【祀龜洞襍考 2】

 放生と放し亀




放生(ほうじょう)と言う言葉をご存知でしょうか?
その原型は殺生を戒めた原始仏教にまで遡る事ができるのですが、
具体的には捕らわれの生類を放して逃がして(生かして)あげる行為のことです。
古いところでは、紀元前4世紀頃の人物とされる列子の書中(『列子』説符篇第二十八)にあり、
中国天台宗の祖である智大師が581年に放生池を作り、魚類を放した記録もあるようです。
(こちらは仏教儀式「放生会【ほうじょうえ】」と呼ばれています)
亀歩当棒録でも『台北・淡水編』や『台湾別館』で、この放生について取り上げてきたのですが、
今回、もう少し詳しく記してみようと思います。


日本では、放生は仏教の伝来とほぼ同時期に伝わったようです。
日本初の放生会は720年(養老四年)。 宇佐神宮 (大分県宇佐市)で執り行われました。
これは現在の九州、隼人の反乱を制圧した大和朝廷が戦死者の鎮魂をしたもので、
今でも寄藻川河口付近では蜷(【にな】巻貝のこと)流しが行われています。
宇佐は全国に4万社あるといわれる八幡宮の発祥の地です。
八幡宮が武士の台頭と神仏習合を背景に全国に広まると、放生会も同じく全国に伝わったのでした。
平安時代の863年(貞観五年)には京都の 岩清水八幡宮 において勅命による放生会が始まり、
また鎌倉時代の1187年(文治三年)には 鶴岡八幡宮 において放生会が始められたと『吾妻鏡』にあります。

その後の戦乱期の放生については資料が見つかりませんでしたが、
更に時代が下った江戸時代、放生は支配階級のものから庶民の生活へと広まっていったようです。
参拝客相手に放生する生き物を売る商売も盛んに行われるようになり、
その代表的なものが「放し鰻」「放し鳥」「放し亀」でした。
「放し亀」は橋番(橋とその通行を管理する職業)が、橋のたもとや池の端で売っていました。
後世にまで伝わっているところでご紹介すると、歌川広重(1797-1858)晩年の錦絵
『名所江戸百景深川万年橋』には、橋げたに吊るされた放し亀(ニホンイシガメ)が描かれ、
当時の売買の様子をうかがうことができます。

 
 ▲名所江戸百景「深川万年橋」

また、かの俳人、小林一茶も享和二年(1802)に「放し亀」を季語として俳句を読んでいます。

『放し亀 蚤も序【ついで】に とばす也』(※2)

この場合「放し亀」が夏の季語で、放生会の頃(8月、盂蘭盆の頃)の情景となるわけです。
(※2) 長野郷土史研究会HP 一茶発句全集参照。

更に変わったところでは、放生会の事故の記録もあります。
1807年(文化四年)富岡八幡宮(東京都江東区)放生会例大祭に集まった参拝客が
隅田川に架かる永代橋に殺到したため、橋が倒壊し百数十名の死者を出す大惨事になりました。
いかに放生会が盛大な庶民のイベントだったかをうかがわせる出来事です。

浦島太郎でお馴染みのように、亀は長寿で縁起の良い生き物、神様のお使いと考えられてきました。
『古事記』では神武天皇東征の際に、亀の甲に乗った稿根津日子【サオネツヒコ】 という神様が海上の案内をした、
というエピソードがありますし、『今昔物語』や『日本霊異記』などで、亀は報恩の動物として何度も登場します。
アニミズムと仏教思想が相乗効果となった放し亀信仰が日本に根付いていたのです。

明治以降、神仏分離・廃佛棄釈政策で多くの放生会が消えてゆきましたが、
生類を放す放生そのものについては庶民の生活に残り続けました。
例えば、神泉苑(京都市中京区)の池には自分の病気を亀に託して放すと
病が全快するという言い伝えがありましたし、亀の甲羅に子供の名前や南無阿弥陀仏などと書き、
お酒を飲ませた後に放して、無病息災を祈る風習が各地で見られました。
今も神社仏閣の池の亀たちは(※3)、放生の名残りの亀たちと考えられます。
(※3)亀歩当棒録『亀戸天神編』の亀も恐らくそうでしょう。

現在でも日本各地に放生会は残っています。
筥崎宮 (福岡県福岡市)の放生会【ほうじょうや】大祭や放生寺(東京都新宿区)の放生会などがそれです。
筥崎宮の放生会は膨大な数の露天商が並ぶことが有名で、
かつて存在したであろう、庶民のイベントとしての放生会の面影が色濃く残っています。
一方、放生寺のそれは、我々人間の食料となる生類への感謝から、人の心を和ませてくれたペットの供養へと
時代に即した進化を遂げていて、ペットを亡くした大勢の飼い主さん達が訪れています。


…以上、長々と放し亀、放生の歴史を振り返ってきました。
念のために付け加えておきますが、それらは生物や環境についての学問が発達してくる以前の
見識で行われていたものです。厚い信仰や素朴な善意によって行われてきたものを、
現代の我々の常識で批判することは、全くのナンセンスであると申し添えておきます。

そして当然ながら、現代の我々を取り巻く環境には放し亀は不必要であり、
同じ事象に見えても、そこにあるのは単なる遺棄亀、捨て亀でしかありません。
本来生息していない場所に亀(他の生物でも)を放すことは飼育責任の放棄であり、
生物多様性破壊に繋がる行為でもある、つまり二重の意味での犯罪的行為と言えます。
現在、我々が努めなければならないのは、ペットの終生飼養を目指すことと、
自然環境保全への配慮であることを忘れてはなりません。

(2003.4月)


【参考図書】
『宇佐八幡宮放生会と法蓮』中野幡能(岩田書院)
『江戸東京の年中行事』長沢利明(三弥井書店)
『かめものがたり』宮田保夫(成星出版)
『暮らしの伝承』蒲田春樹(朱鷺書房)
『古事記』(講談社学術文庫)
『古典落語 金馬・小圓朝集』(ちくま文庫)
『今昔物語集』(岩波文庫)
『中国思想史』武内義雄(岩波全書)
『日本霊異記』(講談社学術文庫)
『年中行事・儀礼辞典』(東京美術選書)
『祭りの古代史を歩く』(彩流社)
『列子』(岩波文庫)

※本編についてご興味のある方は『ユニークアニマル』(東海メディア刊)第3号
「放し亀考〜放生の歴史から現代の遺棄亀まで〜」をご覧下さい。


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