「被団協」新聞1997.12月号より

長崎原爆松谷訴訟−福岡高裁で全面勝利の判決 

 長崎原爆松谷訴訟の控訴審で、福岡高等裁判所は11月7日、原告松谷英子さんの全面勝利の判決を言い渡しました。

 判決の瞬間、法廷内で感激のどよめきと拍手がわきました。

 松谷さんは「私の勝訴は被爆者みんなの喜び。厚生省は絶対に上告しないでください」と、お祝いの花束を満身の笑みで抱きしめながらも、きっぱりといいきりました。

 判決は、原爆による障害が「戦争という国の行為によってもたらされたもの」とした1978年の最高裁判例を引用し、「かつて例をみない特異かつ深刻な」「戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかる」のが、旧原爆医療法であり、この制度の根底には「国家補償的配慮がある」とのべています。  この立場から、松谷さんの障害が原爆によるものであることの証明については、「物理的、医学的観点から高度の蓋然性の程度まで証明されなくとも」、「相当程度の蓋然性があれば足りる」としています。

 「松谷さんの被爆距離では放射線被害はない」といいつづけている厚生省が唯一の根拠としている「DS86」という被曝線量推定方式について、判決は詳細に検討したすえ、これを「絶対的尺度として適用することをちゅうちょする」としりぞけました。

 そして判決は最後に、厚生省の原爆症認定の審議について「審議及び判断の過程には、見逃すことのできない過誤、欠落がある」として、松谷さんを原爆症と認定すべきだと断定したのです。

厚生省は上告するな−寒風の中3日間も座り込み

 判決について日本被団協は 声明 を発表し、「上告することなくただちに松谷さんを原爆症と認定せよ」「被爆者がガンになった場合は、すべて原爆症と認定せよ」などと政府に要求しました。

 長崎被災協と松谷訴訟を支援する会は、厚生大臣宛に「原爆症認定のあり方について、国家補償の立場から全面的に見直せ」などと 要請 しました。

 上告期限が迫ってきた18日から20日までの3日間、日本被団協と首都圏の被団協は、支援の人びとの励ましをうけて、厚生省前で、「上告するな」と座り込みを決行しました。これには3日間でのべ230人以上が参加。ビラ3,500枚が配布されました。

 20日は、曇天で寒風が吹きまくる悪天候でしたが、松谷さんも上京して座り込みに参加、厚生大臣との面会と上告断念を要求しました。

非道にも国は上告−被爆者との面会も拒否

 座り込みが終わった午後3時過ぎ、厚生省は、被爆者にはついに面会しないまま、記者会見で上告を発表しました。

 上告理由はたった二点で、「相当程度の立証で足りる」とした判断と「裁判での専門的知見の採否」が承服できないというものでした。

 松谷さんらは午後4時からの記者会見で「一、二審で破綻した数値をまたも持ち出すのか」「被爆者をいつまで苦しめるのか」と、国の冷たい仕打ちを批判し、上告取り下げを要求しました。 − 上告に対する日本被団協の声明   松谷訴訟へ


松谷訴訟判決の意義−池田眞規弁護士が講演  

 松谷訴訟の福岡高裁判決の意義について、池田眞規弁護士が、中央相談所九州ブロック講習会でわかりやすく講演しました。要旨を紹介します。

被爆者の立場で被害実態を直視

 松谷訴訟は、原爆を承認し、原爆被害を「受忍」するのか、拒否するのかのたたかいでした。

 厚生大臣は現在、原爆と原爆被害を認める立場に立って被爆者行政をしています。

 しかし原爆医療法ができた1957年当時は、54年三月のビキニ水爆実験による第五福竜丸事件を契機に、全国的に原水爆禁止の運動が盛り上がり、56年に日本被団協が結成され、国家補償の被爆者援護法制定の要求をかかげて運動を開始した時期でした。

 原爆医療法にもとづいて、原爆後障害を治療するうえでの注意事項として、厚生省公衆衛生局長は58年8月に行政通知を出しました。これは、原爆と原爆被害を許さないという国民運動のなかでかちとったものです。

 今度の判決は、この行政通知を、いまでも有効として採用しています。

 こんどの判決の最大の意義は「原爆被爆者の立場に立って原爆被害をとらえるべきである」と宣言したことにつきます。

 原爆被害を被爆者の立場に立って捉えるということはどういうことかをみてみましょう。

[原爆被害のとらえ方]  被爆者の立場=被害の具体的状況が基礎。原爆被害は受忍できない。原爆被害を世界に訴える。

 加害者の立場=被害の具体的状況を無視。DS86を尺度にして判断。基本懇答申・受忍義務がある。原爆被害を隠蔽。

[原爆使用の法的評価]  被爆者の立場=不必要な苦痛を非戦闘員に与える攻撃で国際法違反。原爆の再使用は許さない。

 加害者の立場=禁止条約がないから国際法違反ではない。核兵器は戦争の抑止に有効。

[原爆被害の補償]  被爆者の立場=戦争を開始遂行した国家に補償責任。違法な原爆投下行為の賠償責任。

 加害者の立場=国家の補償責任拒否。違法行為の賠償責任を拒否。


日本被団協が全国代表者会議・中央行動

日本被団協の全国代表者会議が、11月5日、東京・日本青年館で、38県から100人が参加して開かれました。

 はじめに伊藤サカエ代表委員が、「86歳になって無理がきかないけど、核兵器がなくなるまで死んでやるもんかと思ってがんばる」と、元気にあいさつしました。

 会議では、沢田昭二名古屋大学名誉教授が「核の傘の広がりと日本」と題して約1時間講演しました。世界的な核兵器廃絶への流れに背いて、日本政府が新ガイドラインでアメリカの核戦争に自動参戦する仕組みをつくろうとしていることを説きあかし、松谷訴訟の勝利は核兵器の限定使用の誤りを明確にするものであり、核兵器のない世界への展望を切り開くものと結びました。

 午後は、「原爆と人間展」パネルの普及・活用の経験を交流しました。

 会議には、長崎から松谷英子さん、アメリカから反核活動家ジョン・スタインベック夫妻も参加、拍手を浴びました。

DS86でふるい分け−中央行動で追求

 代表者会議参加の各県被団協代表と首都圏被団協は120人で6日、政府・政党・国会議員要請を行ないました。

 厚生省交渉では、原爆症の認定申請について、事務当局があらかじめDS86で申請者をふるい分けして医療審議会にかけていることが分かり、被団協代表からきびしい抗議がなされました。

 外務省交渉では、省側が「核兵器は平和維持に役立っている」と発言したことから、代表との間で応酬がありました。

 政党要請では、新進、民主、共産、社民、新社会、参院公明の各会派代表と懇談しました。

 国会議員要請では、ブロックごとに約500議員に要請を行ないました。


「医療改悪」で学び討論−中央相談所全国研修会 

 11月4日、日本青年館で中央相談所主催の第3回全国相談員研修会が開催されました。

 会では「どうなる医療・社会福祉」のテーマで、社会保障推進協議会事務局次長の相野谷安孝さんが講演。健康保険法の改悪につづき社会保障制度の解体にまで進もうとしていることが具体例で明らかにされました。

 それによると、政府は2003年までに医療費など社会保障関係の国の支出を削減する方向で、難病対策費の公費負担を中止したり、カゼや成人病などの医療費を健康保険適用からはずそうとしているとのこと。

 今後は、被爆者にも被害がおよんできます。こうした改悪を食い止めるためには国会での力関係を変えることが切実な課題と、相野谷さんは結ばれました。

 つづいて伊藤直子相談員から、健康管理手当更新手続きの簡素化の要求について、厚生省との話し合いの経過が報告されました。


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