2003.8.11

道民の翼-北海道国際航空の終焉


1.始めに

 北海道国際航空(以下ADO)が2002年6月25日に民事再生法適用の申請を行ってから、はや一年が経過した。 再生計画によりANAの支援を受けて2002年度は12億5千万円を超す当期利益を生み出し、2003年7月18日からは羽田−旭川線も開設した。 これで道民の翼-北海道国際航空は再生した、或いは再生しつつあると言ってよいのであろうか。 また外から見れば、ANAが白馬の騎士よろしく駆け付けてADOの経営支配もせずにADOの再生に手を貸しているようにも見える。 

これで目出たし目出たしと言うことになるのか、ここ一年間を振り返って検証する。

2.会社の構成

 ADOが実行して来た民事再生法適用による再生計画は、ADOの当初からの株主にとって厳しいものとなった。 即ち、72億円の資本金は全額減資となって、とくに3400人と言われる個人株主にとってはつらい結末となってしまった。 また58億円にのぼる債務については90%が切り捨てとなり、多額の補助金で積極的に支援して来た北海道にとってはまったく意に反した幕切れであった。 

代わった株主は日本政策投資銀行が設定した企業再生ファンドであり、それには日本政策投資銀行のほかに全日空が3億円、北洋銀行など道内企業が計4億6千万円、インターネット・モールの楽天などの道外企業が計3億5500万円などで合計20億円の資本金で再出発した。 その後2003年3月14日に第三者割り当ての総額2億4500万円の増資を行っている。 増資分は日本政策銀行が9500万円を負担しているほか旭川市経済界が出資しているが、ANAも2500万円の増資に応じていると報道されている。

民事再生法適用申請以前の株主構成も大株主は京セラであり、レイケイであったが、道内の地方自治体の出資もあり、さらに3400人以上と言われる個人株主の存在は、ADOが「道民の翼」と呼ばれることに抵抗を感じない背景を作っていた。 しかし、現在の株主構成にはもはや道内地方自治体も支援個人株主の姿もない。 最近の羽田−旭川線開設の報道のなかに「道民の翼」の復活のような記事があったが、素直に受け止められないのは筆者だけであろうか。 少なくとも株主構成で見る限り「道民の翼」と呼べるような道民の声を吸い上げられるようになっているとは到底考えられない。

3.会社の運営

 再生後の会社の経営には国土交通省OBの滝澤進氏が社長に就任し、6人の取締役の構成は道庁OBが1名、日本政策投資銀行出身者が1名、ANA出身者が2名、北洋銀行と北海道ゼロックス出身者が各一名と発表された。 会社の事業計画としては羽田−札幌線は全便がANAとのコードシェア便となり、ANAは提供座席数の半数を買い取ってANA便として発売するに加え、予約・発券業務、搭乗・精算業務及び航空機整備はANAに依託することにより航空機整備費、空港業務依託費、販売経費などの節減を計るとしている。

その成果として2002年度決算では9億5800万円の営業赤字ではあるが、前年度の25億6100万円の赤字よりは大幅に改善されている。 これには前述のANAとの提携も効果をあげていると見られるが、2002年5月14日に交渉が成立した航空機リᬢス料の減額が大きく利いたものと考えられる。 また2002年度は経常収支段階では赤字であつたのが当期利益12億5100万円をあげているのは、多分航空機リース料の減額交渉にともなう整備供託金の一部返還などの特別収入によるものであろう。

そして今年の7月18日からは羽田〜旭川線が開設され、これもANAとのコードシェア便であり、ANAの支援は着々進んでいるように見える。

4.ANAの狙い

 ANAが北海道国際航空を支援する理由はなんであろうか。 同じヒコーキ仲間としてのまつたくの善意によるものであろうか。 筆者はそうは考えていない。 そこにANAのしたたかなビジネス戦略が見えるように思うのである。 

第一のねらいは羽田−札幌線の増強であろう。 JAL/JAS統合によりJALグループはこの路線に一日21往復(2003年4月)運航しているが、ANAは自社便だけだとすると17往復である。 けれども、これにADOの6往復をコードシェアで加えると23往復になり、JALに便数では完全に対抗できることになる。 

ADOとANAのコードシェア便は運賃は別に設定されており、一見したところADOの運賃の方が安く見える。 それではANAは不利ではないかと見る向きもあり、実際の利用率もADOの方が高いようである。 

しかし、これも考え方であり、ANAはADOと競争するのではなく、JALと対抗すると考えればANA自社便と同じ運賃でなくてはおかしいことになり、ANAを利用する顧客はなにもADOの運賃を期待しているのではなかろう。 むしろ、本当の問題はADOからの買い取り価格にあり、もしそれがANAのコストより安いのであれば、同じ運賃で売れれば利益率はコードシェア便の方が高いことになる。

また、同等程度のコストであっても、3億円強の出資で3往復も増便できたと考えれば、お得な買い物であったと言える。 従って、コードシェア便でADOが自社運賃を設定することを認めたのは、ADOの独立性を尊重したと言うよりも、別の冷徹な計算があったのではないか。 ここでADOを取り込んだと言う弱いものいじめのようなイメージを作るよりも、実害が少なければ白馬の騎士に見えるようにしておこうと言うことでは無いかと想像する。 それに、予約・発券業務、搭乗・精算業務及び航空機整備等の受託収入もあるので、全体として損はしていないと推察する。 

さらに前述の株主構成とからめて見ると、もつと見えてくる。 ANAは日本政策投資銀行の企業再生ファンドを通じての投資額は、報道から加算すると3億2500万円であり、これは資本金総額の14.5%にしかならない。 しかし、実際には監査役までいれると役員を3名も送り込み、コードシェアと業務受託を通じて実質的にADOを支配していると見て良いと思う。 そして、JALとの競争力を強化し、業務受託収入をあげた上に、もし万一ADOが再び破たんしても企業再生ファンドを通じての投資であるから直接的に株主責任を追求されることはない。 結局、ANAは3億2500万円で実質的にADOを支配し、且つ将来、出資額を上回る株主責任を追求されないと言うことではないかと見る。 

こう言う考え方は羽田−旭川線にも見られる。 ADOがANAとのコードシェアで7月18日から一日3往復するが、2002年にはANAが一日2往復を運航していた。 しかし、一日4往復するJASには対抗するのが難しかったであろう。 それで本当は撤退したいのだが、そうすればJALグループに年間80万人の路線を独占させることになってしまう。 それは面白く無いので、ADOに対抗させる、そんな図式ではないか。 少なくとも形の上でANA便も存続して競争相手のJALグループの対抗手段にはなるし、そして仮にADOがこの路線でJALに負けてもコードシェア便を失うだけで、ANA本体には殆ど影響はないのである。 

実はこれと似たようなケースが二つある。 それは羽田−青森線と羽田−徳島線である。 ANAは両路線で一日各3往復していたが、伝統的にこれらの路線はJASの地盤で競争としてはANAが劣勢にあった。 

それでANAは今年の4月からスカイマークが参入することを認め、結局7月からは全面撤退してしまった。 つまり、スカイマークが運航するのは実害が少ないが、JALグループに独占させるのは競争相手を強化するだけになると読んだのであろう。 こうして見るとANAの戦略は明白であり、JALグループと対抗するために新規参入との提携や利用をためらわないと言うところにあるのではないか。 

ADOの支援もその一環とみれば分かりやすい。 ANAの真のねらいはADOをJALに対抗する手段として利用しようと言うことであり、ANAの傘下にいれて自立を支援しようと言うものではないと考える。 

まして、まったくの好意による支援ではなかろう。 それは企業再生ファンドを通じての出資と言う一歩引いた形での参加がそれを示している。 しかし、それであっても事実上、ANAの子会社と同じ程度の支配ができるようになっていると見られる。

5.ADOの将来

 現在のところADOはANAとのコードシェア便で羽田−札幌線と羽田〜旭川線を運航している。 実際のところ羽田−札幌線におけるADOの影は薄いが、羽田−旭川線の存在がADOの独立性を保証しているかに見える。 それでは羽田−旭川線がADOの再生の切り札になるのであろうか。

筆者は逆に羽田−旭川線がADOの将来のアキレス腱になりかねないと見ている。

この路線において形の上でADOはJALと、それも伝統的にJALグループのJASの地盤であったこの路線で、正面戦争を単独で戦わなければならないのである。 ANAが営業協力していると言うかもしれないが、いままでANAはこの路線においてJASに勝ってはいない。 今年の8月ダイヤでもJASが一日6往復に対してADO/ANAは一日3往復でしかない。

さらに状況を複雑にしているのは、羽田−旭川線の開設にあたり旭川商工会議所、旭川振興公社及び旭川空港ビルが出資していることである。 報道によれば旭川商工会議所出資分は、旭川商工会議所がADOへの出資団体として設立した「北海道国際航空株式会社株式信託投資会」が一口100万円で会員を募って集めたものと見られる。 その目的はなんであろうか。 多分、今までもよくあったようにダブル・トラックによる競争促進で地元サービスを向上させるためと見て間違いがなかろう。 しかし、そのようなダブル・トラック、トリプル・トラックによる競争により、サービスが長期的な意味において向上したと言う話は寡聞である。 近い例で言えばまさにADO問題がある。 ADO誕生のうらには航空大手三社のサービスが東京発に片寄っていることの是正気運があり、それが道民の翼、北海道発の翼としてADOを発足させ、地元地方自治体や個人から多額の出資を得たことはまだ記憶が薄れていない。 その道民の期待によるADOの発足は、たしかに一時的にしろ大手三社の運賃割引競争を引き起こし、それが北海道にも還元されたであろうことは疑いもない。 しかし、最後の結果はどうであろうか。 ADOの事実上倒産による北海道内の損失は、資本金の減額を始めとして巨額にのぼり、試算することはできないが、結果としての収支はどうだつたのであろうか。 ADOの出現により一時的に運賃水準が下がったことによる道民の利益とADOの実質倒産による損失を天秤にかけたら、どちらに傾くのであろうか。 その金額を計ることはできないにしても、結果から言えばADOは実質的にANAの傘下に入り、新規参入競争のもう一人の敗者、JASは実質的にJALに吸収されてしまい、運賃競争は終わってしまった。 JASがこの競争の敗者の一人であることはこの間における各社の座席利用率の変化を見れば明白である。 

そして、航空会社間の競争を激化させてサービスの向上を意図した結果として残ったものは、ADOの実質倒産による多額の損失と想像もしなかつた二強体制の出現であった。 現在、運賃はANAとADOが別々に設定されており、8月の羽田−旭川線の標準的片道運賃はADOの30300円に対しANAは35500円である。しかし、ADOにはないANAの往復運賃の片道分は31300円と差は小さくなり、web割引を利用するとどちらが安いとも言えなくなる。 結局、外見的にはADOの存在により多少割安の切符が手に入るようにも見えるが、実際にどのくらい安くなるのかはケースバイケースであろう。 その程度の利益のために、もし地元を巻き込んだANA/ADO対JAL戦争になったとしたらどうなるのであろうか。 多分ADOが羽田−札幌線でたどってきた道をなぞることになる可能性の方が大きいと見る。 

実質的に2強体制になってしまつた現在、改めて地元がその競争をあおるようなことをしても、長期的にみれば得るところが少ないであろうことは、ADOの羽田〜札幌線の教訓が示すところである。

なぜ、旭川関係者がADOで失敗したことの旭川版をまた作ろうしたのか理解に苦しむ。 羽田−札幌線と違い今回はANAの支援があると言うのかもしれないが、ANAは羽田−旭川線に強固な市場占有力を持っていたのではない。 ANAがADOを支援するために、自身のドル箱路線を提供したのではないことは明らかである。 分かりやすくいえば、前述の羽田−青森線及び羽田−徳島線と同じケースであり、ADOが羽田−旭川線に参入すればANAの傘下にはいらなくても、ANAが撤退した可能性があったことは否定できないと思う。 たまたまADOが実質的に傘下に入って来たので利用したのに過ぎないと見る。 
羽田−札幌線にはANAは確固たる地盤があり、ADOの提供座席数くらいはそのなかで販売して行けるが、旭川線は事情が違うのである。 そして、好んだかどうか知らないが、ADOは羽田−旭川線でJALとの正面戦争の最前線に立たされてしまった。 過去の経緯から察すればADO/ANAがこの路線で優位を占める可能性は少ない。 そして、もし再びADOの財政が危地にたったとしたら、その時にANAが全面的に支援すると考えるのは甘過ぎるであろう。 現在のADOの株主構成はそれをANAに要求できる根拠とはなり得ない。 

羽田−旭川線でADOがJALとの運賃競争に巻き込まれるとしたら、それはそれにより運賃が安くなること期待した地元のねらいでもあろうが、ADO/ANAがこの運賃競争に勝ち抜ける可能性は極めて少ないと見るのが順当であろう。 そうなれば旭川関係者は、2002年に最初のADOの株主が飲まされた苦杯をもう一度飲むことになる。 これが羽田−旭川線がADOの将来のアキレス腱になりかねないと見ている理由である。

ADOの存続だけを考えたら、羽田〜札幌線で全便ANAとのコᬢドシェア運航だけに徹した方が、会社の独立性の維持はないとしても、確実に生き残れるであろう。 ADOに残された余地は殆どない。 羽田−旭川線の採算が取れない時は、それはADOの二度目の終りとなることは十分予想できることである。

6..結論

 結論として、もはやADOは「道民の翼」と呼べるだけのなにものも持っていない。 実態的にADOはANAのJALに対する別動隊と言っても良いとすら考える。 それも負けた時には切り捨てられる恐れのある別動隊である。 ADOの採算性は多少改善されたとはいえ、まだ60億円を超す損失があり、立ち直れた、或いは立ち直る見込みが出て来たと言う段階に至っていないと思う。 

もし、万一もう一度ADOが破たんしたらANAはどう出るのだろうか。 いまそれを見通すものはないが、その時は完全にADOと縁を切る可能性も否定できないと思う。 道内にはADOを心情的に応援したい気持ちがあるのは十分理解できるが、それとは別にANAの支援は同情心からではなく、まさにビジネスとしての判断であると見られる。 それは企業として当然の判断であり、責められるべきものではない。

問題があるとすれば、ADOの再生を計るものの側には心情的要素があるがANAにはないと言うことに、ADO側が気づいていない、或いは気付かないふりをしているところにあるのではないかと推量する。 

羽田−旭川線の開設に伴う旭川関係者の動きにそれが感じられるのである。

こう考えてくれば、もう道民はADOに「道民の翼」としてのはたらきを期待するのは無駄であろう。 

もしADOが再び道民に役に立つことがあるとすれば、この競争のなかで多少なりとも安い運賃を一時的であろうとも提供した時のみある。 しかし、そのような場面が発生したとき、即ち今後羽田−旭川線においてかっての羽田−札幌線のような激しい運賃競争が始まった時は、それがADO/ANA側の明確な勝利に終わらない限り、ADOは再び2002年6月の悲劇をくり返すことになろう。 

羽田−札幌線及び羽田−福岡線における新規参入航空会社と既存大手航空会社の間で行われた激しい運賃競争には、敗者はあったが明らかな勝利者はいなかった。 その時からのANAとJALの決算数字、JAL/JAS統合、それにADOの実質倒産を見れば、それは明白な事実である。 再び、そのような運賃競争が起きれば、それがかっての幹線における競争と同じ轍をくり返すことは殆ど確実であろう。 

いずれにせよ、2002年6月25日にADOが民事再生法適用申請を行った時、道民の心の中にあった北海道国際航空は終わったのである。

以上