新企画

その昔、ビックリハウス誌上の片隅で活躍していたあの人は、今どうしているのでしょうか?

自ら現れたあの人、探しあてたあの人。

過去と現在を比較研究してみれば、明るい未来が見えてくる!かも。

 

堀田孝三郎の巻

1978年5月号、お父上の堀田銑之助さんが今月のビックリハウス賞を受賞した。その縁からか、息子である孝三郎くんはすぐにハウサーとなり、メディア・ジャパンにイラストを投稿し出した。左は、初めての掲載作品。当時23歳だった。
毎月封筒に入れてほのぼのタッチの絵を送り続けた彼はついに1978年12月号でイラストレーターとして初採用になる。 これはペーパー・プレイ・ラウンドの「LOOK FOR!」という探し物クイズの企画。ウォーリーをさがせのようなこのイラストページはこの他にスキー場篇、遊園地篇など全部で5ページもある。有名イラストレーターよりはるかに安い原稿料で描き上げてくれた。
1979年12月号ではホームルーム(編集後記)のイラストを依頼している。あんまり似ていないのが堀田流だった(笑)
その間の仕事が見当たらないのだが、1981年1月号よりゴングでしょの投稿コーナーのロゴタイプを担当。 1982年3月号でこの仕事は終わっている。以後はBH誌上では見当たらない…。(エンジンルームの他の仕事では頼んでいたらしい)


20年が過ぎた---



2003年11月。会社が暇な時にたまたまBHアゲインを見つけてビックリして懐かしくて、最近の作品つけてメールしてきた堀田くん。現在はMacを使ってDTPの仕事をしたりイラスト描いたりしているそうだ。パソコン使った絵だけど20年前と全然変わってないのにイノリンもビックリだった。(笑)

堀田孝三郎に幸あれ

このコーナーに出場ご希望の方は連絡ください。調査団(イノリン)が可能な限りお調べします。
なお、今回は依頼ではなく私が勝手に載せました(^^;)。堀田君、まずければ言って下さい。削除します。

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