俳句サロン 電脳坩堝第1回オフ会記
好天に恵まれた9月17日午後2時45分上山田温泉「晴山荘」に、やえ様と無事到着しました。ロビーには、初顔合わせの皆様が既にお揃いのようすでした。編集人様にリボンと宇平様手作りの名札を渡され、ご挨拶もそこそこにひとまず部屋へ荷物をおきにあがりました。支配人様は、思っていたとおりの優しいお人柄の紳士でした。
午後3時、予定通りに「記念句会」が編集人様の司会ではじまりました。支配人様ご持参の夢夢様から贈られた高級煎茶をあじわいながら、皆緊張の面持ち。
まず、関川画伯より金一封を頂戴したと報告があり、つづいて欠席のかずのり様の手紙が披露され、かずのり様からのご褒美ですと越前和紙の美しいはがきが皆様にくばられられました。
山歩様より順に自己紹介となり、俳句を始めたきっかけ、俳号命名の由来、俳歴、坩堝に投句の経緯などユーモアたっぷりに話され、すっかり座はなごみました。
宇平様(大拍父様の俳号に由来)は、千曲市の出身でご実家によく帰られるごようす。
遊頭様(頭を遊ばせる)、山歩様(山歩きが好き)、正遊様(正しく遊ぼう)、遊山子様(前記3人の名をもらって)は、同じ職場の同僚で、遊頭様が主宰でB2会(地下2階にあるので)を結成し、月1回句会や吟行をなさっておられるとのことでした。
和音様(句も音楽のコードと同じ)と、獏士様(たまたまアンドレバクス?が手元にあったから)はお友達どうし。やえ様(本名から)は、遊子(旅人から遊ぶ子に変える)の親友です。
現役の方が多く、50歳前半から60歳前半のお元気な方々で圧倒されてしまいました。
いよいよ選句の発表となり、皆様がそれぞれに選んだ3句が、1句づつ披露されご褒美が渡されました。その選評が詠み手を偲んだ的確なもので、支配人様からおほめの言葉をいただきました。それにもまして、「エスプリの効いたご褒美」がまた傑作でありました。考えて苦労された品物の数々( 招き猫、塗り絵、剃刀、クリスタルボール、花刺し、クッキー、手鏡、せんべい、耳栓、選句作品を入れた額、金色堂の飾り物、中尊寺ガイドと絵はがき、鉛筆継ぎ、携帯用小もの入れなどなど)それを渡す時の説明に、爆笑また爆笑の連続でした。
弟や妹がたくさん出来たようで嬉しい。実作を手がけぬようにしていきたい。よって、この場での選句はしないとの支配人様のご挨拶があり、そのお気遣いに心うたれました。このように和気あいあいの楽しい句会は夢のようにおわりました。
上山田温泉は、硫黄のにおいのするやや白濁の湯で、正真正銘かけ流しの良いお湯でした。展望の素晴らしい岩風呂で、ゆっくりと旅の疲れをいやしました。
宴会場には、「山河T」「山河U」の表紙でおなじみの実物画をまん中に、関川一次画伯の作品がずらりと展示され、華やかな雰囲気をかもし出していました。ほのぼのとした気持ちにさせてくれる優しく美しい風景画で、見いってしまいました。その関川画伯の音頭で乾杯、6時半に宴会がはじまりました。郷土料理に舌鼓、お酒も進み俳句の仲間はすぐにうちとけ、四方山話に花が咲きました。酔うほどに玄人はだしの皆様のカラオケが次から次へと、支配人様も「恋人よ」と「矢切の渡し」を熱唱されました。綺麗どころの豆千代さんの歌に、踊りに、場はますます盛上がり、主婦には初めての終りという貴重な体験をさせていただきました。その席で、句会の時に配られた支配人様の、03年04年の一日一句730句の印刷物の中からそれぞれが選んだ好きな句を色紙に揮毫くださり、一人一人に記念品として手渡され皆大喜びでした。名残りのつきぬなか、9時過ぎドンチャン騒ぎの宴会はお開きとなりました。
9月18日9時ロビーに集合。和音様と獏士様とは晴山荘でお別れしました。支配人様と編集人様とやえ様と私は、晴山荘の車に乗せていただき、遊頭様、山歩様、正遊様、遊山子様は4人一緒にご自分の車で出発です。名勝姥捨(田毎の月)長楽寺の境内は、すでに月見句会の人達でにぎわっていました。展望台から一望の善光寺平のながめは、やや霞みがかってはいましたが素晴らしく、あれが千曲川、あの辺りが川中島の古戦場、支配人様のお住いは、棚田はと話がはずみました。
つぎに小布施に車を走らせ、途中、田毎の月の棚田をバックに記念写真を撮りました。小布施の街も連休とあって、人人人で大混雑。予約をして頂いていた店で、栗おこわの昼食をいただき、その後、善光寺参りをされる遊頭様達とお別れしました。私達4人は、支配人様の案内で高井鴻山記念館、北斎館を見学しました。鴻山の自由奔放な書と絵、北斎の彩あざやかな肉筆画に堪能しました。文化の薫り高い小布施の街を散策、おみやげを買って、無事に長野駅に送っていただきました。
長野新幹線に乗ってから、やえ様とハンサムで優しい編集人様の話となりました。 支配人様へのこまやかな優しい気くばりの始終を見て、本当に感心しました。わが子をかえりみて、きっとご母堂様の育て方にあったのだろうと、支配人様の奥様をお偲びした
ことでした。半年前のアンケートにはじまり、いろいろと趣向を凝らした準備をしてくださった 支配人様、編集人様に厚くお礼申し上げます。
遊子 (川西市)投稿
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