17K\no_Onna−7
第1章 夢のはじめ(7)

 由利は朝里の腕枕で,体を斜めにして朝里にもたれ掛かっていた。2人は毛布にくるまり,戦(いくさ)の後の束の間の休息を取っていた。
「取りあえず,3万円は手には入ったわけだけど,この後どうするの?」
朝里は訊いた。由利は無言のままであった。
「当ては有るわけ?」
由利が返事をしないので,重ねて訊いた。由利には,17万円を入手する伝はないはずだ。もし何か心当たりがあるなら,最初から見ず知らずの俺を誘ったりしないだろう。朝里はそう考えた。だから,由利に問いただしても返事がないのは,むしろ期待通りだった。由利の次の手を確認したいと思った。
「あなたの友達を紹介してもらえないかしら」
由利は少し考えた後で,不意に口を開いた。
 これは微妙な話だと朝里は思った。おいしい話があるから,いい女がいるから,お前も一つ味わってみろよ,と言った感じの友達もいないわけではなかった。しかし,そんな男を由利に紹介する気にはなれなかった。そんな男はそれだけの男でしかない。たとえ由利ともう合うことはないとしても,それだけの男を紹介して,由利にその男の友達としての自分を評価されたくないと,朝里は思った。さりとて,俺にはこんな友達がいるのだと紹介出来るような友人に対しては,この話はするのはためらわれた。今度は,その友人が由利を媒介して,俺を評価するだろう。
「俺の事は誰の紹介なの」
朝里は取りあえず曲球を投げてみた。
「言えないわ。悪いけど」
由利は即座に,絞り出すように,少し大きめの通る声で言った。
「教えてくれよ。知りたいんだ。どうして俺のことを知ったのか。もうセックスしたんだし,いいじゃないか」
朝里はもう一押ししてみた。
「忘れたわ。貴方のことをどうして知ったのか。セックスいている最中に忘れたのよ」
由利は視線を天井に移し,絶対に話しませんよという,意志表示をした。口の堅い女だ。しかし,それは結構な話だった。由利がそういう女なら,友人を紹介しても大丈夫だろう,朝里はそう判断した。朝里は,頭の中で,次々に友人の名前と顔を思い浮かべた。
「よし,教えてやるよ」
朝里はそう言って,ベッドサイドに置いてあるメモに,友人の電話番号を書き付け,由利に渡した。
「そいつは,会社の取引先の男でね。番号は会社だけど,そこは情報管理室の直通電話で,彼が一人でいるだけだから電話をしても大丈夫だよ。7時頃までなら会社にいるはずだから,つながると思う。何なら,俺が話を通しておいてやろうか」
朝里は由利のために,口利きくらいなら買って出ようかと思っていた。
「ありがとうございます。貴方の名前を出してもいいのかしら」
由利は紙を受け取って,電話番号を確認した。
「話がごちゃごちゃしたら構わないよ,別に。全部話しちゃってもいいよ。でも全部話すのなら,絶対に断られないようにして欲しいな」
朝里としては友人と同じ秘密を共有するのは構わないが,自分の秘密を知られるだけなのは困ると思った。
「分かりました。その辺は貴方に迷惑をかけないようにします」
由利は朝里の言い分を即座に理解し,軽く礼をした。そろそろ時間が終わりかけていた。
「ところで,さっきはどうだった」
朝里は自分の技にいささかの自信を持って,きっと由利が誉めてくれると確信しながら,問うた。
「なかなかよかったわよ。もう少しでイキソウだった」
由利はもう完全に冷静になっていた。
「結局,いかなかったの?」
誉め言葉をもらえると思っていた朝里は,残念そうに呟いた。あんなに激しく反応していたのに,それでもいかなかったと言い張るのか,それともあれは演技だったのか。
「いっちゃうと,疲れるから,寸前で我慢するのよ。ビジネスだから仕方がないのよ。でも,貴方,とても優しかったわよ」
由利は慰めるように言った。さっきのは完全に演技というわけではないが,振りをしている部分もあったということである。男は意志表示も証拠もあってはっきりしているが,女はいくらでもその振りをできる。朝里は,折角勝った思ったのに,ビジネスだと言われて,うっちゃりを喰わされた思いであった。
「それなら,是非,もう一回お願いしたいな」
朝里は俄然その気になった。どうしても決着を付けたくなった。
「もう一回って,でも時間切れよ。延長するの?」
由利は朝里の突然の方針変換に真意を理解しかねて,尋ねた。
「いいや。今のところはこのまま別れる。でも,君は17万円必要なんだろう。だから,最後の17万円目を稼ぐときにもう一度付き合って欲しいんだ」
朝里は新たな提案をした。由利を買い切る分けにはいかないが,最後のビジネスの相手として選んで欲しいという事である。
「それは約束できないわよ。だって,私は17万円稼げばいいのよ。それでビジネスは終了なのよ。別に無制限にお金が欲しいわけでもないし,寝るのが趣味というわけでもないのよ」
由利は早口で言った。適当に口約束をして,はぐらかしてもいいのだろうが,由利はそういういい加減な事はしたくなかったのだろう。約束は出来ない旨,確認をしてきた。
「そうなったらそれでもいいよ。とにかく時々連絡を取らせてくれないか。何となく,もう一度合いたいという気がしてきたんだ」
朝里はしっかり約束を取り付けたかったが,ダメならそれでも仕方がないとも思った。
「いいわよ。じゃあ,ときどき進行状況を報告してあげる」
由利は,優しくしてくれた朝里に多少の好意を抱いたのか,朝里の提案を了解した。
「では,第1回戦は終了ということにしますか」
朝里はそう言って,ベッドから跳ね起きた。
                        − 第1章 完 −


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