サルコイドーシスについて 平成16年9月19日(日)
 
             於:名古屋市中村区役所 講堂
 
            講師:森下宗彦 先生 (愛知医科大学 呼吸器内科助教授)
<サルコイドーシスとはどんな病気?>
 
 サルコイドーシスとはどんな病気なんだろう。皆さん自分の病気ですから、よく勉強はされていると思いますが、よく分からない。実際お医者さんに聞いても、サルコイドーシスが専門でないお医者さんは、胸のリンパ腺が腫れる変な病気だねということぐらいしか答えが返って来ないかもしれませんね。実際に定義が非常に難しい訳です。病像が多彩なのです。簡単に言えば全身に肉芽腫ができる病気、かな。もうちょっと簡単に言えば全身のリンパ腺が腫れてくるような病気だよという訳です。「リンパ腺」は今は医学的には「リンパ節」と言いますので、以後はリンパ節と言うことにします。「全身のリンパ節が腫れるのなら悪性リンパ腫、すなわちリンパ腺の癌みたいなものですか?」という質問も来る訳ですね。しかし、悪性の病気ではないです。よく腫れるのは胸の中のリンパ節ですね。肺門リンパ節とか縦隔リンパ節とか、そういう所が腫れてくる訳ですね。それから肺にもよくおこる。眼、皮膚、心臓にもよく起こります。爪と髪の毛以外はどこにでもできると解釈してもいいと思います。多くの場合は、自然にだんだん良くなるという傾向があるのですが、しかし、場所によっては治るまでにひどい状態になると、後遺症が残ったりして困ったことになります。全く放っておくわけにもいかない。色々な症状を呈してくる方もかなり多いということです。この辺が、なかなか定義し難いし、分かり難いということになりますね。
 
 どんな人がかかるかと言いますと、若い人から年寄りまでかかる。赤ん坊でもおこりますし、80過ぎのお爺さん、お婆さんまでかかる、というんですが、やはり、かかりやすいのは比較的若い人ということになります。
 
 そのような理由で、しばらくの間は定義するのはなかなか難しいので、1960年頃から記述という形で病気の説明がされてきました。それが4、5年おきに改定されてきた訳ですが、1999年になると病気がかなり判ってきたので、定義がなされました。はっきり病気の性質を記載しようということで、アメリカ、ヨーロッパ、それに日本の医者が集まって定義を作ったのです。というのはアメリカですね。アメリカの胸部疾患学会(ATS)、ヨーロッパ呼吸器疾患学会(ERS)、それから世界サルコイドーシス学会(WASOG)の三つの学会が合同で、定義を作りました。このスライドは専門的なことで、しかも訳したものですから、多少硬い表現になっておりますが、ちょっと読んでみます。サルコイドーシスは原因不明の、多臓器にわたる疾患である。(色んな所に病気ができるということです。)多くは若年および中年の成人を侵す。BHL、(これは両側肺門リンパ節腫大ですね。)それから肺の浸潤性の病変がある。皮膚病変を示すことがある。それから眼病変です。眼の病気が多い。その他に肝臓、牌臓、リンパ節、唾液腺、心臓、神経、筋、骨、および、その他の組織を侵すこともあるという訳です。ほとんど全身ということですね。 診断はなかなか難しいこともあるんですが、臨床的あるいは胸部エックス線写真の所見が重要だということです。病理的には、非乾酪性の肉芽腫というものができる(後で説明します)。この非乾酪性というところがミソです。肉芽腫は結核でもできるんですけれども、結核と違うという意味でこういうことを言うんですね。顕微鏡でみると、非乾酪性の肉芽腫があった時にはサルコイドーシスだというふうに確定される。しかし明らかに結核だとか、カビだとか、そういう原因の分かった他の原因による肉芽腫の所見や、あるいは、癌があっても肉芽腫が起こるんです。サルコイド反応といいます。このように様々な原因で肉芽腫ができるので、原因の判ったものは除いて下さいよという訳ですね。
 
 免疫学的な異常としては、PPD皮膚反応の低下と書いてあります。これは簡単に言えば、「ツベルクリンが昔陽性だった人が陰性になりますよ」ということです。この辺は多少専門的になりますが、病変部でのリンパ球のうちのTh1というリンパ球の反応が強くなっているんだよ。その結果B細胞、これはリンパ球のまた別の集団ですね、そういう集団の機能が亢進する。その結果、免疫グロブリン、ACE,リゾチームなどが高くなりますよと言っている訳ですね。
 
 経過と予後は発症様式と病変の広がりによる。これはジワジワ起こったか、急激に起こったか、あるいはたくさん、あちこちにあるのか、皮膚の一部だけにあるのか、そういうことにもよるので、一概に言えないのですね。 結節性紅班とか、無症状のBHLは治りやすい。ただ、リンパ節が腫れているだけで、自覚的にはなんともないというものは、自然に良くなります。 しかし、ジワジワと起こった病気や、肝臓にも牌臓にも骨にも筋肉にもあると、いくつかの肺以外の所にある病気は、なかなか治りが悪いかもしれない。肺や他臓器の容赦のない進行性の線維器質化は治りが悪い。肺がだんだん壊れていく、あるいは肝臓が壊れて機能がうまくいかなくなるよという事が書いてあるんですね。
 
 
 
 先程、好発年齢がどうだということが話題になりましたけれども、若い人が多いんですけれども、女の人は40歳から60歳代という年代にも、この20年くらい前から比較的多くなってきたんですね。ですから後発年齢の山が二つある。
 
 
 
<肉芽腫とは?>
 
 それでは肉芽腫とはどういうものでしょうか? これは免疫反応でありまして、異物を排除しようとする反応です。免疫反応というのは、自分の体の中に自分の組織でないものが入って来た時に、それを排除しようとする、そういう機構なのです。ですから、肉芽腫は免疫反応そのものなんですね。いわゆる、抗体とか、そういうものができて、例えばウイルスだったら抗体でウイルスを無毒化して外に出してしまう。あるいは、バイ菌が外から来たら、それを白血球が食べて消化して外に出してしまうということをする訳ですけども、肉芽腫ができる病気のもとは、なかなかそういう風に排除できない病原体なんですね。 細胞や抗体のレベルでは排除できない病原体がある。そういうものはどうするか。体の中におってもらっては困るんだけど、なかなか外へ出て行かなければ、肉芽腫に閉じ込めてしまおう、細胞がその異物をとりまいてですね、体の中に閉じ込めてしまうと、一見、体の方からすれば外に出したのと同じような状況になる訳ですね。病原体を細胞が取り巻いて、閉じ込めて押しくら饅頭している、これが肉芽腫というものなんですね。ですから別の方向から言いますと、肉芽腫の中に病気の原因があるという訳です。肉芽腫の中を調べたら分かるというのが基本的なことですね。これは30年も40年も前から、あるいはもっと前からも研究しているのですが、なかなかよく分からなかった。今のことを表しますと、肉芽腫の中に何か目に見えない病原体がいる訳ですね。そこでは類上皮細胞という細胞が、病原体を食べて、何とか消化しようとしている。これは活性化したマクロファージという貪食細胞なんです。昔の性能の悪い顕微鏡で見ると上皮に似た細胞だったものですから、上皮(粘膜のことです)のような細胞に見えるということで、類上皮細胞という名前が付きました。その周りにリンパ球がいっぱい取り巻いている。これが肉芽腫で、この中には、何か病気の原因があるはずなんですね。それをずっと長い間調べてきているけれども、まだ未だにその辺がよく分からないというところであります。
 
 肉芽腫ができる反応をサルコイド反応ともいいますが、これを起すにものはたくさんあるんです。感染症としては、結核だとか、ライだとか、BCGでも起こる。それから猫にひっかかれても起こる(猫ひっかき病)。カビがついても起こる。それから化学物質ですね。ベリリウムという最近のセラミックスの新しい原料や、ジルコニウムとかベリリウムという重金属でも肉芽腫ができる。特にベリリウムはサルコイドーシスと全く区別がつかない、そういう病状を呈してきます。昔、古い時代にはサルコイドーシスの原因は松の花粉だと言った人もおりまして、花粉でも肉芽腫が起こる訳ですね。
 
 その他に自己免疫疾患ですね、免疫がおかしくなって、自分の体を攻撃するようになった状態でも肉芽腫は起こる。アレルギーでも起こる。もっと大事なのは、癌があっても、その癌のまわりに起こってくる。このように色んなことで肉芽腫が起こってくるんですね。それは先程言いましたように、免疫反応だから、異物が体内に入って来た時にはどこでも起こりうる訳です。
 
 
 
<サルコイドーシスの原因>
 
では、サルコイドーシスの原因をどうやって突きとめようかと多くの研究者が、今までたくさんの病因、病気の原因の候補を挙げております。ウイルスとか、細菌ですね。結核菌もあり、それから非定型抗酸菌(これは結核菌の仲間です。)、あるいは単なる金属ですね。あるいは無機物です。30年程前に文部省の研究班がありまして、そこで色んな細菌を研究している人、カビを研究している人、ウイルスを研究している人、などにサルコイドーシスの患者さんから検査の為にいただいたリンパ節の一部を手分けして、病原体がいるかいないか調べたのです。私の同級生の今、岐阜大学の教授をやっています渡辺先生が、ちょうどその頃大学院で、嫌気性菌というのを研究していまして、プロピオニバクテリウムという細菌が高率に肉芽腫にいると報告したのです。どうもそれはおかしい、これが原因かも知れないということで、この30年間ずっと研究はされてきているんですけれども、なかなか尻尾がつかめなかった訳です。
 
 10年程前から東京医科歯科大学の江石先生という先生が遺伝子的なことですね、分子生物学的な新しい手法を駆使しまして、どうもこの菌の遺伝子の一部が肉芽腫の中にいるよということを見つけたわけです。どうもこのプロピオニバクテリウムというのが原因じゃないかということです。日本ではこの研究が非常に高く評価されているんですが、アメリカやヨーロッパはまだ結核菌原因説ですね。この辺が非常に違いがあるんです。ただ、そういうデータを示しましたところ、アメリカやヨーロッパの研究者もプロピオニバクテリウムをもっと研究する必要があるなあということなんです。
 
しかも3年程前に、皮膚のサルコイドーシスにミノマイシンという抗生物質を1年程投与したら、病気がすっかり良くなったというような報告がフランスから出ました。抗生物質で治る可能性があるという期待で、今、厚生省の難病の研究班で、全国的に患者さんに抗生物質を服用してもらって治るかどうか実験をさせてもらえんだろうかというような話があります。ただ、昔30年程前にプロピオニバクテリウムが高率に検出された時にですね、抗生物質を服んでもらったら治るかもしれないって、実際に試験したことがあるんですね。でもその時は効きませんでした。もちろん薬によって効き方が違いますから、その頃に使ったセフェム系の薬ではダメだった。今はもっと色んな抗生物質が出ていますから細胞の中にまで入って行くような、抗生物質を選んだら効くかもしれないなという、今、そんな状況なんですね。
 
その他には結核菌ですね、それから非定型抗酸菌です。これは結核菌の仲間で土の中とかホコリとかにいますれども、そういうようなものでも起こるかもしれない。
 
今一番話題なのはプロピオニバクテリウム。皮膚とか腸の中にもいますし、江石先生は肺
 
の中にもいるんだということをこの前見つけられました。
 
 プロピオニバクテリウムというものにも種類がいくつかありまして、アクネスという種類があるんですね。アクネスというのはニキビのことなんですけども、小鼻の所に多くいます。あるいはグラニュローズムという種類があります。これは、そけい部、腿のところにおるということで、実際これを遺伝子で江石先生が調べたところでは、日本ではアクネスが9割、グラニュローズムがほんのちょっと。イタリアではこれが逆転して、グラニュローズムが6割か7割。アクネスが少なかった。ドイツは日本とイタリアの中間だという話がありまして、通俗的に考えると、イタリア人は風呂に入らんから汚いのでグラニュローズムが多いのかなというような冗談話もありました。
 
 内因性感染と言いますが、体の中に常在菌としているバイ菌に対する異常な反応がこの病気の本体ではないだろうか、そういう所まで辿りついたのですね。
 
 
 
<症状>
 
 サルコイドーシスの症状はどうだといいますと、これは皆さん午前中にグループにお別れになって、話し合いをされたということですが、人によって非常にその症状が違うんですね。多彩なんです。
 
 全身どこでもおこると言いましたが、主に起こるのは、目が見にくくなるとか、あるいは唾液腺がやられるので、口が渇く。涙腺がやられて眼が乾く。頭の脳にもきます。一番多いのは、胸の中のリンパ節ですね。それから肝臓、脾臓もやられます。筋肉や骨もやられる。おこる所の病変によって症状が当然違ってくるんですね。
 
 これは肺門リンパ節腫脹といって胸のエックス線を撮ると判ります。肺動脈の周りにリンパ節があるんですが、そのリンパ節が腫れてきて、肺の血管がしっかり分からなくなるくらいボコボコと腫れてくるんです。これが両側に腫れてくるというのが、特徴的なレントゲン写真ですね。横から撮りますと、ここに心臓があって、こちらが背骨なんですが、ちょうど肺門といって、血管が出入りする所がこういうふうに広く腫れてくるということであります。これはすべてリンパ節ですね。
 
 これはCTでこちらに背骨がありますね。こちらがお腹側ですね。こっちに胸が出てきますが、気管支が右と左に分かれています。その気管支の周囲にリンパ節が腫れています。ここに肺動脈が走っているんですが、それと一体になってリンパ腺が腫れていますので、CTを撮ると更によく分かるということになります。
 
 ウルム・ハイルマイヤー分類というものがあります。ウルム先生とハイルマイヤー先生という両方ともドイツの先生ですが、その人たちが、今から50年程前にこういうレントゲンの分類をしました。最初起こり始めの時はどうもリンパ節が腫れるだけである。それがだんだん肺の方にブツブツがいっぱいできてくる。病気が治ってくると、今度はリンパ節が消えちゃって肺の中のプツブツだけになる。それが奇麗になって治る場合もあるし、更に肺が硬くなって線維化してくる場合もある。繊維化して、だんだん呼吸が苦しくなってくる人もー部にいる。という分類をしたのです。ウルム先生というのは、非常に元気な人で、つい7、8年前までね、もう90過ぎても毎日プールで1000mくらい泳いでいたという話を聞きましたが、そういう分類をされた人で、これは今も使われているんです。両側肺門リンパ節腫脹(BHL)のみが1型、BHLと肺病変があるものが2型、肺病変だけのものが3型というふうに使われています。
 
 皮膚の病変は、額の所によくできます。痛くも痒くもないんですが、ちょっと赤みがかった、少し盛り上がった発疹が出てきますね。こういう所を少しとってみると、先程の肉芽腫というのが見えるわけです。
 
 これもちょっと場所が違いますけど、ちょっと染みのように、黒っぽくなっています。こういうシミのような症状が出てくることもあります。
 
 よく出来るのは、眼鏡をかけている人で、眼鏡の枠が当たる、鼻の鼻根部、こういう刺激が加わる所によく出てくるんですね。
 
 これは心臓です。心臓のアイソトープ、心筋シンチというものです。心臓というのは、筋肉の袋ですから、それを輪切りにしたところです。全体に筋肉の袋がある訳ですが、こういう所が少し筋肉の血流が少ない。ここの所の筋肉が痩せてる訳です。こういう所にサルコイドーシスの心臓病変があって、アイソトープの取り込みが欠損して来るということがあります。これは今の心臓を縦切りにしたものです。マダラになっていますね。濃い所が正常の心筋がある所で、薄いところが病変のある所という事になります。
 
一番理解されないのは全身的な症状ですね。眼がボーッとするとか、口が渇くとか、何か筋肉にしこりが出来たとか、そういうのは誰でも分かりますね。ところが全身何となく気だるい。何かだるくてあんまり動く気にならない。実際に動いてみても、すぐに疲れてしまう。30分も起きているとすぐに横になりたくなる。ひどい人になると微熱なども出ますが、そんな症状は、ご本人もこの病気の為だということがなかなか理解しにくいし、周りの、例えば、一番身近なだんなさんとか、奥さんとかね、そういう人も理解しない。それで「何を怠けとるんだ」という訳ですね。 そうすると益々気分も落ち込んでしまうということになります。
 
 全身症状というのは、特に最近かなり注目されるようになってきたもので、非常に精神的にも悪いもので、やっかいな症状です。
 
 その次は局所症状ですが、眼のことは、次の西田先生が、詳しくお話ししていただけると思いますので、ここは飛ばしましょう。
 
 皮膚の症状ですね。それは先程言いましたような色んな格好の皮疹が出てきます。ニキビのようなものもあります。イボのようなものもあります。それから、表面の皮膚は何ともないんだけども、皮下にしこりが、何か触るとプツッとして、あるいは、そういうものがたくさん出来るとザラザラしている。それからシミができるということがあります。一番気がつきにくいのは、肘とか膝ですね。サルコイドーシスが眼科で疑われ、内科に来ますと、まず私達は「肘を見せて下さい」「膝を見せて下さい」と言う訳です。患者さんはほとんど自分では分かってないんですが、昔、子供の頃、歩き始めの頃なんか、よく転びますよね。転ぶと膝や肘を擦りむきます。擦りむいた所は、砂の細かい粒が入ったまま治っちゃうんですね。その砂の粒が入った所の周りに免疫反応がおこって、肉芽腫ができてくる訳ですね。病気になる前は何ともなかった、ほとんど見えなかった傷跡が、赤く盛り上がってくる訳です。「これはいつから出てきましたか?」「えっ、知りません。そんなのあったんですねえ」と言う方がほとんどなんですが、そういうのがかなり、まあ、三分の一くらいの人にみえますかね。そういう所を見るのは大事なことです。わざわざ肺を取らなくても、そこの皮膚をちょっと取らせてもらうだけで診断がつくという事になります。
 
 肺におこりますと、ちょっと辛いことがおこりますね。ちょっと階段を昇ったりしただけでも息切れがする。人と同じスピードで歩くと、ちょっと息切れする。もっとひどくなりますと、座っているだけでも、安静にしていても息切れがする。あるいは咳が出ることもあります。それから息がヒュウヒュウいう。喘鳴と言いますね。そういうことがおこります。ごく稀には喘息の発作をおこしてくる人がいます。実際、私は一例だけ経験がありますが、非常にひどい発作でほとんど息が止まって救急車で駆けつけた。そういう患者さんもおりまして、普通だったら喘息として処理されてしまところだったのですが、気管支の中を覗かして貰って、なんかプツプツがあって、それを取ったらサルコイドーシスだった。そういう症例もありますね。
 
 特に日本人は、心臓がやられる事が多いというのが定説です。これはどうしてか分かりませんが、特に女の人が多い。だいたい脈が乱れてきます。不整脈です。藤田保健衛生大学の循環器の教授の森本先生という方がおられます。この人はもう30年か40年心臓サルコイドーシスのことを一生懸命研究しておられまして、世界的な大家です。藤田保健衛生大学に救急車で、心臓の脈がバラバラに乱れて、心臓と心房のつながりが全くなくなるという、ひどい重症の不整脈ということで運ばれて来た人(それはサルコイドーシスと診断がついいてない人ですよ)で、中年の女の人に限って言えば、だいたい三分の一ですね、3割くらいがサルコイドーシスでおこってくる、ということを報告しておられます。これは循環器の専門の医者もほとんど知らないことなんですね。循環器の専門の医者はサルコイドーシスという病気は聞いたことはあっても、見たことはないというのがほとんどなんです。森本先生は、そんなに多いんだから絶対もっとたくさんあるはずなんだとおっしゃっています。そういう患者さんが普通に循環器に来られますと、ペースメーカーを入れたら不整脈は治るので、後はサルコイドーシスのサの字も疑われずに治療されているということが結構あるかもしれないということです。ですから私達は何もなくても心電図はとるということになっておりまして、心電図をとりますと、刺激伝道系といいますが、心臓の脈の音頭をとっている経路がやられやすいものですから、異常がよく見つかるのです。
 
 心臓の働きが悪いと、血液がたくさん要るような運動をした時に、十分な血液を送り出せないので、動悸がしたり、フワフワしたり、ひどいと失神をしてしまったり、ということもおこりますね。
 
 筋肉もけっこうやられるんですね。筋肉にいつの間にかしこりが出来てコブがポコポコできていくということが割合あります。これは足とか手に多いですね。そういうのはたいてい痛みがないんですが、ひどいと痛みがあることもあります。あるいは筋肉全体がやられてくると、しこりはないんだけども痛くて痺れて力が入らない。ひどい人は歩けなくなってしまうということもあるんですね。
 
実際、筋肉に力が入らなくて、歩けなくて、10年程、別の神経の病気だとして治療されていた患者さんもいます。私どものところで、筋肉を少し取らせて貰ったところが、「イヤ、これはサルコイドーシスだった」ということで、ステロイドを服んでもらったら歩けるようになったという人もいるのですね。
 
 これはちょっと分かり難いですが、足です。足の筋肉のこの白い所にサルコイドーシスがある患者さんで、ここを少し取らしてもらうと、正常の筋肉線維の中に肉芽腫があるんですね。
 
 神経がやられる事もあります。神経は末梢神経と言って脳や脊髄から出てきた後の障害と、中枢神経と言って頭の中、あるいは脊髄の中におこる病気の両方ありますが、多いのはこの末梢神経の障害ですね。特に多いのは顔面神経麻療です。顔面神経というのは、この頭の後の方から見てみますと、耳の後、ここに耳下腺という唾液を出す腺組織があるんですが、そこの中をずっとと通って来て、顔の筋肉を動かしているんですね。しかも走行が長いですから、圧迫を受けやすい。この病気は耳下腺が腫れることが多いので、それで圧迫さて、顔の筋肉が片側動かなくなっちゃう。口が閉まらなくてヨダレが垂れるとか、そこまでいかなくても口がゆがんでいるとか、寝ようと思って眼をつむっても眼が閉まらなくて眠が乾くということがおこる訳ですね。上の方を見ると額にシワが寄るのが普通ですが、片側寄らなくなっちゃう。そういうことがあるんですね。だいぶ昔のことですが、田中角栄さんが一時顔が歪んだことがありましたね、あれはサルコイドーシスではないんですが、ああいうふうに顔面神経が麻痺してしまうという症状が出てくる事もあります。 次はもっと大事で頭の中ですね。頭の中にサルコイドーシスの病変がおこる、中枢神経におこりますと、命が危なくなることがあります。これは非常に重症の症例で、是非ともステロイドで治療しなくちゃいかんということですね。この人はステロイドを始めましたら、病変は小さくなりました。それで、ステロイドを減らしましたら、また、大きくなってきた。もう1回ステロイドを増やして、小さくなるまでステロイドをずっと長いこと服んでもらった訳ですが、そのように薬がよく効くということもあります。ですから治療が大切です。
 
 先程から触れていますが、唾液腺がやられますと口が渇いてくる。あるいは涙腺がやられると眼が乾いてくるということになります。
 
 これは、また、珍しい症例なんです。これはお腹の中を腹腔鏡というので見たんですけど、ここに肝臓があるんです。肝臓は普通、鶏の肝臓とか豚の肝臓とか肉屋さんで見られた事があると思いますが、つるっとしているんです。けれども、これは何かゴテゴテっとコブがいっぱいできていますね。肝硬変なんです。ここのコブをとってみると肉芽腫があったので、この人はサルコイドーシスだったのです。これはステロイドをやりましたら、これが奇麗になったという症例であります。
 
 
 
<検査>
 
 サルコイドーシスではどんな事を検査するのということですが、ツベルクリンをまずやるんですね。サルコイドーシスが発病すると、発病前は陽性だったツベルクリン反応が陰性になってくる。治ると、また、陽性にもどってくるということです。いわゆるこれも免疫反応なものですから、免疫反応の異常がおこっている間だけ昔の記憶がなくなってしまうと言いますか、反応が落ちてしまうということになります。
 
次は診断基準にも使われていますが、ACEという酵素ですね。アンジオテンシン変換酵素(ACE)という酵素を測ると、高いというのが、この病気の特徴なんですね。それから同じように高くなるのにリゾチームというのがありまして、これの方が多少特異性が低い。すなわち、他の病気でも高くなることがあるということです。しかし、この二つを一緒に測っていると、病気が良くなってくると、酵素が下がってきますし、悪くなってくると、また、これらが上がってくるので、病気の勢いの判断に使えるのです。採血することで簡単に測れますので、いい検査であるということであります。
 
 今まで色々な所に病気が起こるよという話をしましたが、これらを知るために、スライドにはなっていませんが、胸のレントゲンを撮ったり、CTを撮ったり、心電図をとったりしますね。それから心臓の超音波というのも、心臓の筋肉がどれくらい力強く動いているかということが分かりますね。それから肺機能。ちょっと苦しいですが、思い切り吸って最後まではくという、検査もあります。気管支鏡というのもあります。気管支の中を覗いて、しかも気管支の端から肺に食塩水を入れて洗ってくる。そうしますと肺の中にある細胞(白血球)がどういう分布をしているかということで、その病気の特徴が分かる。更に又気管支鏡から鉗子を入れて、肺の一部をつまんで取って来るということもやりますがこれは入院してやらないと肺が破れたりする危険がありますので、その辺が少しネックであるという事でもあります。しかし、こういうことは日常行われておるんですね。後は全身を調べるという意味でガリウムシンチグラフィーというアイソトープの検査です。それから先程お見せしました心臓のアイソトープの検査などをやるんですね。
 
 サルコイドーシスは慢性の病気ですね。非常に治るまでに時間がかかります。だいたい若い人で病院と縁が切れるのに、だいたい4、5年はかかると思っていただいていいと思います。リンパ節が消えるのに2年かかかりますね。その後再発がないかどうかということも含めて言えば、4、5年はかかる。胸のリンパ節が腫れているだけですという人でも、これだけかかります。
 
 特に中年の方、少し、若さが失われた方はなかなか治りが悪いということがあります。4、5年ってけっこう長いですよね。そのうちに自分の病気が治るのかしら?っていうことが心配になってきます。
 
更に、ちょっと眼が見難い。「ま、これくらいならいいや」と思っても、ちょっと気分が落ちこんだり、あるいは忙しかったりすると、もう目のうっとうしさが辛くなって困る。あるいは体がだるいというのがどうしようもなくなってくるということになりますと、ノイローゼがおこってきます。私、いつも患者さんに言っているんですけれども、この病気になると周りの理解もないし、自分でもなかなか理解できないこともあるので、だいたい3回か4回はノイローゼになります。そういうことになったら、この病気のためだという事を思って頂いてなるべく、あまり悩まないようにして下さいと言っているのです。それはまあ、日常生活に影響しますから悩まない訳にはいかないとは思いますがね。
 
 
 
<生活上の注意点>
 
 どういうことが療養上必要かと言いますと、結局原因がまだよく分かってない訳です。しかし、ステロイドは有効であることがわかっていますし、免疫抑制剤も有効なことがわかっているのです。従って、症状がひどい時にはステロイドだとか、免疫抑制剤とか、色んな薬を使う訳ですけども、基本的には、病気が自然に良くなる傾向があるということです。良くなるには体が病気を治す為のエネルギーが要る訳ですね。エネルギーがないと治りません。だから、その治るためのエネルギーを温存してください。例えば仕事が忙しくて、もう睡眠時間が3時間か4時間しかないというのでは、エネルギーを使い果たしてしまっておる訳ですから、治るために使えるエネルギーがなくなっちゃうんですね。
 
エネルギーを温存するにはどういうことが必要か? 安静にするとか、休養するっていうことが必要なんですね。しかし、寝てばっかりでいいかと言いますと、やはり気分が滅入っちゃいますよね。ですから適当な運動をする。適当な運動ってどんな運動があるか? まあ、簡単に言えば、次の日までに疲れが残らない程度です。しかも割合楽しいことですね。 そういうような運動をするのは良いことだろうと思います。
 
 大事なのは、病気がある所の臓器は休めた方が良い。例えば目が見難くて困っている人がですね、「休め」と言うから1日中テレビを見て、それで体を休めている。体は楽かも知れませんが、目を酷使している訳ですね。 ですから、目か悪い人はテレビは見ないようにして、ラジオを聴いて下さい。目をつむってラジオを聴いていると目はしっかり休みますね。テレビよりラジオというわけです。
 
 つぎに、横になる時間を増やして下さい。
 
適度な運動はしたほうが良い。そうしますと、隣近所の遠慮のないおばさん達が言うんで
 
すね、「あの人は町内会の掃除と言っても病気があるからって出てこないんだよ。でもね、買い物とか、遊び何かはしょっちゅう行くし、それから運動だってしているのに、どこが病気なんだろうね?」こういうのをこちらが聞こえるように大声で立ち話をしながら言ってくれる訳ですね。これが又、患者さんにとっては非常にしやくの種になる訳です。そういうのは聞こえても、「私はそういう病気なんだから仕方がない。」「わたしはなまけ病なんだ。」ということで納得していただくことです。軽い適度な運動はしたほうが良いですね。
 
 精神的なストレスがかかるとサルコイドーシスが悪くなったり、あるいはサルコイドーシスが出てくるんだということを、東京のJR東京総合病院の山口哲生先生は昔から言っておられる訳ですが、確かにそうなんですね。どうしてか? 「精神的ストレスなど、別に肉体とは関係ないんじゃないか。」と思われるかも知れませんが、これが非常に関係してるんですね。精神的なストレスがありますとよく眠れなくなります。とすると、体が休まらない。そうすると、やはり、エネルギーをそっちの方に使ってしまうという事になって病気が悪くなってしまいます。ですから、なるべくストレスは避けたい。ストレスの対処は「嫌な事があっても受け流す」、「自分の中でうまく処理して、そうくよくよ思わないことにする。」「なるべく楽しい事だけを考えましょう。」という事ですね。
 
 
 
 それからもう一つ注意していただきたいのは、昨今の健康志向ですね。 今は健康番組大流行ですよね。お昼休みも夕食時も、愛知県出身のタレントが「カルシウムをどんどん取らないと骨がダメになりますよ」なんて言いますよね。そうすると、サルコイドーシスの患者さんにとっては、これまた、不幸なことになっちゃう訳ですね。サルコイドーシスの患者さんはカルシウムを取らない方がいいんですね。どういうことでしょうか?
 
サルコイドーシスでは、先程言いました肉芽腫から血液や尿のカルシウム濃度を高くするようなホルモンのようなものが出てくるんです。 活性型ビタミンD3とか、PTHrpという一種のホルモンですが、そういうものが出てきます。ですからこの病気ではカルシウムが血液の中で高くなります。尿は血液をこしたものです。濾過したものですから、尿の中にもカルシウムが高くなります。そうしますと、尿の中にカルシウムが溶けておられなくなって、カルシウムの結晶ができちゃう。すると腎臓結石だとか尿道結石、膀胱結石といった、いわゆる尿路結石という石が出来ちゃうんですね。 石が出来ると、それが動くと痛いですね。 出血もして血尿が出るということにもなります。もっとひどいとですね、腎臓にある細い、髪の毛より細いくらいの、おしっこの素を作っている所で、カルシウムが沈着してしまいます。その結果、腎臓の最初に尿を作る一番細い所がみんな詰まっちゃう。 そうしますと腎臓が尿をこしとることができなくなって、腎不全になって、透析をしなくちゃいかんということまでおこるんですね。だいたい日本人はカルシウムの摂取量は、昔から少なめなんですね。最近は特にチーズを食べなさいとか、牛乳を飲みなさいとか言われて大分高くなってきた訳ですが、欧米に比べるとカルシウムの摂取量は少なくて、サルコイドーシスの患者さんで、高カルシウム血症、(カルシウムが高くなる状態)は非常に少ないのです。それはカルシウムの摂取量が少なかったから、今までは少なかったというだけで、摂取量を増やせば出てくるのです。サルコイドーシスの患者さんはそういうマスコミの宣伝に踊らされてカルシウムをとってはいけません。
 
 
 
<予後>
 
 じやあ、病気はどうなるんだろうか。予後ですね。これはレントゲン写真から見た予後です。レントゲンがどれくらい経ったら良くなってくるかということです。ゼロ型というのは正常なレントゲンです。だいたい始めは肺門のリンパ節が腫れてるんですね。これがT型です。それが1年2年3年4年5年経ちますと、7割くらいの人はリンパ節が消えてくるんですね。20%くらいの人は5年経ってもまだ残っている。10%足らずの人は次のU型に進むのですね。肺門のリンパ節が腫れながら肺にも陰影が出てくるか、あるいはリンパ節はなくなったけれども、肺の中に陰影がいっぱい出てくる。 
 
 このエックス線写真はリンパ節が腫れているということで見つかった人です。リンパ節と肺との両方にあった人(U型)は、完全に良くなるのがリンパ節腫脹だけの人(T型)に比べると少し悪くなっています。 だいたい半分ぐらいですね。1型から2型3型に順番に進むとは限らないんですけども、肺の中にもブツブツがあってみつかった人は、ちょっと治りが悪そうだということであります。
 
 肺の陰影が線維化してしまって、リンパ節腫脹がなくなった人(V型)は10%ぐらいしか治らないってことなんですが、しかし、まあ10%も治るんだという考え方もありますので、希望を捨てずに長期戦で臨むということが大事ですね。
 
 ゼロ型というのは、胸の中に病変がない訳ですね。これは例えば皮膚だけとか、皮膚と目にある。しかし、胸の中にない人は、ほとんどその後で胸の中に出来ることはないだろう、ということです。ただし、一部の人には、胸の中のリンパ節が腫れてくるということはあります。そういうことで、最初に胸部エックス線写真がどういう状態だということをみると、ある程度将来の予測がつくということになります。
 
 次は、リンパ節が腫れているだけの人にですね、ステロイドという薬を飲んでもらう。すると早く病気がなくなるかどうかっていうことなんですね。この図は二重盲険試験といって医者にも患者にもどっちの薬か、本当に効く薬なのか偽の薬なのか分からないという状態で薬を飲んでもらうようにする試験をしてもらった結果です。そうしますと、半年ぐらいのところまではステロイドを飲んだ方が早く治るんだけども、半年過ぎた後は経過が一緒になるという結果になりました。ですので、リンパ節が腫れているだけの人には薬を出さないというのが原則になっています。只、もちろん、目にきているとか、心臓にきている、そういう場合は別ですね。
 
 そんなことで、雑駁なお話になってしまいましたけれども、この病気はまだ原因が分からなくて、やはり一部のひどい人はそれなりの対処が必要ということになります。しかし、多くの場合はそんなに寝込むという事もないんですね。
 
 
 
どうもご静聴ありがとうございました。