「 洋 裁 と 私 」
                  
              ・・・・・思い出・・・・・

●小学生の頃、絵を描くのが好きな私は洋服のデザイナーになりたくて、よく自己流でデザイン画を描いては、祖母に褒めて貰い喜んでいました。
 今も思い出すのは、保育園時代、大きな水玉模様のパフスリーブのウエスト切りかえで後ろで結ぶ大きなリボンのギャザーワンピースです。
これは、1つ上の姉と色違いのお揃いで、今も得意そうにふたり並んだ写真が残っています。
 小学生の頃は、何故かグリーンの色が大好きでした。
洋裁をしていた叔母に、生まれて初めて自分でデザイン(グリーンの生地でダブルボタンのベストと箱ヒダスカート)した洋服を作って貰い、江ノ島鎌倉の修学旅行に着て行きました。
ベレー帽にお気に入りのベストスーツでウキウキして出掛けた旅行でしたが、それ以上に印象に残っているのは、バス酔いの苦しさです(記念写真の私の表情がそれを物語っています)。
今ではちょっと笑えますネ。

●それから暫くして、自宅から自転車で12〜3分程の所に、従来の生地屋さんとはちょっと趣きが違うコットンショップが誕生しました。
小さなウインドウには、今まで見たことのないカラフルな生地が所狭しと並び、そんな生地で手作りした洋服やエプロン・バック等々も一緒に飾られていました。
私は此処で初めてUSAコットンと出会い、その生地の風合いに驚き 、すっかり虜になりました。
憧れのこの店が、その後の自分に大きく関わろうとは、この時は知る由もありません。
 この頃、アイビールックに憧れ、手作りしたのがタータンチェックのボックススカートです。
兄のように慕っていた従兄からプレゼントされた、ザックリと編みこんだ白いタートルネックセーターとの組み合わせは、私の大好きなスタイルでした。
チェック柄の生地は今もお気に入りです。

●短大入学が決まり、(経緯は良く覚えていませんが)入学式用のスーツとして、「さくらや」と言う店で、グレーのチェックのジャケットとプリーツスカートという組み合わのスーツをオーダーメイドしました。
若い頃の私は、黒髪が背中を覆う程のストレートロングの少女でした(現在は超ショート)。
靴は憧れのリーガルを買って貰い、新調のスーツを着て、母と二人で電車を乗り継ぎ、二時間かけて入学式に臨みました。
 短大生活も終盤の頃、教育実習で母校の中学の教壇に立った時も、やはりタータンチェックのスカートをはいていた様な気がします。
その頃の学生の服装は、田舎のせいもあり、とても質素でした。
・・・・・思えば私の「ひたむき」時代でした。・・・・・

●卒業/就職、そして22歳で結婚。
当時の前橋には、「ニチイ」、「十字屋」、「丸井」「スズラン」、「前三」などのデパートがありました。
時は1977年3月。
5月上旬に新婚旅行でグアム島へ行く事になり、現地で着られる夏服を捜してデパートを巡りましたが、季節柄、デパートでは常夏で着られる様な洋服を取り扱っていなくて、仕方なくワンピースを手作りすることにしました。
青い海と空をイメージしたブルーの大きな花を散りばめたプリント生地で作りました。
旅先で撮った写真は、まばゆい太陽の光の中にポニーテールの髪を潮風になびかせ、ブルーのワンピースに白いサンダルで、恋人岬の青く透きとおった珊瑚の海に抱かれた、夢のような一枚でした。
(ナンチャッテ、実際はこんな格好良いものではありませんでしたが・・・・・ウフフ)
 そして、ここには私を支えてくれた「myミシン1号」がありました。
嫁入り道具の一つとして、ほしくて 欲しくて手に入れたミシンは、なんとボタンホールとジグザグ模様の出来る、まるで魔法のようなミシンでした。
これがその後の手作りに大活躍することになります。
(現在、私の工房で働いてくれているミシンは、この時の「myミシン1号」と職業用直線ミシン、工業用ミシン、ベビーロック、工業用ロックの5台です。これらが私の片腕になって頑張っています。)

●その後、この「myミシン1号」からは、私のマタニティードレス、ベビーキルト、赤ちゃんの下着、ロンパース、胴着、ガウン、かめのこ、洋服、バッグなどが次から次へと生まれ、それは面白くて止まる所を知りませんでした。
3人の息子の成長に合わせて作る洋服は、何よりも楽しみなものでしたが、時々縫いながら思うことは「可愛いスカートを作って見た〜い!」でした。
 そんな手作り三昧の日々を過ごしていましたが(Tシャツと下着類以外は殆んど手作り)、次男が幼稚園の頃、真冬でも半ズボンが好きな彼が、なんと作ったズボンでなく「Gパンの半ズボンがいい」と言い出しました。
この頃より次男は生意気になり、私の縫ったものよりお友達と同じもの(お店で売っているもの)を欲しがる様になりました。
次男と私の好みには、大きな相違があった様で、彼が小学生の頃にもGジャンを欲しがり、買う買わないのバトルが展開されました。・・・・・今では良い思い出ですが・・・・・
 でも、そんなことでめげる私ではありません。
この頃から、本格的にソーイングの本を買い込み、実際に縫いながら様々な技法などを学んでいきました(洋裁の学校へ行きたかったのですが、主人に「それだけ縫えるのだから必要ないだろう」と言われて・・・・・)。

●これらの材料を買っていたのが、あの「コットンショップ」だったのです。
そんなある日、いつものように生地を買いに出向くと、お店の方が私に声を掛けてきました。
「よく生地を買って頂きますが、どんなものを縫っているの?」
この出会いから一変して、私はこの店のサンプルウエアを手掛けることになり、生地のことや縫製のことなど多くの事を学ばせて頂きました。

●自宅で何百種類ものサンプルを縫いながら、次男の誕生から9年目に、三男を出産しました。
ミシンに向かわない日は無い位に、この仕事に打ち込んでいた私でしたが、さすがに産後3ヶ月位は控えた方が良いとのアドバイスで、ミシンから遠ざかりました。
しかし、どうしてもうずいてしまい、ミシンを使わなくても出来るパッチワークを始めました。
首の据わった息子を、子守唄を歌いながら負んぶし、やがて寝込んでも布団に寝かすことも忘れ、背の子の重さで体が痛くなるのを癒す為、立ったり椅子に座ったりしながらパッチワークに夢中になっていました。(それが原因でひどい肩こり症に?・・・・・そんな訳ないか!)
そうして作ったのが、四角パッチをつなぎ合せたテディーベアでした。
そのベアーはいつも息子の傍にあり、手わるさするようになると片足や片手だけを持ってブラブラさせて遊んでいました。
14年たった今でも、その熊さんは元気に息子を見守っています。
此処まで来て私はやっと「憧れの可愛いスカート」にはとことん縁がないことを悟ったのでした。

●その後、この子に通園バッグセットを作りました。
ギンガムチェック地を土台に、パッチワークや熊さんの刺繍を施した、世界に一つだけの完全オリジナルで、私にとっても思い入れの多い作品の一つになりました。
 又、小学校入学時、この子の為に手作りしたスーツは、なんと偶然、私の短大入学時に作って貰ったのと同じ、グレーのチェック生地のテーラードジャケットと半ズボンのスーツでした。
ブラウスは、スタンドカラーにモスグリーンのリボンを結んだ、とてもおしゃれなものでした。<自画自賛!>
健やかに学校生活を楽しんで欲しいとの母の願いをこめて、丁寧に仕上げた自信作です。
親馬鹿ですが、大勢のピカピカ一年生の中でも、一番輝いていたのは我が息子の晴れ姿でした。
(こうして、子供達からいつも 楽しみや喜びを貰って来ました。)

●前後しますが、この子が幼稚園入園と同時に、約8年間続けた自宅でのサンプルウエア作りをやめ、直接そのお店で働く様になっていました。
憧れだったお店で働くことは、とても誇らしく有意義なことでした。
それは3年半の短い勤務でしたが、皆さんに可愛がられながら、布や洋裁のことを基礎から教えて頂きました。(サンプル作りに始まり、通算11年余りにわたって私を育てて下さったお店の皆様に、心から感謝しております。)
 この因縁深いお店で、もっと働きたかったのですが、義父の事故による植物人間化、その直後の実父の死と、立て続けにショッキングな事件が起こり、止む無く退職致しました。
二人の父の死が、私に生きる力を与えてくれた様にも思います。

●この機に、思い切って自分の足で歩こうと決意しました。
”善は急げ”、これまで自宅の一室で行っていた洋裁でしたが、独立した工房を建てました。
1998年(平成10年)9月19日グリーンフィールズ工房がスタートしました。
(ネーミングは、「大好きな曲のイメージが目指す工房のイメージとぴったり合う」と言うことで、主人が付けました。・・・・・何だか超イージー!)
工房スタートに伴い、生地は主に日暮里、吉祥寺、日本橋などが仕入先となりました。
工房で製作されたウエアは、市内のお店に委託して販売し、「GreenFields」のファンの方々に愛されてきました。

●2003年5月より、『自宅ショップ「GreenFields」』を創立し、工房での販売も始めました。
同時に、東京 吉祥寺「ブルー・エ・ブルーマリン」のオリジナルウエアーが当工房の理念に通ずとし、このウエアーの仕入れ販売を開始しました。

 現在も、「良質な自然素材を使い、しっかり丁寧な作りのオンリーワンで、着る人の生活に、潤いと安らぎを与えたい」をモットーに「Simple&Natural」を合言葉で頑張っております。

恋人岬からの眺めと私

myミシン1号

職業用ミシン
ベビーロックミシン
工業用ミシン
工業用ロックミシン
テディーベア
通園バッグ-1
小学入学スーツ
工房・・・・冬の夕暮れ
看板
通園バッグ-2
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