「朝 食」    キリリク2501番 アークさまへの捧げ物

 

子供のころの夢をみた。

お袋が台所でなにかをつくっている。

小さな俺がお袋のエプロンにすがって、はやくはやくとねだっている。

金色の髪をしたお袋の、やさしい含み笑いが耳をくすぐる。

(バトー・・バトー・・まだよ・・もうすぐできるから、手をあらってらっしゃい・・)

 

         

 

ふと・・目が覚めた。

朝の光が明るく差し込んでいる。

俺はン十年ぶりにお袋の夢をみて、しばらくぼんやりと夢の続きを追っていた。

やさしかった、お袋、いつも甘い匂いがした・・・。

 

甘い・・匂い?

そこで、ん?と気づいた。

なにやら、現実に、部屋の中に甘ったるい匂いがたちこめている。

(あ?)

臭覚センサーをつかうまでもなく、キッチンから、漂ってきていることは明白だ。

 

俺の、ヤサではありえねえ匂いなんだが・・・。

 

そお〜っと、キッチンを覗いてみる。

見慣れた後姿が、なにやら、ぶつぶつとつぶやきながら、懸命に手元を動かしている。

どうやら、その手元に、甘ったるい匂いの原因があるようだった。

バニラの甘い匂い・・。

 

少佐・・いったい、なにやってんだ?

ってか、いつ入ってきたんだ。

 

昨夜遅く、消耗戦の24時間監視業務がようやく片付き、そのまま、トグサと飲みに出かけ、

明け方ちかくにようやく戻ってきたのだった。

 

台所の上には、計量用の精密ばかりや、温度センサーやなにやら・・

まるで、化学実験室のような様相を呈している。

任務のときさながらに後姿はいっそきびきびと作業に徹していて、声をかける隙がない。

 

(こういうときの少佐に声をかけるとこえぇしな。もうちっと様子みっか・・。)

 

のそのそと寝室にもどると、はて、と考え込む。

しかし、少佐はなにをやってるのか?

台所でなにかやっているということは、時間を考えると、朝食でもつくっているというのが妥当な線だが、

少佐と台所、少佐と朝食、という単語が全く頭の中で結びつかない。

 

      ・・なぜなら、少佐は・・・ほとんどものを食べないからだ。

 

義体用の栄養キューブやサプリメントを補助ドリンクで流し込むくらいで、それも人前ではめったに口にしない。

まるで人前で物を食べない野良猫のようなやつだ。

 

「少佐はなんで、もの食べないんすか?」

前にトグサが無遠慮にきいて、その場の全員が凍りついたことがあった。

少佐は薄く笑って、苦手なのよ、と言った。

「苦手って、食べることがですか?」

とさらに突っ込むトグサの尻を俺が横から捻りあげた。

 

少佐が全身義体となったのはごく少女のころ。

まだ義体の技術が今よりすすんでいなかった時代だ。

 

(はじめの数年は人工臓器の精度が悪くて、栄養はチューブでとっていた。嚥下機能もなかったし。

その間に、食べるってこと、忘れてしまって・・。)

と、前に俺に言っていた。

食べようと思えば、食べられるんだろうけど・・といいながら、酒ばかりを飲む。

そんな姿は生身のトグサからみれば奇異なものかもしれないが、それも少佐らしいと慣れてしまった。

 

俺はといえば、彼女とどっこいどっこいの義体だが、食いたいものは食うし、飲みたいものは飲む。

生身用の食べ物はサイボーグ食とちがって吸収率が悪いが、気にしたことはない。

 

とはいえ、少佐といるときは、成り行き上、俺もものを食わない。

互いのセーフハウスに泊り込んで、朝を迎えることがあっても、朝食という概念とは縁がない。

せいぜい、俺が凝って入れるコーヒーを二人でゆっくりと飲むくらいだ。

 

キッチンからはますます甘い香りがただよってくる。

どうやらこの匂いのせいでお袋の夢をみたのだろう。

そう思っていると、

「バトー・・バトー・・できたわ、顔をあらってきて。」

と、弾んだ声が聞こえてきた。

 

キッチンに入ると、テーブルの上に、それ、が乗っていた。

ふんわりと黄金色に焼きあがった『ホットケーキ』が山のように積み上げられていた。

 

バニラの甘い匂いが暖かな湯気とともに漂ってくる。

たっぷりとかけた蜂蜜の香りとともに・・・。

 

どうしたんだ?と問うと

「うん、私、朝食とか食べないから、なにがいいかわからなくて、くるたんに聞いたの。

 朝って、なに食べるの?って。そしたら、くるたん、ホットケーキ食べるっていうから、教えてもらったの。

我ながらよくできたと思うんだけど・・。はい、どうぞ。」

 

二日酔いの男の朝食にはなかなかのものだったが、ふと、お袋の夢を思い出した。

そうか、俺がねだっていたもの・・それが、これだったのか。

 

数十年ぶりといえる甘いホットケーキを口に運ぶ。

どこか懐かしい味。

黙々と口に運ぶ俺を楽しそうに見ていた少佐が、俺の手をとって、フォークに刺した一切れを自分の口に運んだ。

 

「あれ・・・おまえ・・。」

「ん、くるたん達のおかげで、甘いものくらいは食べられるようになったの。」

「そっか。」

 

そっか、もの、食えるようになったか・・。

よかったな。

 

そういうと、うん、と小さくいって笑った。

「おいしい?バトー?」

「・・ああ、うまい。」

「うふふふ・・これから、ちょくちょく焼いてあげてもいいわよぉ・・」

子供のように自慢げにいう彼女は、どこか楽しげでやわらかな輪郭が朝の光にとけこんでいる。

そうだな、たまには、甘い朝食も、いいかもしれんな・・・。

 

Fin


比佐子さん宅のキリバン2501を踏み抜いてリクエストしたら、こんな素敵なSSが送られて来ました(^^)
二人一緒に朝食を取れる日も近そう♪

比佐子さんありがとう御座いました。