Honey Snow
乙姫 静香
足跡ひとつない雪景色が、降り続ける雪の音を吸い込んでいく。
パチッと割れた薪の音に、一ノ蔵は本から顔を上げ、暖炉に視線を投げた。
都心から離れた別荘地にある、ログハウス調の一軒家。宮坂の誕生日の次の連休を使って、二人は、二人っきりで旅行に来ていた。ログハウスは一ノ蔵の会社の所有物で、予約をすれば格安で使うことが出来る。カナメに車を借り、夕方頃に到着していた二人は、どこへ出ることもなく暖炉のある居間でくつろいでいた。
一ノ蔵の落とした視線の先には、一ノ蔵の腿を枕にして眠る宮坂。クッションを背に読書を続けていた一ノ蔵は、本を閉じ、静かな寝息をたてて眠る宮坂をじっと見つめた。
床に敷かれたラグの上に横たわる宮坂は、一ノ蔵の方を向くような格好で眠り続けている。よっぽど疲れていたのか、腕時計を見ると、すでに二時間ほどが経過していた。
栞を挟んで閉じた本を傍らに置き、一ノ蔵が指先で宮坂の前髪を分ける。それでも起きる気配はない。そういえば、この間宮坂の可笑しな寝言を聞いたのも、こんな状況だったっけ。
二日前の誕生日にはオールナイトの誕生日パーティ、今朝は渋滞をさけるために早く起きたため、ここ数日しっかりと寝ていない。だから、遅めの昼食を取ったあと、ゴロゴロしながら風呂に入った一ノ蔵を待っているうちに、宮坂は見事に陥落した。そして、起こしたくない一ノ蔵は本を読み出し……夜が更けた。と、こういう訳である。
長い睫毛を指先で感じ、白い頬を指の背で撫でる。整った顔の造りに改めて感動しながら、一ノ蔵は大きな手のひらで、その寝顔を包み込んだ。
無防備だなぁ…と、一ノ蔵はそんなことを思う。そのまま親指を動かすと、半開きの口唇にそっと触れた。
宮坂は口唇の表情が豊かだなぁと、一ノ蔵は常々思っている。最近では言葉にしなくても、口唇の表情で気分が分かる時もある。きゅっと噛み締めていたり、やんわりと両端を上げていたり。言葉が追いつかない時ほど、口唇の方が雄弁に宮坂の心情を語っていた。
「……ん」
その時、一ノ蔵のそんな心を察したかのように、宮坂が息をついて口唇をきゅっと引き締める。軽い身じろぎのあとに、また規則正しい寝息をたてだしたものの、その一瞬の動きに、一ノ蔵ははっと手を離した。
突然湧き起こった、くちづけの衝動。しかし、キスするためには自分の腿を枕に寝ている宮坂を下ろさなければならないし、そうしたらきっと起きてしまう。
けれど、目の前にある薄紅色の口唇に、くちづけたくてたまらない。一ノ蔵は再び宮坂の寝顔に手を沿えると、人差し指の背を、宮坂の口唇にそっと押し付けた。
可愛らしい弾力と、微かな熱。何故か、とてもいけないことをしているような気になりながら、一ノ蔵は押し付けた指を離した。
窓の外には、漆黒の闇と、その闇の中を舞い降りる雪。チラチラと揺れる暖炉の灯りが思いのほか明るく、一ノ蔵は本を読むために点けていた傍らのライトを長い指で消した。
「ん……」
その瞬間、薄く開く宮坂の目。さっき寝る前にコンタクトを外していたから、きっとぼんやりとしか見えてない筈。一ノ蔵は、身体を反転させた宮坂のためにブランケットを引き上げた。
「寒い?」
一ノ蔵の短い質問に、宮坂はけだるくかぶりを振る。そして床に手をついて身体を起こすと、息を止めて背筋を伸ばした。
「んーーーっ……ふぅ」
息をついて、一ノ蔵を見る。欠伸をかみ殺したのか、潤んだ瞳に、少しドキッとした。
「……寝てた?」
それが宮坂自身のことを聞いているのだと、一ノ蔵はすぐには気付かない。それでも、まだ半開きの瞳の宮坂が髪をかきあげる頃には、微笑と共に答えた。
「良く寝てましたよ。すっきりしましたか?」
「うん……あの………寝言とか、その……イビキとか……」
自分の熟睡ぶりは自分が一番よく分かるのか、宮坂が怖々とそんなことを聞いてくる。一ノ蔵は無用の心配に、つい笑って返した。別に、そんなこと気にしなくてもいいのに……と。
「ずっと静かに寝てましたよ。薪の割れる音の方が大きくて、それで忍さんが起きやしないかと思ったくらいだから……」
「そ…か……」
安心したように、それでもどこか恥ずかしそうに笑う宮坂に、一ノ蔵の胸がじわっと温まる。
と同時に、再び湧き起こってきた衝動。一ノ蔵は腕を伸ばし、伸びをする宮坂の身体を抱き寄せた。
「…?」
宮坂は訳が分からず、一ノ蔵を至近距離で見つめる。むしろ、コンタクトがない分、このくらいの距離でも恥ずかしくないらしい。
「さっき、忍さんが寝てる時にね…」
「うん」
一ノ蔵の肩に手を乗せて、宮坂も返事をする。一ノ蔵は、まだどこか眠そうな宮坂の目をじっと見つめて言った。
「すごく、したくなったんだけど……いいかな?」
………。
宮坂は、真剣な一ノ蔵の顔を見つめたまま、瞬き一つもせずに息を飲んでいる。一ノ蔵は、そんなに驚かれるようなことを言ってしまっただろうかと、逆に驚いた。そして、二人きりで別荘に来ているのにキスのひとつもできないのかと、少しシュンともする。
当然、「キス」の二文字を言い忘れたことになど、気付きもしなかった。
「あ…あの、僕もお風呂……入って来るね」
宮坂が、恥ずかしそうに呟く。
そのニュアンスに初めて、一ノ蔵も自分の言った言葉の恥ずかしさに気付いた。
**Honey Snow**
ちゃぽん…と肩まで湯船に浸かってみる。さらに顔の半分を湯に浸しながら、宮坂は湯気の向こうに見える壁を見つめていた。
したくなったって……したくなったって………やっぱりそういうことだよねっ??
考えれば考えるほど、ぼわわわーーーんと恥ずかしさが増し、それと同時に身体が熱くなる。
そりゃあ二人で旅行に来てるんだし、こんなに人里離れた別荘だし、しないことはないと思ってたけど、こんなにハッキリ言われるとなんだか無性に恥ずかしい。
しかも、宮坂は胸の中に、一ノ蔵にはとても言えないことを隠している。きっと言えば、一ノ蔵は喜んでくれるのかもしれない。けれど、こんなことを言ったら恥ずかしさに顔から火が出ることは確実だ。だから、宮坂は心の中でひっそりと思っていた。
それは、なんというか、その……そっちの意味で、相性がいいなぁ……ということだった。少なくとも宮坂は満足している。むしろ、する度に良くなっているようで、怖いくらいだ。未だに大澤に言われた「本気でするな」の言葉は守っているのだけど、でも、一ノ蔵はちゃんと宮坂のことを考えてくれてるだけに、宮坂もそれに応えたいと思う。一ノ蔵が自分を満たしてくれるように、自分も……と思うのであった。
うーーーーーー。なんでこんなことシラフで考えなくちゃいけないんだよう!
と思いながらも、やはり考えるのは一ノ蔵のこと。おまけにあんなことを言われたら、想像せずにはいられない。
ちょうどいい具合に、のぼせた頭が理性を奪っていってくれる。そうだ、ある程度頭が惚けていた方が、素直になれるかも……と、宮坂は息を止めて頑張ってしまった。
**Honey Snow**
大きな手が白い皿をこすり、泡を切っていく。
一ノ蔵は、そのままになっていた食器を洗っている。『ミスター味っ子』を見て以来、料理は嫌いではない(←っつーか、味っ子でいいのか?せめて美味しん……以下自粛)。どこの印刷関係会社にも受からなかったら、遅いながらも板前を目指そうかと、かなり本気で思っていた。
カチャカチャ
洗い終わった食器を水切り場に置きながら、鼻歌でも歌おうかと思った頃、背後で風呂場のドアが開く音がした。
「バスローブ置いておいたの、分かりました?」
振り返らずに、洗い物を続ける一ノ蔵。しかし、投げた言葉に返事が無いことを不審に思って手を止めると、背中にトスンと宮坂が抱きついてきた。
「し…忍さん?」
そのまま、ギュッと背後から抱きしめられる。シャンプーの香りと、濡れた髪の感触を肩口に感じながら、一ノ蔵が突然のことに心臓を高鳴らせた。
「少し……のぼせちゃった」
背中で感じる熱い吐息。抱きついてきてる身体も、確かに熱かった。
「大丈夫ですか?水でも……飲んだ方がいいかな?」
一ノ蔵の身体も、宮坂の熱が伝染したかのように熱くなってくる。抱きついてくる腕に自分の手を乗せながら、一ノ蔵が顔だけで後ろを振り返った。
上気して潤んだ瞳。宮坂と目が合い、一ノ蔵が直視できずについ目を逸らす。半開きの口唇も、いつもより赤く見えた。
「しっ…忍さん…っ!?」
どうしたんだ?なんかいつもの忍さんと違うんじゃないか!?
一ノ蔵は思いながら、どうしてだか積極的な宮坂に、どぎまぎしてしまう。
そうこうしている間に、宮坂の手は一ノ蔵の腹筋を撫でながらゆっくりと下りていく。一ノ蔵がとまどいに身を固くしていると、宮坂の長い指が一ノ蔵のベルトを外した。
「えっ…?」
「あっ……待って」
振り返ろうとする一ノ蔵を、宮坂が言葉で制する。
「その…っ…恥ずかしいから…そのまま……」
そして、恥ずかしさ紛れか、一ノ蔵の背中に顔を押し当てる。確かに、顔は熱いまま。上気した頬を想像すると、一ノ蔵はつい微笑んでしまった。
宮坂の手が一ノ蔵のシャツを脱がしていく。裸の上半身をさらすと、肩幅の広いその背中に、宮坂が赤く熱を帯びた口唇を押し当てた。
前に回した手が、一ノ蔵の胸を撫でる。肩口で遊ぶ宮坂の口唇から、濡れた舌が覗いた。
ゾクゾクと駆け上がってくる波に、一ノ蔵が流しっぱなしだった水道の蛇口を、指先で止める。そして、自分の肌を撫でる宮坂の腕を取ると、振り返り、潤んだ瞳で自分を見上げる宮坂を見つめ返した。
半開きの口唇。一ノ蔵は煽情的なその輝きに、思わず息を飲む。
「……一ノ蔵…さん…?」
視線を落としたまま動かない一ノ蔵に、宮坂が口唇を動かす。自分の名前を紡ぐその動きに、ほうっと熱いため息を漏らし、一ノ蔵は節のしっかりとした指を、宮坂の細い顎に添えた。
「もう……してもいいの?」
宮坂は、一ノ蔵の微笑みに、はにかんだ笑顔で返す。自分から白い頬を寄せ、少しためらいがちに濡れた口唇を重ねると、それを捕らえるように一ノ蔵が宮坂の下唇をやんわりと噛んだ。
熱い舌が、口唇を割って絡み合う。巧みに動く宮坂の舌が、一ノ蔵の舌の裏を舐め上げ、一ノ蔵の身体がピクっと震えた。
「んっ……」
うわっ……なんか、いつもと違うんじゃないか?と一ノ蔵は感じながら、自分の口中を犯すように蠢く宮坂の舌の感触に、かなりやる気を煽られている。
一ノ蔵の裸の背中を手のひらで感じながら、のぼせたまま引いていかない熱に、宮坂もどこか夢見がちの瞳を潤ませた。
「一ノ……蔵……さ……」
囁きながらも、揺れる視界。どうしたんだろう?地震かな……と宮坂が思った時、目の前の一ノ蔵の顔色が変わった。
「忍さん?……忍さん!?」
そう。宮坂は、やはりのぼせたせいで、見事に眩暈を起こしていた。
後半戦にツヅク・・・
裏キリ番44444ゲットのユカリさんからのリクエスト
「大人になっても」甘々番外編でございます。
一応正統派として珠ちゃん&忍でお送りいたしました♪
後半戦は近日公開したいなぁ・・・(希望)