都市緑地の保全と創出における鳥類の生息環境適合度モデルの応用

橋本啓史

論文要旨


私家版表紙  都市は人工環境の卓越した空間である.しかし,そこにも人間の手では制御しきれない自然のプロセスが存在している.そのひとつが野生生物の繁殖である.例えば,都市内の樹木にも葉食性の昆虫が発生する.複雑な食物網が形成されていれば,発生した昆虫の個体数は捕食性の昆虫や鳥類によって制限される.都市内において健全な生態系を構築することは,人間の生活環境の向上にもつながる.
 近年,大都市では街路樹等による都市緑化が進み,年月の経過によって樹木の生長も進み,都市の緑の量と質は向上の傾向にあるが,緑地の果たす機能面からの評価は依然として充分でない.一方で都市近郊の自然林または二次林の孤立・分断・縮小化は依然として進行している.樹林の孤立・分断・縮小は生息する生物相に大きく影響することが知られている.
 本研究では,都市において生息する野鳥の中で特にシジュウカラ Parus major とアオバズク Ninox scutulata に注目して,都市に健全な生態系を創出するための緑地の保全および整備のあり方を論じることを目的とした.そして,生き物(鳥類)の視点からの具体的な緑地計画案の評価手法を提案する.シジュウカラは都市の街路樹なども含めた緑地における食物網の健全性を示す指標種として積極的に増やすべき種として,アオバズクは都市孤立林における生態系の豊かさの象徴としてアンブレラ種的な役割を果たすことが期待されることからこれ以上減少しないように保全すべき種として取り上げた.
 本論文は,その目的と構成,都市緑地において野鳥等の生息に配慮する意義および生物生息環境モデリングの都市緑地計画への応用性について整理した第1章のあと,3部構成,計9章からなっている.
 第1部は,公園や街路樹などの市街地の緑といった都市緑地における鳥類の生息に関わる要因についての研究,2章からなる.まず第2章では,大都市である大阪市街地における小規模公園をも含む都市緑地の鳥類の種数および種組成と環境要因,特に公園を取り囲む都市的土地利用との関係を明らかにした.また,シジュウカラの都市緑地における環境指標性を明らかにした.そして第3章では,シジュウカラの生息環境適合度モデルをロジスティック回帰モデルによって作成し,都市における本種の生息条件を明らかにした.
 第2部は,市街地に残された孤立林における鳥類の保全についての研究,4章からなる.第4章では,京都市街地の孤立林における樹林性鳥類の種数と樹林面積の関係および種組成の入れ子パターンについて分析し,相対種数と樹林面積との関係が繁殖期と越冬期でほぼ同じとなること,および林縁性の種以外は大きな生息地には小さな生息地に生息する種のほとんどが生息する入れ子パターンを示すことを明らかにし,孤立林における樹林性鳥類の保全のための基本的な指針を示した.第5章では,京都市街地に新しく造られた森である梅小路公園『いのちの森』における約8年間の鳥類相の記録から復元型ビオトープにおける鳥類相の初期遷移を明らかにし,主な種の飛来・定着には約10年を必要とすること,および特に越冬期に同程度の樹林面積の生息地よりも多くの種が飛来することを示した.第6章では,第4章および第5章の結果により詳細な検討が必要と思われた緑地のネットワークに関して,リモートセンシングと GIS を利用した樹林性鳥類のための飛び石コリドーの抽出を試みた. 第7章では社寺林などの孤立林におけるアオバズクの生息環境適合度モデルをロジスティック回帰モデルによって作成し,本種の保全に必要な樹林面積を明らかにした.
 第3部は,鳥類の生息環境適合度モデルをどのようにして緑地計画に応用していくかについての研究,2章によって構成されている.第8章では,第3章で得られたシジュウカラの生息環境適合度モデルを実際の緑地計画案に適用させるためのシミュレーション・アルゴリズムを提案し,京都市街地に適用させて予測精度を検証した.第9章では,結論として都市緑地の保全と創出における鳥類の生息環境適合度モデルの応用についての今後の可能性を示した.