(←拡大画像 javascriptを使用)40年前の8/31、仕事を終えてから大垣夜行に乗車。岐阜へ向かっています。国鉄では3本目となる欧風列車「ユーロライナー」がデビューしましたが、首都圏まで来るのは平日ばかり。9/1はやっと休みの日になったため、思い切って東海エリアまで出向くことにしたのです。
木曽川付近で撮った同車はEF65一般形の牽引で曇り空。一応撮れたけれど、どうもパッとしなかったという印象でした。
ユーロライナーはまた載せる機会があろうと思います。今回は実家に立ち寄る前に撮った武豊線からの名古屋直通列車をご覧に入れます。
当時はあまり愛知には帰っていなかったこともあって、武豊線の使用車両がいつからキハ28、58、65に変わったかは把握していません。キハ35が運用を離脱して美濃太田に疎開回送されたという雑誌記事を最近見つけましたが、時期を確認しそびれてしまいました。
それでも、まだ東海道線でも非冷房車が少なからずあった時代に、武豊線の方が冷房化率が高かったのではないかと思われます。
撮影ポイントは国道23号線の陸橋の下にある踏切です。しかし、電柱の移設や機器ボックスの設置によって、実質上撮れなくなってしまいました。(25.9.7)
(←動画の閲覧はこちらから)このところ動画の新作アップが滞っていました。前作から2ヶ月になってしまいますので、適当なものがあればと、HDDを眺めていました。今回はすぐに「これにしよう」と思ったものです。
冒頭に出て来るDE10にプッシュされる783系。終了間際の撮影になりますが、この少し前の時代の九州では、さまざまな新アイデアによって、これまでになかったような列車が走るようになりました。九州ではこのほかに在来の客車や気動車を改造したジョイフルトレインが多数ありましたが、これらが1994年6月末で全ての団臨用車両が引退することになりました。
バブル経済の崩壊によって、需要に陰りが見られたことでしょう。また、特急列車に新車両が行き渡ってきて、高速化が図られた結果、旧来の国鉄型が足かせになりつつあったという背景がありそうです。
自宅の暗いブラウン管テレビで見るために明るくし過ぎた映像が多いのですが、1日でよくこんなに撮れたものだと、改めて思います。(25.9.7)
仮想の鉄道、碧海電鉄へようこそ。碧海電鉄といってもかつて名鉄西尾線の前身として実在した碧海電気鉄道ではありません。当鉄道では愛知県出身の開設者が50年以上にわたって撮影した鉄道写真のアルバムをご紹介していきます。
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