2005年3月29日 東京の被爆者、東数男さんの原爆症認定訴訟で、東京高裁は国側の控訴を棄却しました。
以下は、その判決要旨です。


判 決 要 旨

【事件番号と事件名】
 平成16年(行コ)第165号原爆被爆者医療給付認定申請却下処分取消請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成11年(行ウ)第141号)

【当事者】
 控訴人厚生労働大臣
 被控訴人(亡東数男訴訟承継人)東朝子

【事案の要旨】
 東数男(昭和3年10月10目生。以下,同人を「被控訴人」という。)は,昭和20年8月9目,長崎市内で原子爆弾(原爆)に被爆し,昭和56年ないし昭和59
年ころから肝機能障害を指摘され,平成4年以降入院ないし通院による治療を受けてきたところ,平成6年2月16目付けで控訴人(当時の厚生大臣)に対し,被控訴人の肝機能障害が原爆の放射線に起因するものであるとの認定の申請(以下「本件認定申請」という。)を行った。これに対し,控訴人は,本件認定申請を新たに制定された原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)11条1項所定の認定の申請とみなした上で,被控訴人の肝機能障害は原爆の放射線に起因するものとは認められず,被控訴人の治癒能力が原爆の放射線の影響を受けているとも認められないとして,平成7年11月9目付けで本件認定申請を却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
 本件は,被控訴人が本件処分の取消しを求めている事案である。
 原判決は,被控訴人の請求を認容した。これに対して,控訴人が不服を申し立てたものである。

【結論】
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

【争点】
 被控訴人の肝機能障害(C型慢性肝炎)が原爆の放射線に起因するものと認められるか否かである。

【判断の骨子】
(1) 放射線の人体に与える影響については,その詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあることや,人間の身体に疾病が生じた場合,その発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連しているのが通常であり,特定の要因によっては当該疾病の発症に至った機序を立証することはおのずから困難が伴うものであることなどからすれば,被控訴人の肝機能障害が放射線起因性を有するか否かを判断するに当たって,被控訴人が原爆放射線を被曝したことによって上記疾病が発生するに至った医学的,病理学的機序の証明の有無を直接検討するのではなく,放射線被曝による人体への影響に関する統計的,疫学的な知見を踏まえつつ,被控訴人の被爆状況,被爆後の行動やその後の生活状況,被控訴人の具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果等を全体的,総合的に考慮した上で,原爆放射線被曝の事実が上記疾病の発生を招来した関係を是認できる高度の蓋然性が認められるか否かを検討することが相である。

(2) 放射線被曝による人体への影響に関する統計的,疫学的な知見は,長期的な調査の結果,近年に至ってようやく得られつつあるところであるが,これらの知見によれば,慢性肝疾患,肝硬変及び肝臓がんの中に大きな割合を占めるHCVの持続感染及びその進行によるC型慢性肝炎の発症に対して,原爆放射線の被曝が影響している可能性があるとみることに,相応の根拠が存するものというべきである。そして,HCV抗体陽性者においては,放射線量の増加に伴って慢性肝疾患の有病率が増加しており,放射線被曝がC型慢性肝炎に関連した慢性肝疾患の発症や進行を促進した可能性を指摘する論文も存在することが認められる。
 上記のような統計的,疫学的知見が存在することに加え,被控訴人の原爆放射線による急性障害の重篤性や,被控訴人の免疫機能が少なくとも一定期間低下した事実,被控訴人の体調はその後回復したものの,被爆後長年月にわたり原子爆弾による影響を様々な形で被っていたことがうかがわれ,被控訴人に生じた健康被害については,被爆後長期間を経過した後に発生したものであっても,一応原子爆弾による被爆との関係を考えることが相当であることなどを併せ考慮すれば,本件認定申請に係る被控訴人の肝機能障害については,被控訴人が爆心地から至近の地点において多大な原爆放射線に被曝したことが,HCVの感染とともに慢性肝炎を発症又は進行させるに至った起因となっているものと認めるのが相当である。

(3) したがって,被控訴人の肝機能障害(C型慢性肝炎)は原爆の放射線に起因するものと認めるのが相当であり,本件認定申請を却下した本件処分は取り消されるべきである。
 よって,原判決は相当であるから,本件控訴を棄却する。

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