嗅ュート嗅ュート

85年1月号から85年5月号で終わった短命企画。
内容は、読んでいるだけで生唾が出てくるような 「味」を感じさせてくれる文章、
また「匂い」を感じさせてくれる文章を創作するコーナー。

この月のテーマ=おでん

会話の断章 山本雅俊(京都府・23歳)

「あれってさ、寄せ集めなんだけど、何かこう、似たり寄ったりなのよね」
「そう、そう」

失われた時を求めて(関東煮編)
節見宏也(岡山県)

 おなべのフタのすき間から、湯気とグツグツボコボコ音がもれて、引き戸のガラスをくもらせています。
 小さい僕は、小さなナベとふたを持ち、暗闇が怖いので息をはずませ、引き戸の燈 を目ざして小走りに駆けていました。
 お店のすこし前まで来ると、安心してか小走りをやめ、息をととのえ、引き戸に手をかけました。
 その時、白い湯気がお店の燈に照らし出され、僕の目をかすませました。

かみつきたい日   柴田洋子(岩手県)

 あたしがあんまし ぐつぐつゴネたら。
  かれにぶたれた。
  何かにかみつきたい。
 人でも。犬でも。電車の扉でも。
 どうしょーって 泣くより。
 そのほーが 明日も 働けるから。

 でも かむと。
 あごがつかれる。
 あむ。あむ。ってすると。
 くちべにとれて。よだれでちゃう。
 
 何か手に負えるもの。
 思い切りかみつきたい。
 
 今日は。大トラになるまで飲んでやる。
 大トラにかまれるのは。
 のれんに腕押しの。
 営業用笑顔のおっさんと。
 なべでぐつぐついってる。
 かれのなれのはて。

70年代的なあまりに70年代的な・・
今中典子(大阪府)

 木枯らしの吹きすさぶ銭湯の帰り道。
 「今日バイト料が入ったんだ」
 彼は“かぐや姫“を口ずさみながら、屋台を指さす。
 ねえ、そのベルボトム、今度洗ってあげるわ・・。

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