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二・二六事件 脱出

226事件を描いたニュー東映作品で、今まで聞いた事もない作品だったが、これは良く出来ている。

いわゆる「救出もの」だが、サスペンスの演出が巧く、最後までハラハラの連続。

ニュー東映時代と言えば、東映が2本立ての量産体制だった時期で、一見粗製濫造でお粗末な作品ばかりになりそうなのだが、中にはこういった秀作も生まれるので油断出来ない。

主役は、三國連太郎と高倉健がほぼ同格くらいの扱いに見える。

新東宝から移籍したらしき中山昭二と久保菜穂子が参加しているのも珍しい。

今観ると、かなり豪華なキャスティングのようにも見えるが、当時としては、千葉真一など東映の若手中心の配役で、特に大物俳優は出ていない、おそらく低予算映画だったのだと思う。

高倉健さんも当時はまだスターになる一歩手前くらいの時期だし、三國連太郎ですら中堅に差し掛かった時期くらいの作品ではないだろうか。

まず驚かされるのは、官邸などの建物全景や雪の町中の様子をどうやって撮っているのか分からない事。

絵合成かミニチュアか?と疑ったが、はっきり識別出来なかった。

白黒映画だと言う事もあるが、その辺のトリックは巧い。

本当に実物大のセットでも作っているようにも見える。

だが、ニュー東映の作品なので、そこまで予算はかけてないのではないだろうか?

とにかく絵作りにチャチさがないので、安心して話にのめり込める。

終始疑りぶかい、織本順吉演じる関軍曹の扱い方が巧く、最後の最後まで緊張感が途切れない。

悪役イメージが強い今井俊二と山本麟一が健さんを助ける良い役を演じているのがちょっと珍しいし、東映版月光仮面でお馴染みの大村文武が、やや生硬な悪役演技を見せているのもご愛嬌。

歴史に疎い為、どの程度までフィクションなのか判断出来ないが、娯楽作品としてみる限り、全体的にテンポも良く、大変サスペンスフルで面白い作品になっていると思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1962年、ニュー東映、小坂慶助「特高」原作、高岩肇脚色、小林恒夫監督作品。

太平洋戦争に突き進んでいた時代

国内は、テロ事件が頻発していた。

岡部健介が首相になるが、険悪な空気が日本全体を覆っていた。

昭和11年2月25日

タイトル

総理官邸には日本間の別棟があり、総理も寝泊まりはここでしていた。

ある晩、自動車でこの別棟に帰って来たのは、秘書官の速水友常(三國連太郎)だった。

官邸別棟に入って来た速水を出迎えたのは井上巡査だった。

速水は、首相から君の為に結婚祝いを買って来てくれと頼まれてたんだが、特高での会議が長引いたんで忘れて来たんだと詫びる。

井上は恐縮し、特高の方では何か?と聞いて来る。

不穏な状況になって来たので、警官数を増員する事にしたと打ち明けた速水は、奥の部屋に向かう。

そこには、首相の岡部健介(柳永二郎)と、その岡部に風貌が良く似た杉尾源蔵(志摩栄)、そして速水と同じ秘書官の福井耕(中山昭二)が待ち構えていた。

速水が、ここの所、料亭に民間の不満分子が集まったりしているそうですと特高で聞いて来た話を伝えると、岡部首相は、結婚する井上巡査を本庁に戻すよう手続きしてくれと頼む。

いざと言う時、地下道が使えますね?などと窓から庭の方を眺めながら杉尾が呟くと、岡部は逃げるつもりはないよと答える。

そんな部屋に、酒を運んで来た女中の井川とめ(中原ひとみ)に、岡部首相は、ここは良いからもう休むように声をかける。

その時、窓の外には雪が降り始めたので、明日は交通機関が停まるかもしれんなと杉尾が呟く。

女中部屋に戻って来たとめは、窓から振って来た雪を観ながら、同じく女中の春本きく(久保菜穂子)に、うちの田舎は雪ばかりよ…と言いながら、嬉しそうに、あられこ こんこん まめ こんこん♪と、嬉しそうに童歌を口ずさみ始める。

26日午前5時

青年将校たちの一団が、首相官邸の前の道にやって来て整列し始める。

官邸の鉄門を2人の将校がよじ上り、門番を射殺し、中からかんぬきを開ける。

官邸内の家人たちが騒動で目覚める。

警護派出所に待機していた3人の警官を機関銃で射殺。

特別警護隊が15分で駆けつけますと言われた岡部首相だったが、機関銃を持った相手に間に合わんだろうと答える。

その間にも官邸内に侵入した将校たちが、警護の警官たちを日本刀で襲撃していた。

岡部首相を守りながら、警護のものたちは奥の間に逃げ込む。

地下通路を使用しようにも、庭を通り抜けなければならず、その庭はすでに将校たちが占拠していた。

家捜しを始めた将校たちは、きくととめが怯えて身を寄せ合っていた女中部屋を開けて中を覗く。

岡部首相は、万一の時の為に拳銃をお貸ししましょうかと従者たちに勧められるが、そんなものいらん!とはねのける。

その騒動を知った速水の妻で、岡部の娘(星美智子)は、官邸のすぐ側の屋敷で、父親と一緒に写った写真を案じながら見つめていた。

秘書官の福井は、異変を警察に電話、ただちにトラックに乗った警察部隊が鑑定の近くに到着するが、機関銃を装備した青年将校たちの攻撃に立ち向かう術がない。

官邸では、護衛が岡部首相を奥の間に隠していたが、その時、庭先に立っている男が将校たちに発見させる。

岡部首相か?と問いただすと、そうだとその男は答えたが、実はそれは杉尾だった。

上官が撃て!と命じるが将校たちの中で撃つものはいない。

兵隊が人間を撃てなくてどうする!撃て!と上官は叫び、機関銃で杉尾を蜂の巣にする。

官舎にいた速水と福井は、官邸の方から聞こえて来た歓声を聞く。

速水夫人は放心したように椅子に腰掛けていた。

将校たちは、死んだ杉尾を岡部首相と思い込んでおり、敬意を表しその場で敬礼をしていた。

官邸内には、天に代わりて不義を撃つ~♪と将校たちが歌う声が聞こえていた。

そんな中、官邸内を見回っていた黒川一等兵が、杉野の遺体を安置している部屋で、その前に座っている老人の姿を目撃する。

すぐさま、その報告を受けた関軍曹(織本順吉)が部屋に様子を観に行くが、遺体の他には誰もいなかったので、貴様がびくびくしているから幽霊を観たんだ!と黒川一等兵を叱りつける。

その後、女中部屋に来た関軍曹は、お前たちは出て行って良いんだぞと声をかけるが、きくととめは、旦那様の遺体とご一緒しますと言う。

麹町憲兵分隊

森下分隊長(河野秋武)に呼ばれて部屋にやって来た小宮曹長(高倉健)は、張込みを緩めたのがまずかった。陸軍省も占拠されていると報告を受ける。

速水書記官から数回電話があった。首相の娘婿だよ。総理が亡くなったから良いようなものの…、夕べ雪さえ振りさえしなければ…と森下分隊長は悔むだけだった。

その頃、福井秘書官は、憲兵隊は当てにならんよと官舎で嘆いていた。

官邸内では、占拠した将校たちが威勢良く歌を歌っていたが、速水と福井は、首相の遺体を処理しなくては行けないだろうと相談、夫人が花瓶からユリの花を数本抜いて速水に持たせる。

速水は夫人に、1時間経っても戻って来なかったら、何かあったと思ってくれと言い残し、福井と共に官舎を出る。

2月26日8時15分

陸軍省発表の事件を知らせるニュースがラジオで流れる。

速水と福井は、官邸前に来た所で、警備の将校たちに止められる。

官邸内では、決起趣意書を天井に届けたとの知らせが届き、将校たちの意気は上がっていた。

そこに、速水と福井が連れて来られる。

将校代表として応対した栗林中尉(江原真二郎)に、首相の御遺骸を見苦しくないように処置したいと速水が申し出ると、自分たちは決して私怨でやったのではないと国のためですと弁解して来たので、それはあなた方のお考えでしょう。軍人は国政に携わっては行けないと書いてありますと諌める。

すると、脇で聞いていた森少尉(大村文武)が、ぶった切ってやれば良いんだ!と日本刀を抜いて威嚇して来る。

栗林中尉は、もう1度、決起趣意書を読み直してもらいたいと言って来る。

遺体が安置してある部屋に来た速水と福井は、布団に寝かされていた遺体の顔を確認すると驚き、慌てて白布をかぶせてしまう。

岡部首相に間違いないか?と聞かれた速水は、はいと答える。

女中が2人おったはずですが?と速水が聞くと、女中部屋におると言うので、女中部屋にやって来て、きくさん、怪我はなかったかい?と聞く。

すると、きくは、背後の押し入れの方に目をやりながら、お怪我はありませんでしたと言うので、速水は、そこに岡部首相が隠れている事を察する。

随行して来た将校は、首相は武人として立派な最後だったと速水に言う。

女中たちを連れて行ってくれませんか?と頼むが、主人がいるのでここにいると言っていると将校が言うので、そうさせてやって下さいと速水は答える。

官舎に戻って来た速水は、夫人に、お父さんは生きとられたよ。杉尾さんが殺されていた。身替わりになってくれたんだよと伝える。

その時、宮内省から電話が入り、斎藤、高梨両家には勅使したそうだ。

その頃、憲兵隊本部の森下分隊長の元にやって来た篠原上等兵(千葉真一)は、小宮曹長もいる前で、首相は生きておられます。女中部屋で観たんです。自分は今朝、官邸に潜り込んだんですと報告していた。

女中部屋に入った篠原は、押し入れの中に隠れていた岡部首相を目撃し、自分は軍人を取り締まる憲兵だ。心配するなときくに告げたと言う。

話を聞き終えた森下分隊長は、今の話はここにいる3人だけの話としておくんだと口止めを命じ、篠原は部屋を辞去する。

小宮、お前、どう思う?うかつには動けんぞと森下分隊長は困った様子で言う。

党の中には将校たちと血脈を通じているものもおる。篠原の報告は聞かなかった事にしなければならんだろうと森下分隊長は言う。

女中たちはどうなりますか?と小宮が聞くと、俺はお前と討論したくないと言うだけだった。

その頃、速水秘書官は湯村内大臣(江川宇礼雄)と会っていた。

湯村も、何とか首相を救出出来ぬものかと問いかけた速水に対し、うかつには動けんよと言う。

陸軍がダメなら海軍なら?と速水が問いかけると、諸角君かね?私は、現宮内大臣として限られた権限しかないんだ。諸角君も同じだろうと答えた湯村内大臣は、閣議があるからと言い、官舎を出て行く。

官邸内の将校たちは、自分たちはこれからどうなるんだと話し合っていた。

そんな中、関軍曹は黒川一等兵に、首相の側に人がいたと言うのは間違いないか?と確認していた。

そこに、速水夫人が、女中たちにお弁当を持って来ましたとやって来たので、坪川一等兵に部屋まで案内させる。

女中部屋にやって来た速水夫人を観たきくは、奥様!と驚き、夫人は、怖かったでしょうね。お腹空いたでしょうと言いながら、持って来た弁当を開くと、押し入れの中の父親に、もう少しの辛抱です。速水さんたちが頑張っていますと小声で伝える。

速水夫人が廊下に出ると、ちょっとお尋ねしますと声をかけて来た関軍曹は、空いた部屋を指し、この部屋は誰が寝泊まりしているのです?と聞くが、夫人が存じませんと答えると、そうですか…と言いながらも、鴨居にかかった写真の額を観る。

額のガラスは破損しており、写真の人物の顔は判別出来なかった。

その関軍曹から、遺体に疑いありとの報告を受けた森少尉は、俺たちが殺したのは岡部じゃないと言うのか!関軍曹、どうかしとるぞ!秘書官も確認しとるぞ!みそ汁で顔を洗え!貴様、俺に幽霊を探せと言うのか!バカもん!などと台所で酒を飲みながら叱責する。

それでも、どうしても疑念を払拭出来ない関軍曹は、女中部屋に来ると、押し入れを開けて中を覗き込もうとするが、岡部首相の愛猫であるタマが飛び出して来たので、驚いて、それ以上の詮索は止め、部屋を後にする。

閣議では、集まった大臣たちが喧々諤々の騒ぎの中、速水秘書官は、ちょっとお話が…と諸角海相(神田隆)を別室に誘うと、総理は生きておられますと耳元で囁き、一刻も早く救出するためお願い出来ませんか?憲兵隊もダメでしたと頼む。

しかし、諸角海相は、僕はこの話は聞かなかった事にしとくよ、分かるね?と答えただけだった。

夜9時

麹町憲兵分隊の小宮の部屋にやって来た篠原上等兵は、班長殿、分隊長殿は何とおっしゃいましたか?と自分の報告への反応を聞いて来る。

立場上、そう簡単には動けんとおっしゃったと言うと、まさかこのまま放っておくつもりじゃないでしょうね?首相官邸に行かれますか?自分もぜひ連れて行って下さい!と篠原は頼む。

しかし、小宮曹長は、我々は今、軽々しく動くことは出来ん。帰って休め!となだめるだけだった。

大臣室に戻って来た湯村内大臣は、総辞職せざるを得ないだろう。困ったことになった。勅使差遣を奏上しなければならなくなった速水に伝える。

しかし、現に、首相は生きておられます!と速水が驚くと、やむを得ん。御差遣勅使されるのは明日の正午までだと湯村は言う。

深夜、官舎に帰宅して来た速水は、勅使差遣は今日の正午までに決まったと伝える。

2時30分 東京市と隣接地域に戒厳令が発動されたとラジオのニュースが報じる。

どう言う事なんだ?宮内省はどうなっている!と福井秘書官は焦っていた。

その頃、小宮曹長は、青山軍曹(今井俊二)、板倉伍長(山本麟一)の2名の部下を呼び寄せると、重大な相談がある。岡部総理は生きておられる。女中部屋の押し入れの中に入ると篠原から報告を受けた。分隊長から黙殺しろと言われたときから、助けようと決めたんだと伝えていた。

憲兵隊が助けると問題があるのでは?と板倉伍長が聞くが、1人の人間の生死を無視する訳にはいかん。篠原は拝命して日もまだ浅い。俺はお前たち2人の判断を仰ごうと思ったんだ。命がけだ。覚悟して返事をしてくれと小宮が頼むと、しばしの沈黙の後、青山がやりましょう!と答え、板倉もやります!と答える。

一言言っておくが、これは分隊長はご存じない。自分の独断専行だと小宮は2人に念を押し、官邸に向かうルートの検討に入る。

しかし、4つあるルートはどれも難しそうで、唯一、三宅坂からの道を選ぶしかないようだった。

夜は警戒が厳しいだろうから、明るくなって出かけよう。後2時間あると小宮は言う。

翌朝、小宮は、2名の部下と三宅坂警備に向かいます!と森下分隊長に報告する。

森下分隊長は、何か気づいたようだったが、良し!気をつけて行くんだぞと声をかける。

分隊を出た小宮に近づいて来た篠原上等兵は、勅使が御差遣になるとの事です。気をつけて!と声をかけて来る。

雪の三宅坂にやって来た小宮たちだったが、そこも青年将校たちに固められており、陸軍省まで行くのだがと申し出ても拒否される。

貴殿の名前を聞きたいと申し出ても、名前など言う必要はない!と拒絶されるだけだった。

一旦、道を戻ると見せかけた小宮は、陸軍省を突っ切って行こうと言い出し、土手を登って陸軍省の敷地内に入ろうとする。

将校たちは背後から、止まれ!と制止し、威嚇射撃をして来るが、小宮ら3人は無視して陸軍省の敷地に入る。

陸軍省内にいた将校たちに止められた小宮らは、首相官邸に行く。勅使が御差遣になるので下見にやって来た!と堂々と噓を言うと、栗林中尉はしばし考えた後、森谷伍長を案内に付け、いくつかの条件をつけて官邸内に入る事を許す。

その直後、森少尉が、敬礼が悪いぞ!と難癖をつけて来たので、小宮たちは、きっちり敬礼をして通り抜ける。

官邸内に入った小宮は、青山と板倉に邸内の歩哨の確認などに向かわせ、自分は、安置されていた杉尾の遺体に敬礼をすると、女中部屋に来る。

怯えて身を寄せ合うきくととめに、総理を助けに来たと小声で伝え、部屋に入った小宮は、押し入れの戸を開け、憲兵隊です。救出に参りました。もう少しのご辛抱ですと声をかけ、廊下に出ると、青山たちと合流し、ご無事だと伝える。

青山と板倉は、歩哨は屍兵だけで、裏門には衛兵2人控え兵5名だと報告する。

官邸から外に出るには、表門と裏門しかなかった。

そこへ近づいて来た森少尉が、どうだ憲兵、裏をかかれただろうと嘲笑して来る。

小宮が、実はその通りでした。夢にも思いませんでしたと素直に感心した振りをすると、憲兵ごときが兵隊を取り締まるなんておこがましいんだよ!と罵倒して去って行く。

それを黙って聞いていた3人は、取り締まるのが俺たちの仕事なのに…と悔しがる。

小宮は、12時まで2時間半ある。何とか秘書官を連れて来る。青山、それまで遺骸を守れと命じる。

その後、官舎にいた速水夫人は、玄関のブザーが鳴り、窓から覗くと、憲兵が立っているので、もしかすると見つかったのでは…と父のことを不安がる。

福井秘書官もうかつに会えんぞと困惑する。

夫人は、いないと言いましょうかと尋ねるが、結局、速水は会う事にし、応接間に小宮曹長は通される。

福井書記官も同席した中、速水が緊張しながら、名乗った小宮曹長に用向きを聞くと、女中部屋にいる老人、ご存知ですね?と小宮は単刀直入に切り出す。

老人と言いますと?と福井が慎重に聞き返す。

状況は刻々と動いていますと小宮が答えると、どう言う意味ですか?と速水も腹を探ろうとする。

部下2名と救出に来たのですと小宮が言うと、福井はやっと安堵して、ありがとうと答える。

勅使が見えるまで2時間ちょっとですと小宮が言うと、色々手続きもありますので、1時間は余裕を見ませんと…と福井が答える。

実働時間は後1時間と言うことですねと小宮が確認すると、茶を運んで来た速水夫人も礼を言う。

小宮は、職務としてやる事で当然ですと答える。

早速、小宮、速水、福井の3人は総理の脱出方法を検討し始めるが、なかなか巧い方法が思い浮かばない。

その時、電話がかかって来て、それに出た夫人が戻って来て、父の家から弔問客が多いのでと言って来ましたがと伝える。

それを聞いた小宮曹長は、弔問客に紛れさせる!総理大臣をねと思いつく。

焼香中、1人の客が総理の顔を見て卒倒した事にして、その騒ぎに乗じて連れ出すんです!と速水も早速計画を練り始める。

それだけでは終わらない。陛下にお会いになるので、脱出して30もすると、生存が公表される。脱出して20分以内に官邸を出ないと残されたものが危険になると速水は案じ、小宮さん、やってくれますか?と確認する。

もちろんやります!と小宮曹長は答える。

すぐに手配をお願いします。勅使は自宅でお迎えすると言う事にしましょう。女中は?と速水が聞くと、霊柩車に随行する車に乗せるのですと小宮が答える。

決行時間は?と福井が確認すると、10時35分行動開始と言うことにし、3人の男たちは腕時計を合わせる。

勝負はわずか30分以内なんですよと速水は念を押す。

10時20分

速水は官邸に向かい、福井は、岡部の実家に電話を入れ、弔問客は10〜12、3名、男のお年寄りだけにお願いしますと伝える。

その頃、官邸玄関では、森少尉が栗林中尉に、よもや自分たちが陛下から反乱軍などと呼ばれる事はないだろうな?と確認していた。

そこにやって来た速水が、勅使を自宅で受け取ることになったので準備をしたいと申し出る。

一方、青山と板倉と合流した小宮曹長は、弔問客に絶対に遺体の顔を見せるなと命じ、出来るだけ無用の摩擦は避けようと確認する。

やがて官舎に車が到着し、弔問客たちが降りて来る。

青山と板倉は、杉尾の遺体が寝かせてある部屋に来ると、近親者が来るから準備させてもらうと、部屋の前に立っていた立哨に告げ、焼香台を設置したり始める。

小宮は、その立哨に、邪魔になるので廊下で立哨してくれないか?と声をかける。

立哨が廊下に出ると、小宮はその目を盗んで、首相部屋の衣装棚から紋付袴を素早く取り出す。

その後、玄関に行き、靴も持って女中部屋へと向かうが、その時、靴下を片方をとして来た事に小宮は気づかなかった。

衣装を確認したきくは、靴下が片方とお眼鏡がありませんと言うので、小宮はまた取りに戻る。

10時25分

青山は、戻って来た小宮に気づくと、立哨に今時間は何時だ?などと話しかけ、その隙に部屋に入り込んだ小宮は靴下とメガネを取り出す。

ウォルサムか、良い時計を持ってるななどと青山が話しかけると、立哨は、自分の父親が時計屋でありますと嬉しそうに答える。

官舎に到着した弔問客に、福井が、焼香の時、焼香台より先に入らぬ事、焼香は10分以内でなどと注意すると、代表者が、バカな!顔も見せん焼香があるか!第一、みき子さんを連れて行かんと言うのはどう言う事だと異議を唱える。

速水夫人は、自分は女で、気も弱いのでご遠慮しますと説明すると、あんたの意志でお出でにならんのだな?と近親者代表は確認する。

官邸内に車でやって来た弔問客たちは、まず応接間に案内され、1人ずつ焼香に呼ばれると言うことになる。

遺体の部屋に招かれた焼香客を、青山が見守り、遺体の顔を確認しようとする近親者がいたが、素早く制止する。

10時35分

女中部屋に入った小宮は、押し入れの中で着替え終わっていた岡部に、閣下参ります!と声をかけると、あらかじめきくに用意させておいたマスクをさせる。

福井も部屋にやって来て、小宮と二人で岡部首相の身体を両側から支えながら玄関口へと向かう。

その場にいた焼香たちに、急病人だ!卒倒したんだ。だからあれほど遺体の顔を見るなと言っておいたのに…と小宮が説明する。

官邸の外で車を待機させていた板倉が、動かすように運転手に命じるが、何故かエンジンがかからず動かない。

なかなか入って来ない車を見つめる小宮。

板倉は、クランクを貸せ!と運転手に頼むと、自ら車の前に走り出てクランクを回し始める。

その様子を、女中部屋の窓からきくととめが心配そうに見守っていた。

何とかエンジンが掛かり、車が官邸内に入って来る。

それを警備室から見守っていた関軍曹は、女中部屋から覗いている女中たちの態度に不信感を覚え、福井と岡部が乗り込んで官邸から出発しようとしていた車に、止まれ!と命じる。

しかし、その時、交代の見張りが到着したので、関軍曹は車を止めることは出来なかった。

その時、官邸の玄関前に霊柩車と、速水が乗った車が到着する。

その速水の車を塞ぐように、将校たちが乗ったトラックが止まる。

トラックは、速水の乗った車を威嚇するように通り過ぎて行く。

小宮曹長は、焼香が終わった遺体の部屋に戻って来る。

そこに、関軍曹もやって来て疑わしそうに部屋の中の様子を覗き込む。

勅使は自宅でお迎えします。宮内省を通じて陸軍省から連絡があったはずですが?と栗林中尉に速水が伝えると、栗林はそんな連絡は聞いていないと不審がるし、横にいた森少尉は日本刀を抜いて威嚇して来る。

速水は、それでも動じず、時間がありませんから、遺骸を出させて頂きますと申し出る。

その時、邸内を見守っていた関軍曹は、玄関の靴箱の側に落ちていた靴下の片方を発見する。

それを持って女中部屋にやって来た関軍曹は、女中二人が着替えているのを観て、お前たち、どこに行くんだ?と聞く。

そして、窓から、霊柩車に遺骸を積み込む様子を見つめる軍曹。

小宮曹長は、弔問客たちを入口の所に案内して来ていた。

総理の遺骸と一緒に官邸を出るのか?いつ分かった?誰に来たんだ!ときくととめに詰問する関軍曹。

押し入れを開けて中を覗いた関軍曹は、そこに脱ぎ捨てられていた着物を発見すると、貴様たち、やっぱり!と女中2人を睨みつける。

弔問客が入口から帰ろうとしていた中、関軍曹が飛び出して来て待て!と制止する。

そして、その場にいた弔問客の数を数えだす。

さっき車で出て行った奴を含め12名だ。弔問客は11名のはずじゃないかと関軍曹が指摘すると、さっき2名出て行ったから13名だったんですよと小宮曹長が答える。

じゃあ、これは何だ!と女中部屋の押し入れから持って来た着物を出してみせた関曹長だったが、着物で数は増えませんよと小宮はしらっと答える。

状況がはっきりするまで出て行ってはいかん!と関は止めるが、近親者は年輩の方が多い。お身体が悪くなるかも知れんと小宮は抵抗する。

衛兵勤務として調べる必要がある!と関軍曹も粘る。

責任はこの小宮曹長が取る。それでも良いんだなと小宮が迫ると、さすがにそれ以上関も粘る事は諦め引き下がる。

速水が、遺骸を運び出しますと遺体のある部屋に言いに来て、小宮と青山が素早く棺桶に遺骸を入れ白布をかぶせる。

それを運び出そうとしていた所に、栗林中尉を連れた関軍曹がやって来て、もう1度遺体を観たいので蓋を開けてもらいたいと言い出す。

関軍曹が、ガラスが割れた写真の額を降ろし、ガラスの破片を取り去り、岡部首相の写真をさらけ出して遺体の側に持って来る。

栗林中尉は、その写真と遺骸の顔を見比べるが、こんなに痛め付けられた顔と写真とは比較になりませんよと速水が横から口を出したので、はっきり別人と断定出来ない。

しかし、栗林が、陸軍省から勅使を自宅で受けると言う知らせはまだ来てない!と速水を睨みつけると、女中部屋からとめを関軍曹が連れて来て、棺桶の横に押し出すと、おい、この遺骸は誰だ?貴様は知っているはずだ!と責める。

とめはどうして良いか分からず泣き出したので、小宮が止めようとするが、栗林は手を出すな!と小宮を牽制する。

この遺骸は誰だ!返事をしろ!貴様、知っているんだろう!何とか言え!返事をしろ〜!と怒鳴る関。

しかし、栗林中尉は止めんか!と関を注意すると、運び出して良しと言い出す。

関軍曹は、中尉殿!と声をかけるが、栗林の決意は変わらないようだった。

棺を乗せた霊柩車が官邸を出て行く。

女中二人と速水を車に乗せた小宮は敬礼して見送る。

官邸を出た霊柩車に、外にいた将校たちが整列し、捧げ筒をする。

官邸から遠ざかって行く霊柩車を見つめる栗林中尉。

小宮、青山、板倉の3憲兵も、霊柩車を見送って整列していた。

臨時ニュース、2月27日 宮内省発表

昨日、岡部首相が死亡したと言うのは誤報で、本27日11時55分、岡部首相は宮中において、陛下に拝謁された。

反乱軍は、2日後に鎮圧された。

今なおそこにある官邸は、今後も様々な歴史を直視続けるだろう。