2001.10.18
 
 仲の良い鼠の夫婦がおりました。
 今日も、二匹…… いや二人は、和気あいあいと喋っています。
「チュチュチュー。チュチュチュッ。チュチュ」
「チュチュチュ、チュチュチュ。チュッチュチュー」
「チュチュー、チュチュー、チュチュ」
 いや失礼しました。鼠語では、皆様に判りませんね。人間の言葉にいたしましょう。つまり、擬人化ですな。

「貴方と一緒になれて、私、幸せよ」
「僕も同じだよ。いつまでも一緒にいようね」
「そう、いつまでも一緒」
「でもー……」
「貴方、どうしたの? 急に黙っちゃって」
「いつまでも一緒にいたいけど、いずれ命は尽きる。そうしたら、一人っきりになっちゃう」
「そんなのイヤッ! 貴方を残して私が先に逝くのも、私が残るのも嫌っ!」
「僕も同じだよ。嫌だよ」
 なんとなく静かな毎日になってしまいます。二人で何をしていても、この事が思い出されてしまいます。仲が良ければ、良いほど別れを考えてしまいます。
 
「人間の世界では、死んだ後も幽霊になって、あの世から会いに来れると聞いたことがあるよ」
「でも、それは人間の世界の話でしょ。鼠も幽霊になれるの?」
「そうだ、長老に聞いてみよう」
 長老に話します。
「それは、人間世界の話であってな、鼠や動物世界では幽霊など居ないのだ。ただ、猫だけは別じゃ。化け猫と言ってな。死んだ後、バケて出てくるのじゃ。幽霊とは違うが、ま、ほぼ同じようなものじゃ。化け鼠など聞いたことがない。死んでしまったらソレッキリじゃな」

 二人は、ますます静かになってしまいます。
「貴方、夕飯は何にしますか?」
「なんでもイーヨ。君の作る食事は、何でも美味しいから。でも、ちょっと食欲がないんだ」
「私も」
 二人は軽い夕食をとりまして、なんとなく見詰め合っております。いつか別れが来ると思いますと、二人でいることが、とても大切な時間に思えてきます。他のことは目に入らなくなります。
 猫が、近づいてくることにも気が付きません。

『シメシメ、二匹一緒だぞ。今日は、ついてるな。抜き足……差し足忍び足。ソレッ!』
「アッ! 猫だっ。逃げろ!」
 二人が別々の方向に逃げれば、どちらかが助かりますが、それは出来ません。いつも、一緒です。そして一緒に食べられてしまいます。
「あー、貴方ー!」
「君ー!」
 二人は、猫のお腹の中に、
「真っ暗だな」
「真っ暗ね」
「二人は食べられちゃったのよね」
「そうだ、二人は食べられちゃったんだ」
「と言うことは、私たち死んだのよね」
「そうだよ」
「でも、何でこうやって話ができるの」
「そうだね、話し合ってるね」
「良かった。死んでも一緒ね」
「良かったね。一緒に死んだから、こうやっていられるのかも知れないね」

 猫は満腹感にひたり、眠りに就こうとしますが、どうも変です。お腹からチュウチュウ話し声が聞えてきます。
「変な鼠を食べちゃったな。うるさくて仕方がない。これじゃ眠れやしない」
 鼠は幽霊ですから眠る必要などありません。二人は、一緒が嬉しくて四六時中、話をしています。

「貴方っ! うちの猫、変よ。チュウチュウ言ってるわっ! 気味が悪いー」
「そうだな。どうしたんだろう。チュウチュウ言ってるな」
 猫の飼い主は気味が悪いものですから、この猫を捨ててしまいます。

『マイッタナー、寝不足でフラフラだ〜』
 猫は、街をさまよいます。道行く人達も、チュウチュウ鳴きながらフラつく足取りで歩き回る猫を気味悪がります。
 しかし、世の中とは面白いもの。この猫が、評判になり、テレビ、ラジオが取り上げます。
「チュウチュウ鳴く猫が発見されました。前代未聞の猫です。どうぞご覧下さい」
 猫は疲れていますので、ニャアニャア鳴く気もおきません。すっかり、チュウチュウ鳴く猫と決め付けられてしまいます。聞くところによると、ギネスブックとか言う本にも掲載さるそうです。
 下にも置かぬ待遇には満足していますが、不眠症は続きます。食欲もありません。
 次第に痩せ細っていきます。痩せた猫ほど薄気味悪いものはありません。しかも四六時中、チュウチュウ言っています。人間は、飽きるのも早いものです。
 気が付くと、野原に置き去りにされています。そして、ついに死んでしまいます。

『良かったな〜、これで、やっと静かに眠れる。良かった、良かった』
 猫は、満足であります。

「貴方っ!何だか変よ」
「どうしたんだい」
「動かないわっ」
「何が?」
「猫よ。猫が動かないわ」
「そうだな、ジッとしている。起こしてみよう」
 猫も、死んでいますので言葉が通じます。
「うるさいな、何だよ?」
「猫さん、どうしたの?」
「どうしたもクソもない。私は、死んだんだよ。ソッとしておいてくれ。頼むよ」
「死んだの? ジャー、私たちと同じじゃない。仲良くしましょ」
「馬鹿な事を言っちゃいけない。猫と鼠が仲良く出来るわけないだろー」
「いいじゃない。死んじゃえば、猫も鼠もないわ」
「そう言われれば、そうだな。判った。これからは一緒だ」
 三匹、イヤ、三人は、いろいろなところに行きます。しかし、仲間は三人だけですので、ちょっと寂しくなります。
「我々と同じ仲間が、もっと居ると思うんだ。どうかな、捜しに行かないか」
「それはイイ。よし、三人で捜しに行こう。ところで、何処いら辺から捜す?」
「そうだな、人間は死ぬと墓地に埋葬されると聞いたことがある。墓地に行こう」

 墓地につきます。
「どなたか居ませんかー。居たら返事をしてくださーい!」
 最初のうちは、チュウチュウ、ニャアニャアと聞えます。うるさいのです。
 お墓の中から、ゾクゾク幽霊たちが出てきます。
「やかましいぞっ! お前たち! いい加減にしろ! 眠れないじゃないか」
 見ると猫と鼠の幽霊です。
「なんだ、猫と鼠じゃないか。猫と鼠の幽霊なんて聞いたことがないぞ」
「そう言わずに仲間に入れてください」
「仲間に入れろ? 我々は人間幽霊だぞっ! 仲間とはどう言うことだ」
「だって、生きてた頃は、猫や鼠と一緒に暮らしていたじゃないですか」
「ウーン、確かに猫は飼ってたな。しかし、鼠は飼っていない。むしろ嫌っていた」
「そう言わずにお願いしますよ。我々夫婦も一緒に仲間に入れてください」
「ほー、夫婦の鼠か。しかも、猫と鼠が仲間か。面白いな。判った。私は、自治会長だが、私の一存では決められない」
 早速、第2幽霊団地自治会の総会が開かれます。
 決を採りましたが、意外とスンナリと可決します。
 昼間は、睡眠。夜になると皆で、昔話に花が咲きます。猫や鼠から生前の生き様を聞く機会など滅多にありません。猫と鼠は代わる代わる生前の話しをします。これが結構、受けます。スッカリ、第2幽霊団地自治会のメンバーに馴染みます。楽しい毎日が続きます。
 
 そうこうしているうちに、夏祭りの季節が到来します。
 今年は、全国幽霊盆踊り大会が開催されます。第2幽霊団地でも、毎夜盆踊りの練習です。団地ごとに連を作り、技を競います。猫と鼠も一緒です。
 しかし、問題があります。全国大会に猫とか鼠の幽霊が参加した前例がありません。
「困ったな。今回の開催委員会は、第3幽霊団地自治会が担当する。あそこの自治会長が、開催委員長を務めるが、あの人は、前例を重んじる人だ。説得が難しいぞ」
 兎に角、委員会長を訪ねます。
「馬鹿を言っちゃいけない。神聖なる盆踊り大会に猫と鼠だとっ。そんな事を許したらお月様に申し訳が立たない。帰れ帰れ」
「確かに前例は、ありませんが、やぐらの上の太鼓の周りでこの猫と鼠が踊るんですよ。絶対に皆、喜びます。委員長の株も上がると思います」
「うーん。判った、参加を認めよう。ただし、条件がある」
「条件?」
「そうだ。太鼓の周りで踊るのだけは、許せない」
「何故ですか?」
「太鼓だけに、バチが当たる」

 エー、どこかで聞いたようなオチですが…… お後が宜しいようで……