原告孫力氏、花岡「和解」は受け入れないと声明


 <人民網石家庄6月26日発(潘健記者)> 本日午前、花岡事件損害賠償訴訟の原告であり、花岡事件の受難者連誼会幹事の孫力氏は、花岡「和解」を受け入れるつもりは全く無いとの声明を発表した。この声明は石家庄市で開催された「花岡事件56周年記念フォーラム――中国人労工に強制労働を強いた日本政府と企業の罪を告発する」の席上で発表されたもので、参会者の熱烈な拍手を浴びた。
声明の全文は以下の通り:


花岡事件「和解」の欺瞞を告発する

 2000年11月29日、日本で出された花岡事件の「和解条項」は、原告には知らせることがないまま、鹿島と裁判所、弁護士が共同して画策し、つくりあげたものだ。

 一審が敗訴となり、二審は六回開廷して審議未了のまま、法廷は和解方式での解決を提案し、同時に原告に対して「和解勧告書」を提示した。弁護士は原告に十分な説明を行うと同時に、それが90年7月5日の当事者双方による「共同発表」を基礎としたものであるから、原告の政治的目標は達せられていると繰り返し強調した。原告たちはこのような説明を受けて、「共同発表」の原則とは鹿島が歴史的事実を認め、賠償、謝罪に応じ、企業責任を負うものであることから、こうした原則が再度確認されるのなら、賠償金額が幾らか少なかったとしても、弁護士を信頼し、譲歩して和解には同意する意向を表明し、「勧告書」とは別の紙に署名・捺印した。様々な事情があって当日参加できなかった原告には、人を派遣して各家を回って署名・捺印を求めた。その際、弁護士は原告に対して、和解交渉の過程で生じる問題に対して随時対応できるようにするため「全権委任状」を書く必要があると言った。一同は弁護士に対する信頼と、交渉が円滑に進むためという思いから「全権委任状」に署名・捺印した。

 2000年11月19日、北京での原告との会合で、弁護士は一同に、これが最後の報告です、主として皆さんに11月17日に達成された和解の具体的内容について報告します、事実上、「勧告書」の内容とほぼ同じです、と言った。彼は、「前回の和解案(勧告書を指す)と内容は基本的には一致していますから、再度の署名・捺印の必要はありません」と言った。その日の午後、更に一同に「和解達成はもうすぐです。みなさんの気持ちを表す為に、書をしたためて、そこに全員署名しましょう。私はそれを国内に持ち帰り、皆さんのお気持ちを伝えます」と言った。彼のすすめと誘導、働きかけで、一同はあの揮毫をまとめあげ、参加者全員が署名した。

 2000年11月29日に日本で公表された花岡事件の「和解条項」と、同日に発表された鹿島の「コメント」を、私は12月の初めになってようやく、中国人留学生が中国語に訳した書面で目にした。その瞬間、驚いて雷に打たれたかのようだった。署名・捺印、全権委任状、揮毫という原告への三度にわたる要求は、すべて緻密に画策されたものであり、最終的に「和解条項」を世に送り出すための事前準備であったとはじめて分かった。

 この「和解条項」は、受難者が1989年12月22日に発表した「公開書簡」、および当事者双方が交わした1990年7月5日の「共同発表」の趣旨とは、完全に相反しており、明らかに鹿島寄りで、鹿島を免責するものであり、中国人の顔に泥を塗ったものだ。56年前に内外を震撼させた「花岡蜂起」の義挙を「いわゆる花岡事件」と称して汚辱している。鹿島が法的責任を認めないことに対して原告はこれに「異論」が無いことになっているし、いかなる時、いかなる地域でも鹿島の罪を追究することを放棄し、以後は鹿島に「否」と言ってはならず、再度債権・債務問題を提起してはならないなどとある。なんと荒唐無稽なことだろうか! これは被害者の身を完全に売り渡す契約書だ! このような条項に原告が署名したと誰が信じるだろうか? 「和解条項」に呼応するように発表された鹿島の「コメント」は、花岡986人の労工を迫害し、そのうち418人もの人を虐殺し、殴り殺した罪には全く懺悔の気持ちがなく、歴史的事実と血腥い罪を極力歪曲し否認するものである。私の父・孫基武は花岡蜂起が失敗して捕まえられた後、大館市花岡町の共楽館前広場で生きながらにして殴り殺された。にもかかわらず、鹿島は「誠意をもって最大限の配慮を尽くしましたが、多くの方が病気で亡くな」ったと世人を騙した。動かし難い証拠は山のようにあり、罪を逃れることはできないし、法的責任を回避することは許されない。5億円で418人の命をあがなえるのか!? さらにこれは拠出金であり、救済であって、賠償や補償の性質を含むものではないとある。これこそ中国人に対するこのうえない侮辱である。

 私は重ねて表明する:原告の一人として2000年11月29日に公表された「和解条項」の全文については、事前に弁護士から説明を受けてはいないし、弁護士は中国語の文面資料を提供しなかったし、さらにこの「和解条項」に署名・捺印もしていない。彼らは巧妙にも、原告を騙して「勧告書」へ署名・捺印をさせて、それを「和解条項」の署名・捺印にすり替えた。私は、被害者の根本的利益を売り渡し、中国人に屈辱を与える「和解条項」を認めず、断固として反対する。この「条項」は全く法的効力のないものだ。全ての原告は真相が知らされなかったのだ。

 花岡蜂起56周年を迎えるに当たって、私は悲痛な思いで父を偲び、同時に鹿島に殺害された全ての労工先人に哀悼の意を捧げる! あなた方の魂がこの和解を知ったならば、この世の不正義に対して悲鳴と叫びを発していることだろう! 罪もなく殺されたあなた方の魂が黄泉の国でも永遠に心安らかに眠れるように、我々は必ず鹿島に対してその血の債務を取り返し、そして花岡事件の歴史的真実を取り戻すのだ!

鹿島との闘争は長期にわたって錯綜し、その道は決して平坦ではないだろう。私は堅い信念と決意をもって、正義の中日人民と世界の平和を愛する人々とともに、鹿島と最後まで闘い続ける!

中国人民を虐げ侮辱するのを許さない!

花岡事件損害賠償訴訟 原告
花岡事件受難者連誼会 幹事

孫力

    2001/6/25


(山邉悠喜子・張宏波訳)


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