「一日」
 
「・・・少佐」
「何?」
「どうするんだ、ソレ」
 
少佐が持ってきたのは「犬」それも子犬ではなく成犬になった「ラブラドール」
良く躾けられているらしく大人しく少佐の横に座っている。
 
「預かって欲しいの」
「二つ質問しても?」
「どうぞ」
「誰からの依頼で、何故俺ん所なんだ?」
「依頼主は『ランちゃん』で貴方を御指名だったから」
「指名理由は?」
「大型同士気が合いそう」
「一応聞くが、選択肢は?」
「無し」
 
にべも無く言い放つ、確かに俺は明日から、いや既に今日は非番だ、と言っても
やることも無く一日過ごすが・・・ふと目を落とすと連れてこられて犬は
尻尾を振りながらこちらを見上げている、俺は覚悟を決めた。
 
「こいつの名前は?」
 
そう言って少佐に目を戻すと俺が知る中で最も意外そうな顔をしている
どうやら一番確立の低い答えを返したらしい。
 
「思ったより答えが早かったわね、貴方を言いくるめるパターンを三つほど考えてたんだけど
次からこの事も考慮に入れる事にするわ、この子の名前は『ボス』、で、ランちゃんからの伝言
『この子、体は大きいけれど躾けも良く出来てるし、大人しい子だから迷惑はかけないと思います
では一日宜しくお願いしま〜す♪』だそうよ」
 
伝言の部分は『ランちゃん』の声に替えて喋る、それが遊びでやってるのか
本人の要望なのかは判らない、一体何処まで器用になるつもりなのやら
 
「判った、で、これから少佐はどうするんだ?」
「課長に呼ばれてるからもう行くわ、それじゃあね」
 
そう言って後ろ手に手を振りながら出て行った、後には当然ながら俺と任せられた
デカイ犬もとい『ボス』が残された
 
「ふぅ、さて、取り合えずオマエはこっちだ」
 
俺は、バイクを整備する為に片付けておいた部屋にボスを連れて行った
外に繋げておこうかとも思ったが“リード”が無い、致し方なく一室丸ごと宛がう事にした
 
「やれやれ」
 
一人ごちながら、粗相をされても良い様に部屋一面に新聞紙を引いた
引き終わって初めて気が付いた、預かったのは「動物」だ、出しもするが飲みも食いもする
だが少佐は容器はおろかエサ等のペット用品一式を持って来た様子は無い(汗)
 
〔少佐!〕
 
急いで少佐に電通を送ったが返事が無い、そう言えばアイツは何と言っていた?
“課長に呼ばれている”
そう言ってなかったか?こんな夜中に呼ばれたって事は総理官邸かその関係の場所だ
通常回線など通じる訳が無い、専用回線・暗号回線もその仕事に携わってる奴にしか教えてないだろう
飼い主本人に聞こうにも回線が判らない、調べられない事はないがコレだけの事で調べ様モノなら後で
任務でもないのに9課の設備を使って個人回線を探すとは何事だ!!
と「サル親父」に怒鳴られる事は目に見えてる、かと言ってイシカワやボーマに
借りを作るもの癪だ・・・と言う事はエサを含め一式全て自腹で揃えるしかない
いや、エサ入れは代用出来るだろう、しかし、エサとリードは必要だ
しかもコンビニで買ったモンなんぞを与えた場合“ランちゃん”は許しても
少佐が許さないだろう、朝一で専門店に買いに行くしかねぇ・・・。
 
「少佐、この借りはデケェぞ、ん何だ、どうした?」
 
一人で考えている間にボスは部屋の扉を開けようと前足で引っ掻いている
そして時々コッチを見ては寂しげな目で俺を見る
 
「何なんだよ、お前の部屋はココだぞ」
 
そう言ってみたものの通じる訳が無い、俺は溜息を付きつつ扉を開けてやる
するとボスは一目散に駆け出していった
 
「おいコラ!」
 
慌てて後を追うとボスは台所の流しに顔を突っ込んでいる、が、目当ての物が無かったのだろう
しょげた顔でクゥーンと鳴く、それでやっと判ったあの野郎
ここまでボスに水も飲まさず連れて来たらしい
しかし、流し台から水が出るなんて良く知ってたなそんな事を関心しながら
 
「判った判った、チョット待ってろ」
 
俺は呆れた顔で水入れの代用になりそうな物を探しに行った
レンジャーに居た時のステン製食器があった事を思い出し取りに行く
御誂えのモノが二個あったからエサ入れもそれにする事にして
まずは水を入れてボスの前に置いた
 
「ほらよ」
 
そう言うか言わないかの内に勢い良く水を飲み始める、相当ノドが乾いていたらしい
その時、ボスの首輪に付けられた小さなプラスチック製のケースが目に留まった
 
「迷子になった時に備えての情報チップか?こいつなら!」
 
助かった、そんな思いで首輪からケースを外し、蓋を開け中のチップを取り出す
念のため防壁を通して情報を見る、所がその中に入っていたのは連絡先では無く
一つの映像ファイル、しかもロックが掛かっている上、ロック・ナンバーを打ち込む欄の上に
(貴方のお名前なんですか?)とある、なんだこりゃ?
そう思いながらも自分の名前を入れてファイルを開く
すると、ボスの飼い主である“ランちゃん”が映し出された。
 
『良かったー、バトーさんなら気付くと思ったんだよねー
あ、この度はボスを預かってくれてありがとう御座います(ペコリ)
ホントは素子にお願いするつもりだったんだけど、素子ってシッカリしてるけど
あんまり生き物の面倒見るの得意じゃない・・って言うか関心なさそうで
預けたらホントに一日放っといて引き取りに行ったらボスがやつれてそうで
あ、これオフレコで!
それで、取り合えず素子には一式渡したんだけど、さっきの事を踏まえて最悪の結果を考えると
ボスだけ預けに行ってそうなので
コレだけは!って事だけ伝えます、ボスはガレージに寝かせてもらって良いです
エサは朝晩の二回、水は常にあげて下さい水道水で構いません
散歩は朝夕一回づつ、後、エサなんですが銘柄は何でも良いですが「ドライタイプ」でお願いします
エサとリードの代金は後で言って頂ければお支払いします
以上ですとりこし苦労なら良いんだけど、それではお願いしま〜す♪』
 
メッセージを見終わって俺は情報の有り難さよりも、“ランちゃん”の読みの鋭さに暫し呆然とした
9課屈指の策士である少佐、その性格と行動を理解し其れに的確に対応出来る者などそうざらには居ない
長年組んでる俺でさえ判らない事もあると言うのに、俺は改めて女の勘の鋭さは蔑ろには出来ない事を理解した
イシカワ前にお前が「女ってな怖いな、何でもバレちまう」と嘆いていた時
馬鹿にして本当に悪かった。
 
その後、おれは朝一で大型犬用ドライタイプのエサとリードを買い
ボスが一粒も残さず食べた事に胸を撫で下ろし、公園に散歩に連れて行ったら40分のつもりが
同じく散歩のオバチャンに捕まり、話してたら何時の間にか出来た人だかりの中で
“飼い主としての情報交換”で二時間半もの散歩になった
 
昼間は日課の筋トレで腕立て伏せをしてたらボスが背中に乗ってきて
下ろそうかとも思ったが意外にいい感じの重さで、そのまま続けちまった
 
夕方の散歩は朝の教訓を生かして公園は却下、土手の方へ足を向ける
トレーニングも兼ねてジョギングを始めるとボスも気に入ったらしく
遅れる事無く付いてくる、さすが大型犬、体力は有り余ってる
 
夜になって、少佐がボスを引き取りに来た、少佐が何やら浮かない顔をしている所を見ると
どうやら、ランちゃんにコッテリと“絞られた”様だ
 
「何も無かった割にはシッカリ出来てるわね」
 
じぶんの事は棚上げでそんな事を言ってくる
 
「まあな、俺はお前と違って何事にも関心があるからな」
 
サラリと返す俺にまだ何か言いたそうだったが、結局何もいわずにボスを連れて出て行った
 
 
 
次の日
 
くそ面白くも何とも無いデスク・ワークをやっていると少佐が傍にやってきた
 
「貴方、ランらちゃんの個人回線調べたでしょう?」
 
言葉としては静かだが内心は怒りの紅い炎が蓋をされた炭焼き釜よろしく燃え盛っているのが判る
 
「調べちゃいねーよ、そんな事をした日には親父にはどやされる程度だが
お前には何されるか判ったもんじゃない、そんな危ない橋を渡るかよ」
「じゃあ、何でエサの銘柄が判ったのかしら?」
「そうなのか?専門店の兄ちゃんに勧められたのがソレだったんだよ、人気らしいぜ?」
「・・・確かに、人気商品のようね、朝夕の散歩は?」
「調べるの早ぇーな、おい、夕方は日課のランニングだ
朝はボスが出せってうるさくてな、意外と自己主張の強い奴だったぜ
所で、何でそんなに御立腹なんだ?」
 
少佐は一度手の中にある“何か”を見て、握り潰したい衝動に駆られたようだが
やっとの事でソレを抑え、俺に差し出した
 
「何だ、こりゃ?」
 
少佐から渡された情報チップを見てから少佐の顔を・・・いねぇ
 
「ランちゃんからよ、内容はあの子が見せてくれたから話す必要は無いわ」
 
上から声がしたので見上げると、そこには階段を半分ほど登った少佐が居た
どうやらジャンプしてそこまで上がったらしい
 
「コレが「バトー、貴方まで私の彼女に手を出したら・・・判ってる?」
その言葉にイシカワが必要以上に反応して書類の山が雪崩を起こしたのは黙殺して
判ってるとだけ伝えると少佐はオフィスを出て行った
 
「一体なんなんだ?お礼なら少佐に言伝頼めば済む筈だが?」
 
映像ファイルの事は
“教えてもらって助かった、ありがとう、代金は構わない”
と言う旨だけ書いて「ボス」の首輪につけておいたから、礼が来たと言う事は彼女がソレを見たのだろう
少佐に睨まれる事はしてないつもりだが・・・?
何が何だか判らないがとにかくコレを見れば判るだろう、防壁を通してファイルを開く
 
「バトーさん、一日ありがとう御座いました♪代金、本当に良いんですか?
素子は良いのよって言うんだけど、う〜ん
あ!じゃあ今度二人でデートしましょ!お暇があったら連絡下さい♪ 
大好きなバトーさんへ、ランより」
 
確かに『お礼』ではあった、が、これが少佐を怒らせた原因であろう事は疑いようは無い
ココは丁重に“お誘い”を断るのが最善だろう、そこに少しやつれた顔のイシカワが近づいて来た。
 
「バトー・・・何をしたんだ?」
「何でお前が、「貴方まで」の部分にあれほど動揺したのか教えてくれたら教えてやる」
「それは無理だ」
「じゃあ、俺も駄目だな、まっ、察しは付くがな」
 
そう言って席を離れた、イシカワのやつれ加減がさっきより濃くなってる
任務に差し支えなければいいんだが・・・無理・・か?
 
「さて、どうやって断ったもんかな?」

裏に「イシ×くる」が隠れている状態になってしまった(^^;)
イシカワさん頑張ってー!