世間一般に幻、伝説のポケモンに分類されている種族
それはミュウに始まりホウオウ、セレビィ、ラティオス等多岐にわたる
無論、今ここに挙げたポケモン達だってその中の一例にすぎない
今回はその幻のポケモンの中の一匹、ルギアについてだ
ルギアは古来、海の神と崇められてきた
しかしその姿を実際に確認できたトレーナーは少ない
ここ最近で一番新しい報告例はオレンジ諸島、アーシア島でのこと
『アーシア島付近の深層海流が異常をきたし、世界を狂わせ始めた
その世界崩壊を防ぐためアーシア島の巫女はポケモントレーナー達の力を借り無事世界を守りきった
ルギアは自在に水を操り、口からは空気を力とした攻撃をする
戦闘能力は極めて高く
伝説の鳥ポケモン、サンダー・ファイヤー・フリーザーの三匹を一度に相手にすることも可』
となっている
「・・・まだまだ資料不足だな
しかしながらこの資料からは我々の作戦に関して重要な情報が含まれているのだが、わかるかな?」
白衣を着た年配の男は大きなモニターに映された資料を見詰めたまま言った
モニターは青白い光を発している、多くの機械が忙しなく動き、機械音を発し続けている
「深層・・・海流、ですね」
同じく白衣を着た若い女性が言った
クセのないストレートヘア、色は深い蒼
おしとやか、といえば聞こえはいいがそのたたずまいからは冷たい、まるで氷のような雰囲気が漂っている
薄暗くはっきりとはわからないが瞳の色も蒼色だろうか
「そう、深層海流だ」
白衣の男はゆっくりとうなずいた
「もし本当に深層海流とルギアが深い関係にあるのであれば・・・わかるな」
「すぐに調査させます」
女は部屋から出て行った
「ルギア・・・その力、我がロケット団のものにしようぞ・・・!」
男は不敵な笑みをこぼすのだった
紺碧に染まる刻
その日は朝からどんよりと曇ったいやな日だった
今にも空からは雨が降ってきそうだ
素早く朝食を済ますか、食べずにでるか・・・
そんなことを考えながら川の水で顔をゆすぐ
「よし、朝はトースト一枚だな」
そういってバッグから食パンを一枚だそうとしたその時
ざぁーっと小粒の雨粒が降りだし大地の茶色を濃い色に変えていった
「はぁ・・・」
頭にフードをかぶり、肩からはマントで覆う
フードとマントはつながっているので首筋からの雨は完全に遮断できるようになっている
雨の上がる気配はなく、進行方向にはここよりまだ酷い黒い雲が待ち構えていた
足取りは重い、次第に重くなってきているといった方が正確か
体をすっぽりと茶色い布で覆ったポケモントレーナー、アオイ・ヴァレンティア
今年で18歳、男
アオイは顔を上げずうつむいたまま歩いた
そのまま数歩歩いたところでふと顔を上げた
空は相変らず曇っていて雨も降っている
けれど何か見えた、完全に見えたわけではないが黒いの輸送機のようなものが雲を割りアオイを追い抜いていった
その黒い機体はアオイに言い様のない黒い不安の影を落としていった
口で説明できるわけではない、でも何故だかその黒い機体は不安という感情によく合った
「アスティンを雨の中走らせるわけにはいかないか・・・」
そういってアオイは自らの足で駆け出した
アオイのブーツはビチャビチャと泥を跳ね上げた、しかしそんなことを気にしている場合ではない
あの輸送機がどこにとまるか知らないが『パスティア』につけば情報があるかもしれない
そう、今日の目的地、海の町パスティア
黒い機体、中心にRのシンボルをいただくその輸送機は森のひらけた場所に着陸していた
「アイシア様、目的地に到着しました」
操縦士の団員が蒼髪の女性、アイシア・レステッドにそう告げた
「そんなことは解っています、早急に調査を開始なさい」
冷たく、厳しく、そう言い放った
「はっ、失礼しました今すぐに。オイ、調査にでるぞ海底探査艇をだせ」
輸送機からは深層海流を調査すべくR団の科学により造られた海底探査艇が降ろされた
探査艇にもRのシンボルが刻まれている
「深層海流の流れを発見し次第データを送って」
「了解しました、出発します」
そう言うと団員達数名が乗り込み海底へと沈んでいった
雨は相も変らず降り続けている
朝と比べると雨粒は大きく、降る量も多くなっている
地面のあちらこちらに水たまり、水はけの悪い所では小さな池まで作っている始末だ
アイシアは機内の窓から雨を見詰めてた
「雨は・・・きらい」
ポツリとそう呟いた
先刻までの威厳は消え去り、かよわい少女のような目をしているアイシア
機内はあの部屋と同じように機械音が響いている
気がつくと私はいつもこの機械音の中にいるような気がする
私はこの音以外の『音』を知っているだろうか…?
「アイシア様、データが受信されてきました」
「えっ?」
「いえ、探査艇から深層海流のデータが・・・」
「あぁ、今いくわ」
もうデータが?そんなに長い間考え事をしていたのかしら・・・
・・・だから雨の日はきらい・・・
アイシアは送られてきたデータを覗き込んだ
これだけ雨が降っていれば町の中には人がいない
なんて先入観は見事に打ち砕かれた
町には人があふれかえっている
しかもみんな合羽はおろか傘さえ差していないのだ
なんとも違和感のあるこの光景
町の入り口でぼけっと立っていると
「邪魔だ」
とチャラチャラした男に言われてしまった、隣にはこれまたチャラチャラした女
カップルはイチャイチャしながら人ごみの中に消えていった
傘は、差していない
「一体この町にはなにがあるんだ?観光名所だなんて書いてあったっけ?」
そういってポケモンセンターに向かい歩き始めた
まぁ大方そうだろうと予想こそしていたが、センターはトレーナーでうめつくされていた
人の隙間をぬってやっとカウンターにつくことができた
アオイはもうマントを片付けていたが、服は少々濡れている
すれ違う時に体はぶつかったが誰一人文句をいう人はいなかった
もう雨なんて端から気になってないようだ
どちらかというと雨具を着ている僕が間違っているように錯覚した
カウンターでジョーイさんに部屋が空いているかどうか聞いてみた
勿論空いてるとは思っていないがもしかしたらもありえる
聞いてみるだけきいてみてあったらもうけものだ
しかし
「ごめんなさい、お部屋はどこもいっぱいなの」
部屋もなかったがあの黒い輸送機の情報も得られなかった
そしてもういちどマントを羽織る
さて、どうしよう
センターが使えないとなるとホテル等になるが、それだとお金がかかる
それはよろしくなかった
この前の参加した大会の賞金はそろそろ底をつきかけている
となると町の外で野宿か・・・
仕方がない、食料と道具だけ買ってこの町にはさようなら、かな
「用があるのはこの町自体ではないからな」
ポツリとそう言った
センターとはうってかわってこちら、フレンドリィショップには人は殆どいなかった
素早く買い物を済まし町から出ようとした
その時
「あれ、もう行かれてしまうのですか?」
とうしろから急に声をかけられた
「はい?」
振り向いて声の主を探す
そこには傘を差した女性が立っていた
そう、傘を差している
本来なら雨が降れば誰だって傘を差す、それが当たり前のはずだが
この町では傘を差さないことより差すことの方が目立った
マントの僕よりも
町にいる人たちは傘の女性を見て不快そうな顔をするが、みなあっと気付いたように目を逸らした
理由こそわからないが傘を差してあんな顔をされているってことは僕もそんな風にみられていたってことか
「お祭りはまだ始まったばかりです、それにまだメインイベントも残っていますよ?」
傘の女性はそう言った、もうお祭りは始まっている?
雨の中傘を差さないお祭りですか?とは言わなかった
「一体何の祭りなのですか?それにあなたは一体・・・」
僕がそういうと傘の女性は少し驚いた顔をして、微笑んだ
僕よりも年齢は低い感じがするけどとても大人びていて、その微笑なんかはちょっと驚くくらい。そして美人だった
「すみません、いきなり。私はレイナ、レイナ・リューセッドです」
傘の女性、レイナはそう言ってまた微笑んだ
「なるほど、海の神の神話からこの町のこの光景が生まれたんですね」
アオイはレイナの家に招かれた
服を乾かしコーヒーをもらい、さらにこの町のことや神話を聞かせてもらった
なんでもこの町付近は一年の内八割以上の日に雨が降っているということだ
だから傘を差さないらしい、半ばもう雨が生活の一部で傘を差すなんてことは必要ないようだ
もう一つ傘をささない理由それはこの町の神話、というより昔話と深い関連がある
これは観光客、トレーナー両方に興味をそそられるものだった
その話とは
この町付近はほぼ毎日雨が降る、降らない日もあるがそれは雨が降らないだけで空は曇っているらしい
町の近くには海があるのだがその海もどんよりと暗い藍色をしているいうことだ
しかしそんな一年のうちたった一日だけ空が晴れ上がる日があるらしい
一年に一度、ある決まった日に
そしてその晴れた日には海がその本来の色を取り戻す
そう、海は紺碧に染まるのだ
その紺碧の海を見るために観光客が集まる
そしてトレーナーが集まる理由は空を晴らし、海を紺碧に染まらせることが出来るのは海の神の存在があるから
ということだ
幻のポケモンがそうしているに違いない
しかしこれは全くのホラ話らしい
最初の頃は観光客だけだったがいつの日からか急にトレーナーが集まりだしたらしい
理由は上に挙げたとおり
それに尾ひれがついてどんどん人が増えてきたらしい
傘を差さない理由は海の神を讃えて、というより一種の願懸けみたいになっている
みんな雨が好きだから傘を差さない、だから姿を見せてくれ、と
だからこの町では雨具を使用しないという暗黙の了解があるのだ
その話を聞いてたしかに幻のポケモンには興味が湧いたが、さてどうしたものか・・・
「データはこれで全てですね、深層海流を確認できました」
団員はそう言った
「よろしい、必要なデータだけまとめて本部へ送って」
「了解しました」
アイシアは機内にある自分の部屋へと戻っていった
部屋に入るとコーヒーを淹れてパスティアの神話の資料をもういちど読み返した
何所の誰だか知らないけれど、上手い嘘をついてくれたものね
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた
「何かしら?」
「ハッ、黒衣の陽炎殿がお見えになっております」
「彼が・・・私では役不足と言うわけね・・・」
「えっ?何か?」
「なんでもないわ、黒衣様を応接室へ」
「ハッ!」
応接室に入ると黒衣の陽炎は先刻のアイシアと同じように窓から外を眺めていた
「まさかあなた様に来ていただけるとは思ってもみませんでした
あなた様が指揮を執ってくださればこの作戦、成功したもどうぜんのこと」
うやうやしくアイシアは頭を下げた
黒衣の男は振り向かず、こう言った
「勘違いしては困る、私は作戦には参加しない」
「え?ではなぜ・・・」
「ルギア・・・そのポケモンの力をこの目で見ておきたくてな」
・・・見え透いた嘘を御言いになる・・・
「Rのシンボルに恥じぬよう、全力を尽くします・・・」
「下がれ」
一礼してアイシアは部屋からでた
「・・・ルギアか・・・ビシャスの取り逃した時空(とき)渡りとどちらが役に立つのか・・・フフフ・・・」
黒衣の男は薄らと笑みを顔に貼り付けた、なんの感情もない笑い声が部屋に響く
依頼はパスティア近郊の伝説のポケモン調査
やはりこれはビンゴだろうか
となると彼女といっしょに行動できれば要領もいいか・・・
PMVが動いている、奴等は我々の作戦上最も障害となる存在
アイシア如きでは避けきれんだろう
この私が・・・直々に相手をしてやろう
雨は止まない、しかし数日後には一年のうち一度の、雨上がる日
『紺碧の刻』がくる
二つの力がその日ぶつかり合う
← Back →