「朝 食」 キリリク2501番 アークさまへの捧げ物
子供のころの夢をみた。
お袋が台所でなにかをつくっている。
小さな俺がお袋のエプロンにすがって、はやくはやくとねだっている。
金色の髪をしたお袋の、やさしい含み笑いが耳をくすぐる。
(バトー・・バトー・・まだよ・・もうすぐできるから、手をあらってらっしゃい・・)
*
* * * *
ふと・・目が覚めた。
朝の光が明るく差し込んでいる。
俺はン十年ぶりにお袋の夢をみて、しばらくぼんやりと夢の続きを追っていた。
やさしかった、お袋、いつも甘い匂いがした・・・。
甘い・・匂い?
そこで、ん?と気づいた。
なにやら、現実に、部屋の中に甘ったるい匂いがたちこめている。
(あ?)
臭覚センサーをつかうまでもなく、キッチンから、漂ってきていることは明白だ。
俺の、ヤサではありえねえ匂いなんだが・・・。
そお〜っと、キッチンを覗いてみる。
見慣れた後姿が、なにやら、ぶつぶつとつぶやきながら、懸命に手元を動かしている。
どうやら、その手元に、甘ったるい匂いの原因があるようだった。
バニラの甘い匂い・・。
少佐・・いったい、なにやってんだ?
ってか、いつ入ってきたんだ。
昨夜遅く、消耗戦の24時間監視業務がようやく片付き、そのまま、トグサと飲みに出かけ、
明け方ちかくにようやく戻ってきたのだった。
台所の上には、計量用の精密ばかりや、温度センサーやなにやら・・
まるで、化学実験室のような様相を呈している。
任務のときさながらに後姿はいっそきびきびと作業に徹していて、声をかける隙がない。
(こういうときの少佐に声をかけるとこえぇしな。もうちっと様子みっか・・。)
のそのそと寝室にもどると、はて、と考え込む。
しかし、少佐はなにをやってるのか?
台所でなにかやっているということは、時間を考えると、朝食でもつくっているというのが妥当な線だが、
少佐と台所、少佐と朝食、という単語が全く頭の中で結びつかない。
・
・・なぜなら、少佐は・・・ほとんどものを食べないからだ。
義体用の栄養キューブやサプリメントを補助ドリンクで流し込むくらいで、それも人前ではめったに口にしない。
まるで人前で物を食べない野良猫のようなやつだ。
「少佐はなんで、もの食べないんすか?」
前にトグサが無遠慮にきいて、その場の全員が凍りついたことがあった。
少佐は薄く笑って、苦手なのよ、と言った。
「苦手って、食べることがですか?」
とさらに突っ込むトグサの尻を俺が横から捻りあげた。
少佐が全身義体となったのはごく少女のころ。
まだ義体の技術が今よりすすんでいなかった時代だ。
(はじめの数年は人工臓器の精度が悪くて、栄養はチューブでとっていた。嚥下機能もなかったし。
その間に、食べるってこと、忘れてしまって・・。)
と、前に俺に言っていた。
食べようと思えば、食べられるんだろうけど・・といいながら、酒ばかりを飲む。
そんな姿は生身のトグサからみれば奇異なものかもしれないが、それも少佐らしいと慣れてしまった。
俺はといえば、彼女とどっこいどっこいの義体だが、食いたいものは食うし、飲みたいものは飲む。
生身用の食べ物はサイボーグ食とちがって吸収率が悪いが、気にしたことはない。
とはいえ、少佐といるときは、成り行き上、俺もものを食わない。
互いのセーフハウスに泊り込んで、朝を迎えることがあっても、朝食という概念とは縁がない。
せいぜい、俺が凝って入れるコーヒーを二人でゆっくりと飲むくらいだ。
キッチンからはますます甘い香りがただよってくる。
どうやらこの匂いのせいでお袋の夢をみたのだろう。
そう思っていると、
「バトー・・バトー・・できたわ、顔をあらってきて。」
と、弾んだ声が聞こえてきた。
キッチンに入ると、テーブルの上に、それ、が乗っていた。
ふんわりと黄金色に焼きあがった『ホットケーキ』が山のように積み上げられていた。
バニラの甘い匂いが暖かな湯気とともに漂ってくる。
たっぷりとかけた蜂蜜の香りとともに・・・。
どうしたんだ?と問うと
「うん、私、朝食とか食べないから、なにがいいかわからなくて、くるたんに聞いたの。
朝って、なに食べるの?って。そしたら、くるたん、ホットケーキ食べるっていうから、教えてもらったの。
我ながらよくできたと思うんだけど・・。はい、どうぞ。」
二日酔いの男の朝食にはなかなかのものだったが、ふと、お袋の夢を思い出した。
そうか、俺がねだっていたもの・・それが、これだったのか。
数十年ぶりといえる甘いホットケーキを口に運ぶ。
どこか懐かしい味。
黙々と口に運ぶ俺を楽しそうに見ていた少佐が、俺の手をとって、フォークに刺した一切れを自分の口に運んだ。
「あれ・・・おまえ・・。」
「ん、くるたん達のおかげで、甘いものくらいは食べられるようになったの。」
「そっか。」
そっか、もの、食えるようになったか・・。
よかったな。
そういうと、うん、と小さくいって笑った。
「おいしい?バトー?」
「・・ああ、うまい。」
「うふふふ・・これから、ちょくちょく焼いてあげてもいいわよぉ・・」
子供のように自慢げにいう彼女は、どこか楽しげでやわらかな輪郭が朝の光にとけこんでいる。
そうだな、たまには、甘い朝食も、いいかもしれんな・・・。
Fin
比佐子さん宅のキリバン2501を踏み抜いてリクエストしたら、こんな素敵なSSが送られて来ました(^^)
二人一緒に朝食を取れる日も近そう♪
比佐子さんありがとう御座いました。