NWN冒険日誌
シングル:公式シナリオ/第2章
ネヴァーウィンターの街は救われた。
だが、そのために支払った代償の大きさを俺たちはのちに思い知ることになる。
取り戻した治療薬のおかげで疫病も沈静化し始めて街は復興へと動き出した。
それまでわけのわからない疫病によってもたらされた死への恐怖から解放された市民たちは、今度はその疫病や同時に起こったいくつかの事件に対する説明を求め始めた。
それは、原因がわからなければ同じ事がまた起こるかもしれないという恐怖と、隣人たちの命を奪っていった疫病が何者かによって意図的に引き起こされたものだという噂(それは真実だし、冷静になって考えれば誰でもたどり着く結論だ)の真偽、そして深い悲しみから沸き起こった怒りや憎しみといった感情をどこに向けるべきかはっきりさせたいという気持ちのあらわれなのだろう。当然の事だ。
城にまで詰め掛けた市民に対してロード・ナッシャーは疫病事件に黒幕がいた事を明らかにし、全力で黒幕をつきとめ報復する事を市民に誓ったのだが、市民の不満や怒りはそれだけでは収まらず暴動寸前にまで発展してしまった。
そして、市民の怒りの矛先はフェンシックへと向けられてしまったのだ。
法廷で裁かれる事になったフェンシックは、多数の市民により有罪となり…吊るされた。
アリベスの目の前で。
おれは事の顛末をただ見ているしかなかった。おれはこの手で、裏切り者のデスターを何度も斬りつけ、バラバラにしてやったのに、あの時の怒りはただむなしさへと変わっただけだった。
”ネヴァーウィンターの英雄”
人々はおれをそう呼び、讃えたが、実際はどうだ?
あるいはデスターを捕らえ、市民の目の前で八つ裂きにしてやれば良かったのか?
そうすればフェンシックは死罪になる事はなかったのだろうか。
フェンシックをお人よしのマヌケ野郎と言ってしまえば簡単だ。裏切り者を探索する任務に就きながらすぐ隣にいたその裏切り者に気がつかなかったのがフェンシックの罪ならば、彼の人を信じようとする心もまた罪なのか?
フェンシックはその命で、市民の怒りをひとまず静めたのだ。
おれはただ、何かを救おうとして、何かを守ろうとして、そして結局怒りに身を任せてデスターを斬り刻んだだけだ。
街の人々を責める事なんでできない。おれも彼らとなんら変わりはないのだから。
「くそったれぇ!!」
おれはエールのジョッキを壁に叩きつけた。酒場の給仕娘は、そんな”ネヴァーウィンターの英雄”を不思議そうに眺めただけだった。
それから数週間経ち、街の人々も落ち着きを取り戻し始めた頃だ。
ロード・ナッシャーが誓いを立てた通り、街の精鋭を疫病事件の黒幕と思われる謎の”カルト”捜索のために派遣する事となった。
当然おれにもお呼びがかかったわけだが、おれは少し躊躇した。デスターを追った時のあの怒りはすでに別の感情へと変わってしまっていて、むしろ怒りに身を任せて行動した事を悔いてさえいたし、筋違いなのはわかっちゃいるがフェンシックの辿った運命の事でロード・ナッシャーを少し恨んでいたのだ。
だが、捜索隊はアリベスの指揮で動くという事を聞いて合流する気になった。彼女とはフェンシックの裁判以降、なんとなく気まずくて会っていなかったが、彼女は深く傷ついているだろうし、もし復讐を考えているのならそれは彼女には似つかわしくないと思えたからだ。
おれは手早くあまり多くない荷物をまとめると、捜索隊の拠点になっているポート・ラストへと急いだ。
ポート・ラストは小さいとは言わないがネヴァーウィンターのような大きな都市と比べると、やはり小さな街と言わざるを得ない。そこにある兵舎を間借りして、捜索隊の本部は設置されていた。
扉をくぐって中に入ると、アリベスが出迎えてくれた。
「ブルード!来てくれたのね。あなたは私たちが思ってもみないような活躍を見せてくれました。今回の任務でも、そうであってほしいと願っています」
どうやらアリベスはおれの腕を信頼してくれているらしい。見たところ、初めて会った時とあまり印象も変わっているようには見えないし、心配いらないようだ。
不意に肩を叩かれて、おれは内心ぎょっとしながらも平静を保つよう努力して振り向いた。そこには色黒の、意思の強そうな瞳の男が立っていた。
彼はアーリン・ゲントと名乗った。ロード・ナッシャーのスパイマスターだとも。
なるほど、今回は捜索とか情報収集が重要な仕事だ。しかし、スパイマスターまで駆り出されたとなるとナッシャーも本気らしい。
このスパイマスターについて知られている事は少ない。そしておそらく、そのわずかな情報も彼自身によって意図的に流されたものでしかないのだろう。
アリベスはスパイマスターについて紹介してくれた。それから今回から報告は自分と、このスパイマスターにもするようにと指示する。
今回の仕事の内容は言葉にすれば簡単なものだ。
”カルトの本拠地がどこにあるのか探ること”
あまり調査とか探索は得意な分野ではないが、ここポートラスト周辺でもいろいろと騒ぎが起こっているらしい。全部が全部じゃなかろうが、それらに首を突っ込んでみれば大当たりがあるかもしれない。それに脱獄した人殺しやワーウルフがうろついているとなれば、そいつらに対峙する時はおれのバトルアックスが物を言うだろう。
「今回も、あなたの働きに期待します、ブルード・アイアンハンマー。あなただけが頼りなの…」
そういうと、アリベスは自室へと引き上げて行った。
その日一日は、今後しばらく拠点となるポートラスト(ここに来たのは初めてだ!)を見て回り、カルトの情報なんて当てにはしてないが軽く情報収集をした。
街の外を探索して回るのは明日の早朝からでいいだろう…。おれは宿舎へ引き返す。
宿舎には、おれと同じ仕事についているであろう冒険者の姿があった。どいつも一度はネヴァーウィンターで見かけた顔だ。日が暮れたためにここに戻ってきたのだろう。その一団の中に、トミ・アンダーギャロウズの姿を見て取って、おれは軽く肩を叩き再会を喜んだ。
今回の仕事でも、トミの腕は役に立つだろう。だが彼の仕事ぶりを見て盗賊の技能がいかに役立つかを知ったおれは、少しずつだが盗賊の技能を学び始めていた。今回の仕事はそれを実際に発揮してみる良い機会だ。トミについて来てもらっては、こいつに頼ってしまうかもしれない。
おれがそんな事を考えながらトミと話していると、近くで何かが割れる音が響いた。振り返ってみると、一人のエルフの女がカップを落としてしまったらしい。エルフ女はあたふたとそれを拾おうと尻を突き出す格好で体を”く”の字に曲げたが、ちょうど雑巾をもった世話係が後ろにきてエルフに声をかけようとした瞬間だった。世話係はエルフ女の尻に突き飛ばされ…体を支えようと勢いよくテーブルに手を突いた。が、今度はその反動でテーブルの上のシチューの皿が飛び上がり、シチューを食べようとしてスプーンを持ったままの冒険者の、その顔から胸にべっとりと中身をお見舞いした。
一瞬の静寂ののち、笑いの波が宿舎の中に広がっていく。憮然とした冒険者に、世話係は(かわいそうに!)ぺこぺこと頭を下げている。エルフ女はそんなことにはまったく気がつかない様子で、まだ割れたカップを拾っていた…。
トミはすでに、シチューの香りを漂わせた冒険者をからかいに行ってしまっている。
おれはそんな様子に頭を振りながらモラディンへの祈りの言葉をつぶやき、自分の部屋へと戻っていった。
部屋に戻る途中、廊下で掃除などをしてくれる世話係の少女が食事を乗せたプレートを持ったまま立ちすくんでいる場面に出くわした。
「おい、なにやってんだ?」
おれが声をかけると、少女はびくっとして振り返った。ドワーフが珍しいのかな?
「レディ・アリベスに食事を、と言われたのですが…ちょっと怖くて…」
アリベスが怖いって?
なるほど、この少女は特別怖がりなのだろう。だからおれが”優しく”声をかけたのにあんなに驚いたんだ。
「ん、なら貸せよ。おれが持って行ってやる」
おれがそういうと、少女はおれに食事を渡してからペコリと一礼して戻っていった。
「アリベス?入っていいか?」
声をかけると、少ししてから、”どうぞ”と声が返ってきた。
中にはアリベスがリラックスした服装でベットに腰をかけていた。おれは食事を、近くのテーブルに置く。部屋の様子がおかしい事におれは気がつくべきだったのかもれしないが、その時は”女の部屋をきょろきょろ見るもんじゃない”という先祖伝来の教えに従ってなるべく視線を、アリベスの背後にある窓の向こうに向けていて何にも気がつかなかった。
先祖伝来の教えには女の部屋に関してもう一つある。”女の部屋に長居はするな”おれはさっさと出て行こうとしたが、アリベスがおれを呼び止めた。
「ごめんなさい、もう少しここにいてくれないかしら…その…」
何か言いかけたので、おれはドアをじっと睨み付けながら次の言葉を待った。だがいつまでたっても、次の言葉は出てこない。まあ、仕方ないので、(こういう雰囲気は苦手なんだ)おれから話を切り出した。
「そういや、ずっと前に、どうしてパラディンの道を選んだかとか、そういう話をしたよな。続きはまた今度話すってあんた言ってたが、その話をしたいのか?」
その後の沈黙に、何か別の理由がありそうだとおれは感じていた。おれは自分の感覚を信じてそれを確かめようと口を開きかけたが、それを制するかのようにアリベスは自分の生い立ちについて話始めた。生まれ育った故郷。父の死。復讐に駆られて野山を駆け巡っていた若い時代。ティールが夢に現れ(彼女自身確信はないのだが、そうだと信じたがっているようだ)復讐だけに生きていた自分を救ってくれた事。パラディンとしての道に目覚めるまでの修行時代…。
おれはアリベスに、そんな復讐という暗い衝動にのみ突き動かされていた時代があるとは夢にも思っておらず、驚いた。だが確かに、アリベスの剣の腕は訓練によって磨かれただけではない、なんというか、野生の鋭さというようなものがある。それは、彼女が人生の多くの時間を野山で過ごし、敵とみれば容赦なく命を奪うような冷酷な復讐者としての人生があった事を物語っていたのだ。
驚いているおれとは反対に、アリベスはティールとの夢での出会いの話あたりから、いつもの彼女に戻りつつあるようだった。そして話し終える頃には、いつものレディ・アリベスに戻っていた。
「すっかり話し込んでしまいましたね。あまりこういう話は人にはしないのだけれど。おやすみなさい、ブルード。私たちにはあまり時間はないのよ」
おれはうなずくと、自分の部屋へと戻った。アリベスの様子には少しひっかかる所もあったが、おれはあまり深く考えない事にして、寝床に潜り込んだ。
数日間の探索の結果、カルトに関係していると思われる情報を掴んだおれはポートラストに戻ってきた。
今回の仕事では、相棒にはあのドジなエルフ女のリヌ・ラネラルを選んだ。話を聞くと僧侶という事だし、ネヴァーウィンターの英雄の仕事を手伝いたいのだと言ってきたからだ。おれも今回は魔法の力が必要になるような気がしたし、ノームの魔術師なんかよりはずっとマシだからな!
宿舎へと戻ると、アーりンの姿しか見えない。まぁ、別に問題はないだろう。
「なにかわかったか?」
アーリンの問いに、おれはいくつかの証拠になりそうな物と、それにまつわる話を聞かせてやった。
アーリンはおれの話を聞いたあと、少し考え込んでから、こう言った。
「敵の本拠地に乗り込んでみたら、”はい、間違いでした”では済まされない。今回は慎重にならなければならないんだ。もっと情報が必要だ。たのむ」
確かに、そうかもしれない。おれだったら、可能性のあるところをしらみつぶしに探してみればいいじゃねえかと思うところだけど、スパイマスターはそういうのは嫌いのようだ。
ま、今晩はベットでゆっくり休んでもバチは当たらないだろうな。軽く手を上げてから部屋に向かおうとしたおれに、アーリンは(まったくおれは気がつかなかった!)すばやく耳元にまで顔を近づけると、ささやいた。
「もう一つ、頼みがある。おれはレディ・アリベスを信頼してはいるが、彼女は最近まるで様子が違ってしまった。夜中に部屋の中で喚きたてたり、暴れたりして、周りの者も恐れてしまって近づきもしない。彼女は気が狂ってしまったんだという者もいる。どうやら君は俺よりも彼女に信頼されているように見える。彼女の様子を見てくれないか?」
もしかしたら、このスパイマスターはアリベスがおれに身の上話をした事も知っているのではないだろうか?
まぁ、いい。それにおれは実際にそんな取り乱したアリベスを見た事がないので、アーリンの話もどこか信じちゃいなかった。
了解した、と軽く手を上げて答えると、おれはアリベスの部屋に向かった。
アリベスは部屋にいた。彼女の部屋には物が散乱していてひどい有様だったが、それ以上に憔悴しきったアリベスの顔のほうが、ひどかった。アーリンの話は本当なのだろうか?
「だいじょうぶか?アリベス?顔色がひどく悪いぞ」
部屋の惨状やアーリンの話はひとまず無視して、おれは声をかける。アリベスは平静を保とうと努力しているように見える。
「そんなにひどいかしら…?最近、よく眠れなくて…あなたにまで心配をかけてしまうなんてね」
「この間、何か言いたげだったんでな。おれも気になっちまって…話してみないか」
彼女は、あ、ああ…気にしないで、と言いながら顔を背けた。そう言われて引き下がれるものか。
「たまには、全部吐き出しちまってもいいんじゃないか?今あんたの周りには、信頼できる友人はいないのかね?」
少し非難するような言い方になっちまったが、そう言いながらおれはアリベスの顔をじっと見つめ、辛抱強く彼女の言葉を待った。
どうやら頑固さでは、おれのほうが上らしい。アリベスはぽつりぽつりと話し始めた。
最近見る悪夢の話だ。世界中の全ての人々が邪悪な笑みを浮かべフェンシックを痛めつける。アリベスはそれを止め、フェシンックに触れようとするがどんなにがんばっても、そこへ手は届かないのだ…。
フェンシックの件では、おれも世の中の理不尽さを恨みもしたし、”仕方のないことだ”という言葉と、そういった気持ちとの葛藤に苦しみもした。だが、おれにとってはフェンシックはそんなに親しい間柄でもないし付き合いも長くはない。だがアリベスは…もっとずっと親しい関係にあったのだ。
「フェンシックの件で…あんたは深い傷を負ったんだな」
おれは不用意に、口にしてしまってから後悔した。
「フェンシック!ああ、フェンシック!そうよ、彼が一体何をしたっていうの?!」
突然、アリベスは立ち上がり、腕を振り回しながら恐ろしい形相で部屋を歩き回り始めた。そして、おれに向かって喚き散らす。突然の変化におれは驚きを隠せなかった。
「彼は自分の正義を貫こうとしたのよ!そしてずっとそうしてきた!なのに正義の神ティールは彼に何をもって報いたというの?!私もずっと自分の正義を信じてきたのに、正義という言葉はいまはむなしく響くだけ…最後には私も、私の正義に死をもって報われるのかしらね!世の中の人たちだってそうだわ!彼は正義のために努力してきたのに、それに何をもって報いたの?!ナッシャーも、誰も彼も…あなただって!!」
憎しみと怒りで燃え上がった瞳で、アリベスはおれの心を射抜いた。おれは返す言葉もなく、石像のように固まったまま、アリベスを見つめ返す。
やがて、だんだんと彼女の炎は弱まり、それとともに理性が戻ってきたのか視線を左右に泳がせると、その場に座り込んだ。
「ごめんなさい…私…狂いかけているのかしら…信仰を失いかけているの?答えてブルード…」
おれは、ショックから立ち直れないまま、答える。
「おれだって、何か出来たかもしれないと自分に問い続けているんだ。だけど、おれたちにできる事なんざ、ただそれでも前に進み続ける事だけだ、アリベス。だが、時には立ち止まって休んだっていいんだよ。あんたは今疲れてるんだ、ものすごくな…」
言いながら、少し落ち着きを取り戻していく。
「信仰は、外から与えられるものじゃない。自分の内から沸きあがるものだ。だが、自分を見失いかけた時、信仰の光が道を示してくれるだろう…」
正直、アリベスにこんな話をしてもあまり意味はないだろうと思う。だが、少しでも落ち着きを取り戻してくれたら…。
「ありがとう、ブルード」
しばらくして顔を上げたアリベスは、すこし落ち着きを取り戻していた。
「話を聞いてもらえて、だいぶ楽になったわ。取り乱してごめんなさい。あなたはぶっきらぼうだけど、優しい人ね」
おれは思う。アリベスは、”レディ・アリベス”であるからこそ、孤独なのだ。おそらく唯一の理解者であったフェンシックを失い、今また孤独の闇に自分を見失いかけているのだと。
「信頼してくれていいよ、アリベス」
おれがそう言うと、彼女は一つの指輪を取り出しておれに差し出した。どうみても彼女自身のためのものではない。
「これは、父の形見の指輪なの。友情の証として、もらってくれない?」
まさか、そんなもの受け取れない。おれが首を横に振ると、アリベスはおれの手を取り、指輪を短くて太い指の間に押し込めた。
「どうしても、あなたに持っていてもらいたいの。あなたがそれを受け取ってくれる事で、私は大切なものを得られる気がする」
おれは小さく、わかった、とつぶやいて指輪を受け取った。アリベスは、ほんとうにひさしぶりに、軽く微笑む。
「少し休むわ。おやすみなさい、ブルード、わが友」
「おやすみ、友よ」
その日、おれとアリベスは友人となった。だが、それはごく短い間だけだったんだ…。
その後さらに数日間の探索の結果、敵、すなわちカルトの指導者と思われる人物”モーグリム”はルスカンにあるホストタワーに潜んでいるという確信が得られた。ルスカンは現在閉鎖されているのだが、アーリンには中に入る手があるらしい。ただ、場所が場所だけに大人数でどやどやと行くわけには行かない。中に入るのは、おれとおれが選んだ相棒一人(おれはリヌを連れて行く事にした)、それにアーリンとアリベスの4人だけに決まった。中に入れれば、ルスカンのティール神殿が協力してくれるそうだ。
ティール神殿で合流しよう、と約束すると、俺たちはバラバラにルスカンに入る事にした。
アーリンの手配した手引きによって、おれたちはルスカンの街に入ることができた。
ルスカンは悪漢どもの根城だと聞いていたが、街の様子は想像以上にひどいものだ。いや、いくらなんでもひどすぎる、そこらじゅうで殺し合いが行われていて、いたるところが破壊されていたり、ぶすぶすと煙のすじを上げていたりする。
ルスカンの地理はまったくわからないので、とりあえずおれとリヌの二人は手近な酒場へ入った。
酒場はさながら避難所のような有様で、集まっている人たちは隣人たちとひそひそなにやら話し合っている。主人の話によると、ルスカンはもともと5人の海賊の頭によって統治されていたのだが、突然気が狂ってしまったのか、5人それぞれが殺し合いを始めてしまったらしい。いまは5人のうち2人だけが生き残っており、手下どもが街を戦場に変えてしまったそうだ。
人々の姿を見て、おれはこのバカ騒ぎをなんとかして鎮めてやりたいなと思ったが、今はティール神殿で他の連中と合流しなければ身動きが取れない。主人から神殿の場所を聞くと、おれはそこに向かった。
ティール神殿に着くと、神官とアーリンが出迎えてくれた。だが、アリベスの姿がない。きょろきょろしていると、アーリンがおれの疑問に答えてくれた。
「アリベスを探しているのか?残念ながら彼女はここにはいない…。彼女の身の回りの荷物はきちんと整理され必要と思われるものだけが彼女と共に、我々の誰に知られる事もなく消えてしまっている。もし連れ去られたのなら痕跡があるだろうが自分の意思で姿を消したのなら、あれほどの腕前の持ち主だ…人知れず姿を消すことも可能だろう。つまり、我々は、アリベスがなんらかの理由によって自ら姿を消したと判断せざるを得ない…」
おれは困惑した。アリベスは再び、復讐者と成り果ててしまったのだろうか。それともこの世界の全てに嫌気が差してどこかに逃げ出してしまったのか。いつのまにか、おれはアリベスから譲り受けた彼女の父親の指輪-おれとアリベスの友情の証-をぎゅっと握り締めていた。それともまさか…いや、そんなはずは…。
「とにかく、だ」
アーリンは言葉でおれの最悪の考えをさえぎった。おそらくこのスパイマスターも同じ心配をしているのだろう。
「とにかく、いまはホストタワーに侵入し、敵の正体を暴いて、可能なら…」
おれはポンと、相棒のバトルアックスを叩いた。アーリンも無言のままうなづき、話を続ける。
「タワーに入るには、アーチメイジの召喚に応じたもののみが与えられる魔法の印章が必要だ。それ以外に必要なものは全てこちらで偽造しておく。だがその印章だけは、偽造できないんだ。なんとかそれを手に入れて欲しい。ルスカンでそれを持っている可能性がある人物といえば、いま街を騒がせているハイ・キャプテンのどちらかか、その両方だろう…」
なるほどな、とおれはニヤリとした。こんなバカ騒ぎをしでかす連中と取引するつもりなんておれにはない。
数日後、おれはアーリンに”2つ”の印章を手渡した。
アーリンはおれの腕前に感嘆したように”ヒュウ”ともらしたあと、ニヤリとして、またいつもの顔に戻ると、すぐさま偽造文書の最後の仕上げに取り掛かった。
街は、生き残った二人のハイ・キャプテンの死によって騒ぎも収まりつつあった。ただ、影の中では空席になった席を巡ってまだまだ一騒動あるんだろうが、少なくとも表面上は、だ。
アリベスについては、まだ見つかっていない。だが、街の騒ぎが完全に収まる前に、この仕事は終わらせる必要がある。おれは完成した偽造文書を受け取ると、ホストタワーへと向かった。
ホストタワーへは、すんなり入ることが出来た。
「使いのものが呼びに来るまでお待ちください」と部屋に通されたが、いつまでも”マルホランドからの特使”なんて嘘が通用するはずがない。おれはすぐさま部屋を出た。
ホストタワー1階は客室ばかりだ。他の部屋には北部のバーバリアンの部族の使いやオーク(あやうくまっぷたつにしそうになった!)なんかもいて、皆一様に、使いの者が呼びに来ないことに腹を立てているようだった。しかし、重要なのはそんな事じゃない。本来敵同士のバーバリアンとオーク双方を招いている事、そしてどちらもカルトの軍勢に加わる事を承諾しにここに来ているのだ!
それまでカルトは様々な陰謀の影に見え隠れしていたが、表立った行動はしていない。(強いてあげれば俺を暗殺しにきたくらいだな!)それがまさかそんな軍勢を集めているとは。バーバリアンとオークを双方引き入れるような事までしてのけたという事は、軍勢はその2勢力だけではあるまい。しかもその邪悪な軍勢はすでに集結を始めているのだ!
おれは迷った。先にアーリンに報告すべきだろうか…いや、もしこのタワーにカルトの指導者モーグリムがいるのなら、頭を潰すチャンスだ。タワーを出て再び戻ってこれる保証もないのだ。
おれはタワーを上る事にした。いまなら不意を突いてモーグリムを始末できるかもしれない。
2階に上がった俺は、なぜ使いの者が呼びに降りてこないのか、その理由を知った。ホストタワー内部も、ルスカンの街中と同じような状態になっていたのだ。いくつかの魔法装置や罠が暴走しており、明らかに何かあったらしい。
上を目指しながら探索している途中、囚われたアーチメイジを救出する替わりに事の真相とホストタワーのモーグリムがいるであろう部屋への鍵を貰う取引をした。どうやらモーグリムによるホストタワー乗っ取り計画が実行されたようだ。ホストタワーのメイジ中にもいつのまにかカルトの一員となるものが増え、計画に気がついた時には取り返しのつかない事になっていた。ほとんどのアーチメイジはタワーから脱出し、モーグリムへの反撃を計画しているらしい。だがおれはアーケイン・ブラザーフットなんかと手を組むつもりはないし、そいつらが戻ってくるまで待つこともできやしない。
おれはホストタワー最上階への扉をゆっくり開くと、できるだけ静かに階段を上がっていった。
最上階に上がると、あたりは暗く雷鳴が轟き雨が叩きつけている。おかげで敵の存在に気がつくのが遅れたが、相手もこちらに気がついていないようだ。急いで近くの柱の影に隠れると、俺は盗み見しながら聞き耳を立てた。
鉄柵で仕切られた向こう側では何かの儀式が行われているらしい。中心には2名の人物、そして周りには無数の人影…いや、アンデットのようだ。さらに、その存在はわからないが、人ではないなにか思念体のようなやつがいる。
話の内容によると、どうやら2名の内の一人がモーグリムのようだ。そして思念体が、モーグリムにさらに命令を与えている存在、つまり真のカルトの指導者だ。
思念体は、自らの力の復活のために古代の”アーティファクト”を求めていて、モーグリムがなかなかそれを発見できないでいる事にイラついているようだ。さっき、おれは思念体を”真のカルトの指導者”と思ったがどうやら違う。カルトの指導者はモーグリムである事に間違いはない。思念体はそのカルトが崇めている存在なのだ。ネヴァーウィンターを疫病で苦しめ、ルスカンで殺し合いをさせる事でそいつは、すでに思念体を出現させてはっきりと会話するほどにまで力を取り戻しているのだ!
そいつの正体が別プレーンの生き物なのか古代の神なのかはわからないが、カルトの目論見は成功しつつある…。
さらに儀式は、その場にいるもう一人の人物にカルトでの新しい地位を授けるためのものらしい。おれはじっくりチャンスをうかがった。クロスボウには魔法の矢がつがえてある。通用するかどうかわからないが…。
儀式は終了が近いようだ。
「毎日そなたの夢へと訪れた甲斐があったというものだ。我に忠誠を誓え…」
「アリベス・ド・ティルマランド」
がつんと頭をハンマーで殴られたかのような衝撃が走り、おれの心臓は早鐘のように打った。嘘だ!
恐る恐る、柱の影から目を凝らす…そこには思念体にひざまずく人影があった…見間違いやしない、それは確かに…
「私、アリベスは忠誠をここに誓います」
思念体の笑い声が悪夢のように響き渡る。
「アリベスっ!!」
おれはクロスボウを放り投げ、バトルアックスを引き抜きながら駆け出していた。
「しくじったなモーグリム、侵入者がおるではないか!」
「心配には及びません…このアンデットどもに片付けさせましょう」
そんな思念体とモーグリムの会話など、おれの耳には届いていない。
「アリベス!! おれだっ! こっちを…おれを見ろおっ!」
俺の叫びもむなしく、黒い鎧に身を包んだアリベスはまるで彫像のように動かない。
次の瞬間、モーグリムが呪文を唱えると、モーグリムと思念体そしてアリベスはその場から消え去った…。
群がるアンデットどもをすべてなぎ払い、さっきまでアリベスが立っていた場所まで辿りついたが、そこにはなんのぬくもりも残っちゃいなかった…。
「…アリ…ベス…」
雨に打たれたまま、おれは立ち尽くす。
最悪の予想が当たってしまった。アリベスはフェンシックを死に追いやった相手として…憎むべき敵として…ネヴァーウィンターを選んでしまった。信仰を捨て去り、暗い復讐心によってその身をブラックガード-悪の守護者-に堕としてしまった…。
ネヴァーウィンターの街は、その最も優秀な守護者を失った。
敵は、最も優秀な殺戮者を得た。
そして俺、ブルード・アイアンハンマーは、大切な友人を失ったのだ…。