護国之寺の歴史 |
天平18年
(746) |
当寺は聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創
されました 創建時は三十三の堂塔が並び長良
島、日野を寺領とする壮大な寺院であったと
伝えられます |
嘉元2年
(1304) |
熊谷直実蓮生坊が祖父の為に供養塔を建立
されました 塔は宝篋印塔で 現存します |
天正18年
(1590) |
織田信長の兵火により全焼し灰燼と化しますが
良啓上人により再興されます |
貞享3年
(1686) |
良運代に小三重之塔が彫刻され現存します |
元文元年
(1736) |
観音堂が本堂として再建されます |
宝暦5年
(1755) |
良恭代に 奥之院が建立されます |
宝暦12年
(1762) |
良運代に 仁王門が建立されます |
明治24年
(1891) |
濃尾震災により 堂塔の被害甚大 |
昭和25年
(1950) |
農地解放により多くの寺領が解放になる |
昭和42年
(1967) |
良応代に 客殿が建立されます |
昭和59年
(1984) |
良弘代に近隣の有志により文化財保護の目的を
もって仁王門、観音堂、奥之院が修復されます |
平成3年
(1992) |
良弘代に庫裡が建立され現在に至ります |
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