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江分利満氏の優雅な生活

1963年、東宝、山口瞳原作、岡本喜八監督作品。


無類の酒好きで、サントリー宣伝部の社員だった山口瞳氏が、たまたま知り合った出版者社員との酒の上の話から、小説を書くはめになり、ついに直木賞を取ってしまう自身の体験談を綴った原作を映画化したもの。

淡々とした内容ながら、自分と自分の家族の話を中心に、戦後コツコツと生きて来た、どちらかといえば不器用な人間の人生を、時にユーモアを交えて綴っていく。

 

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

サントリー社員の江分利氏は、毎日が面白くない。
最近は、仕事の後で、酒に付き合ってくれる仲間もない。

馴染みのバーでクダを巻きながら、数件はしごしたところで、奇妙な男女と遭遇する。
実はその二人(中丸忠雄&横山道代)出版者の社員で、何と、江分利氏は、酒の勢いから、彼らに請われるまま、小説を書くと承諾してしまったらしい。

何を書こうか…。自宅で悩む江分利氏。
奥さん(新珠三千代)は気楽に恋愛小説なんてどう?…などという。

その時、自宅前の砂利道を走っていたトラックが、小石を跳ね、それが、あろう事か、自宅でテレビを観ていた江分利氏の父親(東野英次郎)のひざに当たってしまう。

そこから、江分利氏の空想が始まる。
砂利道を駆けていく一人の少年。
彼は貸本屋で、「金星人の逆襲」という空想科学小説を借りて来る…。

そこから、自分の父親の波乱万丈の人生の事。
近所付き合いの事。
奥さんとの新婚時代の事。
自分が身に付けている、洋服や下着の事。
その奥さんが、時々、奇妙な発作を起こすようになった事。
生まれた長男が、小児喘息であった事。
母親が他界した時の事…。(ここは、伊丹十三監督作品「お葬式」に雰囲気が似ている)
30過ぎの自分にのしかかる責任と不安。

そうした地道な人生を送って来た自分の小説が直木賞候補になる。
そして、受賞。
若い社員たちに招かれての懇談会で、「自分の好きなもの」について話しているうちに、二次会、三次会と場所が変わり、江分利氏の酔いに任せての長話は続き、聞いている若者の姿も一人二人と減っていく。

とうとう、帰り損ねた後輩二人を朝方近く自宅に連れ込んだ江分利氏、戦争の思い出に話が及ぶ。
その静かな怒りは、当時、学徒動員されていった若者自体にではなく、その若者を言葉巧みに先導していった連中の卑劣さに及んでいく…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

小説というよりは、作者自身の分身、江分利氏の姿を借りたエッセイのような内容を、岡本喜八監督は、自在な技法で遊んでみせる。

サントリーのTVCMでもお馴染みだった、柳原良平氏のアニメ。
書き割りを使っての舞台芝居のような見せ方。
会社の中、江分利氏だけが動いていて、後の社員たちは全員ストップモーション。
又、下着の説明の時には、下着だけを身に付けた江分利氏と、社宅の隣人でもある後輩社員(江原達怡 )が、その姿のまま、あたかも服を着ているかのように外を歩いたり…。
セリフに合わせ、男女の履物だけが合成で動いてみせたり…。(この部分、白黒作品だけに、おそらく黒バックに黒のタイツをはいた役者が履物をはき、動いてみせたものを撮り、実景と合成したもの。履物の内側も黒くなってしまうので、その部分は後から、一コマづつペイントされている)

江分利氏が所属している宣伝部のメンバーも凄い。
二瓶正也、桜井浩子、天本英世…、さながら、科学特捜隊かショッカーのようである。

最後の戦争批判に、監督らしさが伺えるが、全体としては、従来の岡本監督のイメージとはかけ離れた、新しい境地を見せている所が興味深い。
一見、市川崑作品か?…と思ってしまう程の洒脱さ。

当時太り気味で、ランニングシャツ姿は「裸の大将」、黒ぶち眼鏡の顔は若い頃の大橋巨泉にも似たイメージだった小林桂樹の、ぼくとつとした演技が印象に残る、味わい深い作品である。