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第3部 光の筋(3)

 朝里と光代は電話を挟んで顔を見合わせた。
 朝里は光代に,目でいいねと合図して,携帯を取った。
「...」
 電話は無言であった。それは由利からの電話である証拠だった。
 朝里は携帯にステレオイヤーホンをつなぐと,光代に片側を渡した。コードが短いので,二人は携帯を挟んで顔を付き合わせるような体勢になった。光代は席を立つと,回り込み朝里の横に座り直した。携帯の出力はOFFにしてあるので,こちらの音が相手に聞こえることはない。
 携帯から,由利のウウンという声が入った。バックに街の喧噪音が入っている事からすると,由利はまだホテルに入っていないようであった。
「男と会ったのかな」
光代が呟いた。
「会う前に電話を掛けてきたのかも知れない」
朝里は声を低くして答えた。別に声をひそめなくても由利の電話に音が出力される心配はなかったが,体が生理的に反応してしまうのだった。
しばらくして,由利の,どうするのという声が入ってきた。男に対し問いかけているようだ。
「男が横に居るんだ」
朝里と同じように,光代も声の調子を落としてささやいた。男が何かの用で,由利から離れた瞬間に電話を掛けたらしい。
「ホテルで会うんじゃないんだ」
光代が再び呟いた。
「渋谷のホテルは,男一人じゃ入れない所が多いからね」
朝里は解説を加えた。
 電話からの応答は周囲の音だけになった。車を降りてホテル街を歩いているようだ。  しばらくして,突如,
『この,ラックスでいいの?』
 由利のはっきりした声が聞こえてきた。男に確認するというより,傍受している朝里に,これから入るホテルの名前を伝えるためであるのは明らかだった。
 光代はさっと立ち上がると,店の入り口にある公衆電話のところに置いてある電話帳を持ってきて,電話と住所を調べはじめた。
「あれ,道玄坂じゃなくて,宮益坂の方に行っているよ」
光代は,独り言にしては大きな声で呟いた。ホテルは電話帳の広告ページに大きく掲載されているので,それなりに大きなところなのであろう,というのが光代の推測であった。 渋谷のラブホテルはパルコの裏筋に当たる道玄坂上,円山町あたりに密集しており,普通ならそちらに向かうのが自然なのに,反対方向の宮益坂のホテルを利用するというのは何か分けがあるというのが,光代の主張である。
「フェイクの疑いは晴れましたか?」
朝里が少し冷たく言った。朝里は自分の体験も否定されていたので,光代の意見を修正させておきたかった。
「確かに,本当の出来事のように見えるわね。でも,私は可能性を言ったんだからね,別に否定したわけではないのよ」
 光代の態度は毅然としていた。光代にしてみれば,朝里のフィルターのかかった情報や先入観を排除して考えたかっただけだし,結局の所,彼女は自分で見たものしか信じないのであった。
 2人は部屋に入ったようであった。
『暑かったわね』
由利の命令口調の声が聞こえた。
「彼氏は年下なのかな」
 朝里がつぶやいた。
「そうね。彼女の方が主導権を握っているみたいな感じね。でも,最近の若い男の子って,こういうタイプなのよ」
光代も呟くように言った。携帯を傍受しながら会話するので,会話はあまりはずまなかった。
「若い子をつまみ食いしているのかね」
朝里は横目で光代をにらみながら,ニヤッと笑った。
「年下の子はいけないのかしら。それとも私のことをおばさんだと思っているの」
光代も同じように,朝里を横目でにらんでいった。
「つまみ食いは,謹んで撤回させていただきます。たくさんの方と親しくお付き合いされることは結構なことです」
朝里はおどけて言いながら,光代の肩を抱いた。光代は首を振ると,朝里の前に唇を差し出した。朝里は光代の唇を唇で受け止めた。


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