鎌倉湖の秘密
鎌倉の北の外れに,鎌倉湖という湖がある。
湖と書いたが実は人工の池である。
江戸の末期に付近の農民が,労働奉仕をして,農業用水を確保するためにため池を
作った。それを散在ヶ池(さんざがいけ)と呼んでいたが,近年,池では格好悪いというので,「鎌倉湖」と名を変えた。
あまり訪れる人はいないので静かな池である。
この池には竜神伝説がある。
鎌倉市によって由来が書かれた看板が立っているが,それが興味深い。
農民たちは池を掘った跡,自分たちの子供が危険な池で遊んだりしないように,池には竜が住んでいるという言い伝えを作ったと書いてある。
そうだったのか,と納得した。
子供のころ,湖に竜が住んでいたり,深い山には鬼がいたり,田圃のあぜ道には河童がいたりといった話を聞いたことがあるだろう。
なぜそんな話が成立したのか不思議に思っていた。
それが氷解した。
そうだったのだ。
農家では稲の世話やその他の農仕事は共同で行う。村総出,一家総出で仕事をする。
子供の面倒を見ている暇はないから,幼い子供の世話は年長の子供がする。しかし,子供が勝手に,近くの池や山や田圃に遊びに行ってしまうことはよくあるだろう。
そうなったとき探し出すのは容易ではないし,事故に遭う危険も多い。
そこで,大人は考えた。
「村外れの池には,恐い竜が住んでいるから,決して池に近づいてはならない」
「入り会いの山には鬼が住んでいるから,決して入ってはならない」
「田圃には河童が住んでいてあぜ道に来た人の手を引っ張るから,田圃に近づいてはならない」
このように,大人は子供達に言い聞かせた。そうしておけば子供は恐れて,池や山や大人のいない田圃に近づくことはない。
あの村でこんな風にして,子供を事故から守っているという話は,行商人や役人によって他の村々にも伝わり,広まっていったことだろう。同じような話が,あちこちの村で伝えられた。
話は子供が大人になって,また子供に伝えられた。いつしか最初の意味が忘れられた事もあっただろう。
そうして民話や言い伝えだけが残った。
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