平和
「ボーマ、一杯付きあってくれ」
珍しくサイトーから誘いを受けた、俺が行っている店でいいならと言うと「いいぞ」と言うので了解した、今日の仕事は書類がほとんど事件もなく、言ってみれば平和な日、コレを肴に飲む事になるだろうと思うほど何も無い一日だった。
「ココの酒はいいのがそろってる」
そんな事を話しながらドアを開ける、カランと銅製の鈴が鳴り来客を知らせる、いらっしゃいませ、とマスターが声を掻けるのを手を上げて返しながらカウンターのいつもの席へマスターにいつもの、と言い「サイトーは?」と聞くとバーボンとだけ言って黙ってしまう、肩をすくめながらマスターに伝える、しばらく黙って飲んでいたが急に声を掛けられた
「ボーマ、もしパズから連絡があっても俺の事は知らないと伝えてくれ」
「ああ、いいが何かあったのか?」
「少しな」
次の言葉を出そうとした時、パズから電通が入る
(ボーマ、サイトーを知らないか?)
(サイトー?いや、知らない、一緒じゃないのか?)
(一緒じゃ無いから聞いてるんだ)
そりゃそうだ
(電通は通じないのか?)
(ああ、仕事が終わる少し前までは通じたんだが、今は切ってるらしい、なあ、本当に知らないのか?実は横で飲んで、横で“いないいない”をしてるなんて事は無いか?)
事実を暴く事には慣れていても暴かれるのはどうも慣れない、しかもここまで的確に真実を付かれるとは、さすが9課のメンバーと思いながらも、約束をしているので話す訳にもいかない
(そんな事は無い、今なじみの店に居るんだが、どうだ一杯?)
(せっかくのお誘いだが今はサイトーを連れ戻す)
(そうか、じゃあまた今度な)
(ああ)
そこで電通は切れた、サイトーを見ると目で訴えている
「大丈夫だ、知らないと言っておいたし、ココにも来ない」
そこまで言うとサイトーの顔から曇りが消えた、まるで憑き物が落ちたかの様に、それを見て聞いても大丈夫だろうと思い何があったんだと聞いてみる
ほんの些細な事なんだがと酒を舐めつつ話し出す
「昨日の事だ、パズに飲み誘われた、俺はまだ仕事が残ってたんでソレを済ませてから行く事にしたんだ、結果として待ち合わせた時間に遅れる事になったんだが、着いてみるとパズが誰かと話してる、相手は女だった、直ぐに終わるだろうと思って待ってたんだがそのまま二人で店に入った、邪魔するのはどうかと思ったんでそのまま帰ったんだ」
そこまでで一旦話を切った、何かを思い出すように少し上を見ている、そしてソレが悩みの種なのであろう、「はぁ」とため息を付いて頭痛でもするのか、こめかみを押さえた
「今日の事だ、昨日はどうしたんだとアイツに聞かれたからさっきの事を話すと、何を勘違いしたのか、「何もなかったぞ」と真剣な顔で言うんだ、別に気にしてないと言うと、俺が気にする証拠も見せると言って何処から手に入れたのかカードの使用記録から行動記録まで全部見せる、あきれて仕事があるとその場を離れようとすると「信用してないな!」とまだ何かを引っ張り出そうとする、まあ、その時は課長が来たから何とか逃げる事が出来たんだが、それから今日一日、どうにかして持っても無い誤解を晴らそうとするパズに追われ続けてる」
そこまで話すと、コップに残った琥珀色の液体を一気に喉に流し込んだ
カードの使用記録と聞いて、ふと思い出す、そう言えば今朝だったかパズにカード会社のコンピューターにハッキングするにはどうしたらいいかと相談を受けた事を、仕事で必要なのだろうと思い教えたが、まさかこの為だったとは、使用目的を聞けば良かったと今更ながら後悔した、サイトーが、もう一杯と言ってコップを出し、マスターが受け取ろうとしたその時、カランと銅製の鈴が鳴り来客を知らせた何の気なしにそっちを見ると
「もう逃がさないぞ、サイトー」
そこには、見慣れた茶色の髪、着崩した感じのスーツに射る様な細い目、違いと言えば咥えているタバコに火が付いていない事位の(いつもより)気迫に満ちたパズが立っていた
「な、どうし・・」
言い掛けて、サイトーがこっちを睨む、当然ありったけの否定を込めて首を横に振る
「おっと、ボーマは何も知らないぜ、俺が頼んで少佐とイシカワに協力してもらってお前を見つけたんだからな、強いて挙げるならば読み道理に行動してくれた事だな、ボーマの誘いを断れば暫くは動かないだろうと言う少佐の読み道理にな」
少佐とイシカワ、この二人の名前を聞いてパズがココに居る事に納得出来ない方がおかしい、イシカワならば、ダイブルームでその膨大なIRシステム情報の中から自分達の映像を見つけ出すのは容易なはず、そして、その情報を元に周辺の店の監視カメラを同時にハッキングし店を特定するのは少佐であろう、9課に属しその中で、最も情報戦に長けた二人を相手にしては“誘えば、逆に来ないだろう”程度の情報戦では太刀打ち出来るはずも無い、その上、特定の人物(この場合は自分)に何回も電通を入れては怪しまれると踏んでの必要最低限一回限りの電通で目標(サイトー)を油断させる少佐の作戦、ここまでされは諦めるのが得策と言うものだろう。
「さてボーマ、巻き込んで悪かったな、どう償えばいい?」
パズが、どうにかして逃げようとするサイトーを腕にぶら下げながら聞いてくる
「そうだな、今度、飲みに誘ってくれ」
「いいぞ、だがかなり先の話だな」
そう言い残して、なおも抵抗するサイトーを担いで店を出て行った“先の話”確かにそうなるだろう、あの二人に協力させておいて何も無しなんて事がある訳は無い、当分は公私において激務が続くだろう、マスターに注いでもらった酒を飲んで一息付く、後には今日一日平和であった事を肴に飲むはずだった相手か居なくなり、もう使われる事の無い空のコップの中で氷がカランと寂しそうな音をたてている。
何の変哲も無い平和な夜
どう足掻いてもパズから逃げられないサイトーさんでした(^^;)