NWN冒険日誌
シングル:公式シナリオ/第4章


 ネヴァーウィンターの街はひどい有様だった。
 すでに城壁は突破され、市街のほとんどは敵の手に落ちている。かろうじて、ホール・オブ・ジャスティスやネヴァー城のある市街中心部だけが残っている状態だ。

 おれたちはアーリンの先導で敵の包囲網を避け、ネヴァー城に辿り着いた。ネヴァー城ではロード・ナッシャーが憔悴した面持ちで待っていた。

 「よく戻ってきてくれた…。だがもう全ては遅すぎたかもしれない。街はこの有様で、このままでは援軍も間に合わないだろう。ブルード、そなたのような優秀なものが戻ってきてくれてもそなた一人ではこの状況は変えられまい…」

 ナッシャーの悲観的な言葉も、いまの状況では現実味を帯びている。そんな状態だ。おれだって、なんとかしたいとは思う。でも今はおれにしか出来ない事をするしかない。おれはナッシャーに問う。

 「ヘイドラリンとかいうトカゲ女が来ているはずだが?」

 「ああ…あの怪しげな者か。それならば地下牢に閉じ込めてある」

 「…あいつは協力的だったはずだ」

 おれはナッシャーを睨みつけた。ナッシャーはおれの視線に目をそらして答えた。

 「ブルード…もうわしはなにを信じたらいいのかわからないのだ。今回の事が、アリベスの裏切りによるものならばその原因はおそらくわしにあろう…フェンシックに刑を下したわしにな。我々が最初にアリベスを裏切っていたのかもしれん…。もうそなたも、アーリンさえもわしは信じていないのかもしれない。破滅的な未来を回避できるかもしれないという希望も、もはや持てないでいるのだ…」

 ヘイドラリンへの対応が、再び同じ過ちを犯そうとしていると気がつかないのだろうか。フェンシックの件以来おれはナッシャーに対してあまり敬意を払えなくなっていたが、それが決定的なものになってしまった。指導者という立場の重圧はおれにはわからないし、指導者としては正しい選択をしていると思いたい。だけど、そんなのはおれの知ったこっちゃないんだ。

 「…自由に動いていいと許可をくれ」

 ナッシャーは弱弱しく微笑むと答えた。

 「わしの許可などなくとも、そなたは自由に動けるだろう。ネヴァーウィンターでそなたの偉業を知らぬ者はおるまい。この状況で、彼らにはそなたが希望の光に見えよう。協力は惜しまないはずだ」

 おれはうなずくと、その場を立ち去り地下牢へと向かった。
 地下牢で牢番に話しかけると、すんなりと鍵を開けてくれた。牢の中に、ヘイドラリンはいた。

 「すまない、ヘイドラリン。こんな仕打ちを…」

 おれの言葉をヘイドラリンはさえぎった。

 「よいのだドワーフ。そんな事は些細な問題にすぎない。私はもう長い長い間ワードの奴隷として囚われてきたのだ。この程度なんとも思わぬよ。それより急ぎ最後のワードの元に向かうのだ。モーグリムはこの近くに来ておる。そして儀式の準備を始めているだろう。ソースストーンの中でモラグの力が強まっていくのを感じるのだ。もはやいつ解放されてもおかしくない。急げ!」

 おれはうなずくと、すぐに外に向けて駆け出した。…おっと、忘れてた。

 「ヘイドラリン!もう牢の鍵は外してあるからここから出てもいいぞ!」

 振り向きざまに叫んだが、ヘイドラリンは”はやく行け”と杖を突き出しただけで動こうとはしなかった。



 おれはネヴァー城の入り口でリヌと合流すると街に出た。街の中にはときおりカタパルトから発射されているらしい燃え盛る岩や巨大な槍のような矢が飛んでくる。話によると無敵のゴーレムもいるらしい。まあ、途中で出くわしたらぶっ壊してやるだけだ。

 城壁の壊れた部分から外に出ておれは前線に向かった。と、フロストジャイアントまでいやがる。あんなのまで連れてきてるのか。

 「リヌ、援護頼んだ。いつもどおりでいいからな」

 リヌに声をかけ、おれは敵の中に飛び込んだ。

 フロストジャイアントは注意しなければならない敵だし、ラスカン軍の兵士も指揮官クラスになると相当な腕前だ。だがのんびりしてはいられない。多少の傷はポーションで癒し、魔法の品物も惜しみなく使って進む。途中発見したカタパルトはぶっ壊しておいた。これで多少はネヴァーウィンター軍も楽になるだろう。

 進んでいると、路地からゴーレムがノシノシと出てきた。こちらを見つけると猛然と向かってくる。噂の無敵ゴーレムか。どんだけ無敵か試してやろうじゃないか。
 だが、しばらく切り結んでみたがこちらの武器はまったく通用しない。魔法のバトルアックスのほうが壊れちまいそうだ。リヌの魔法もゴーレムの魔法障壁に阻まれて届いていない。なるほど無敵だ。

 こんな時は…逃げる!

 「走れ、リヌ! そこの家の中まで行くんだ!」

 二人で家の中に転がり込む。と、家の中には何か魔法装置のようなものが設置されていて魔術師が何か儀式のような事をしている。召喚されたらしい悪魔がこちらを見つけると襲い掛かってきた。こいつがゴーレムを操っているに違いない。

 悪魔と魔術師を倒して家から出てみる。予想通り、ゴーレムは完全に動かなくなっていた。これで先に進める。

 さらに敵を倒しつつ進んでいると、なにもない裏路地に強力なデーモンが配置されていた。怪しすぎるので調べてみたいがデーモンが邪魔だ。おれたちはなんとかデーモンを撃退すると、モーグリムの隠れ家へと通じるポータルを発見した。



 ポータルを抜けると小さな部屋に出た。おれは何か予感のようなものを感じてリヌにその場で待機するように言い、そっと扉を開いた。扉の向こうの部屋には、黒い鎧に身を包んだ一人の女性の姿があった…。

 「アリベス…」

 おれは部屋の中に進み出た。アリベスもこちらに歩いてきた。お互いに距離を取って向き合う。

 「ブルード…やっぱりあなたが来た。必ず来ると思ったわ。ネヴァーウィンターの英雄」

 最後の、”ネヴァーウィンターの英雄”というところでアリベスは憎しみの表情を見せた。皮肉か。

 「なぜ、こんな事を?レディ・アリベス」

 おれも皮肉で返す。理由は、おれにもなんとなくわかってる。だが、アリベス本人の口から聞きたかった。

 「なぜって…わかるでしょ?復讐よ。ネヴァーウィンターもティールも、私は忠誠を誓って仕えてきたのにやつらが最初に私を裏切り、フェンシックを奪ったのよ!」

 「モラグにたきつけられて復讐を選んだのか?利用されてるだけだぞ!モラグは最後にお前だって生かしちゃおかないだろう。やつにとっては、自分の種族以外は石ころみたいなもんなんだからな!」

 「そんな事、わかってる」

 アリベスは剣を抜きながら答えた。

 「でもその前にネヴァーウィンターを破壊し、皆殺しにして、そして満足しながら死んでいってやるわ!あなたに邪魔はさせない!」

 言葉と共に、復讐という強い感情の乗った鋭い突きがおれを襲う。かろうじて、おれはそれを避けた…いや避けきれず肩を軽く切り裂かれた。

 「それで…」

 おれたちは切り結ぶ。アリベスの剣とおれの二本の斧が激しくぶつかり合う。

 「そんなんで…」

 知らず、おれは言葉を発していた。

 「満足するってのかよ!」

 本気の一撃。おれの片方の斧がアリベスの剣を弾き飛ばし、残りの斧がアリベスの首を…飛ばす寸前で、斧を止めた。
 アリベスは目を見開いておれを見ていた。死を覚悟していた顔だ。

 「強い…。そういえば始めて会った時からあなたは強かったわね、ブルード…」

 「そうじゃない、アリベス。強くなったんだよ」

 おれは斧を引いた。アリベスはそのまま動かない。

 「いえ…戦いの技の話じゃないのよ。心よ。あなたには決して打ち砕かれない岩のような強さがあったわ。それをどれだけ頼もしく思った事か」

 「おれにはそんな大層なもんはない」

 「たとえあなたが気付いてなかったとしても…世界中の誰もが気付いていなくても、私には見えていた。でも今では、あなたはあなた自身でそれを証明してきたわ。さあ、裏切り者のアリベスを殺して、また一つ偉業を成し遂げて…」

 おれは…ベルトに挟んであった指輪を取り出し、握り締めた。

 「ここで止めなければ、わたしは復讐を続けるわよ。憎しみは消せない。あなたの目の前にいるのは、何百人という人を死に追いやった裏切り者なのよ?」

 「これを…この指輪をくれた女性はそんな事はしない人だった。そんな事は言わない人だった」

 おれはアリベスにもらった指輪を差し出した。アリベスはその指輪を見て、驚いた顔を見せた。

 「そ、それ…まさか…まだ、まだ持っていたの?私が裏切った後も、今までずっと持っていたの?」

 おれは手のひらで、ころころと指輪を転がした。たいまつの炎に照らされてきらきらと輝く。

 「これは、おれにとって一番大切なものだ。おれとアリベスの信頼の絆だ。悪いがこれは返さないぞ。おれがこれを手放す事はないだろう」

 「まだわたしを…いえ、ずっとわたしを…信じていてくれたの…?」

 答えるまでもない。この指輪がその証なんだから。

 「…わたし、どうしたらいいの?」

 「前に進め、アリベス。一人で終わりの時を決めるもんじゃねえ…」

 …おれがいるのに、と続けたかったが言えなかった。
 アリベスの目に涙が浮かんだ。おそらく、おれにも。アリベスの顔は、昔の彼女に戻りつつあった。

 「さあ、アリベス。ここから離れるんだ。どこか遠くに。ネヴァーウィンターの兵に見つかるんじゃないぞ。捕まったら裏切り者の罪は重い。…おれは、モーグリムを止める。好き放題やりやがって気に入らねえ」

 アリベスは立ち上がる。その瞳には決意の光があった。

 「やっぱり、あなたは強い人よ。ブルード。その強さが私にもあれば良かった…そうしたらこんな事しなくても済んだのにね…。私はネヴァー城に行くわ。ラスカン軍の動きは全て把握してる。私の情報があればネヴァーウィンターはまだ戦えるかもしれない」

 おれはアリベスを見た。アリベスもおれを見ていた。おれはアリベスに逃げて欲しかったが、おれの知ってるアリベスならそんな事はしないのもわかっていた。今、目の前にいるのはおれの知ってるアリベスだった。

 「わかった…行けよ。モーグリムはおれに任せろ」

 「気をつけてね、ブルード。決心が鈍らないうちに、行くわ」

 おれとアリベスはそこで別れた。再び生きて会える確信はどこにもなかった…。



 隠れ家一番奥に、モーグリムはいた。おれを待ち構えていたようだった。

 「ふははは。遅かったな!ネヴァーウィンターの英雄とかいうのはお前か!儀式は完成した!モラグ様はもう目覚めるのだ!新たに授かった我が力、お前で試してやろう!」

 ちっ、間に合わなかったわけだ。だがこいつはいろいろやってくれたからな。その報いは受けさせてやる!

 「お前に勝ち目なんかねぇ!」

 おれは怒りの咆哮を上げながらモーグリムに突っ込む。もうモーグリムには人間らしさは残ってはいなかった。そして、その両脇には魔法生物らしき奴隷を従えている。

 「ばかめ!おれは不死身だ!お前はここで死ねえ!」

 魔法生物の後ろでモーグリムはそう叫ぶと、呪文を唱えだした。
 おれはモーグリムの呪文攻撃に耐えながら、魔法生物と切り結ぶ。ほんの1分後に、2体の魔法生物は倒れて動かなくなった。モーグリムはおれの戦いぶりとその結果を見て、間抜けのようにぽかんと口を開けていたが、近寄ってくるおれを見てハッと我に返ると呪文を唱えてきた。

 むやみに走るとバランスを崩すかもしれない。おれは魔術には無知だが、魔術師との戦い方は学んできたつもりだ。武器を体の前に出して防御の姿勢を取り、とっさに飛び退って避けられるように集中しながら慎重に距離を詰める。
 モーグリムはじりじりと迫ってくる俺に呪文を唱えてくる。
 最初は、モーグリムは勝ち誇った顔をしていたが、俺が呪文に耐えて近寄ってくるのを見てだんだんとその顔に恐怖の影を落し始めていた。

 「なんだ…なんなんだお前は!倒れろ、倒れろ、倒れろ!俺は不死身だぞ!無敵なんだ!お前ごときに…」

 おれはモーグリムの前に立った。もう俺の間合いの中だ。

 「死ぬのが怖いか?不死身なんだろ?」

 おれは斧を振るった。おれの攻撃はモーグリムの防御呪文に阻まれたが、やつの体を跳ね飛ばした。追って、すぐに距離を詰める。

 「や、やめろ!俺を殺す事なんて出来ないんだぞ!」

 死への恐怖…それを克服する事なんて出来ない。否定も出来ないし、しない。だがその中で生を見出す事が出来るかどうか、という事が重要なんだ。
 おれは、それをあのエンシェント・ドラゴンとの戦いで学んでいた。

 モーグリムは他人の死を支配していた。おそらくそれを楽しんでもいたはずだ。だが自分の前に突然現れた死を前に、もうなす術もないかのようだ。他人を犠牲にして得た力で、こいつは自分が死から遠くに逃げられたと安心していたんだろう。

 「不死身なら、それでもいいんだ。バラバラの肉片にされても生きてるんだろうな、お前は」

 モーグリムの顔が恐怖でゆがんだ。

 「やめろ…やめてくれ…何をするつもりなんだ…やめろぉぉぉぉぉぉぉ」



 モーグリムを始末したおれは、再びネヴァー城に戻ってきた。もう時間はあまりない。
 ズカズカと城内に入る。すでにラスカン軍にはモーグリムとアリベスがいなくなった事は伝わっていたようで、それは今、ネヴァー軍にも伝わりつつあるようだ。城内はバタバタとあわただしくなり、先程まで死を待っているだけのように見えた兵士たちの顔には希望の光が芽生え始めていた。

 「領主同盟の援軍が到着するまであと少しだ!そして敵は指揮官を失って混乱している!持ちこたえられるぞ!いや、持ちこたえて見せるんだ!いいな!」

 軍の士官らしいのが部下に気合を入れている。ネヴァー軍はもう大丈夫だ。

 おれはナッシャーにもアーリンにも会わず、そのまま地下に向かった。
 地下牢に入ると、ヘイドラリンが座り込んでいる。具合が悪そうにも見えた。おそらくモラグ復活の影響だろう。

 「ヘイドラリン、一足遅かったんだ。どうしたらいい?」

 細かい説明は必要ないと踏んだおれは、手短に問うた。ヘイドラリンは息も荒く、答える。

 「もう…モラグは目覚め始めている…。もはやソースストーンが解放されるのを防ぐ手段は一つしかない、ドワーフよ。そなたがソースストーンに侵入し、目覚め始めたモラグを殺すのだ。それしかない」

 おれはうなずいた。予想はしていた。

 「ワードは全て持っているな?それを使えばソースストーンの中に侵入できるはずだ。しかし、モラグが死ねばソースストーンもまた消滅するだろう。その時そなたは…おそらく…」

 「いいんだ。覚悟のうえだ」

 ヘイドラリンの言葉を遮って、おれはそう言った。

 「一つ聞いてもよいかな?ドワーフ。なぜ、そなたはそこまでするのだ?ソースストーンを、モラグをそのままにしておけばやがて死より強い苦痛を受けるかもしれぬ。確かにな。そなたの仲間や友も同じ目に遭うだろう。それならばいっそ…という事なのか?遠くに逃げれば、もしかしたら少しは長生きできるかもしれんのに」

 「ん…そうだな。昔から、一度くらい世界を救ってみたかったんだよ」

 ヘイドラリンは奇妙に顔を歪めた。笑ったのかもしれない。でもヘイドラリンがジョークを理解してくれるとは思わなかった。

 「急げ、ドワーフ。もう時間がない。だが、隣のエルフと話をする時間くらいはあってもよかろうな」

 エルフ…?アリベスが生きているのか?
 おれは慌てて立ち上がり、隣の牢を見た。そこにはアリベスが立っていた。

 「アリベス…」

 生きているとは思わなかった。裏切りの罪は重い。すぐさま処刑されるだろうと思っていた。
 驚き、立ち尽くすおれにアリベスは安らいだ笑顔を見せた。出会った頃のアリベスみたいだ、とおれは思う。

 「生きてまたあなたに会えるとは思ってなかった、ブルード。ラスカン軍の動きをネヴァー軍に教えた後、すぐに処刑されるものだと覚悟していたのに、ロード・ナッシャーはまだわたしを生かしておくつもりのようね」

 「…気分は?」

 地下牢の中で、処刑を待つ身の相手に言う言葉じゃないな。だけどその時おれはそれくらいしか言葉が出なかったんだ。

 「そうね…とても安らかな気分よ。自分と、自分の人生を取り戻した気分。フェンシックと共に生きていた頃みたいよ」

 アリベスは、狼狽する様子もなく”フェンシック”の名を口にした。そして続ける。

 「フェンシックを失って、私は何もかも全てを失った気分でいた。世界の全てに裏切られてまた一人取り残されたような…そんな気持ち。そしてそれをモラグに利用されてしまったわ…。だけど、わたしは一人じゃなかった。どんな時にも近くにあなたがいて、私を信じていてくれた。そしてあなたが、闇の底から私を救い出してくれたの」

 おれとアリベスは自然、距離を縮めていた。二人は触れ合える距離にいた。

 「わたし…あなたを…」

 「よせ、アリベス。今は…」

 そう、今は…お互いこれが最後かもしれないんだ。どちらかが生き残ったとしても、まだ始まっていなければ傷も浅くすむだろう。

 「そうね…。隣でのあなた達の話、聞こえてた。いってらっしゃい、ブルード」

 おれは無言のままうなずき、数秒見つめあったあと、地下牢を後にした。



 地下道を進み、ソースストーンの前までやってきた。ソースストーンの前では未だに学者の先生が石を調べている。外はあんな状況なのに呑気なもんだな。まあ、ある意味この先生もモラグに魅入られたというわけだ。
 おれは何の説明もなしに、学者先生とその助手を追い払って扉を閉めた。何か文句を言っていたと思うがどうでもいいような事だから覚えてない。

 それからおれは、無言のままリヌにも外に出るように促した。
 リヌは最後まで一緒に戦うと言ってくれたが、ここから先はおれ一人でやりたい。生きて戻れるかわからない所に連れて行くのはさすがに気が引けるというのもある。だがそれを説明しても、リヌは納得してくれない。

 「お前はもう一人でもやっていける。おれはお前のエルフらしくないドジな所が気に入ってたが、ドジを差し引いてもお前はもう立派な冒険者だよ」

 「それは感謝してる、ブルードさん…。ネヴァーウィンターの英雄と一緒に冒険してきたおかげよ。だからこれからもずっと一緒に旅を続けたいの」

 仕方ない。最後の手段だ。正直に話すしかない。

 「リヌ…。お前をここに残すのはお前にやって欲しい事があるからなんだ。…その、アリベスを頼む。出来れば、彼女には生きていて欲しい。その手助けをしてやってくれ」

 恥ずかしくて顔から火が出そうだ。たぶん、おれは今酒を飲んだ時より赤い顔をしているに違いない。
 リヌはおれの顔を、ちょっとおもしろそうに覗き込んでから「わかったわ」と了解してくれた。



 一人、ソースストーンの前に立ち、4つのワードを祭壇に乗せる。するとソースストーンの脈打つような光が強くなり、やがて輝き始めた。ソースストーンの中で光線が跳ね回っている。
 近づいてもっと良く見ると、ソースストーンの中のエメラルド色の洞窟に、ヘイドラリンや過去で出会ったトカゲ野郎のような生き物が見える。まだ動かないものもいるが、動き始めたものもいた。ソースストーンの完全なる解放の時が近いのだ。
 どうしたら入れるのか良くわからずに、トカゲを目で追っていると、やがてだんだんとトカゲが大きくなってくる…

 「!?」

 一瞬、平衡感覚を失って尻餅をついた。あたりを見回すと明らかにネヴァー城の地下じゃない。壁には所々エメラルド色に輝く石が見える。
 石を調べてみたい衝動に駆られたが、もっと驚くようなものが目の前にあった。
 大きなエメラルド(のようなもの)の中に、トカゲ野郎がいた。なぜだか分からないが、そいつが死んでいないのがわかる。なにか生命の力のようなものをそのエメラルドから感じた。ソースストーンの中で、こいつらはこうして眠って過ごしていたのだろう。

 なるほど、どうやらソースストーンの中に侵入できたようだ。
 うだうだやってる暇はない。おれは装備を手早く確認すると、奥に進み始めた。

 外から見た時、すでに動いているトカゲがいたから警戒して進むと、やはりすでに目覚めた一部のトカゲどもが何かしている。永い眠りから覚めて、その感覚を取り戻そうとしているのか、もしくはソースストーンから解放されたあとの準備なのか。まあ、良くわからないがどうせすんなり通してはくれないだろう。
 仕方ない。今度は永遠の眠りについてもらうしかないな。

 魔法にあまり詳しくないおれには良くわからないが、どうやらここは単なる石の中というわけではなく、異プレーンのような場所らしい。邪魔するトカゲを始末しながら進んでいくと、所々に別のプレーンへと続くゲートを見つける事が出来た。もちろん覗いただけで通ってはいない。戻れるかどうかわからないし、遊んでいる暇はないからだ。

 途中、別のプレーンからやってきた女性(なんと、アリベスにそっくり!)と出会った。彼女の話によれば、ソースストーンはそれと繋がっているたくさんのプレーン全てに存在し、それらを結びつけるような位置に置かれているのだそうだ。全然、意味がわからないが、どの世界もモラグ復活の兆しによって酷い目にあっているようだ。(ネヴァーウィンターを襲った病のようなものだろう)
 彼女は、モラグを倒しに来たのだがここに留まっているには何かのエネルギーを消耗するらしく、それがもうすぐ切れて自分のプレーンに引き戻されてしまうらしい。
 おれは彼女にモラグを倒すと約束した。彼女は安心しておれにその任を託し、対トカゲ野郎にと作ったアミュレットをくれた。

 ここにきて、もはやモラグはおれ達のレルムだけの問題ではなくなったわけだ。
 たぶん、事はすごく重大なんだろう。まあ別のプレーンとか旅するような、すんごい魔術師でもないおれにはイマイチぴんと来ないんだけど…。
 まあ、正直あまり気負いはない。失敗したら…という不安もあまりない。なぜかは分からない。託されたアミュレットに触れると、暖かく、おれを守ってくれているような気がする。目を閉じると、アリベスの安らぎに満ちた笑顔が蘇る。おれは、大丈夫だ、と思う。



 そしておれはモラグのいる部屋の扉の前までやってきた。さっきモラグの親衛隊?とかいう連中から奪った鍵を取り出す。そして扉を開けた。

 部屋の中に、モラグはいた。護衛と…それから良くわからないが何か魔法の仕掛けがあるのがわかる。モラグは明らかにおれを見下していた。取るに足らないものだと決め付けていた。
 そんなモラグの虚勢に満ちた言葉なんておれの耳には届かない。こいつも自分の身を守るための仕掛けをしておれを待ち構えていたわけだ。おれはすばやく辺りを見回して仕掛けを見抜こうと集中する。

 今まで戦ってきた敵…そのほとんどが他人を見下し、取るに足らない存在だと考えていた。そして他人の命を弄んだ。だが自分は、常に安全なように防御策を施していた。そして、そんなやつに…苦しめられた人々がいる。
 怒りが湧き上がってくる…おれはそれを力に変える。

 仕掛けがわかれば、簡単だった。創造種の女王といっても、接近してしまえばおれの二本の斧から逃れる術はない。


 今、ソースストーンの中の世界は崩壊を始めた。おれの足元にはモラグが血の海に倒れ伏している。もう目覚める事はない眠りだ。

 「…ずっと夢を見てりゃ良かったんだ…」

 辺りを見回す。出口らしきものは…ない。部屋の入り口の扉は、すでに崩れ落ちた天井に潰されてしまっていた。部屋の中を探し回ってみたが、出口や身を守れるようなものもない。

 「ここまでか…」

 自然と言葉が漏れた。覚悟はしていたのに、いざ脱出不能となるといろいろな事が思い出されてくる。後悔や、果たしたかった思いや、感謝や…そういった色々な気持ちが湧き上がってくる。

 「悪いアリベス。戻れそうもない」

 やがてソースストーンの崩壊は、その中心であるこの場所まで到達した。おれの足元が崩れ落ち、岩や石やモラグの死体と共に、おれも闇の中に落ちていった…。



 「ドワーフ…目を覚ませ。ドワーフ…」

 (ああ…よりによって、おれを呼ぶのはヘイドラリンか。出来ればトカゲ女は勘弁して欲しかったな……ん?)

 目が覚めた。周囲を見回してみるが、何もない真っ白な空間におれのいる場所だけが浮かんでいる。小さな神殿のような作りの場所だ。そして、ヘイドラリンがいた。

 「ヘイドラリン。ここはどこだ?死後の世界ってやつか?」

 「いや、ここは我が最後の力で作ったポケットプレーン…まあ、そなたに分かりやすく言えば、階層世界の避難場所みたいなものだ」

 えーと…なに?

 「…つまり、お前は助かったというわけだ。ドワーフよ。お前はよくやってくれた。モラグは死に、ソースストーンは消滅した。私にも待ち望んだ時が…解放の時がもうすぐやって来る。これはお前の働きに対する褒美だ。ソースストーン最後の力を利用し、ここを作ってレルムの狭間に落ちていくそなたを救い出したのだ」

 「助けてくれたってわけか…。ありがとよ。ネヴァーウィンターはどうなったんだ?ソースストーンは…」

 おれの質問を、ヘイドラリンは遮って話を続けた。

 「待て。時間はあまりない。お前のおかげで私は解放される…それと共にこの空間も消滅するのだ。その前にそなたを元のプレーンに帰してやらねばならない」

 「解放される…つまり死ぬということか?」

 「そうだ。私にとって死は終わりではなく解放なのだ。最後に、そなたに教えておこう。私はソースストーンとワードから解放されることにより、その消滅の直前に全ての力を使えるようになった。そなたへの褒美として、その力でここを作り、もう一つ、そなたの未来を覗いてみたのだ。それでそなたに忠告をしておこうと思う…」

 「あー、待て待て」

 おれは手を振りながらヘイドラリンの話を止めた。

 「いらん忠告をするな。未来が分かったら困るだろうが。忘れちまって思い出せなくなっても気持ち悪いしな」

 「いいのか…?重要な事なんだが」

 「気になるような事言うな!いいんだよ」

 ヘイドラリンは肩をすくめて見せた。

 「そこまで言うなら、言わないでおこう。…そろそろ時間だ、ドワーフ。別れの時が来たようだ」

 白い光が徐々に強くなって、視界を遮り始めた。ヘイドラリンはその向こうに霞んでいく…。

 「あんたにはおれも感謝してる。あんたも安らぎを得られたのなら、おれもうれしいよ。さらばだ、ヘイドラリン。あんたに永久の安らぎがあらんことを」

 ヘイドラリンの姿はもうほとんど見えない。白い光で何も見えない。

 「さらばだ。ブルード・アイアンハンマー…」

 …あいつめ、最後におれの名を呼びやがった。覚えてて使わなかっただけか!



 こうして、おれはレルムに無事戻ってきた。
 ネヴァー軍はラスカン軍の混乱をついて反撃しつつ、持ちこたえた。やがて領主同盟の援軍が到着し、街は救われた。
 幾度となく襲ってきた災厄は、街を破壊しつくしてしまったし、たくさんの人達の命も失われた。しかし、それらは同時に生き残った人々に力を与えてくれた。ネヴァーウィンターの街は力強く再建に向けて動き出した。


 その後おれとアリベスがどうなったかって?
 野暮な事聞くんじゃない。まあ、戻ってからもいろいろとあったんだが…それはまた別の冒険の話だ。



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