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第4部 光芒の果て(6)

 由利と交わった朝里は,急速に肉欲が薄れ,平静に戻っていった。
 もう一度抱きたいという気持ちよりも,話をしていたいという気持ちの方が強くなっていった。それは,昨日の夕方から,既に3回の行為をしていて,肉体的にも疲労がたまり,欲求が薄れてしまったからでもあった。
 洗面所で体を清めていた由利が,体にバスタオルを巻いて戻ってきた。バスタオルの下からはみ出した白く長い脚が艶めかしかった。
「何か飲みます?」
由利は冷蔵庫の扉を開け,中をのぞいていた。
「何があるのかな」
「ビール,コーヒー,ジュースに烏龍茶ですね」
「じゃあ,コーヒー。嫌いだけど」
朝里は何も飲みたくはなかったので,ぶっきらぼうに答えた。
「私は烏龍茶にしますね」
由利は,洗面所に缶を洗いに行き,コップにコーヒーを注いで
「ハイ,嫌いなコーヒーどうぞ」
と言って,朝里に手渡した。
「お金は用意できたの?」
 朝里は用意した3万円を由利に手渡した。由利は両手で,それを押し頂くと,ハンドバックにしまった。
「どうもありがとうございます。これで満額達成しました」
「それは,よかった。で,そのお金すぐに使わなくていいの」
「まあ,お昼頃までは大丈夫でしょう。そんなの気にしないで,楽しく遊びましょう。いまだけは,幸せよ」
由利は朝里の横に席を移すと,朝里にしなだれた。
「昨晩は,いろいろあったみたいだけど」
朝里は話のきっかけを掴もうとした。
「そうですね。いろいろありました。いろいろ。なかなか面白い体験でしたよ。朝里さんにはいろいろお世話になりました」
由利は自分で納得するように,肯きながら言った。
「横浜の男はどうだったの」
朝里はひとつずつ聞いてみたかった。
「ヨコハマ?,ああ横浜ですね。そう,いろいろありました」
由利ははぐらかすような調子であった。
「アナル・セックスしたの?」
「アナル?朝里さんしたいんだったら,私は構いませんよ」
 朝里は,これはダメだと思った。由利は会話に乗って来なかった。横浜の男とどういうセックスをしようとそれは由利の勝手であり,由利の商売の範疇である。朝里が金で由利の肉体を買ったのは事実だが,それで由利のプライバシーを買えるわけではなかった。
 朝里は諦めるしかなかった。
「出ようか」
朝里はぽつりと言った。何も聞き出せない以上,ここに長居する事はもう意味のない事であった。
「まだ時間ありますよ。もう一回,しないんですか?」
由利は朝里を心配しているようだった。
「もういいんだ。出よう」
「私のカラダ,魅力ないのかな?」
由利は悪戯っぽく笑って,朝里の耳に息を吹きかけた。
「いや,君は魅力的だよ。カラダはベスト。でも,ただのセックスは,興味なくなったんだ」
「どういうセックスがご希望なんですか?私,SMでもアナルでも,お好みに応じますけど」
由利は意味を取り違えていた。朝里の苛立ちが理解できないようであった。
「俺の好みは,心の通じ合ったセックス」
朝里はぶっきらぼうに答えた。
「心,通じ合っていませんか,私は朝里さんの事,好きですよ」
「そう。それはありがたい。じゃあ,携帯の電話番号教えてよ」
 朝里は,由利を睨むようにしながら,由利の腕を握った。
「番号ですか。いいですよ。でも,この電話借り物だし,午後にはつかえなくなっちゃいますよ」
 そう言うと,由利は携帯から電池を取り出し,ごみ箱に投げ入れた。
 朝里は由利との糸が切れたのを感じた。いや,元々,糸など通じていなかったのだ。
「冗談だよ,冗談。別にプライベートに付き合ってもらおうとか思っている分けじゃないんだ」
「ごめんなさい。私,朝里さん,怒らしてしまったみたい」
「全然。気にしないでいいよ」
朝里はもう修復は不能だと悟った。
「じゃあ,最後のお願いだ。君が洋服を着るところをじっくり見せて欲しい」
 朝里はそう言うと,立ち上がり,さっさと服を着はじめた。
 由利は朝里が着替えるのを待っていたが,やがて立ち上がり,バスタオルを捨てると,朝里にカラダを誇示しながら,ゆっくりと下着を着けた。
「お化粧するので,少し待っていただけます」
 由利はそう言うと,洗面所に消えていった。
 朝里は,言いようのない寂しさに襲われた。まもなく,由利は化粧を終え,この部屋から出て行くだろう。広い都会の中,手がかりがまるでない女と再び見える事は,砂浜に落ちた真珠を拾うより難しい事だろう。
 2度もセックスをした女,他の男や女とセックスした事もある女,ある意味では最もプライベートな部分を知っているはずの女と,まもなく他人になってしまうのであった。
「お待たせしました」
 由利はすっかり化粧を終え,上着も着て立っていた。
「一緒に出ますか」
 由利は,最後まで朝里に気を使ってくれていた。
「いや,悪いけど先に帰ってくれる。俺は後から出るよ」
朝里は力なく言った。
「じゃあ,朝里さん,本当にお世話になりました」
 由利は深々と礼をすると,静かにドアを開け,出ていった。
 朝里は一人,部屋に残った。
 その時,携帯が鳴った。

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