ニクヤキWAR
 
其処では、誰もが白い戦闘服を胸元に掛ける。
戦闘…そう。これは闘いだ。
勝ちたいなら奪い、奪わねば負ける。上司も部下もない、過酷で熾烈な生存闘争だ。

「お待たせしました〜。塩タン5人前でーす!」

バイトのネェちゃんが笑顔でテーブルに皿を置いた瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。





 ──むぅ、このタンは肉厚だな。

バトーが内心ひそかに唸った。得てして薄切りにされがちなタンだが、この店は良心的らしい。
しかし実は、薄切りには薄切りの利点もあるのだ。
片面だけしっかり焼き反対側は軽く炙るだけですぐ小皿に取るという技が、厚切りでは使えない。
ちゃんと両面焼かねばならない分、手間がかかる。
焼き上がった塩タンをすぐに口へ運べるようレモン汁を準備してから、バトーは特に目をつけていた肉厚な塩タンに箸を伸ばした。が…。

 ──な、何っっ!?

伸ばした箸の先で、塩タンが2枚に分かれた。
驚いているうちに、すぐ横で焼き上がっていた塩タンを何者かの箸が攫っていく。
はっとして顔を上げると、ニヤリと口元を歪ませでいるイシカワ。

 ──やられた!重ね焼きとは!!内側がまだ焼けていない!!

重なった塩タンを分離して、焼けていない面を網にかけざるを得ない。バトーは舌打ちした。


仕方なく、彼は目標を移した。ジュワジュワといい具合な音を発しているカルビである。
まだ焼きがレアなカルビをさくさくと取っていき、口に運ぶ。
レア焼きの柔らかさがいい。噛むと広がるジューシーな肉汁が堪らない。
バトーがカルビに手を付け始めたのに気付き、他のメンバーも競って手を伸ばす。

焼いては喰い、焼いては喰う。

その中でただひとり素子だけは、カルビに手を付けられないでいた。あろうことか彼女は…肉はウェルダン焼き派なのだ。

 ──くっ、邪道な奴らめ!カルビはまず片面を網に載せたら、そのまま上面に脂が出てくるまで待つ!それから初めて反対側を焼き、網目状にしっかり焼き跡をつけるんだ!!

なんとかレア焼きカルビをウェルダンまで守ろうとするが、この肉焼き戦争において縦横無尽に飛んでくる箸を全て防ぐのは、素子といえども困難なことだった。

 ──ウェルダンカルビーーーーっっ!!!


荒巻はそんな部下達の死闘を横目で見ながら、懐かしい気分に浸っていた。

 ──ワシも若い頃はこんな風に急いたものだ。友の取ったカルビを、箸先から直接奪ったことすらある。

いつから争わず穏やかに網を挟むようになったのか、これが歳をとるということなのかとしみじみ思いつつ、荒巻は生センマイの刺身を口にした。
唐辛子酢味噌のコクや辛味とセンマイの舌触りのコラボレーションは、一度ハマるとやめられない旨さである。

 ──いずれ少佐達にも分かるだろう。真の肉焼きの楽しみ方がな。


部下達の闘いには介入しないことを黙示している様子の荒巻に、ふとトグサは目を留めた。

 ──俺は、課長の様には出来ない。妻と子供を守る働き盛りの男なんだ!何としでもここを闘い抜き、精をつけなければ!!

そのはずなのだが、何故こんなにも荒巻の方が気になるのかと。トグサは自分に問いかける。
と、彼のゴーストが囁いた。

 ──センマイだ!!

生センマイの刺身がメニューに並ぶということは、この店の食材は新鮮だということである。
ならば、レバーは焼き込まなくてもいい。表面をさっと焼いただけで食べていいのだ。
トグサは嬉々として、網の上にあるレバーを小皿に取った。
カルビやタンを巡って争っている皆の気を引かないように、さりげなく…。


しかし、それを見逃す9課メンバーではない。

 ──レバーの新鮮さに気付くとは、成長したなトグサ。だが、まだまだ甘いぞ!

トグサがレバーを食そうと口を開けた瞬間、サイトーが箸を閃かせ、網の上で焼き上がったミノを発射した。
ミノの質量と初速、地球の自転によるコリオリの法則やターゲットの動作予測も完璧なその一撃は、トグサの口内にピンヘッド!!
反射的に口を閉じてもぐもぐと動かしたトグサは、ミノの肉厚さと染みだす甘味にうっとりとした。
が、すぐに気付く。

 ──しまった、ハメられた!!

独特のコリコリとした食感を持つミノは、カルビなどと違って簡単には喉を通っていかないものである。
また、一生懸命噛んでいれば自然と手が止まってしまう。
サイトーはしてやったりとトグサのレバーを奪い、まだ網の上にあるレバーもあっという間に他の者の手によって消えて行った。


 ──弱肉強食とはよく言ったものだ。弱い者の肉を強い者が奪って食べる。まさにこのことだな。

荒巻はキムチをのせた白米をもそもそと食べていたが、一肌脱ぐことにした。
テーブルの端に忘れ去られているホルモンの皿を掴むと、タンやカルビを焼く邪魔にならない場所、すなわち網の端をぐるりと囲むようにホルモンを並べていく。
火力にムラがあるところなので均一に火が通らない可能性もあるが、他の肉が焼き途中で口が空いた時、これでいつでも食べることが可能だ。
しかも、空いた皿を重ねてバイトのニィちゃんに下げさせ、水のおかわりまで頼むという細やかさぶりである。

荒巻の心遣いに感謝しつつ、闘いは続き…。


戦闘開始から90分後。

素子は未だ、カルビを1枚も食べていなかった。

目にも止まらぬスピードで塩タン2枚取りを行い、肉を裏返す時に手元に引き寄せておくという堅実な作戦をとっているパズを蹴散らし。
上ロースと並ロースをごちゃ混ぜにして置くことで、焼き上がり直前にフライングで肉を取って行くボーマを撹乱し。
どうにか皆の意識をカルビから逸らしてウェルダンまで焼こうとしてきたが、付き合いの長いイシカワはそう簡単に誤魔化せなかったのだ。

 ──ついに…最後の1枚!!

ついさっきカルビをもう1皿追加しようとしたら、品切れだと断られてしまったのである。
素子は皿から最後のカルビを取ると、網にのせる前にギラリと睨みを利かせた。
カルビを1枚も食べていないのは彼女だけである。争いながらも90分間ずっと肉を食べてきた男たちは、最後の1枚くらいは素子に譲ってやろうという気になっていた。

…トグサ以外は。

生身ゆえに遅れを取っていたトグサは、野菜やユッケで腹を満たしており、肉への執念を抱いていたのである。
自分好みにじっくりとカルビを焼いていた素子が、ツケダレを用意する為に網から目を離した瞬間。


箸が交錯した。


最後のカルビ目掛けて走ったトグサの箸を、バトーの箸が弾き返したのだ。
トグサの第2撃が来るより早く、バトーは最後のカルビを網から取り上げた。


そして、ツケダレの入った素子の小皿にそっと入れてやる。


最後のカルビを失ったかと一瞬絶望した素子が、バトーを見、カルビを見、またバトーを見た。


「…バトー?」
「冷めるぞ。」


バトーの声に促され、素子は箸を運ぶ。


「……旨い。」
「よかったな。」






こうして、公安9課・焼肉食べ放題大会は幕を下ろした。

最後のカルビに手をかけようとしたトグサが素子の鉄拳制裁を食らい。
会計をした荒巻が「お願いですからもう来ないで下さい」と店長に土下座されたが。



「バトー、はい、あ〜ん☆」

カルビを守った御礼にと、黒ゴマソフトクリームを少佐の手ずから食べさせてもらったバトーは、かつてないほど幸せいっぱいだったという。

えこ様宅のキリバン17298(い〜な、肉焼き)これを書くために友人五人と食べ放題に行ったそうです
ありがとう御座いました。