易学とはトカゲ学なり!?
漢字の爬虫類(其之一)
普段我々が何気なく使っている漢字。
その中には爬虫類の姿形をルーツに持つものがあります。
今回、爬虫類の姿形からデザイン化された漢字二つを中心に
大昔の人間と爬虫類の関わりをご紹介しようと思います。
【虫】
まず、お馴染の爬虫類という語彙の中から虫という漢字の話を。
現在では、一般的に虫という字は昆虫を指します。では何故、爬虫類と書くのでしょう?
実は、虫という字、もともとヘビが頭を大きく見せている姿をデザイン化した文字なのです。
日本最大級、漢字の百科事典『大漢和辞典』で【虫】の項を引いてみると、下のような記述があります。
『虫。一メイに蝮(マムシ)。三寸博く、首(頭の)大なること辟指(親指)の如し、其の臥せる形に象る。』
(大漢和辞典)
ハッキリと、虫とはマムシを指す文字だ、とされているのです。
マムシの頭部の三角形は、大昔から危険な特徴と認識されていたのでしょうね。
『虫』の字のルーツはまさにヘビ。(金文文字より)
ちなみに、昆虫や節足動物などを飼育している方々が好んで使う蟲の字。
これこそ小さな昆虫が群れ集まっている姿からできた文字です。
現在は略して虫と書いていますが、虫と蟲は本来成り立ちも意味も異なる文字です。
『蟲』の字は小虫が集まって‥(篆書体より)
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蛇足ながら爬虫という語彙が初めて日本で使われたのは明治元年(1868年)のこと。
田中芳男という人物が執筆した『生物の数』(雑誌『明治月刊』巻之二)中に使われたのが日本初出です。
田中は江戸幕府の開成所(前身は洋書調所。ペリー来航以来、洋学研究の必要性が高まったために設置された)
に在籍した人物で、当時の最新科学情報に真っ先に接する立場の人間でした。
ただし、爬虫は田中の独創による造語というわけではなく、実際には中国(上海)で発行された
『中外襍誌』(1862年)という月刊誌上で発表された『生物総論』の中で既に使われていました。
爬虫類の爬は、這(は)いずるの意で、爬行する虫の類→爬虫類となり、田中はそれを取り入れたのです。
田中の功績はこの他にも、分類学で今も使われるclass=綱、order=目、family=科、genus=属、species=種、
と翻訳したことなどが挙げられます。
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【易】
さて、今でも繁華街の路上などで見かける易者さん。
当たるも八卦、当たらぬも八卦、のセリフでお馴染みの易学ですが、
この易という漢字の成り立ちも、ズバリ爬虫類、それもトカゲにあります。
現在の易の意味からは想像もつきませんが、もとは木に登っているトカゲの姿をデザイン化した文字なのです。
『大漢和辞典』や江戸中期の百科事典『和漢三才図会』には以下のような記述があります。
『易。蜥易、【エンテン】(※1)、守宮なり。象形。‥』
(大漢和辞典)
(※1)【エン】は虫偏に匽。【テン】は虫偏に廷。エンテイとも読む。
『蜥蜴はもとは析易と書いたが、陰陽析易(陰陽の集合離散による万物の変化)の意味をもっているのである。
易(変わりやすい。陰陽の変化)の字は象形で、周易のなはそもそもこの蜥蜴から取ったのである‥』
(和漢三才図会)
つまり、現在の易という漢字の字義は、トカゲが自らの体色を変えてゆくことから、
体色が変わり易(やす)い→万物の変化→易占、というように変じていったものなのです。
面白いことに、かえって易学の意がメジャーになると析易(トカゲ)は虫偏が付け足されて
蜥蜴になってしまいました‥。何かちょっと哀しい気がしますね。(^^;
『易』はトカゲをデザイン?(金文文字より)
では、この易とは具体的には何という種のトカゲだったでしょう?
それについても文献が残っています。易は十二時虫とも呼ばれたトカゲだったようです。
『和漢三才図会』と、字源辞書である『字統』には以下のような十二時虫の記述があります。
『脳の上から背にかけて冠セキ(かぶりもの)のような肉リョウ(肉ひだ)がある。
長頸、長足で身体は青色。大きいもので長さ一尺ぐらい。尾と身体と同じぐらいの長さがある。
これに噛まれると癒らない。首は十二の時に随って色を変える‥ 』
(和漢三才図会)
『蜴は即ち守宮の類なり。俗に十二時虫となづく。嶺南異物誌に言ふ。その首、十二時に随つて色を変ず。
蓋し物の善く変ずるもの、これに若くは莫し。故に易の書たる、これに取るあり と、
易の起源をカメレオンに求めている‥』
(字統)
文学者は、体色を変えるという点からカメレオンのことだろう、との解釈ですが、
爬虫類愛好家の眼からすればカメレオン以外のトカゲでも体色は変わりますし、
更にカメレオンの分布域を考えた場合、十二時虫=カメレオン説は無理があるかな、と。
近年では『世界大博物図鑑第3巻(両生・爬虫類)』で十二時虫をホオグロヤモリとしていますが、
嶺南(現在の中国広東省周辺)に生息し、頭部にヒダ、体色が青(青緑?)、一尺=約30センチとすれば、
私はAGAMIDAE(アガマ科)の長鬣蜥Physignathus cocincinus (英:Cuvier Long rock agama)が
イメージに近いような気がしています。
※その他にもJapalura(キノボリトカゲ属)や、Calotes (樹蜥属)などが
十二時虫をイメージさせますが‥さてさて?
このように爬虫類をルーツに持つ漢字を振り返って眺めてみると、
太古の人々にとってヘビやトカゲは自然の神秘であり、
畏怖すべきシンボルだったのであろう、ということが容易に想像できます。
そこには太古の人々の爬虫類(=自然)に対する鋭い観察眼がありました。
(2003年9月)
※引用文は漢文体や文語体のものは筆者が適宜に句読点を補い、
支障のないと思われる範囲で省略、現代漢字、言い回し等に改めています。
※白川説によれば易は古代中国の祭祀で使用した聖杯を象った字とのこと。
【参考図書】
『甲骨金文辞典』水上静夫(雄山閣出版)
『廣文庫』(メイ著普及曾)
『古事類苑 動物部』(神宮司庁・吉川弘文館)
『字統』白川静(平凡社)
『世界大博物図鑑 第3巻 両生・爬虫類』荒俣宏(平凡社)
『大漢和辞典』諸橋轍次(大修館書店)
『中国爬行動物図鑑』(河南科学技術出版社)
『日本博物誌年表』磯野直秀(平凡社)
『和漢三才図会』寺島良安(平凡社)
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