この言葉を初めて聞いたのは、五十年以上も前のことである。意味は判らなかったが何故か耳に残ってしまった。何となく寂しげな響きであり、しかも重みを感じたからだ。意味が知りたくなり小さな辞書を引いた。根無し草。咄嗟に西部劇の一場面が頭に浮かんだ。風に吹かれて荒野をコロコロと転がっていく箒草。フランス語らしいが、デラシネとは箒草の一種か。いずれにしても大した言葉ではないと思った。
 学生の頃、学生運動が激しくなり出した時代だが、やたらとこの言葉が流行り出した。もう少し詳しく調べることにした。故郷を喪失した人。知った途端に何とキザな言葉だと思った。生まれ育った場所が故郷ではないか。亡命していたとしても、いや地殻変動などで地上からその場所が消えたとしても、記憶として残っているはずである。それだけで良いではないか。それを喪失などと気取り以外の何ものでもないと思った。
 ところが、歳を経るとともに考え方が変わっていった。
 故郷とは、父や母と同じで心の拠り所だったのだ。自分を暖かく抱き、育ててくれた自然環境。人は、悩みや苦しみに陥った時に、ふと親に会いたくなるものだ。人生をやり直すことは出来ないが、出発点に戻ってみたくなる。それが故郷なのだ。戻れなかったとしても、想いを馳せ、恋焦がれる。しかし、その故郷が想い出の中にだけにしか存在しなくなってしまった人…… このような人をデラシネと言うのではないだろうか。
 であれば、私もデラシネかも知れない。いや、人類もデラシネになってしまう可能性があるのではないか。故郷である地球を失うかも知れないからだ。
 
 私は、東京の練馬に生まれ育った。今でこそ車の往来に明け暮れる環八や目白通りが交わり、やたらと騒々しい谷原交差点だが、この一帯にも素敵な自然があった。
 実家の前にも武蔵野の雑木林があった。雑木林は四季折々に姿を変え、季節の移り変わりを教えてくれた。そして、その時々の贈り物を子供たちに与えてくれた。私も数多くの想い出を持つことができた。
 早春の芽吹き、緑多き夏。蝉の声、クワガタやカブト虫、綺麗な玉虫。お化け大会。石神井川での魚釣り。秋には栗やドングリ。そして台風に揺れ動く木々。落葉で作ったかまくら。冬には雪ダルマや雪ウサギ。正月の凧揚げ……
 大昔から全く同じ純粋な自然の営みが繰り返されていたのだと思うが、この環境は既になくなっている。宅地化などにより田圃や畑、野原は埋め立てられ、川には護岸工事が施された。そして、自然そのものであった雑木林が切り倒されたのだ。それを眺めながら、酷いことをするものだと怒りすら覚えたものだ。
 いや待て、私が練馬に来た時点で、既に宅地化が始まっていたのだ。つまり私も自然破壊の共犯者だったのだ。壊された自然を元に戻すことは不可能に近い。死んでしまった土を回復させることは至難の技だ。
気が付いた時には、あの素晴らしい自然は無くなっていた。そして、絶対にあの自然は戻っては来ないと思った。ふと地球規模で自然を考えてみた。
 二十一世紀に入り数年が経った今、異常気象が各地で起きている。突然の豪雨や竜巻とも思える突風やカラ梅雨と熱暑。このような現象は、日本だけでなく地球規模で起こっている。大水や猛暑がヨーロッパを襲い、地球温暖化は幾つかの国を海に沈めようとしている。
 心配になってきた。確固たる存在であるはずの地球だが、異常気象を見ていると地球は病んでいるのではないかと背筋が寒くなってしまった。人間は、森林を伐採し焼き払った。これは地球にとっては火傷である。ご丁寧にコンクリートで覆った。これでは息苦しくなるに決まっている。そして人間は、生活に便利な化学製品を生み出し、心地良く使って川や海に捨てた。地球は皮膚病を患った。さらに内部から掘り出したエネルギー源を、惜しげもなく燃やして動力とした。炭酸ガスに覆われた地球は着膨れ状態になり体が火照ってしまった。このような状態で地球は生きていけるのだろうか。
 あるテレビ番組で科学者が語っていた。    
「地球の寿命は約百億年です。現在、地球の年齢は四十数億歳。あと五十数億年で太陽に飲み込まれます」
 なるほど、地球にも寿命があるのか。地球上に生きる数多なる生き物と同じように地球も悠久なる宇宙の中で生命を育む一つの生き物でしかないのだ。そう思うと、何やら愛おしさのようなものを感じてしまう。
 人間も同じ生き物だが、ちょっと他の仲間とは異なる部分がある。知恵を発達させ、技術なるものを発展させたのだ。これは素晴らしいことだが、人間の独り善がりが過ぎてしまったようだ。快適な生活を送りたいとの欲求。これを満たすためだけに、地球が生き物であることを忘れ、知恵や技術を使ってしまった。
 地球は、病身のまま五十数億年を生き抜くだろうか。いや無理だろう。このまま病状が進めば、千年後、百年後……何年後かは判らないが確実に地球は死ぬ。そして地球上の生き物たちも同じ運命を辿る。
 ではどうすれば良いのか。努力して地球を元に戻す。果たして可能だろうか。多分、ノアの箱舟ではないが、何処かの星を見つけて移住でもしない限り、人類だけでなく総ての生き物は死に絶えるに決まっている。
 どうも憂鬱になってきた。私は、コンクリートの建物の中で、寒ければ暖房を、暑ければ冷房を利かせた快適な毎日を送っている。地球が病んでいるとすれば、私も病状を悪化させた一人なのだろう。だが、良いではないか、どうせ私が生きている間には、それほど酷くはならないはずだ。それに、ちっぽけな私が地球を救うことなど出来っこない。気になるのであれば、暖房、冷房を控えめにすれば良い。私に出来ることは、精々これくらいが関の山だ。不貞腐れるのは簡単だが、冷静になりもう少し考えてみよう。

 地球規模で自然破壊が進んでいることは事実だが、我が日本に目を移してみると、都市部は別にして、まだ自然が残っているのではないだろうか。自然との触れ合いは、人間の心を豊かにしてくれる。特に子供たちにとっては大事なことだ。机に向かって一所懸命勉強をする、夜遅くまでテレビゲームを楽しむ。否定はしない。しかし、自然の中には思いもよらない感動が待っていてくれる。それに自然は生き物を慈しむ心を養ってくれる。今、僅かに残っている自然に触れ、大切に守り、我々との共存を考えることくらいはできるのではないだろうか。ひょっとすれば、自然の大切さを知った子供たちが、地球を救う方法を見つけてくれるかも知れない。

 故郷は遠きにありてと詠った人がいた。彼は、東京で故郷金沢を詠ったという。遠くとは物理的な距離なのだろうか。または、心理的な距離なのか。いや、その両方なのか。
 故郷を持つ人々は、飛行機、列車、車を使えば故郷に戻ることができる。そこが昔通りであるかどうかは判らないが余程のことがない限り、そこ此処に思い出の場所、雰囲気が残っていると思う。畦道に祭られたお地蔵様、肥後守で名前を刻んだ大木、釣りをした川…… 多分、その人は、それらを手で触るだろう。その時、その人はほんの少しでも安らぎを覚えるのではないだろうか。
 私は、いわゆる故郷というものを持っていない。あえて言えば、何十年か前の練馬が故郷なのかも知れない。だが、何を使ってもそこに行くことはできない。余りにも遠くに行ってしまった故郷。そして、その故郷は、日に日に記憶からも遠ざかっていく。残るのは寂しさだけなのか。
 私のことはさて置き、大袈裟かも知れないが人類の未来を考えてみた。
 地球の死が確実だとすれば、人間はノアの箱舟を作り他の天体に移住せざるを得ないだろう。ひょっとして素晴らしい環境を持つ天体に移住できるかも知れない。だが、どのような環境であったとしても、人類は寿命をまっとう出来ずに死んでしまった地球を、後悔の念と共に恋焦がれるに決まっている。人類は、地球を母体として生まれ、地球の一部として生きてきたのである。
 人類が歩む道は二つしかない。地球と共に死を迎える道。そして、地球という故郷を喪失し、宇宙を彷徨うデラシネの道。

 私は、七つか八つの時にデラシネという言葉を聞き、何となく寂しげな響きと重みを感じた。半世紀以上経った今、さらに現実的なものとして同じ感覚に浸っている。

                                (了)





      
 
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