本物さんだったのかな?」
のほほんと言っては、その場に座り込む。マコトが何をしようとし、何をやめたのかが分かるだけに面白い。本当にマコトは分かり易いなぁ・・・とタカシは思った。
「どうしちゃったんだろって・・・いいのかよ」
座り込んだタカシをマコトは真剣な目で見下ろす。と、タカシは膝を抱えて、そんなマコトを大きな瞳で見上げた。
「いいんじゃない?」
「なんで?」
「・・・・・なんで、だめなの?」
あどけない顔で返された質問に、マコトが固まる。そういう風に言われてしまうと、マコトにも何と言ったらいいのか分からなくなる。自分だって、ヒカルのこともカナのことも半端な扱いをしている。タカシのことをどうこう言う権利は無いのだ。
マコトは大きなあくびをしているタカシをそのまま見下ろす。高校時代となんら変わらない姿。白い肌も、長い睫毛も、何を考えてるのかよく分からないところも一緒。なのに・・・。
自分の目にはあの頃と変わらぬ姿で映ってるタカシが、世の中には、確実に違うものとして捉えられていることを知った。 自分の目にはタカシはただのタカシ。でも京一にはそうじゃない。マサにもそうは見られていない。山井にも、横山にも・・・・。
タカシはタカシではないのだ。
マコトはそんなことを思いながら、座り込むタカシの隣りに並んで座った。そして、呟く。
「お前・・・・どうすんだよ」
「どうするって?」
あくびをしながらの質問返し。
「・・・・ブラックエンジェルス・・・・」
「どうもしないよ〜」
マコトの真剣を突き崩して楽しむかのように、タカシはへらりと笑う。マコトはため息をひとつつくと、壁に背を押し付けて空を見上げた。
「ほっとけば、そのうち消えるっしょ。こっちに手を出させるのが向こうの狙いだろうから、そんなことはしてやんな〜い」
タカシがキレたら手が付けられないのは、ケンカしたものなら誰もが知ってる事実である。だが、キレるまでが長いというのは、余り知られていない事実。だからこそ、山井がもし本気でタカシをキレさせようとしたら・・・・それは、少し危ない。
何故だか、山井はタカシを憎んでいる。指を切られたからでもなく、タイマンに負けたからでもなく、なにかマコトには計り知れないものが、そこにはあるような気がした。
「なに?マコちゃん心配してくれてるの〜?」
からかうようなタカシの瞳に、マコトがふて腐れて視線を逸らす。
「ぶぁか!おめーが心配されるようなタマかよ・・・」
マコトが吐き捨てるように言った台詞にタカシがくすくすと笑う。二人の肩に、夜の冷気が迫った。
「京一の奴、天使長なんだってよ」
「ふ〜ん」
さして興味がないようにタカシは声を上げ、さらに膝を強く抱える。小さく丸まったタカシを見つめて、さらにマコトが近づいた。
「・・・・・寒い?」
どうしたのか寄り添ってくるマコトに、タカシが小さく投げかける。
「や・・・・そういう訳じゃ・・・ないけど・・・・・」
「変なマコちゃん」
タカシは冷静に呟くと、マコトから離れる訳でもなく、身体の片側に感じるマコトの温度に口唇の端をきゅっとあげる。
「・・・・そうか?」
マコトは自分でもよく分かってないせいか、軽く眉をあげると、そのまま小さくため息をついた。
「なんかさ、めんどくせーことが多いとよ、頭ん中がこんがらがってきてよ・・・」
タカシはそんなマコトの呟きを聞いているのかいないのか、シャツの袖口の中に自分の手を押し込んでいた。
「あーーーーもうっ!めんどくせーーーーっ!」
「だぁいじょうぶ。そんなダサイことするためにGボーイズ作ったんじゃないもん。くだんない挑発には乗んないし、くだんない夢だってみましぇ〜ん」
プラプラと袖口を振って、タカシが笑う。と、マコトは手の出ていない袖口を見ながら言った。
「なに、その、くだんない夢って・・・・」
「ブクロを好きにしようとか、空でも飛ぼうかとか・・・・」
「なに?あいつら、空飛ぶつもりなの?」
ものの例えということが、マコトには分からないらしい。タカシは真剣なマコトの瞳をしばし見つめると、気を取り直して言った。
「とにかく・・・相手にする気はないから。安心してちょうだい」
空なんて、飛ぶ必要はどこにもない。いたい場所はただひとつ。相手にしたいのも、たった一人。タカシはマコトを見つめて言葉を切ると、こぼすように続けた。
「でも・・・・」
奴等が、触れてはいけない場所に害を及ぼしたら、それは動く時。タカシの脳裏をよぎって消えた考えに、タカシの口端がへらりとあがった。
「なんだよ・・・なに一人で笑ってんだよ」
なんともクリアな優先順位。タカシは一番上だけをとめたシャツのボタンを指先でいじりながら、眠たげな瞳で言った。
「マコちゃんさぁ・・・・覚えてる?」
「あん?」
マコトは立てた膝に腕をのせ、だるそうに答える。タカシはそんなマコトに顔を向け、微笑みながら続けた。
「俺のモンにならないんだったら、俺のこと殺して・・・って」
それは、最初の夜にタカシが言った台詞。マコトは、薄白いベールをかぶった暗闇に視線を泳がせながら、ため息をついた。
「・・・・・・・あぁ・・・」
タカシはそんなマコトが見上げている空を一緒に見上げる。いつか高校の帰りに一緒に見上げた夕空を見るように。
「でなきゃ・・・・俺が・・・・マコちゃんのこと、殺すかもしれないよ・・・・って」
「・・・・・・あぁ・・・・・」
そこにあるのは決意なのかなんなのか、タカシは妙にすがすがしい顔でマコトに向き直った。
「あれねぇ〜・・・・・マジだから・・・・・」
その言葉に、マコトもタカシを見る。ふざけんなと小突かれると思ったタカシは、黙りこくるマコトを不思議な想いで見返した。
怒るでも、悲しむでも、笑うでもないマコトの瞳。何故だか、タカシの胸が少しだけ痛んだ。
「マコ・・・・ちゃん・・・?」
半開きの口唇が微かに動く。心の中に立つさざ波。
タカシが小首を傾げると、マコトが目を逸らさずに言った。
「タカシ・・・」
「ん?」
瞬きで、短くタカシが返す。
「・・・タカシ・・・・・」
「・・・・ん?」
応えているのに、確認するように繰り返すマコト。それにタカシは、再び微笑で返す。
「・・・・・・・・・タカシ・・・・」
「・・・・・・・・・・・ん?」
やっぱり変わらない。マコトの瞳の中に映るのは、ただの安藤タカシ。それ以上でもそれ以下でもない。
マコトはそのまま再び黙りこくると、不思議そうに自分を見返してくるタカシをじっと見つめた。
なんで、こんなことになったんだろう?自分は一体どうしたいんだろう?
一体、タカシはどうしたいんだろう・・・?
・・・・・・・・・・一体、どうなっていくんだろう・・・・・・?
マコトは、相変わらず自分を見つめているタカシに、そっと顔を寄せた。
ゆっくりと目をつぶるマコトに、タカシが一瞬遅れて目を閉じる。タカシの足首をつかむマコトの手。静かに重ねられた冷たい口唇。それは一度感触を味わうかのように触れ、離れ、そして今度は薄く開いた口唇が角度を変えて重ねられた。
口唇の冷たさとは違った生温かい舌が、やんわりと絡み合う。重心をずらしたタカシの腕が、マコトの太腿に触れた。
「・・・・・・・んっ・・・・・」
口唇を重ねたまま、漏れる声。白い喉が、ゆっくりと動いた。
睫毛の触れ合う距離から、静かに二人の顔が離れる。タカシの伏せめがちの目が、艶やかに光った。
「・・・・・・どう・・・したの?・・・」
咎めるでもなく、呟くタカシ。マコトは小さく首を横に振り、言った。
「・・・・・・さぁな・・・・」
「変なの・・・マコちゃん・・・・」
初めてマコトの方からしたくちづけに、タカシが微かに眉を寄せた。微妙な具合でバランスを取っているその気持ち。溢れたらもう、きっと止めようがないであろう、想い。それは、マコトには見えなかったけれど・・・。
「変・・・・かもな・・・」
マコトはそれだけ言うと、自虐的に微笑んだ。
何かが確実に起こっている。それも、自分の気付かないところで・・・。自分が、面倒くさいと目を背けていたところで・・・・。
タカシはくちづけに濡れた口唇のまま空を見上げる。すると、マコトがまるで答えが返ってこないことが当然であるかのように、小さく呟いた。
「・・・・お前のモンになるって・・・・どういうことなんだろうな・・・・?」
そして当然のように、タカシは何も答えなかった。
−暗転−
そんで、やっぱり続く・・・らしい??
すんません、データ消しちゃったもんでしばらくデッドになってました(^^;)
ご報告くださったのりさん、感謝です〜。
でもって、この後が掲載されている本は完全完売なので、もうありません。
さて、更新かけなくちゃですねぇ・・・。