「劣性遺伝」と「優性遺伝」について

〜アルビノを正しく理解する〜

0.           はじめに

皆さんは、「アルビノ」というものをご存知でしょうか。白いハツカネズミや白い飼いウサギなどの体が白くて目の赤い動物のことで、遺伝子の突然変異で生まれるものであるとの認識は、多くの方が持っているでしょう。

「アルビノは、劣性遺伝だから体が弱い」との発言を耳にすることがありますが、この認識は間違いです。「アルビノは、劣性遺伝だけども体は弱くない」と言い換えても、やっぱり間違いです。実際に、飼育品種のアルビノ個体で虚弱なものが多い現象に出会うことは少なくありません。しかしそれは、「アルビノだから弱い」のではなく、「飼育動物におけるアルビノは、少ない個体数の種親から急いで品種として固定しようとするから、近親交配の結果血が濃くなって、虚弱な個体が生じやすい」というだけなのです。

では、なぜ、近親交配によって血が濃くなる(注2)と虚弱な個体が生じやすいのでしょうか?「劣性遺伝」と言う言葉の響きから、「劣性遺伝=悪いもの」という誤ったイメージを作り上げてしまってはいないでしょうか?

ここでは、「アルビノに虚弱な個体が多い」と言う現象の原因について明らかにしていく中で、「劣性遺伝」と「優性遺伝」の仕組みについて理解を深めていきたいと思います。

 

1.           アルビノとは

一般にアルビノとは、遺伝子の変異が原因でメラニン色素を体表に正常に配置できない個体の事を指します。遺伝子のどの部分に変異があるかによっていくつかのタイプがありますが、メラニン色素を作るために必要な酵素を作ることができないものが良く知られています。哺乳類の場合はメラニン色素が唯一の色素ですので、これが欠けると皮膚は血液の色が透けて見えて白っぽいピンク色に、体毛は光の屈折で真っ白に見えます。魚類の場合は黄金色に見える場合がほとんどで、爬虫類はメラニン以外にもいくつかの色素を持っているため、残った色素の種類によって、赤・黄色・青・白など様々な色のものが見られます。このような見た目に表れた形質のことを「表現形」と言い、その原因となっている遺伝子の形質を「遺伝子形」と言います。

みなさんご存知のとおり、遺伝子の本体はDNA(ディオキシリボ核酸)です。DNAは染色体の中に収まっており、染色体はいくつかの対(ヒトの場合は○対○本)になって存在しています。対となっている2本の染色体の中身は、性染色体を除いて原則として同一の情報で構成されており、その一方にコピーミスによる変化がおきても残る一方が正しい情報を補完することによって、表現形に影響を与えないようなシステムとなっています。メラニン色素に影響のある遺伝子形がコピーミスによって偶然発生した場合でも、ほとんどの場合はこのシステムの作用によって、実際に表現形に現れてくることはありません。これは、通常の色を発現させる遺伝子の方がアルビノを発現させる遺伝子より強いからで、このような関係を「アルビノの遺伝子は通常色の遺伝子に対して劣性である」と言います。つまり、アルビノの遺伝子と通常色の遺伝子が対になっている場合には、遺伝的に劣性であるアルビノの形質は発現せず、遺伝的に優性である通常色の形質が発現して、その個体は通常色の個体となるわけです。ではどのような場合にアルビノの形質が発現するのでしょうか。もうお解りのとおり、対となる遺伝子が二つともアルビノの遺伝子である場合にのみ、アルビノの形質が発現するのです(図1−@参照)。したがって、見た目がアルビノの個体はアルビノの遺伝子しか持っていない事になり、その個体どうしを交配した場合にはアルビノの子しか生まれない(図2−B参照)と言う結果となります(注1)。

このように、アルビノは通常ただ一箇所の遺伝子の変異によって発現するものであり、それによってメラニン色素が作れないと言うだけのものです。ところが、「遺伝子に異常があるから体が弱い」との誤った認識を持ってしまっている人が多いのです。この様な誤解は何故おきるのでしょうか?

 

2.           飼育動物における品種としてのアルビノ

前述のとおり、アルビノは遺伝子に起きたコピーミスによって偶然に生じるもので、しかもその遺伝子は通常色の遺伝子に対して劣性で、二つそろって初めて表現形に表れるものですから、その発生の確率は非常に低く、「とても珍しい個体」として人間に珍重されることになります。

そうなると、アルビノ個体を手に入れた動物飼育家は、何とかしてアルビノを改良品種として固定し大量に繁殖させたいと考えるものでしょう。アルビノ個体がペアで入手できた場合には、アルビノ同士を交配してその子が全てアルビノとして得られ、その子同士を交配していく限り得られる個体は全てアルビノとなる(図2−B参照)訳ですし、アルビノ個体が1頭しか手に入らない場合にもこれを通常色の個体と交配し、F2の世代で何頭かのアルビノ個体を得ることができる(図2−@とA参照)ので、アルビノを増やすのは簡単なことのように思えます。しかし、事はそう簡単にはいきません。

アルビノの遺伝子がコピーミスによって偶然に生じるように、遺伝子には様々なコピーミスによる変異が生じています。生物の体は非常に複雑で繊細なものですので、この変異の多くはその個体の表現形に何らかの影響を与えるはずです。そして、その変異は偶然に生じたものですから、その個体が生きていく上で望ましいものであることは極々稀なことでしょう。アルビノのように、生存にあまり影響の無い変異は少ないのです。しかし、その生存に望ましくない遺伝子も、前述のとおり、二本の染色体による相互補完の働きによって表現形に表れてくることは少なくなっています。したがって、遺伝子のコピーミスによって生じた変異の多くは、表現形には表れずに個体や個体群のなかに潜在的に蓄積されていくことになるのです。この蓄積された好ましくない変異が表現形に表れてくる場合があります。それは、アルビノの形質が表現形に発現するのと同じく、同じ変異の遺伝子が二つそろった場合です。遺伝子のコピーミスは偶然に起きるものですから、全く同じコピーミスが複数の個体に起きる確立は非常に少なく、同じ変異の遺伝子はほとんどが同一個体に生じたものに由来することになります。したがって、同じ変異の遺伝子が二つそろうのは、兄弟姉妹同士の交配や父と子の交配などの近親交配を行なった場合が最も確率が高い結果となるのです。そうなると、アルビノを品種として固定しようと近親交配を行なうことは、同時に、せっかく眠っていてくれた好ましくない遺伝子を二つ揃えて、表現形に発現させてしまう結果となってしまうのです。

これが、飼育下で品種として固定されたアルビノに虚弱な個体が多い原因となっているのですが、飼育家も手をこまねいて見ているわけではありません。近親交配によってある程度のアルビノの個体数が確保できたら、次はこの体質改善の作業に入ります。虚弱になってしまったアルビノ個体に通常色の個体を交配(図2−@参照)し、さらにその子(F1)同士の交配により、孫(F2)の世代でもう一度アルビノ個体を得る(図2−A参照)のです。この時に使用する通常色個体は、アルビノの固定に使った血統とは全く別の血統である必要があります。アルビノ固定の過程で発現してしまった好ましくない遺伝子を、潜在的にでも持っていないことが要求されるからです。この作業を一般に「戻し交配」と呼び、この過程を経て体質改善がなされてはじめて、飼育動物におけるアルビノ品種は真の完成を見るのです。

このように、飼育動物においてアルビノに虚弱な個体が多いのは、その固定の過程における一時的な現象でしかないのです。冒頭述べた「アルビノは、劣性遺伝だから体が弱いとの認識は間違い」という意味がご理解いただけたでしょうか?

 

3.           野生個体群におけるアルビノ

前述のとおり、アルビノは遺伝子に起きたコピーミスによって偶然に生じるもので、しかもその遺伝子は通常色に対して劣性で、二つそろって初めて表現形に表れるものですから、その発生の確率は非常に低く、人間の手によって計画繁殖される飼育動物ならともかく、野生動物においてアルビノに出会うことは極稀です。アルビノのような遺伝子の突然変異による劣性の遺伝子は、前述のとおり近親交配によって表現形に発現しやすいものですから、野生動物は、子が成体になる前に親が子を自分のテリトリーから追い出すことや、同時に生まれたオスとメスの間で成熟までに要する期間が異なっていること、一緒に育った兄弟姉妹に対して性的関心が湧かないような仕組みなど、近親交配を避けるための様々な習性を発達させて、その種を存続させているのです。

 

4.           アルビノ個体のハンディ

ここまでは、「アルビノはアルビノだから虚弱なのではない」と一貫して述べてきました。これは「アルビノ=虚弱=悪いもの」という誤った知識に基づく偏見を拭い去っていただくための措置です。アルビノの仕組みを理解して偏見の無い状態になっていただけた皆様に、今度は「アルビノだから弱い部分」について述べておく必要があります。

メラニン色素は、太陽光に含まれる生物の体に有害な紫外線から体を一定程度保護してくれる働きがありますから、これが体表に正常に配置できないアルビノ個体は、過度に紫外線の影響を受けてしまうことになります。しかし、体温の維持を太陽熱などに頼る必要の少ない内温動物(哺乳類と鳥類)においてはさほど長時間の日光浴を必要としませんし、もともと紫外線の影響の少ない水中生活者である魚類や両生類の幼生にとっては紫外線の影響はさほど問題とはなりません。また、体温調節とビタミンDの合成のため多くの日光浴を必要とする爬虫類においては、メラニン色素以外にも体を紫外線から守るいくつかの色素を持っていますのでメラニン色素が欠けただけのことはさほど重大な問題ではありませんし、乾燥に弱い陸上生活者である両生類の成体においては、もともと長時間の日光浴は不可能です。したがって、紫外線に対する耐性の不足は、アルビノ個体にとって生命の存続に直接影響するほど重大な欠陥ではないと言えるでしょう。

さらに、メラニン色素を体表に正常に配置できないことによる白または明るい体色は、爬虫類など日光浴によって体温を上昇させる外温動物にとっては、紫外線の問題とは別のハンディとなり得ます。白または明るい体色は、黒っぽい体色と比べて光エネルギーを受け止めて熱エネルギーに返還する効率が低いのです。

もう一つアルビノ個体にとってハンディとなるのは、その美しい色です。野生動物の多くは獲物や敵から発見され難いように、周りの景色に溶け込むような色をしています(保護色)。また、毒をもった動物は、派手な色をして自分が危険であることを周囲にアピールしています(警戒色)。このように野生動物は、生きるために有利な色を身につけているのです。ところが、アルビノ個体はこの有利な色をもっていません。真っ白や黄金色の、人間のめから見ると美しく見えるその体色は、多くの場合非常に目立ちやすく、敵に見つかって捕食される危険が高かったり、獲物に見つかって狩りに失敗してしまう確立が高かったりするため、生存には不利であるとされています。

以上のようなアルビノ個体の持つハンディは、全てその色に起因する二次的なものであって、「遺伝的に虚弱である」という誤解につなげて考えることのないよう注意することが、アルビノを正しく理解するために非常に重要です。

 

5.           突然変異が起きているのではない?

アルビノが遺伝子の突然変異によって生じるものであることを十分に理解している人でも、陥ってしまっている誤解があります。

野生個体でも飼育動物においても、通常色の個体ばかりの個体群のなかから突然アルビノ個体が誕生する現象に出会うと、「その世代において遺伝子の突然変異が生じた」と考えてしまいがちですが、はたして本当にそうでしょうか?前述のとおり、アルビノを生じさせるものも含めて遺伝子の突然変異は極稀にしか生じるものではありません。しかし、一度発生すると、それが通常の遺伝子にたいして劣性であるため、めったに表現形に発現することなく通常色の個体群の中に潜在的に存在しつづけます。一見アルビノの遺伝子など存在していないかのように見える個体群の中にも、長い年月をかけて相当の割合でアルビノの遺伝子を潜在的に持った個体が存在することとなっているのです。そしてこの遺伝子がたまたま二つそろったときに、その時突然生じたかのようにアルビノ個体が誕生するのです。

 

6.           おわりに

いかがでしょう。「アルビノは、劣性遺伝だから体が弱い」のではないことが、お解りいだけたでしょう。また、「劣性・優性と言うのは、対立遺伝子間の力関係のことを言っているのであって、その個体が劣っているとか優れているとかを言っているのではない」こともお解りいただけたことと思います。そして、ここまで理解できたということは、メンデルの第一法則(優性の法則)と第二法則(独立・分離の法則)が理解できたと言うことであり、遺伝の仕組みの基礎が理解できたと言うことなのです。

ただし、物事を簡単に手短に説明しようとするとウソが多くなり、厳格に正確に説明しようとすると説明が膨大で難解なものとなってしまうのは良くある事です。本稿においても、簡単で手短な説明を心がけた結果、多少のウソが含まれる結果となってしまっているかもしれませんが、何分にも学者さんではない者の書いた小文として、ご容赦ください。

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注1 これは一般論であって、次のような例外があります。

アルビノには遺伝子のどの部分に変異があるのかによって、いくつかのタイプがあります。生物が体内でメラニン色素を合成するためにはいくつかの工程でいくつかの酵素が必要ですが、このそれぞれの酵素のうちどの酵素が作れなくてもメラニン色素の合成はそこで中断してしまうことになります。したがって、第1の酵素を作れないと言う遺伝子を持ったアルビノや、第2の酵素を作れないと言う遺伝子を持ったアルビノが存在する可能性があり、このタイプの異なるアルビノ個体の交配では、例外的に、その子は全て通常色の個体として生まれてくることになるのです。したがって、アルビノ同士を交配して全てアルビノの子が得られるのは、アルビノを発現させている遺伝子の変異が同一の部分に発生しているタイプの個体同士を交配した場合に限ったものであると言うことです(図1−A及び2−C参照)。

 

注2 用語集本体「血が濃くなる」参照→

 

 

 

<図1>

1−@ メラニンを作るために必要なある1つの酵素を作れない異常のある遺伝子を「a」、この部分が正常な遺伝子を「A」とすると・・・

遺伝子形

表現形

AA

通常色

Aa

通常色

aa

アルビノ

 

1−A メラニンを作るために必要なある1つの酵素を作れない異常のある遺伝子を「a」、この部分が正常な遺伝子を「A」、またそれとは別の酵素を作れない異常のある遺伝子を「b」、この部分が正常な遺伝子を「B」とすると・・・

遺伝子形

表現形

AABB

通常色

AABb

通常色

AaBB

通常色

    AaBb

通常色

aaBB

アルビノ

aaBb

アルビノ

AAbb

アルビノ

Aabb

アルビノ

aabb

アルビノ

 

<図2>

2−@ アルビノの遺伝子を持っていない通常色のオス(AA)と、アルビノのメス(aa)を交配すると・・・

下図のとおり、全ての子F1は遺伝子形Aaの通常色個体となる。

 

A

A

a

Aa

Aa

a

Aa

Aa

←父(AA)から半分受継ぐ遺伝子
    ↑

母(aa)から半分受継ぐ遺伝子

 

2−A この潜在的にアルビノの遺伝子をもつ通常色の子F1同士を交配すると・・・

下図のとおり、孫F2では、遺伝子形AA:Aa:aaが1:2:1の割合で出現し、AAとAaはともに見た目は通常色であるので、表現形においては 通常色:アルビノが3:1の割合で発現することになる。

 

A

a

A

AA

Aa

a

Aa

aa

←父(Aa)から半分受継ぐ遺伝子
    ↑

母(Aa)から半分受継ぐ遺伝子

 

2−B アルビノのオス(aa)と、アルビノのメス(aa)を交配すると・・・

下図のとおり、全ての子F1は遺伝子形Aaの通常色個体となる。

 

a

a

a

aa

aa

a

aa

aa

←父(aa)から半分受継ぐ遺伝子
    ↑

母(aa)から半分受継ぐ遺伝子

 

2−C ところが、ある1つの酵素を作れない異常のある遺伝子を持つアルビノのオス(aaBB)と、それとは別の酵素を作れない異常のある遺伝子を持つアルビノのメス(AAbb)を交配すると・・・

下図のとおり、全ての子F1は遺伝子形AaBbの通常色個体となる。

 

aB

aB

Ab

AaBb

AaBb

Ab

AaBb

AaBb

←父(aaBB)から半分受継ぐ遺伝子
    ↑

母(AAbb)から半分受継ぐ遺伝子

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