A380は日本の国内線に就航するのか

2005118日、フランス、ツールーズのエアバス社の工場でエアバスA3801号機の披露が行われた。 

1949年のフランスのブレゲー・ドゥポン/プロバンス以来の実用の総二階建て旅客機の登場である。 

標準的3クラス座席配置で555席、オールエコノミーとすれば公式発表はないが800席になんなんとするらしい超大型機である。 一方、我が国は500席を超すボーイング747やボーイング777-300のような大型旅客機が国内航空路線に運航されている世界唯一の国である。 しかるにA380はすでに154(20052月末現在)の注文を受けたと発表されているが、そのなかに我が国の航空会社の名前はない。 

確かにボーイング747にしても本来は長距離国際線用機材であり、1,000km程度の路線に高密度座席配置で就航させるのは我が国だけの特殊な環境によるもので、世界中探しても同じような運用をしている国はない。 もしA380もそのような使われ方をされるとすれば、我が国をおいては他にはなく、具体的に言えばJALANAが使うのかどうかにかかっている。 雑誌記事によればJALは「我が社は既に600席近い機材を保有しており、中期的にはA380をもって代替とする必要はない。 国際線についても他社のA380に対する顧客の反応を見てから必要あれば見直す」と言っているが、ANAも多分同じ立場であろう。(Airline Business January 2005”Great expectations”による) この言葉通りとするならば、少なくとも国内線についてA380が導入される可能性は当分の間ないと言っても良かろう。 今の所、営業戦略により自発的にA380を導入するようなことは当面起こる可能性は伺えない。 要するに前述の彼等の考え方を変えなければならなくなるような環境変化があるのかが、我が国にA380が導入されるか否かのカギとなろう。 そのような環境変化が起こりうる可能性について検討してみることにする。


予想される環境変化


(1)
内部要因

JAL/ANAA380を導入する方向に考えを変える内部要因があるとすれば、それは営業戦略の見直しであろう。 それもこの稿の主題である国内線問題ではなく、国際線についてである。 常識的には超大型機の導入に国内線を先行させると言うのは考え難く、国際線の主力機として位置付けられたあとでその応用として国内線使用が浮かび上がってくると見るのが自然であろう。 それでは新機材/新サービスを核とした営業戦略の自発的見直しはあるのだろうか。 少なくとも過去のJAL/ANAの歴史、現在の超大型機に対する発言からはそれは伺えない。 その理由としては基本的な思考姿勢もあるが、事業体制の合理化の遅れが新機材への挑戦をためらわせている理由の一つになっていると見て間違いあるまい。 国内幹線の使用機材も現在ボーイング747SRをボーイング777-300に交代が始まったばかりで、これが完了するまでにまだ数年はかかるであろうから、その間A380の国内線使用が議題に上がることは、後述の外部環境による圧力がない限りないであろう。 これはJALANAも同じである。 また、近年の羽田における段階的発着枠の増加やD滑走路新設の動きが、発着枠による制約がさらに緩和されるとの希望的観測を生んでいる可能性もある。

そして誰も明言はしていないが、国内線需要に頭打ち感が出て来たことも、超大型機導入による国内幹線の拡大に消極的になって来ている理由として上げられて良いだろう。 一方、国際線については前述の合理化遅れによる財政困難が根底にあると見るが、加えて年間一千万人を超える日本人海外旅行客の存在があると考える。 この膨大な需要がホーム・マーケットに存在することが、我が国の航空会社が国際線市場における外国航空会社に対する競争力強化についてそれほど熱心にならない理由であろう。 日本人海外旅行客の多くは旅行社による団体ツアー客であり、新機材/新サービスよりも価格だけが決め手になる。 「JALで行く・・・」、「ANAで行く・・・」と言うツアーを旅行社に組んでもらえれば、それだけで相当な需要は確保できるのである。 新たに高額な投資をして外国航空会社に競争をいどまなければならない理由は、多分JAL/ANAにとっては薄弱なのであろう。 それが前述の「他社のA380に対する顧客の反応を見てから必要あれば見直す」と言う発言となっているので、故に内部要因-自発的な営業戦略の見直しによるA380の導入はまずあり得ないと予想する。 過去において、JAL/ANAが外国航空会社に先んじて新機材や画期的な旅客サービスを導入したなんて話は、筆者の記憶にはない。 次いでながら同じく巨大なホーム・マーケットを持つ米国の航空会社からの旅客型A380の発注が皆無なのも同じような理由ではなかろうか。 

参考までに近年の幹線輸送実績と20053月現在の幹線の使用機材を示す。

主要幹線輸送実績

 

2000

2001

2002

2003

東京-札幌

8,894,739

9,367,334

9,610,996

9,254,968

東京-伊丹

4,227,597

4,964,395

5,324,893

6,013,526

東京-関空

2,247,908

2,382,913

2,158,897

1,760,423

東京-福岡

7,928,823

8,264,938

8,425,045

8,261,185

東京-那覇

3,731,165

3,913,802

4,395,617

4,593,375

27,030,232

28,893,382

29,915,448

29,883,477


次表に示すように幹線においてもボーイング747系列はボーイング777系列に主力機の座を譲りつつある。 なお上表のANAにはADOとの共同運航便も含まれている。 結局A380の国内線導入は現在進行中の方向とは逆行するので、会社内部からA380の採用の声が上がる可能性はないと言って良かろう。


(2)
外部要因

JAL/ANAが超大型機を国内線に導入するようになる外部要因は一言で言えば発着枠問題である。 最大の問題である羽田の発着枠は空港の整備とともに順次増加して来ており、さらにD滑走路の新設による増加も期待される。 故にJAL/ANAも現段階では発着枠不足の対策としての超大型機導入を考えているとは思えない。 また伊丹における34発機の使用禁止はA380の導入を阻害する理由の一つになる。

そこで問題は現在予想されていないような事情で発着枠不足が生じてくる可能性の有無であるが、それはまったくない訳ではない。 物理的な障害としては次の理由が考えられる。

   a.航空管制の容量

   b.空港地上管制の容量

   c.航空機騒音

   d.大気汚染

航空管制容量についてはしばしば取り上げられているが、関東地域における各飛行場空域の輻輳は根本的解決策がなく、羽田の発着枠限界の最大要素であろう。 D滑走路が出来ても航空会社が期待する程発着枠が増加しない可能性もあると考えられる。 空港の地上管制容量については現在空港当局が滑走路占有時間の見直しを行っているが、1月に行われた調査では増枠できるような結果は出ていない。 航空局は引き続き検討するとしているが、期待する結果と成らない可能性が出て来ている。

航空機騒音は依然として問題であり、千葉県浦安市22日に「新滑走路完成後も年間発着回数の上限を40.7万回とする」ように千葉県知事に意見書を提出した。 現在定期便が使用している年間発着回数は30万回程度であるから、40.7万回と言うのが将来を見込んでも十分な数字なのかと言うことになろう。

先が全く見えない問題は大気汚染である。 216日に温室効果ガスの削減を目指す京都議定書が発効した。 これにより日本は90年比で6%の削減が求められている。 しかし90年以降も温室効果ガス排出が増加しているために目標達成には12%削減が必要とされている。 その実現のために産業部門では8.6%の削減が求められそうである。 航空の属する運輸部門では増加が著しいので削減ではなく増加を15.1%に抑える目標が課せられ、加えて事業者ごとに温室効果ガスの排出量報告が義務つけられる方向である。 

これが航空にどのように影響するのか不明であり、運輸部門では航空は主力である自動車に比べて割合は小さいと見るが、それだからと言って何の削減努力をしなくて良いとは成らない。 運輸部門の二酸化炭素排出量の5.3%を占める国内船舶についても国土交通省は削減の実験・研究に取組むと言っている。 結局、増加を15.1%に抑えるために航空部門にはどのくらいのことが要求されるのか見えて来ないとはっきりしたことが言えないが、その量が大きければ幹線に超大型機を導入して二酸化炭素の排出を抑制する必要も生じてこよう。 しかし、目標が削減ではなく増加抑制であり、航空機の技術的改良には我が国は全く影響力を持たないことに甘んじて積極的対策に取組まないことも予想できる。 我が国の温室効果ガス削減の方策の行方を見守る必要がある。

発着枠について運用から生ずる問題は次の理由が考えられる。

   a.新規参入への配分

   b.羽田への国際線の復帰

新規参入航空会社が増加したり、増機したりして発着枠の配分を受けると成ると、その分だけJAL/ANAの配分が減ってくるのは自明の理である。 これも見通しが難しいが、その量によっては大手の事業計画への影響も考えられる。 ADOは新規参入枠で運航しているが、その殆どの便がANAとの共同運航となっている。 実質的にこれらは既存航空会社が新規参入枠を使用していることになるとスカイマークが国土交通省を提訴したが、その裁判の行方も注目される。 また近距離国際線の羽田への復帰が取りざたされて来ており、実現しそうな雰囲気がある。 これが実現すれば当然、その分だけ国内線に使用できる発着枠が減ることになる。 これも羽田での国際線の便数が見えて来ないと影響の大きさは分からない。

いずれにせよ、新規参入と国際線への配分の大きさと今後の増枠数のバランスにあり、その結果国内線の便数減を余儀無くされるケースもあるかも知れない。


A380
導入の可能性


以上に述べて来たように
JAL/ANAが近い将来に自発的に営業戦略を変更して超大型機を導入すると言うシナリオの実現性は全く見えて来ない。 故に当分の間、日の丸A380が見られる機会はないと予想するが、長期的には前述の外部要因-つまり外圧に推される形で導入する可能性は完全に消えた訳ではない。 

それに先に触れていないが、大きな問題になりつつあるパイロット不足も超大型機導入に追い風になる可能性はある。 しかし、何にせよ外部環境の変化が相当はっきりした形で示されて、超大型機導入やむなしと言う状況にならないと、JAL/ANAが動き出すとは考えられない。 以上に述べたようにJAL/ANAA380を導入する可能性は当分ないと考えられる。 もしその可能性が出てくるとすれば、国際線で機材差が営業成績に現れて来た時、及び/または羽田の発着枠が期待するだけの配分が受けられないこと、及び環境問題で減便を余儀無くされることがはっきりした時であろう。 

多分、時間はかかるが国際線にはA380を導入する可能性は高い。 何故ならばA380の発注会社にはQANTASVirgin AtlanticAir FranceSingaporeLufthansaMalaysiaKorean、及びThaiがあり、これらの航空会社はA380を成田線に投入してくると予想されるが、そうなると成田発の国際線のサービス標準はA380になってしまうので、JAL/ANAも静観ばかりもしておられまい。 また超大型機の市場は小さいと言って来たBoeing747 Advance型で大型機市場での巻き返しを図ると言う可能性が出て来ており、もしそれが出てくればBoeingの大好きなJAL/ANAとしては現有機との共通性の保持と言う理由で747 Advance型に走ることは十分考えられることである。

今までそうであつたように、外圧に推されなければ新しいことに挑戦できない日本の航空会社の姿を予想するのは寂しいことではあるが、それがもっとも考えられる将来像である。

ともあれ、環境変化が表面に出てくるまでの数年間、エアバスは日和見する以外やりようがないと思うが、結果が「待てば海路の日和あり」と言うことになるのか興味はつきない。

以上(2005.3.1)