「密談」
ある日の夜、一見しただけでは静かなハンガー内、だがソコからネットに繋がった壁・床・天井全てがメタリック設定のネットルームでタチコマたちの熱い論議が繰り広げられていた。
タチコマA「だから、何でその日なのさ?」
タチコマB「さっきから言ってるじゃないか!お返しをする日だって」
タチコマC「お返しって、あの日に何か貰ったっけ?」
タチコマA「何も貰ってないね」
タチコマB「日にちを限定するんじゃなくて、全体を通してのお返し!」
タチコマA「日にちを限定するなって言うけど、君はイベントに固執し、お返しはその日にって限定している、矛盾してないかい?」
C「全体って、天然オイルも含めるの?」
B「シー!その単語は使用禁止用語に設定したじゃないか!」
C「あ、ゴメン」
B「それに、固執している訳じゃなくて、この計画が出た時にちょうどそのイベントの最中で、何の疑いも無く事を進めることが出来る!と言う壮大かつ綿密な計画なのだよ!」
声を大にするよりも身振り手振りでの表現を加え計画の大きさをアピールするタチコマBもし彼が人間だったならば、表情豊かで積極性がある人間、九課で言えばバトーにも匹敵する感性の持ち主になるであろう。
A「なるほどー、ココで生まれた固有のイベントに参加しつつ」
B「うんうん♪」
A「僕等の計画を確実に成功させる」
B「そう!」
A「確かに面白そうだね」
B「でしょー^^」
タチコマAは情報と状況を比較し適切な回答を導き出そうとする反面“面白い”と思った事柄には積極的にとは言わなくとも、確実に進めようとするボーマ的な感覚の持ち主の様である。
二体のタチコマの意見が同調し始めるのを感じつつ、横で聞いていたタチコマはこの現象をどう認識して良いか判らず“物事に乗じて計画を進める”と言う事柄を検索し、その結果出て来た答えに何の疑問も抱かずそのままを口にした。
C「それって便乗って言うんじゃ」
A・B「・・・」
タチコマCは現状認識とその時その時の例えが的確ではあるが、己に忠実であるが故に極々稀に墓穴を掘ってしまう、九課メンバーの中で言えばトグサに近いモノを持っているらしい、その結果・・・
―暗転―
「チョット思っただけだよ!アノ、何処つれてくの!ネェ、何か答えてよ!あ、それh、ガガキュキュキュ・・プツッン」
B「と、言う作戦なんだけど、どうかね?」
その後、何処かへと消え去ったタチコマCの代わりに別の機体を仲間に加え再び「作戦」内容を説明し同調を求めるタチコマA・Bその半ば強引とも言える方法に、自分と消え去ったタチコマCとをある意味「天秤」に掛けその上で
D「い、良いんじゃないかな?」
タチコマDはどうやら自己保持の気質があるらしい、この性格は九課のどのメンバーにも無い独自の感性を持っている、彼の動向が他のタチコマにどの様な効果をもたらすのか楽しみである。
B「ジー・・・本当に?」
D「本当だよ!バトーさんにはお世話になってるもの!」
A「ソレを言うなら九課のみんなにお世話になってると思うけど」
B「確かにそうかも・・でもバトーさんには確実に渡したいし、う〜ん」
D「そう言えばさ、このイベントには“義理”と“本命”があるんじゃなかたっけ?」
A「そうだけど?」
D「じゃあさ、バトーさんには“本命”で他の皆には“義理”で良いんじゃないかな?」
B「おお!そうすれば、他の人たちにも怪しまれずに渡す事が出来る!」
A「決定だね、でも何を渡すの?」
B「パン」
A・D「へ?」
B「だから・・」
??「誕生:6000年ほど前、メソポタミア生まれ、当時は小麦粉を水でこね、焼いただけのものがその原形、その後、古代エジプトにおいて恐らく偶然から「醗酵パン」が誕生、食物として、また、供え物としても作られるようになり、エジプトからギリシャへ、パン作りが伝えられ、製パン技術を身につけた専門のパン職人が登場し、ブドウ液から作られた酵母も使われるようになり、ヨーロッパからアジア・アフリカへも伝えられ、現在は世界各地で主食として取り入れられている」
A「・・今の君?」
B「ううん」
D「何処かで聞いた事がある声だね・・?」
A「まさか・・少佐ですか!」
少佐「そのまさかよ」
B「ど、どうしてココが!?」
C「僕を強制退出させるからさ」
その声と共に強制退出させられたタチコマCが画像構築されはじめ、構築が完了したポッドからは少佐がゆっくりと降りて来る、そして、少佐の足がメタリックの床に音も無く降りた時、既にタチコマCを除く他のタチコマ達は部屋の隅に固まって微動だにしない、その様子を何とも言えない笑みを浮かべながら見つめる少佐。
少佐「中々、面白そうな相談してるじゃない?」
その言葉を叱責と取ったのかタチコマ達は一斉に弁解の言葉を口にする
A「ぼ、僕等はけして悪意があって話していたのでは無く、九課の皆さんに日頃の感謝を込めて御返しがしたいと思ってですね」
B「そうですよ少佐、それに日頃激務に携わっている皆さんに僅かでも“心の安息”と言うのを感じて頂ければと」
D「“お礼”と言う事を最優先に論じておりました!」
口々にそう述べるタチコマ達を見た少佐は、その余りの真剣さと、弁解の幼稚さのギャップに思わず小さく吹き出してしまった。
「全く、貴方達は何を言っているの?確かに無断で乗り込んでは来たけれど、何も貴方達の計画を止めさせに来た訳では無いわよ?」
その言葉に固まっていたタチコマは顔を見合わせ呆気に取られた仕草を示す、暫くの後、発案者であるタチコマBがオズオズと言葉を発する。
B「あの、少佐それはどう言う意味でしょうか?」
少佐「それはね」
この後、タチコマ達は普段なら習得する事すら不可能な経験と圧倒的な情報量に翻弄される事となるなど、微塵も思っていなかった。
ココでは外部に漏れる恐れがあるとして、少佐が設置したネットルームに場所を移しての議論となった(その理由は無理やり入ってきた少佐にあると言う事は知らせず)
少佐「さて、貴方達の計画には大きな弱点があるのを判ってるかしら?」
ネットルームに入って第一声から弱点の指摘にタチコマ達は“え?”と言う声を上げて一斉に黙りこくってしまった、傍目から見ればフリーズしている様にも見えるがその電子回路には“弱点”を見つけ出そうとして、計画の見直し・決行日時・言い訳の手段と言った一連の情報が駆け巡っている事だろう、一定時間が過ぎた頃、タチコマ達のセンサーボールが周りの様子を確認するかの様に回転し、まるで目的を見付けたかの様に少佐の方に向けられる。
B「あの・・弱点とは何でしょうか?」
発案者だからこそであろう、タチコマBが答えが判らなくて教師に聞く小学生の様な口調で少佐に問う、少佐はこの問いを予知していたのであろう小さく溜息をつき腕を組んだ状態のまま一言。
少佐「パンをどうやって作るの?」
その答えにタチコマ達は顔を見合わせた、そしてタチコマBがホッとした口調で
B「その事でしたらパン製造工場のラインに正規ルートでアクセスし予約注文と言う方法を計画し「甘い!!」
少佐は言葉を遮り、一方の手は腰にもう一方は指まで真っ直ぐタチコマの方に向けて言い放つ。
少佐「心のこもったお返しをするならば市販品では無く手作りが基本!」
D「手作りですか?」
A「で、でも、僕等の“手”はモノを掴んだり回したりは出来ますが・・・」
B「パンって小麦粉を捏ねたりするんですよね?僕等には物理的に無理なのでは?」
タチコマ達はアームを広げたり、回したりして捏ねると言う動作が出来るかどうか試していたが、結局無理と言う判断を下した。
確かにタチコマのスペックがあれば、アームを広げたり閉じたりしながら回転させれば“捏ねる”と言う動作は可能であろう、しかし、アームは三本の爪で構成され、物を掴むと言う目的の元に設計されているので爪にはカーブが掛かっている、その構造上、人間の手のように全体的に無駄なく“捏ねる”と言うことは不可能に近い。
少佐「確かに今のアナタ達では無理でしょうね、でも、それは今のアナタ達であって私の考えるアナタ達では可能よ」
B「少佐の考える僕達ですか?」
A「ソレは一体??」
自信たっぷりな表情の少佐にいささかの不安を覚えながらも、今の自分達とは違う自分達と言う表現にかなり興味を持った様だ、ソレを知ってか知らずか少佐はクルリと後ろを向いて二・三歩歩きソコに待機していたタチコマCに手を当てた後、顔を半分タチコマの方に向けて。
少佐「後はこの子に教えて貰いなさい、その後でどうするかは好きにしていいわ、じゃ、楽しみにしてるわ」
そう言い残して少佐はネットルームから姿を消した。
後に残されたタチコマたちの中で他のタチコマと並列化していない、自分のみの情報を有しているタチコマCは勝ち誇ったような口調で皆に伝える。
C「さて、諸君どうするかね?今までどうりの作戦で行くか、少佐の提案した作戦で行くか、先に言っとくけど僕と情報を共有しちゃうと確実に少佐の提案に従わなくえなくなるよ」
B「でも、少佐はソレを見てから判断しても良いって言ってたじゃないか!」
C「確かにね、でもコレは僕だけが唯一持ってる情報だから言える事だけど、今の僕から見てもこの情報は客観的に知ってる状態なんだ、だけどキミ等と情報を共有すると現実味を増すと思うんだ」
D「どう言う事?」
C「う〜ん、例えるなら買ったばっかりでまだ包装されてる商品みたいな感じかな?自分のモノだけど実際に手にしてない感じ、袋を開けて初めて自分のモノになるって所かな」
B「じゃあそれは少佐がそうやって組んだんじゃないかな?」
C「どうして?」
B「もし、その情報にCが共感しちゃって即決行したらどうする?少佐の考えでは“僕等”がやる事であって“僕”が単体でやるべき事じゃないそう考えればある程度の防止策は取ってあるんじゃないかな?」
D「君今、“僕”って言ったけど情報持ってるの君だっけ?」
B「違うよ、僕等は基本的には一つのプログラムによって動いている訳だから“僕等”と言う表現は基本的にはおかしい、そう思ったから“僕”って言ったんだけどやっぱり不適切だった?」
D「何となくかな〜、君の言った通り僕等は一つだからね、言葉としては合ってるんだけど・・・やっぱり判んないや」
C「コラそこー、今は僕等の機体としての個性は議論するべき事ではない!少佐の計画を並列化するかどうかを決める時ではないかー!!」
A「した方が良いと思うよ」
その時まで沈黙を保っていたタチコマAが声を発すると同時に他のタチコマ達の声は静まりそれぞれがタチコマAの方を直視しまるでその先を促す様に微動だにしない。
A「・・じゃあ言うけど、君(B)の言うとおり少佐が“計画”に何らかのプロテクトを掛けた可能性は高いと思う、その上、その情報は使わないとなると多分消されると思うよ、本来僕等の誰か一機が一つの情報を持ち続ける事は出来ない、もし持った状態で作戦に出てその一機が“物思い”にふけっても困る訳だからね、だからその情報も・・・」
C「情報の蓄積は僕等にとっては何事にも変えがたい事だし、しかも決定権は僕等にあるならば、並列化をしようではないか諸君!」
A・B・D「賛成―!!!」
C「では早速・・・・・・」
― 一週間後 ―
バトー「さーてと、仕事も一段落したし、コーヒーでも飲んでくるかな」
眩暈のするほどの書類仕事を片付けたバトー、時計は既にAM03:00を過ぎているこの時間だと九課メンバーはおろか赤服やオペレーターも夜勤や緊急でない限りは仕事をしていない、それでもバトーの様に残っている者の為に基本的なシステムは動いている、明日、時間的には今日だが特に何も起き無い事を祈りつつバトーは給湯室に足を運ぶ。
バトー「ん?」
給湯室から伸びる女性の影にバトーは眉をひそめた。
バトー「少佐・・な分けないよな、俺に仕事押し付けてとっとと帰っちまったし、となるとオペレーターか?」
そんな独り言を言いながら給湯室を覗き込むと、そこには案の定オペレーターがお茶を入れようとしている所だった、基本的にAIには休息など必要無いのだが、人間の中で生活していると休息も取らずに仕事をしている人間型AIをはたから見ると異様に感じてしまい馴染めないと言うAIにしてみれば余計なお世話とも言える理由から多少の人間臭さをプログラムされているのである、もっとも機械にも休息が必要だと考えているバトーにとってはむしろ喜ばしいプログラムでありオペレーターの世間話の輪の中にも入って行くし、困った様な表情をしていれば手を貸す事等日常的に行っている、その為かオペレーターからの評判もかなり良い、そんな事を知ってか知らずかこの時も何の疑問も抱かず気軽に声を掛けた。
バトー「よう、お疲れさん、スマネーが俺にもコーヒーを一杯くれねーか?」
オペレーターA「あ、おはよう御座いますバトーさん、コーヒーですね少々お待ち下さい、えぇとコーヒーの容器は・・」
オペレーターはかなり困った表情をしながら下の棚をあちこち空けたり閉めたりしてコーヒーを探し始めた、その様子を不思議な表情で見つめていたバトーは、ふと何か思う事があるらしく時折申し訳なさそうな笑顔を向けるオペレーターを上から下までジックリと眺めた、そして納得したという頷きをすると同時にやっと上の棚からコーヒーを見つけ淹れているオペレーターに向かって。
バトー「そうかアンタ新人だな、いつココに配属されたんだ?」
オペレーターA「え?」
丁度コーヒーを入れ終わり渡そうとしていたオペレーターはキョトンとした表情でバトーを見つめたが、慌てて返事を返した。
オペレーターA「そ、そうです、今日から配属になった4427型オペレーターです私の他にも同型が三機配属されました試作段階ですので一週間の期限付きですが宜しくお願いします。」
丁寧なお辞儀をして顔を上げると直ぐに質問してきた。
オペレーターA「あの、何故“新人”と判ったのですか?型が違うとは言え機体は他の者と同型のはずですが?」
現状認識の正確さと己に忠実であるが故のいきなりの質問に、顔で藪から棒だなと笑いながら
バトー「何、たいした事じゃねーさ、確かに他の奴と同型の身体だがな服と同じでなアンタの人工皮膚は貼ったばっかりだろう?どんなにメンテされてても動いてれば汚れるし劣化もしてくるそれに着ている制服も糊が効いててシャツなんて眩しい位だ、だがな俺が新人だと思ったのはソレが理由じゃない、服が汚れた上にメンテの時期が重なったってヤツも居るだろうし実際それで怒られたからな」
オペレーターA「では何故?」
バトー「コーヒーさ」
オペレーターA「?」
バトー「俺達の情報はダウンロードすれば直ぐに出てくるから新人でも間違う事はねぇ、だがコーヒーの容器の位置まで決まってる訳じゃないから場所が判らない、だからアンタは懸命になって探したろ?だから判ったのさ他のヤツなら上の棚から探し始めるのにアンタは下から始めた、コーヒーは上にある事を知らないって事はココに始めて来た新人だってな」
渡されたコーヒーを飲みながら説明する、九課のメンバーでなくとも判りそうな推理だが、ココのオペレーターがコーヒーを上の棚に入れると言うのを知っているのは九課ではバトーのみであろう
「「あ、おはよう御座いまーす!」」
同じタイミング・口調・声質、音量の違いが無ければ声を出したのは一人だろうと思えるほどに合った挨拶に振り返ったバトーの目の前にはオペレーターが三人
バトー「三人居るって事は配属された4427型か?」
4427「そうです、もうご存知だったんですか、私達同時期に作られたらしく行動パターンも同じなんですよですから4人居たら新型と覚えて頂ければ簡単だと思いますよ」
バトー「じゃ、ココも賑やかになりそうだな邪魔しないように俺は帰るとするか、コーヒーありがとな、お疲れさん」
4427「「「「お疲れ様です」」」」
給湯室から四人の声が聞こえだし、その時一人が、コーヒーは下じゃなくて上の棚と言うのを聞いたバトーは小さく笑いながら家路に着いた。
その後、数日は九課のメンバーも書類仕事や発生した事件の裏に潜むかもしれない政治的犯罪を確かめる為に所轄の刑事達に煙たがられながらも初動捜査に顔を出し、関係無いと判ればさっさと手を引き次の仕事へとシフトする、一般人から見れば何も起こってない様に見える日常から犯罪の芽を見つけ出し、今日と同じ様に何事も無くいつもの毎日が明日も続くように活動する九課から言えば“平和”と呼べる日が続いた。
そんな日が続けば一日の〆の仕事はバトーが最も不得手とする書類仕事である、他のメンバーも決して得意だったり好きな仕事では無いが、少佐は九課のリーダー的存在である為、仕事をしながらも必要箇所の抜粋・補足・末端の詳細の順に外部記憶装置に記憶及び文章化を進めているので戻った時には出来上がっている文章を見直し、加筆するだけでさっさと帰ってしまう。
ボーマ・イシカワ・パズは主な仕事が情報戦なだけに現状を逐一、課長や少佐に送っているので、後は、ほぼそのままを書類として挙げるだけなのでそう時間は取らない。
サイトー・トグサに至っては、根が真面目である為に打ち込む情報は多いものの、いざPCに向き合えば初めから最後まで一気に書き上げてしまうので、特殊な状況でもない限りは日付が変わる前に帰ってしまう。
と、この様に他のメンバーが比較的コンスタントに仕上げていく中において、バトーただ一人は仕事から戻って来ればタチコマやオペレーターと話たり、他のメンバーがふと気付けば何時の間にやら持ち込んだ筋トレマシーンで傍から見れば無意味な本人にしてみれば重要なトレーニングに勤しんでいる、その結果、PCに向かうのが遅くなってしまうのである、そして今日も壁に掛かった時計が今日の終わり、明日の始まりを告げる頃になってようやく書類が完成した。
バトー「ハー、やっと終わった、ったく、いくら電子情報漏えい防止つっても何も報告書まで紙媒体にするこたねぇーだろうに、こんなモン盗む奴はいねーよ、どの道、資料整理とか言って事件解決すりゃ廃棄だろうに旧式で良いならマイクロチップにでもしろってんの」
何時もの、ある意味では正しいぼやきを吐きながら報告書を課長のデスクの上に放り投げ最近では日課になりつつある給湯室へと足を運ぶ、そして、そこから伸びる四つの影を目にすると喜びとも安心とも言える様で言えない表情を創っている事を本人は気付いて居ない。
バトー「よう、お疲・・」
給湯室に入り、何時もの様に声を掛け様としたが、何時もは余り変化の無い室内が異様な状態になっているのを目にし思わず絶句してしまった。
4427「あ、バトーさん今晩・・お早う御座いますですね?」
試験配備された四機の内の一機が挨拶しかけ、時計を見上げて時間的に正しい挨拶に変え同意を求めたが、バトーは目の前の状況を理解しようと電脳をフル回転させているのか無言のままその場を微動だにしない。
それもその筈である、九課の給湯室は単にお茶を淹れる場所としてでは無くチョットした料理位は作れる設備を備えている、だがその設備を利用する者は極稀、しかし、珍しいとは言え、まともな料理を作っている現場を見たところで絶句するほど衝撃を受けるバトーではない、では何故その様な状態になったのか、それは室内がまるで開け放たれた窓の近くでティルトでもホバーリングしたのかと思うほどのものだったからである、床には白い粉が撒き散らされ、その上に何だか判らないスライム状の液体がアメーバの様に足を伸ばし、そこから少し上に顔を上げ流しに目を向ければ、何かを混ぜたのであろうボールと泡だて器が乗っているが泡だて器の回転速度が速すぎたのかその回転から生まれた遠心力のせいで飛び出したであろうモノが壁に張り付き重力に従い下へと流れている。
一方、オペレーターと言えば頬に局所的に塗りすぎた白粉が数箇所、口の端から耳の方へ向かって伸び、制服にはボールから飛び出し壁に貼り付いているモノと同じ物質が大小様々な斑点を創っている。
こんな状態を見れば、いくら百戦錬磨の九課メンバーとは言え状況を把握するのは容易では無いだろう、言わばココは彼等が身を置く戦場ではなく、一般的な家庭の主婦が身を置く戦場と化しているのだから。
バトー「な、何んかあったのか?」
やっとの事でバトーの口から出た言葉は、状況を理解した上での質問ではなく理解する為の質問だった。
4427「え?」
自分の挨拶に対して質問で返された事に一瞬困惑の表情を浮かべるが、自分の周りの状態を視認し質問の意味が理解出来たとたん慌てた顔になり。
4427「「「済みません直ぐに片付けます!」」」
言うが早いか、四機のオペレーターはそれぞれが分担して床・流し・壁を布巾で拭いたり水で流したりホウキで掃いたりとテキパキと行動しあっと言う間にバトーの目の前には何時もと変わらない給湯室と拭いきれなかった制服のシミを気にしつつもシッカリと整列するオペレーターが立っていた。
目の前で起こった事に自分がその場に取り残されたような錯覚を覚えながらも今までのことが現実であり、そして冷静に話が出来る状態になったことを確認したバトーは慎重に言葉を選んで改めて質問した。
バトー「何をしてたんだ?」
初めと殆ど変わりの無い問いではあるがバトーにとってはこう聞くのが精一杯だった、何せ勝手の掴めない戦場であるだけに何と聞いてよいのか判らないのである。
そんな事を知ってかしらずかオペレーターの方も何処か説明し難そうな顔で考えた後、少し、人間で言えば“恥ずかしそうな”表情で説明を始めた。
4427「あの、私達が試作段階だと言う事を覚えてますか?」
バトー「あぁ、初めて合った時に言ってたな、どんなプログラムが組まれてるか知らないがソレと関係あるのか?」
4427「ええ、実は私達四機は、今現在九課に配備されているオペレーターよりも一般家庭型に近い行動が出来る様プログラムをされているんですよ」
バトー「家庭型に?」
バトーにとってチョット意外なプログラムだった、一般的にオペレーターを初めとして業務用アンドロイドは使用用途によって行動・言語・思考そして義体出力が違う、建築用アンドロイドにネイルアートのプログラムは必要無いし、ネイルアート用のアンドロイドに数百キロを軽々と持ち上げる高出力はいらない、例外的にメイド型アンドロイドにボディーガードとしてのプログラムや不必要なオプションを付ける輩もいるが一般的にアンドロイドは“求められた仕事をする便利な道具”の範疇にある、この考えで今目の前に立っている四機のオペレーターを見ると、暫定的ではあるが複合型のプログラムをされている事になる。
バトー「まさか普段、栄養が偏ってるヤツに対して家庭的な味と一緒に健康面でも配慮しようって腹じゃぁ無いとは思うが、じゃあ今はココで家庭型の行動「料理」をしようとした訳だ・・だが何故・・」
その後の質問をバトーは濁した、それを口にしたら4427型のオペレーターに対して“不良品だ”と言っているのと同じだと思ったからだ、即ち、プログラム通りに動かない欠陥品だと。
4427「“失敗”したか、ですか?」
その言葉にバトーは頷くしか出来なかった、このオペレーターにとっては情報と状況を比較し、次の言葉を予測として発しているに過ぎないが、今のバトーにはその一言がゴーストを持った人間の発した言葉に思えた。
そんなバトーの心の内を知る術を持たないオペレーターは、殆ど間を置く事無く別の一機が言葉を繋げた。
4427「実は私達、このプログラムを使ったのが初めてだったんです、家庭型のプログラムを組み込まれていると言っても、九課ではメンテナンスと休憩の時間以外のほぼ全ての時間を「オペレーター」としてのプログラムが優先されて他のプログラムは起動が難しいんです、その上常に新しい情報を蓄積しているので使われないプログラムは容量確保の為圧縮されてしまっていたので、情報伝達が上手く行かず、ムラが出てしまい、そのムラの隙間を通って日頃優先されている「オペレーター・プログラム」と機能衝突を起こしてしまい・・・先ほどのような状態に」
4427型オペレーターの自己保持的ではあるが的確な説明を聞いたバトーは、自分の心配が唯の杞憂である事を悟った、様は料理を全くした事の無い素人が料理の本を片手に奮闘していたのと同じ状況だったのである、だが気になる点が何も無い訳でもなかった。
バトー「料理は素人って事か、だが、機能衝突って言ったな?料理とオペレーターの行動とそんなに似てるモンか?」
機能衝突は行動を起こす際、その動きの中に類義行動が存在した場合、複数の制御プログラムが働いてしまい互いに干渉したりして正常な行動が出来無くなる状態の事を言うが、料理と普段の行動の中でそれほど多くの類義行動があるものなのだろうかとバトーは真剣に考えていた。
4427「似ていると言うよりも料理は普段の行動の集大成と言った所でしょうね、例えば卵を割るのは本を下に向けて開く様な動作ですし、包丁を使うのは紙に定規で線を引くのに似ています、それに以外だったのは捏ねる作業がドアのノブを回す動きに似てるんですよ!けれども、日常の動作とは異なる力加減が必要なので制御するのが大変で。」
先ほどまで話していたオペレーターとは別のオペレーターが身振り手振りでの表現を織り交ぜながら説明する、バトーはその手振りを自分でもやってみて関心すると同時に、数日の付き合いの中で四機のオペレーターに若干ではあるものの、表現方法に違いがあるのでは無いかという思いが確信に成りつつあると感じていたが、その点については触れないようにした。
バトー「成るほど、確かに似てるな、ん?そう言えば一体何を作ってたんだ?見たところ完成品は無いようだが・・」
ココまで言ってバトーは自分が言ってはなら無い事を口にした事に気が付いた、素人に対していきなり結果を見せろと言うのは酷な話である、自己流に直すならば研修上がりのヒヨっ子に一人で対象を尾行させ「潜伏先を確認したか?」と聞いているようなものだ、何事も手順を無視すればろくな事に成らない、だがこの時、オペレーターの方が一枚上手であった。
4427「あ、いえ、まだ完成させるには早すぎるのです、一次の発酵に約5時間掛かりますし、二次も合わせるとその間の作業も含めて約八時間掛かってしまいます、順調に作業が進んでいれば一次は残り3時間のはずなのですが思いの外作業が難航してしまいこの時間に。」
バトー「発酵?」
普段聞きなれない言葉につい聞き返してしまった、と言っても普段から料理などしないバトーはどんな事を聞いても聞き返してしまう可能性もある。
4427「あ、まだ何を作っているのか言ってませんでしたね、今、パンを作っていたんです、実は、私達そろそろ試験配備の期間が終了してしまいます、それでその前にお世話になった皆さんにお礼がしたくて。」
バトー「確か一週間だったな、って事は・・・今日か?」
もうそんなに日数が過ぎたのかとバトーは改めて思った、多分このオペレーターの機能は九課では採用されないだろう、義体自体も新たなAIを組み込まれ次に同じ義体に会ったとしても判別は出来ない事も判っている、そう思うと普段自分の戦場で会う“ゴーストの無い人形”に対する哀れみとは違った何とも形容し難い感情を覚えた。
バトー「そうか、もうそんなに日が経っちまったか。」
4427「ええ、過ぎてしまえばあっと言う間ですね、所で、あの・・」
バトー「ン?」
4427「作ってから聞くのも何なのですが、パンはお好きですか?」
バトー「毎日、食うってほどじゃ無いが嫌いじゃねーよ」
4427「本当ですか良かった、では、焼き上がり次第持って行きます、味は保証出来ませんが。」
バトー「何でも初めから上手いヤツなんていねーよ、んじゃ楽しみにしてるぜ。」
4427「はい!」
バトー「じゃ、又後でな、お疲れさん。」
4427「お疲れ様です」
そんな、和やかな話しをした日にも犯罪は起きる、表面上は穏やかに見える日常でも、ネットワーク上では様々な情報が飛び交い大小の差はあれど犯罪の芽やそれを仄めかす内容の会話や文章が無数に存在する、その情報の一つ一つを探り、犯罪と言う植物が大輪の花を咲かせない様に、枝葉を茂らせる前に、まだ小さな双葉の内に摘み取り何事も起きない日常を維持する為に彼等は日夜目を光らせる、そんな組織に身を置くバトーが一部の感傷だけで任務から外れる事等出来るはずも無く、その日の締めである報告書の作成の為に九課の戻ったのは時には既に日付が変わった後だった。
バトー「仕方ねぇ事だが、一言位は掛けたかったな」
誰もいるはずの無い給湯室を覗き込みながら一人つぶやく。
少佐「バトー、そんな所で油を売ってる暇があったら報告書でも書いたらどう?」
突如として掛けられた声に振り向けば、既に私服に着替え帰る気満々の少佐がソコに居た。
バトー「ちっと位息抜きしてもバチは当らないと思うがね」
少佐「好きにすれば?貴方が夜食を食べながら報告書を書いて、提出が朝一になっても誰も文句は言わないでしょうね、じゃ、お疲れ。」
バトー「あいよ」
ヒラヒラとまるで蝶の如く手を振って帰って行く少佐に声で返しながら自分のデスクに戻ろうとした時、一つのセリフが気になった。
バトー − “夜食”なんて買った覚えは無いんだが −
多分、膨大な量の報告書を漁る姿を比喩したのか或は揶揄したのだろう、それほどの量の報告書ならば、朝一になってもあのサル親父も怒鳴りはしないだろう。
直ぐ目の前のドアを開ければ自分のデスクに山の様に積まれた報告書を想像してその日の疲労が重く圧し掛かって来ると同時に素通りしたい衝動に駆られた。
バトー「出来りゃあ良いんだがな。」
意を決して扉を開き自分のデスクに目を向ける。
バトー「・・・何だありゃ?」
ソコに見たモノはデスクの平面部分を埋め尽くすほどうず高く積まれたパンであった、いや、自分のデスクだけでは無い、その他のメンバーのデスク上にも同様に置いてはあるがバトーの所に置いてある量は他の比で無いほど多く、その横にはイルミネーションをそのまま咲かせた様な黄色い花まで添えられている。
バトー「確かにコイツを食い切る頃には朝になっちまうな」
苦笑いをしながらも、まずは報告書と思いパンを掻き分けると底の方から半ば完成した報告書が出て来た、と言ってもオペレーターとの交信記録を報告書用に書き換えただけの簡単な物であったが少し書き足すだけで立派な報告書が出来上がる、誰がこんなモンを、と、交信受信者の欄を見れば4427の型番号が記載されている。
バトー「礼にしては十分すぎるぜ」
次の日、朝からパンを片手にタチコマの居るハンガーに足を運んだバトーは直ぐにタチコマ達に囲まれた。
タチコマC「アー、バトーさんが珍しいモノ食べてるー!」
タチコマA「ホントだー、いつもは不味いって言いながらサイボーグ食、食べてるのにー」
タチコマD「へー、珍しい事も在るんだなー、何か心境の変化でも在ったんですか?」
新しい物好きのタチコマ達は我先にと言わんばかりに口々に意見を述べる。
バトー「うるせーナ、これは貰いモンで防腐剤が入ってねーから早目に食べねーと相手に悪いからであって・・お?」
まとわり付いて離れようとしないタチコマ達を引き離そうと大股に一歩踏み出した所で少し離れた所に佇む一機のタチコマに気付いた。
バトー「どうした?お前いつもなら一目散に突っ込んで来るのに。」
タチコマの行動パターンの違いを認識して各機体を識別するなど“赤服”にすら不可能であろう、しかし、それを事も無げに実行出来るのはバトーのタチコマへの並々ならぬ思い入れが成せる業であろう。
しかし、行動の違いを指摘されたタチコマは「えーと」・「ソノー」・「ウ〜ンと」を連発し中々次の言葉を発しようとしない。
バトー「何だよ、言いたい事があるならハッキリ言え」
そう指摘されたタチコマはとても済まなそうに声を発した
タチコマB「あのーですね、コーヒーの入れ物を間違えて下の棚に入れちゃたんです戻して置いてくれますか?」
この言葉を聞いた瞬間バトーの周りに居た全てのタチコマ達の動きが一斉にして止まった事をバトーは気付かなかった。
バトー「あ、ああ、そりゃ構わねぇーが、何でコーヒーの入れモンが下じゃ駄目だって事知ってんだ?」
この言葉にタチコマ達は自分達に表情と言う機能が搭載されて無い事を感謝した。
タチコマB「あ、あのオペレーターが僕達に言ったんです本当は直接言いたかったけどラボに行かなきゃならないから伝えてくれって」
バトー「そうか・・」
次の言葉を探そうと間を置いた次の瞬間
少佐「タチコマ!オイル交換済んで無いはずよ、さっさと行く!」
タチコマ「は、はーい」
何時の間にかハンガーに入って来た少佐の一喝によってタチコマ達は逃げる様に整備ルームへと姿を消した。
少佐「どう?」
バトー「あん?」
少佐「手に持ってる、彼女達から貰った愛情タップリのプレゼントの味は?」
バトー「何言ってやがる、まぁ、初めてにしては上出来だな一つ難を付けるなら量が多過ぎる」
少佐「ふふ、確かにね、ま、愛情の深さと思う事ね」
バトー「何でそうなるんだよ」
少佐「何故かしらね」
答えの無い答えを返しながら少佐はハンガーから出て行ったその指先にはバトーのデスクに添えられていた物と同じ花が鮮やかに咲いていた。

END
今回はキリバンリクエストを下さって有難う御座います、リクエストを見た時はどうやってタチコマとパンを結び付けようかと迷いました、初めは機体はそのままでアームを泡だて器(笑)に換装させてパンケーキを作らせようかとも考えたのですが、逆にタチコマの機体には出来ない事をさせ、尚且つバトーを蚊帳の外に置く事でバトーがタチコマを思うと同等もしくはそれ以上の思いを持っていると言う事を出そうと考えました(出せたかは少し疑問ですが(^^;))
御渡しするのが遅くなってしまった事をお詫びすると同時に完成品を御渡しいたします、楽しんで頂ければ幸いです面白いキリリクを有難う御座いました。
〔遊び心〕
さて、肝心のタチコマが中盤出てきて無いと思われるかもしれませんが(もしかしたらお気付きかもしれませんが)
試作機の4427オペレータの数字を「あ行」を「1」として「か行」「さ行」の順に番号を振っていき「たちこま」に該当する数字を並べると・・?
そして、最後に貼り付けてある花の名前は「ギンヨウアカシア」
花には唯単に見て楽しむ他に秘めた思いを伝える場合にも使えますよね?