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第3部 光の筋(4)

『シャワー浴びる?』
再び,由利の声が流れてきた。その後,男のボソッと,ええ,という声が聞こえて来た。
『ちょっと,待っててね』
 由利はバスタブに湯を満たしに行ったようであった。男が部屋のTVを付けたのか,コマーシャルが大きな音で入ってきた。バスルームのドアを開ける音がして,由利が戻ってきたようである。
『TV見てるの?音楽にしていい』
遠くで由利が言った。男は,やはりボソッと,ええ,と言った。
 TVの音がしなくなり,ベッドの上を移動するギシギシという音が聞こえた後,低いレベルでストリングが聞こえてきた。
 由利が電話の傍受がし易いように,TVを消したのだろうと,朝里と光代は思った。
「クールね」
状況を聞いていた光代が,由利を誉めて言った。
 由利と男の会話は更に続き,由利が,このホテルに来たのは初めてかとか,よくこういう遊びはするのかなどと,男に問うと,男がボソボソと答えるという展開が続いた。
 由利はバスタブに湯が満たされる時間を計っているのであろう。
 由利と男の関係は,着々と進行しているようである。
 朝里と光代は,由利から,もしものときは助けて欲しいと頼まれていたので,最初のうちは緊張して,電話を聞いていたが,男の様子からすると何の問題も起こりそうもないと分かってきたので,次第に,電話を刺激材料にして,2人の間を楽しもうと思うようになってきた。
「TV電話だったらよかったのにね」
光代が軽口を叩いたので,朝里は彼女のおでこを軽くこづいた。
「こちらが見えるのはまずいだろ」
 電話に夢中になっていたが,ふと気が付いて辺りを見回すと,店内にはほとんど人がいなくなっており,店員も空いたところから片づけを始めていた。
 朝里と中年のウェイターとの目があった。ウェイターは,目でそろそろ閉店になりますが,と合図していた。
「そろそろクローズになるらしいんだけど,どうしようか」
朝里は光代に訊いた。
「どうするって。貴方は帰って寝ればいいでしょう」
光代は,これからの行動がほとんど決まっているにも関わらず,朝里が問いかけてきたので,わざと違う答えを言ってみた。
「ちょっと,今から一人で寝るのは辛いものがあるんだけど」
「じゃあ,貴方の好きなようにしたらいいでしょ。私は別に構わないんだから」
「取りあえず,店を出ようか」
 朝里と光代は,このまま分かれるつもりはなかった。由利の電話のおかげで,互いの波長はぴったり合っていた。
 どこかで逢瀬を重ねるつもりである。この場合,行き先は一つであった。
 携帯のイヤホンを挿したままなので,2人は離れるわけにはいかなかった。肩を寄せ合い,出来上がったカップルのように体を密着させて,店を出た。
 行き先は,渋谷であった。


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