「彼女の不在」
研修のため、少佐を2週間フランスに行かせた。
実質9課のNo.1である彼女の長期に渡る不在は確かに残った者達に少なからず負担を掛けることになる。
しかし、今回は働きづめの少佐のこれまでの労を労う意味もあってのことなので、皆の賛同も得て渋る少佐を行かせることにした。

彼女が出掛けてから今日で早三日になる。
そして儂は、彼女を行かせてしまったことを既に後悔し始めていた。


-- 彼女の不在 --


朝、9課に出社すると廊下ですれ違ったオペレータAIがあいさつを寄越した。

「課長、おはようございます。」
「うむ、おはよう。今日の儂のスケジュールに変更は?」
「特にございませんが、先ほど7時12分に内務大臣からメッセージが入っております。今再生いたしましょうか?」
「どうせまたご子息が起こした事件の尻拭いの依頼だろ。今はいい。後で見る。」
「了承致しました。」
「・・・少佐からは、何か連絡は入ってないか?」
「少佐からは、何もございません。」
「そうか、分かった。少佐から連絡があったら会議中でも構わん。つないでくれ。」
「かしこまりました。」


課長室に入るとジャケットを脱ぎハンガーにかけ、メールチェックのために回線をつなぐと、そのあまりの膨大なメッセージの量にため息が出た。
少佐がいる時は、どんなに不眠不休の日が続いていても、必ず前もって膨大なメールやメッセージを事前にふるい分け、かつ優先順位をつけカテゴリー分けしておいてくれるため非常に短時間で処理を済ませることができる。
しかし、少佐の不在中はそれらを全て自分で確認しなければならず、下手をすると目を通すだけで午前中を使ってしまう。
やれやれだ。
そして何より少佐がいなくて困っているのは、残った9課の連中のことだ。
9課のメンバーは全員儂と少佐の目に適った精鋭中の精鋭だ。
そんじょそこらの軍隊、警察を探してもこれ程優秀なメンバーはないと儂は自負している。
ただ、やはり彼らも人間だ。
要となる少佐がいないため、なんとはなしにタガが外れ、締りがなくなるのも分からなくは無い。
しかし、だからと言ってこれはあまりにも度を越えている。



まず、少佐が出発した第一日目。
いつも冷静沈着ポーカーフェースで通しているあのパズが刃傷沙汰を起こした。
どういうことかというと、その晩四角関係の愛憎のもつれから(内一人は男だったそうだが)パズが飲んでいたバーに刃物を持った女が飛び込みパズに襲い掛かった。
もちろん、そんな素人のナイフでパズに傷をつけることはできる筈もなく、あっさりと女は取り押さえられた。ところが間の悪いことに、そこに非番の警察官が居合わせたことから話がややこしくなった。更に、頑として身分を明かさなかったが故に地元警察に引っ張られるという事態を引き起こした。尚かつ身元を引き取りに行ったサイトーがその人相の悪さから『指名手配犯』に間違われ、結局2人とも拘留されるというオマケがついた。
全くなんてことだ。


二日目。
今度はバトーがとんでもないことを仕でかした。
バトーは捜査時の『過剰』捜査を止めに入ったトグサの制止を振り切り、グレネードを片手にロケットランチャーを背負って奇襲をかけた。それだけならまだしも、更に9課同様同一犯人を追っていた1課の隊員を巻き込み全治3ヶ月の重症を負わせてしまった。
怒りに震える1課の課長の顔を思い出すと今でも冷汗が出る。
そして儂はバトーに25%の減俸3ヶ月という懲罰を課した。本来ならば謹慎4週間も付け加えたいところであったが、少佐がいない今只でさえ人手が足りない時期にそれは出来なかったため泣く泣く処分を見送った。
第一、謹慎させたところで「休暇だ」と喜びこそすれ、反省するわけではないことは目に見えている。
そしてトグサはというと、バトーに振りほどかれて地面に落ちる際、受身に失敗するという元警察官としてはあるまじきドジを踏み、利き腕にヒビを入れ通院中だ。事実上の戦力外通知である。
全く、なんてことだ。
思わずこめかみを抑えた。


三日目。
今度はイシカワがキレた。

「お前ら調べて欲しいことがあるんだったら、ちゃんと優先順位を決めてから持って来い!各自いっぺんにごちゃごちゃ持ってこられても出来やしねぇ!!」

そう叫んで机を叩くと、ダイブルームから出て行ってしまったそうだ。
少佐がいる時であればその辺り上手く交通整理がなされるものを、いないが故の問題発生に、さすがに温厚なイシカワの堪忍袋の緒が切れたらしい。
ボーマに至っては、少佐の不在をここれ幸いと、特大サイズのピザを毎日5枚もデリバリーさせている。少佐がいる時であれば、回線に枝を張られ例えボーマが2枚以上頼んだとしても結局1枚に減らされてしまっているからだ。

どいつも、こいつも、全く。
ここに至って不覚にも涙が滲んだ。

そして最大の問題は、少佐がいないことにより書類関係が全て儂に回って来る事だ。机の上にうずたかく積まれた承認待ちの書類の山は既に5つを越す。

「頼む、少佐。早く帰ってきてくれ・・・。」

儂は書類の山に埋もれながら、そう小さく呟いた。

のりたまさんの所で6666を踏み抜いてリクエストしました(^^)
リク内容は「9課メンバーに振り回される課長」

しかし、三日目でこれでは、十一日後の9課が心配です(^^;)