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天地明察

小説原作の映画化

内容的には実在の歴史上の人物の半生を描いた伝記もので、しかもテーマが天文と来ているので、難しいのではないか?退屈なのではないかと言う一抹の不安も観る前になかった訳ではないが、実際に観た感じ、かなり今風の感覚の娯楽映画としてまとめられているので、特に時代劇や専門的な知識がなくても、誰でもすんなり観られる作品になっていると思う。

ただ、一見、取っ付き難い素材ではないかと言う先入観は私以外にも持った人はいるはずで、そうした部分は興行的には影響があったかもしれない。

岡田准一や横山裕と言ったジャニーズ系のアイドルも出ている一方で、松竹も絡んでいるせいか、松本幸四郎、市川染五郎、市川猿之助と言った梨園の人気者も参加しており、脇役陣も揃っている。

昔のシリアスな時代劇のような重厚さこそないが、全体的に明るく爽やかな青春もののようなタッチで貫かれており、そこがかえって今風で気楽に楽しめる気もする。

セリフや設定も、何だかコミックでも読んでいるような分かり易い感覚になっており、その辺の軽さをどう受け止めるかが、この作品の評価の分かれ目になるのではないか。

昔のシリアスな時代劇のようなものを期待していた人には、ちょっと物足りなさを感じるかもしれない。

岡田准一の演じる安井算哲の、ちょっと好青年過ぎるのではないかと思われるようなキャラクター設定、その妻えんを演じている宮崎あおいやその兄役の佐藤隆太の、終始にこやかに笑っているだけのような芝居などは、やはり、アイドル岡田准一目当てに来る若い女性層辺りを意識した、意図的な演出なのかも知れない。

外面は取っ付き易いが、心理面での掘り下げのようなものがない分、全体的に薄っぺらさを感じないでもない。

とは言え、これほど本格的な時代劇と天文や暦の組み合わせなど、これまでの日本映画にはなかった素材のような気がするし、それをそれなりにまとめあげた監督の手腕にはベテランの職人芸を感じる。

職人芸過ぎて、そつなくまとめたなと言う感覚以上の大きな感動はないような気がするが…

作品の出来としては、まずまず…と言った所ではないだろうか。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

2012年、「天地明察」製作委員会、冲方丁原作、加藤正人脚本、滝田洋二郎脚本+監督作品。

江戸前期

コペルニクスの地動説や、地球が丸いなどと言うことを知らなかった…

つまり、今よりも夜空が神秘的だった時代…

天体の謎に挑んだ男がいた。

タイトル

江戸会津藩邸

不思議な形の庭石が並べられた屋敷の屋根の上で、望遠鏡で夜空を見上げていた安井算哲(岡田准一)は、会津藩保科家の家臣安藤有益(渡辺大)から呼びかけられ、明日は大切なお役目の日!と注意される。

それより金王八幡宮に行かれましたか?と安藤が聞くので、算額ですね?設問写しましたか?と聞いた算哲は、安藤の顔を見て、写しましたね?と確信し、私にも見せて下さいと屋根の上から頼む。

安藤は、明日のお勤めがすめば、すぐにお見せしますと答える。

翌日、江戸城に向かう途中、駕篭を金王神社に寄らせた算哲は、神社の壁にかけられた絵馬の算額を必死になって写し、地面に計算用の図面を拡げ、そこに算木を並べて答えを導き出そうとし始める。

そんな算哲に気づき、困惑したのは、通路を掃除していたえん(宮崎あおい)で、憚りながら、ここを掃き清めなければいけませんと声をかけ、迷惑そうにすると、今しばらく!と算哲が頼むので、すぐ解けるものでもなし…とえんは呆れながらも、では、ごゆるりと…と答える。

その時、時を知らせる鐘が聞こえて来たので、さすがに、算哲は、いかん!急がねば!登城せねばならぬ!と気づき、慌てて、地面に拡げていた計算用紙と算木をかき集め、門前に待たせていた駕篭に飛び乗って城へと向かう。

しかし、途中で、神社に落としものをして来たことに気づいた算哲は、慌てて駕篭を神社に戻させる。

その頃、金王八幡神社の境内にやって来て、円の見守る中、絵馬に設問を書いていた男がいた。

天才数学者関孝和(四代目市川猿之助)であった。

書き終えた関が神社を帰るのと、互いに顔を合わせぬまま、すれ違う形で神社に飛び込んで来た算哲は先ほど自分がいた場所の地面を必死に探し始める。

そんな算哲に、これでございますね?とえんが差し出したのが、落として来た書物であった。

受け取った算哲は安堵するが、気がつくと、壁にかかった絵馬全部に回答が書いてあり、さらに、新しい設問を書いた絵馬までかかっていることに気づき仰天する。

絵馬には「関孝和」と署名があったので、どんな方なのだ!と算哲は猛烈な興味を覚える。

江戸城では本因坊道悦(尾藤イサオ)と師匠の安井算知(きたろう)が揃って待っており、慌てて算哲が駆けつけると、遅い!と叱りつける。

本日の棋譜、しっかり頭に入っておるな?と確認された算哲は頷くが、道悦に付いていた本因坊道策(横山裕)は、その後、算哲に、本日はやらねばなりませんと耳打ちして来る。

いつかは上様に真剣勝負を観ていただいて、ごの神髄をお分かりいただきたいのですと道策は真剣なまなざしで言う。

その日の算哲の大切なお役目とは、四代将軍家綱(染谷将太)の面前で、本因坊道策と碁を披露することであった。

その際、本来、算哲らは、既に勝負がついている過去の棋譜の再現をやるのが役目だったのだが、道策も算哲も、それには飽き足らなくなっていたのだった。

本日は3局お目にかけますと道悦が挨拶した後、先手で黒石を取った算哲は、その日披露する棋譜とは全く違った碁盤の中央にいきなり碁石を置いたので、解説役として側で観ていた道悦と算知は仰天する。

それを見て微笑んだ道策は、家綱に向かい、本日は真剣勝負を観ていただきますと挨拶し直したので、脇で見物していた重鎮たちは口々に控えおろう!と叱責するが、家綱だけは笑って、さようせい。そのような手、初めて観たぞと愉快そうに命じる。

そうした若き2人の対決を静かに見守る中に、保科正之(松本幸四郎)もいた。

初手天元!

解説係の道悦は、奇抜ながらも奥深き手です。力を中央に集中するもので、互いにつばぜり合いをしておりますなどと、冷や汗をかきながら家綱にもっともらしい説明をする。

家綱は、急に立ち上がったと思うと、碁盤の近くまで来てあぐらをかいて覗き込むほど、若き二人の局面に夢中になる。

算哲の手が止まり、熟慮し始めると、算哲、早くせい!などと叱責する声が響くが、家綱は、急かすでない!とその発言を封ずるほどだった。

その時、食でございますと空を仰いでいた家臣が報告したので、それは不吉じゃ、残念じゃと言いながら、家綱は立ち上がり、部屋を出て行ってしまう。

本日、予期せぬ食となり、全ては取りやめとすると言うことになり、算哲と道策との碁の真剣勝負もお流れとなってしまう。

その直後、算哲と道策は、上覧事の約束事を上様の前で破るなど何たることと互いの師匠たちから大目玉を食らうことになる。

碁の神髄を上様にお見せしとうございましたと道策は説明するが、約束事は約束事!と師匠たちは譲らなかった。

そんな算哲に、会津様がお呼びでございますとの声がかかる。

初手天元は初めて観たぞ。何故?と保科正之は、呼んだ算哲に聞きただす。

天元は北極星でございますと算哲が答えると、上覧事をどう思う?と保科は聞き返す。

勝負のついた棋譜を並べるのは退屈でございますと算哲が正直に答えると、御主、日時計を作り、算術にも励んでいるそうだな?と保科は聞き、北極出地を知っておるな?と確認すると、算哲よ、北極星を観てまいれ!日本中、くまなくじゃと命じる。

北極出地とは、北極星の見える位置を計ることで、その場所の方位を知ることだった。

私は一介の碁打ちでございます。そのような大命は…と算哲は躊躇するが、碁は退屈と言ったであろうと保科から言われては返す言葉もなかった。

半年後に発て!これをそちに授けると保科が示したのは、大小の刀であった。

これを知った酒井忠清(片岡弘鳳)、堀田正俊(矢島健一)、稲葉正則(浅見小四郎)ら幕臣たちは、幕命により大小を持たせたのだろうと噂し合う。

帰宅した算哲から話を聞いた安藤も驚くが、ところで、あの設問は解けましたか?と悪戯っぽく聞く。

見事な難問だ。あれを作った関孝和と言う方に会いたいと算哲が答えると、村瀬塾に行けばご存知の方もいるかと…と教える。

早速、途中で売っていた魚を手みやげに村瀬塾を訪れた算哲だったが、出て来たのが、先日、金王八幡神社で会ったえんだったので驚いてしまう。

何故ここに?と聞くと、ここは私のうちですが?とえんは答える。

村瀬先生は?と聞くと、兄ですと答えたえんは、奥にいた村瀬義益(佐藤隆太)を呼ぶ。

算哲の名を聞いて出て来た村瀬は、将軍の前で碁を披露する高名な方!と感激したように出迎える。

こいつは縁談を断り過ぎて、今は、神社に行儀見習いに行かせているんですとえんのことを説明する。

関様とはどんな方ですか?大変才のある方だとお見受けしましたがと算哲が問うと、才などとは言えない。あれは化物だ。だが不遇を囲っておると村瀬は断言する。

一緒に食事を呼ばれることになった算哲は、関様の本を読んでみるか?と村瀬から1冊の本を渡されたので、夢中になってページをめくり始める。

このカレイは旨いなと、算哲が土産に持って来た魚を褒めるが、鯵ですとえんが訂正する。

しばらく貸すから、ゆっくり読むが良いと村瀬が言ってくれたので、本日は誠にありがとうございましたと礼を言った算哲は、いきなり立ち上がると、慌てて帰ろうとするが、そんな算哲に、お忘れ物ですと言って、えんは大小を手渡す。

ありがとうございます!とうろたえながらも大小を受け取った算哲は、表戸を強引に開けると早々に飛び出して行ってしまう。

そんな算哲を見送った村瀬は、楽しい御仁だと笑い、えんも、はいと笑顔で答える。

北極出地への旅立ちまで後5日となり、安藤が色々旅支度をしている最中も、当の算哲は、関の本を前に計算に没頭していた。

解けそうだ!と興奮気味の算哲は、答えが分かると、ただちに、金王八幡に向かい、絵馬に答えを描き込もうとするが、側にやってきたえんは、解けたのでございますね!と嬉しそうに話しかける。

えんと共に村瀬塾にやってきた算哲から、自分も設問を作りたいと聞いた村瀬は、設問返しか…と感心したように答える。

関様の設問は、星を好んでいるように思いますと算哲は言う。

縁側から夜空を眺めていた算哲は、横で一緒に観ていたえんに、北極星の下にある柄杓型の北斗七星は、1年をかけて北極星を廻ります。天の暦です。お頼みしたいことがあります。関様が設問に答えたら預かってもらえますか?あの北斗七星が元の位置に戻る1年後には必ず参りますと声をかける。

承知したえんは、壁に貼ってあった手製の暦の来年の12月の部分に「囲碁侍」と朱墨で書き込む。

出立前の算哲に会った本因坊道策は、私も公の場での碁を禁じられました。囲碁があれほど面白いとは…、初手天元はあなたが戻られるまで封じさせてもらいますと約束する。

雪が降る中、北極出地の旅立ちの日がやって来る。

神社に成功を祈願しに、伊藤重孝(岸部一徳)や算哲ら旅の一行を引き連れやって来た建部伝内(笹野高史)は、日本出地の旅に出る!と宣言する。

伊藤と建部は、行進をするかのように膝を高くあげながら歩き始める。

芸を持っているか?と建部が聞くので、碁を少々と算哲が答えると、では、碁を道中、教えて下さいよと伊藤が歩きながら声をかける。

小田原に到着すると、富士山の麓に、天幕を張って囲った観測所が設けてあったので、絶交の観測所ですなと建部は喜ぶ。

観測が始まり、記録せよ!算哲と建部が命じる。

いよいよ、天測を開始じゃ!火を消せ!と建部が命じると、天幕内に燃えていた松明の火が消され、周囲は真っ暗になる。

巨大な分度器で北極星の角度を観測した結果、35度75分と言う結果を、大男の平助(武藤敬司)が読み上げると、互いに用意してあったらしき紙を身体の前に差し出していた伊藤が、ぴったりです!と喜び、建部はがっかりする。

それを観た算哲は、江戸からの歩測と算術で、伊藤と建部が小田原での北極星の位置を、あらかじめ予想しあっていた事を知り驚く。

2人の行進するような歩き方は、歩測をしていたのだった。

歩測は平助が記録していると建部が教えてくれる。

翌日から、算哲も歩測を始める。

そんな算哲に、星なんて、どこで観ても同じでしょう?と同行していた弥吉(徳井優)が話しかけて来たので、算哲は場所によって違うと説明しかけるが、その時、自分の歩測数が分からなくなったことに気づき、私に話しかけないで下さい!と頼む。

熱田に到着し、天測が始まる。

伊藤、建部、算哲の3人は、めいめい歩測から導き出した予想数値をあらかじめ紙に記しておく。

35度、64分!と平助が観測結果を知らせると、算哲が大喜びし始める。

算哲だけが正確に当てたことを知った建部は驚き、何たる明察!と感心し、御主、星の申し子か?安井算哲、恐るべし!と伊藤共々唸る。

旅籠に着いた算哲は、私は幼少の頃より北極星を眺めておりましたと伊藤と建部に打ち明ける。

師は誰じゃ?と建部が聞くと、山崎闇斎(白井晃)先生ですと答えた算哲は、子供の頃、一緒に屋根に上り、夜空の星を見上げていた時の事を思い出す。

(回想)闇斎先生は、算哲!思い通り生きよ!と幼かった算哲に言い聞かす。

(回想明け)この旅は天命ですなと伊藤も算哲を励ます。

その時、建部が、夕食に出た魚を旨いイワシじゃと言い、伊藤はさんまでは?と答えたので、これは鯵です。未熟者の私でも、魚の名前くらい分かります!と自慢げに答えるが、隣の部屋で給仕をしていた女中が、それはカワハギでございます!と訂正したので、すっかり面目を潰し、みんなに笑われてしまう。

算術はどなたを師匠とされた?と食後聞かれた算哲は、趣味の独学ですが…と答え、持参して来た関孝和の本を伊藤と建部に見せる。

その内容に目を通した建部と伊藤は、恐るべきお方だ!私も弟子入りしたいと驚嘆し、何故、弟子入りせなんだ?と聞く。

それには答えず、算哲は、設問をこしらえましたと言いながら、関への設問返し用に作った問題を2人に見せる。

金王八幡神社で算哲が残して来た設問を目にした関孝和は、今まで観た中で一番好きだなと微笑んでいた。

その関の様子を脇で観ていたえんも嬉しそうだった。

この設問、答えは?と宿の建部は聞いていた。

そして、設問の図面を指差しながら、方面十寸から導いた答えは無数にあると建部は指摘する。

見事な、答えなき誤り。実に良い学び方をしている…と、建部は皮肉とも受け取りかねないような言葉を続けるが、設問自体に致命的な誤りがあったことを悟った算哲は、愕然とし、慌てて、江戸にいるえんに、設問に間違いがあり候。生涯の恥なり。江戸に戻りし時は、真っ先に村瀬塾に戻り、新しい設問を考える所存…と文を書く。

それを受け取ったえんから話を聞いた村瀬は、ほお、間違いに気づいたか…、さぞ落ち込んでいるだろうな…と同情する。

新しい設問に夢中になって、刀をお忘れになっているのでは?とえんも笑うが、実際、算哲は、途中の茶屋で刀を置き忘れ、慌てて取りに戻っていた。

村瀬はえんに、又、お前に縁談が来ておるぞと教えるが、それよりも、御自分の嫁御の心配でもなさいませと、えんから切り返されてしまう。

その頃、次の旅籠で伊藤と碁を打っていた建部は、状況不利を気づくと、わざと碁盤の上に倒れ込み、石の配置をめちゃめちゃにしてしまう。

そんな2人に、窓から夜空を見上げていた算哲は、月が欠けておるのですが…と食である事を知らせる。

記録せよ、算哲!と命じた建部は、やはり暦がずれつつある…と憂い顔になる。

算哲、今日が明後日だったらどうする?と建部は問いかける。

我が国の暦、宣明暦は800年も前の唐の時代のものだ。誤差は積もりに積もって、1日か2日の狂いになって来ていると建部が言うので、何故、改めないのですか?と算哲が聞くと、古来から朝廷が暦を司って来たのですよと伊藤が教える。

やがて、日食、月食の予測も出来なくなる…と言う建部の表情は暗かった。

その後も、算哲らの天測の旅は続いた。

雨の中、泥濘に荷車の車輪を取られたので、後ろから押してやった算哲は転んで泥だらけになる。

そんな中、先頭を伊藤と共に歩いていた建部が咳き込むようになる。

平助の背中に背負われて、次の旅籠まで向かうことになった建部は、悔しい、悔しいと喚くが、あれで結構嬉しいんですよ。建部さんは、門前に捨てられていた平助さんを我が子のように育てて来たのですから…と、伊藤は算哲に教える。

旅籠で病床に着いた建部は、予定を二ヶ月も遅れていると案ずるので、では、江戸に近い銚子で落ち合いましょうと伊藤が話しかける。

天の星々を包み込み、一個の球体にしたと思ってくれ。それを我が二の腕に掴んで三途の川を渡りたいと手を差し出して建部は言い、どうじゃ算哲と話しかけたので、精進いたしますと算哲が答えると、精進せよ!と建部は言い聞かす。

それからしばらくして、銚子に着いた一行は、強風のため、やむなく観測を中止することになる。

半年、遅れてしまいましたな…と伊藤が淡々と言うので、建部様のご容態は?と算哲が聞くと、一通の手紙を取り出した伊藤は、建部様からではなく、弟様からですと知らせる。

その文を開いて読み出した算哲の目から涙が溢れ出る。

あの人のことですから、星を数えながら、悔しい、悔しいと言いながら臨終されたんでしょうと伊藤が静かに語る。

未だ未熟者でございますが、武部様の意思を継ぎ、いつか天を我が二の腕に抱きたいと思います!と涙ながらに算哲に誓う。

頼みましたよと伊藤が声をかけると、頼まれましたと答えた算哲は滂沱の涙を流す。

その頃、えんは村瀬塾の縁側で、北斗七星を見上げていた。

大間

雪の中を進む算哲ら一行

そんなある日、村瀬塾で枡を使って生徒たちに教えていた村瀬は、突然訪問して来たのが算哲であることを知り、驚きながらも、久しぶり!と声をかける。

大変ご無沙汰しましたと頭を下げた算哲だったが、奥の方が気になるのか覗き込む。

算哲が持参した新しい設問を観た村瀬は、これは素晴らしい設問だ!と褒めた後、嫁に行ったんだよ、あいつ…と教える。

色々、家の事情があってね…、算哲さんとの約束があると、1年間は縁談を断り続けたんだが…と申し訳なさそうに村瀬が説明すると、算哲はただ、そうですか…と答えるしかなかった。

江戸会津藩邸に戻り、以前のように、屋根の上から夜空を眺めていた算哲に、安藤が、水戸光圀様から使いが来ておりますと知らせに来る。

水戸光圀(中井貴一)は、庭園の小橋の上で、人間五十年~下天の内をくらぶれば~♪と唄い舞っていた。

北極出地の話を聞かせよと室内に算哲に珍しい料理を振る舞いながら光圀は聞く。

今の暦は2日もずれようとしておりますと算哲が訴えると、許せん!何故か?と光圀は驚く。

日本では、暦は公家が世襲的に司り、支配しているからですと算哲が説明すると、公家は欲しいのだ、利権を持っているからな…と光圀は言う。

戦国の世が終わり、何が変わった?平和になり戦がない。真剣勝負を禁じられている。その結果、戦う気概までもが忘れ去られ、羽ばたこうと言う勇気も失われた。それは、新しい息吹を消すことだ!このままでは、魂も大和は滅んでしまうぞろ光圀は嘆く。

算哲は、そんな光圀から獣肉を焼いた料理を勧められ、言われた通りにかぶりつくと、どうじゃ?と聞かれたので、美味しゅうございますと答えると、あっさり、噓つけ!と一蹴される。

江戸会津藩邸に戻り、すっかりその人間性の虜になった光圀を真似、人間五十年~下天の内をくらぶれば~♪と庭で1人舞っていた算哲は、いきなり安藤が、明日は殿様がお呼びですよと伝えに来たので、バツが悪くなり、踊りを中止する。

余には積年の宿願がある…、保科正之は、翌日やって来た算哲にそう告げる。

時を治めると言うことだ。幕府の民は、未だ誤った暦を使っている。算哲!この日本に正しき天理を形作ってくれと言う保科の言葉を聞いた算哲は、改暦ですか?と聞き返す。

そなたが総大将だ。もうただの碁打ちではない。そちの吟味も十分いたした。みながみな、同じ名前を推挙した。

皆とは?と算哲が聞くと、水戸光圀、伊藤重孝、建部伝内、安藤有益、そして…山崎闇斎!と保科が答えたので、先生!と算哲は感激する。

暦は至る所に大きな影響がある。御主に改暦の儀を命ずる!天を相手に真剣勝負を見せてもらう!と保科が言うので、算哲は、御意!と畏まって承る。

金王八幡に来ていた関孝和は、安井算哲…、楽しみな男だ…と呟いていた。

江戸 会津藩観測所

そこには、開閉ドーム型天測器など最新の設備が作られていた。

あの大男の平助がドームを開いてみせると算哲は大感激する。

そこに安藤有益も駆けつけて来る。

改易の為に集められた面々がうち揃い、この度はおめでとうございますと挨拶すると、天測器の台に乗っていた算哲も、皆様、宜しくお願いいたしますと挨拶を返す。

早速、仲間たちを集めた算哲は、改暦事業の説明を始める。

改暦は津々浦々までの平安をもたらす、乾坤一擲の大事業!今まで使われて来た主な暦は三つあり、宣明歴、授時歴、大統歴であった。

改暦は、正しい冬至、夏至、春分、秋分を求める。日食、月食を計測する。

昼夜を問わず、日も月も星も同じように観測します。過去に起こった日食、月食も全て調べ、天照大神が出現したときまで算出する!と、手伝いに来た山崎闇斎が説明すると、さすがに全員驚くが、そのくらいの意気込みでやらんといかんと言うことだった。

給仕担当として女性も参加、研究に没頭していた仲間たちは、全員驚くほど大量の飯を食べた。

算哲は、日本全国から集まって来た観測結果をつぶさに調べる。

研究は進み、時には闇斎先生が、余興として踊ってみせる一幕もある。

そんな闇斎先生、我々は地におって、天を見上げるしかない。我々にとって、天を観測することが全てなんやと算哲に告げる。

算哲は、北極星の側で見つけた新しい星に、安息所(みやすどころ)と名付ける。

その後算哲は、計測の結果、信用するに値する暦は授時歴か、大統歴に絞られて来たことを全員に明かす。

それを聞いた安藤は、関さんの新しい本ですと算哲に渡し、関さんは授時歴を良く知っているので、この数理を頂きましょうと提案する。

知れば知るほど、授時歴は面白い。関様の算術で、30年後も正確な暦にたどり着くことが出来た。間違いない!授時歴は万人の暦になる!最高の暦は授時歴と決定しましょう!と算哲は発表する。

算哲と闇斎は、保科正之の元に向かうと、授時歴がもっとも正しい暦でございますと報告する。

帝の司る正歴だ、誤謬は許されぬぞ!と保科は念を押す。

幕府が、改暦などと称して授時歴に決定したと知った都の公家たち、 宮栖川友麿(市川染五郎)、大黒松太夫(小須田康人)らは、このままでは帝の威信が傷つきかねぬ。幕府の分をわきまえぬ闇斎ら暗愚たち!などと笑っていた。

そんな中、ただ1人、算哲同様、闇斎の元で学んだ公家の土御門泰福(笠原秀幸)だけは、算哲らの判断を信じていた。

その結果、元国の暦など不吉と言う理由で、帝は改暦の誓願を握りつぶしてしまい。もとより改暦など必要なかったと言うことになってしまう。

すっかり気落ちして町を歩いていた算哲は、碁の勝負を瓦版売りが棋譜を使って見物客に説明している所を見かけ、かつて、本因坊道策が、安井さんと真剣勝負をするのが夢だと語っていたことを思い出す。

我らが誓願をもみ消しおって!けしからん!と怒っていた闇斎のいる研究所に帰って来た算哲は、次なる一手を考えました!大衆の前で白黒をつけましょう!と提案する。

授時歴、大統歴、宣明歴の内、どれが一番正しいかを民衆の前で競い合う「三歴勝負」の発想だった。

確かに、この勝負に勝てば、幕府が決めた暦は民の望む所となる。

しかし、幕府が勝てば勝ったで公家の顔が立たんと、酒井忠清、堀田正俊、稲葉正則ら幕府の重鎮たちは頭を抱える。

「三歴勝負」の勝敗表を村瀬塾にも貼らせて欲しいと算哲は頼みに来るが、村瀬は快く承知してくれる。

その時、えんが現れたので、算哲はびっくりしてしまう。

里帰りですか?と聞いた所、色々あってな…と村瀬は言葉を濁すが、当のえんは、離縁されたのでございます!とあっけらかんと答える。

村瀬は気を効かせ、俺は出かけるから、ここは積もる話をして帰れ。帰りは遅くなるぞと言い残して、算哲とえんを二人きりにしてやる。

算哲はえん、すみません!約束の日に戻れなかったからですと詫びる。

約束を守ったら、どうなったと言うのです?とえんはとぼけるが、この三歴勝負に勝ったら、お話ししたいことがありますと算哲が言い出したので、今度は3年ですか?それ以上は待ちませんよとえんは答える。

いよいよ「三歴勝負」の第一戦が始まる。

22刻、食は起きなかった。

やはり授時歴が正しいようだった。

第二戦

71刻、やはり無食であった。

第三戦

やはり、食は起きず、京の公家たちはじりじりし出していた。

第四戦

授時歴の予想通り、食が始まったので、夜空の月を観ていた村瀬はご明察!と思わず叫び、えんと共に笑いあう。

そんな村瀬塾に、外から突然、石が投げ込まれる。

石には手紙が巻かれており、そこには「不遜な改暦は武士の恥」と書かれてあったので、村瀬は嘆き、えんは、護衛を増やしましょうと提案する。

第五戦も、授時歴の予想通り食が起こり、喜ぶ村瀬とえん。

その頃、「三歴勝負」の勝敗表が金王八幡神社の境内にも貼ってあるのを見つけた関孝和は、激怒したように、表全体に「×印」を付ける。

その後、会津藩観測所にいた算哲は、夜、ドームに火矢が撃ち込まれて来たことに驚く。

どうやら観測所の破壊を目的とした賊の襲撃のようだった。

忍び装束を来たくせ者たちが多数襲来して来たので、平助や安藤は必死に応戦するが、味方には武器らしきものがほとんどないこともあり、次々に飛んで来る火矢を防ぎようがなかった。

算哲は何とかドーム型天測器を守ろうと立ちはだかるが、そこに火矢が飛んで来て、闇斎はそれを防ぐため算哲の身体の前に覆いかぶさり、自らの背中に火矢を2本受けてしまう。

闇斎は、算哲!いかなる蒙昧であれ、真実を覆い隠しておくことは出来ぬ…と言い残し、算哲に抱かれて死んで行く。

平助らの鬼神のような働きにより、何とか観測所は全焼を免れる。

そして、いよいよ最後の第六戦の日がやって来る。

村瀬もえんも、固唾をのんで勝負の決着を待ち受けていた。

観測所にいた算哲は、死んだ闇斎を供養する花と共に天測器の台の上に正座していた。

弥吉らはもうすっかり勝負に勝ったつもりで、祝い酒を飲もうと待ち構えていた。

その時、にわかに風が巻き起こり、カラスの群れが飛び立ったかと思うと、太陽が欠け始める。

起きるはずがない「食」が始まったのだった。

まさか!と安藤は驚き、算哲は、何故?何故だ~!と絶叫する。

京の宮栖川友麿や大黒松太夫は、この結果を喜んでいたが、算哲を信じていた土御門泰福は1人落ち込んでいた。

えんも又、落ち込んでいた。

算哲を呼び寄せた保科正之は、授時歴には誤謬があったと指摘する。

算哲は、ただ、申し訳もございません!と平伏するしかなかった。

算哲を推挙した水戸光圀も落胆していた。

かくして、会津藩観測所は解散、算哲の元に集まっていた仲間たちはみんな散り散りになって行く。

やがて、算哲を庇護して来た保科正之も病で臥せる。

天は遠いものよの天、果てしなく遠いが、いつまでも…、いつまでも、星を観測し続けておくれ。余はどこにおっても御主を観ておるぞ…、見舞いに来た算哲に保科はそう語りかける。

会津藩保科正之逝去

1人泣いていた算哲の元を訪ねて来たえんは、何故、塾にいらっしゃらないんですか?お待ちしていたんですよと優しく語りかける。

さらに、関様が参られました。あなた宛の設問を残して行かれましたとえんが渡すと、これは!私の誤問…、一体何故?何と言うことだ!関様にお会いしたい!と算哲は狼狽し、えんは、はい!と答える。

関孝和は、貧しい長屋に独り住まいだった。

訪れた算哲は、設問の意味が分かりました!と頭を下げる。

この盗人が!関の怒声が響く。

ぬけぬけとわしの数理を盗みよって!授時歴そのものが誤っていることに何故気づかなかったのだ!「三歴勝負」などにうつつを抜かしよって!公家のみならず、あらゆるものたちが御主を憎み、あざ笑っている!だが、大命を受けた御主に嫉妬している算術家共の方にわしは腹が立つ!御主の設問、わしには愉快だった。授時歴を研究している同志がいたと喜んだのだ。天測の規模では、とても御主には敵わぬ。天測は、観測と数理の間に誤りがあると言うことだ。持ってけ、わしの研究の全てだ。わしのような算術家には天理は掴めぬ。頼めるのはお前だけだ。授時歴を斬れ!安井算哲!関の言葉に平伏した算哲が表に出ると、そこにえんが待っていた。

私はもう1度、改暦の儀に臨みます。一生の頼みがありますと算哲が話しかけると、何ですか?とえんが聞いたので、嫁に来て欲しいと算哲は口にする。

正気ですか?と驚くえんに、大いに正気ですと算哲が答えると、今度待つのは何年ですか?とえんは聞き返す。

10年ですと算哲が言うので、嫌です!と即答したえんは、今度こそ約束が守れるよう、側で見張って差し上げますと答え、算哲は嬉しそうに、はい!と答える。

結婚式は行わず、2人だけで酒を酌み交わすと言う質素な結婚しか出来なかったことを詫びた算哲は、もう1つだけ頼みたいことがございます。私より先に死なないで下さいと言いだしたので、えんは、無茶ばかり頼まないで下さいと呆れる。

でも、お頼みします!と算哲が頼むので、分かりましたから…と答えたえんは、算哲様も、しっかり長生きして下さいと返し、算哲は、またもや嬉しそうに、はい!と答える。

私もお願いがございますと言い出したえんは、ちょっと恥ずかし気に、自分の帯を摘むと、早くこの帯をといてもらえませんか?と悪戯っぽく頼む。

算哲は優しく頷く。

結婚後、算哲はえんと協力して天測を続ける。

月が日に重なる時、日食が起きる!と観測器で計測したえんが言うと、ご明察!と算哲が微笑む。

夜空を眺めていたえんは、流れ星を発見して微笑む。

何故星は夜になると姿を現すのでしょう?とえんが聞くと、昼間は観えないだけで、星はあるのです。長生きすれば、昼でも星を観ることも出来るようになるかも知れませんと算哲が教えると、見とうございます!とえんは微笑む。

観測結果を確認していた算哲は、日の軌道がずれてる!授時歴は過たない。あの時の食は気まぐれだったのか?天測と数理では分からぬのか!といら立つ。

その後、またもや起こった予期せぬ食に算哲は落胆し、もう止めだ!100年かかっても改暦など出来ん!と八つ当たりをする。

そんな算哲に、えんは、関様に恥ずかしくないのですか!と諌める。

腹を斬ろうにも刀がない!と算哲が言うので、分かりました。あなたがいつでも腹が斬れるよう、私が刀を用意しますとえんは答える。

その頃、本因坊道策の方は囲碁の世界で着々と名をあげており、師である道悦の跡取りでもなく、弟子から成り上がった道策こそ、囲碁の世界に風穴を開ける男として巷の評判になっていた。

ある日、寺から弟子を従え外出する所だった道策に会いに来た算哲だったが、何故か道策は、算哲が名前を呼びかけても無視して去ってしまう。

その夜、道策が1人で算哲の家を訪れ、今のあなたには生気の欠片もない。算哲さん、一体どうなされたのですか?星の足跡を極めることが出来なかったのですか?その後、碁を打とうと言う約束、一度として忘れたことはない。今の算哲殿は私の相手ではありませぬ…とだけ入口で言い残し、さっさと帰ってしまう。

何も言い返せず、呆然と立ちすくんでいた算哲に、観測の時間ですよとえんが声をかけて来る。

その後、再び、水戸光圀に会いに行った算哲は、新たな息吹を持って、再び羽ばたきたくなりましたと申し出る。

迷いながらも、天地明察を成し遂げねばなりませんと算哲が言うのを聞いた光圀は、良い言葉だ、面白い!ならば、水戸が助けると言ってくれる。

喫緊に必要なのは諸外国の実情です!と訴えた算哲の言葉を聞いた光圀は、鎖国禁止令を犯せと言うか…と一瞬ひるむ。

しかし、光圀は算哲のために、手に入れられる限りの海外の資料類を用意してやる。

光圀から拝領した世界地図を初めて観たえんは、日本はどこでしょう?と聞き、算哲がこれだと教えると、こんなに小さな…!と驚く。

日本が小さいのではない、世が大きいのだ。天はさらに広大だ…と算哲は言う。

えんは、最新の望遠鏡をのぞいて嬉しそうだった。

ある夜、地球儀を作る算哲を、灯で照らして手伝っていたえんは、この地が丸いなんてどうしても信じられませんと驚いていた。

その後、お星様が午の時…とえんが聞いた時、それに答えようとしていた算哲は、何事かに気づいたように、慌ててえんから照明用の油皿を受け取ると、目の前の地球儀の廻りをゆっくり回転させ始める。

その照明が日本の場所を照らした時、時の差…!良し、分かった!やったよ、えん!と興奮したように算哲は叫ぶ。

えんも、訳が分からないながら、おめでとうございます!と祝福する。

翌日、算哲はその事を関孝和に知らせに行く。

月と授時歴のわずかな差は、我が国と北京とが半刻ずれているから、つまりは時差があることに起因していた。

北京では正しくても、我が国ではずれる!それ聞いた関は感心する。

算哲は、関様の御本がなければ、ここに思いいたりませんでした!と改めて感謝する。

算哲は、この時差を修正した新しい日本独自の暦を早速光圀に見せに行く。

それを知った光圀は、新しい暦を「大和歴」と名付けてくれる。

我が国が独り立ちするには正しい暦が必要だ。土御門は知ってるな?と光圀が言うので、闇斎先生の所で一緒に学びましたと算哲が答えると、世が必ず上奏させようと光圀は約束する。

しかし、幕府が上奏した大和歴に京の公家たちは冷淡な態度を取り、土御門泰福にまで当てこするようなことを言う。

今日の宮中にやって来た算哲に、待ち構えていた宮栖川友麿と大黒松太夫は、今日は安井はんい碁を教えて頂こう思うてな…などと碁盤を差し出し、碁を打ちながらも、暦を司るのは公の勤めです。我らにしか推し量れんもの。暦に逆らえば、魔物と貸すことをご存じないか?我らに逆ろうた信長も卦体な死に方しやしたの?暦とは卦体なものよな…と公家たちは意味ありげにあざ笑う。

結果、帝は、大和歴の上奏を却下、新しい暦は大統歴とすると宣言してしまう。

これを知った算哲は、何故、よりによって大統歴なんですか!と光圀に訴える。

平安になれば新しい息吹を消すことになるとおっしゃったではないですか!と迫った算哲に、無礼な!と立腹した光圀は、刀を抜いて算哲ののど元に突きつけて来る。

お斬りなさい…と算哲が言うと、命が惜しくはないのか?と光圀は問いかける。

北極出地から10数年…、今は亡くなった方々から教えられ、ようやく掴んだ大和歴が、理不尽な理由で葬られるのなら、生きている価値はありません!と算哲は答える。

良し!御主の決意良いことじゃ。京にて最後の勝負をするのだ。御主のみは余が預かる。この刀、覚えておろう?会津とのから預かったものじゃ。又、食を外したら…と光圀が言うと、御意!と答えた算哲、もし、かつてのように外したら、私は腹を斬ります!と決意を述べる。

自宅に戻って来た算哲に、えんは、お願いがありますと言い出す。どうか、私より先に死なないで下さい!どうかとひれ伏す。

京、梅小路

算哲に協力することにした土御門泰福は、野次馬が集まる中、暦について皆さんにお伝えしたく参りました!と口上を始める。

本日は吉日と言う事になっておりますが、実はこれが凶日、冬至が暦より一日か二日前ずれていますと土御門が語りかけ、民衆たちが興味を示して立ち止まると、吉凶も同様、故に、今日は凶日でございますと算哲が面白おかしく話す。

昨日が今日に続くことが正しいから、人は安心して暮らして行きます。暦は人と人との約束なのです!と算哲の話は続く。

そうした算哲らの動きを知った公家たちは、大統歴を発布したばかりと言うのに、又外したら、水戸はんはどうなさるおつもりか?などと揶揄する。

大統歴、大和歴、どちらが正しいか?明日の丑の刻、珍しき日食が起こることになっています!と算哲が言うと、はたして日は欠けるでしょうか?と土御門が囃す。

算哲は、日食勝負の触れを出し、ぜひ明日、御参じあれ!と算哲は野次馬たちに呼びかける。

そんな演説をしていた算哲の元にやって来た2人の公家は、不愉快そうに、不遜じゃ!直ちに中止なされ!暦は賜るもの。吉凶は天が決める!と抗議をしたので、周囲の町民たちは、ちょっと待ってはらへんのか?と声を挙げる。

良し分かった!とその声に応じた公家たちは、明日の丑の刻まで待ってやる。外したら、武士なら、その場で腹を斬りなさるお覚悟はええな?と算哲に呼びかける。

算哲が頷くと、野次馬はおおいに湧き、偉い!わしらが見届けたるぞ!食か腹斬りか、どっちかが観れるっちゅう訳や!と騒ぎ立てる。

しかし、翌日は朝から雨だった。

宮中の公家たちは碁を打ちながら、いらん雨や、天の恵みは草木もなびいてくれはりますねと喜んでいた。

しかし、雨はやがて上がり、雲間から太陽が顔をのぞかせて来る。

梅小路では、応援に駆けつけていた弥吉が、鏡を使って、幕に太陽を写す準備をしていた。

そこに、昨日因縁をつけて来た公家もやって来る。

平助が、刻限にございますと知らせる。

その時、丑の刻を告げる鐘が響き渡る。

公家や民衆たちは一斉に上空の太陽を見上げ始める。

空を仰いでいた算哲には一抹の不安があったが、これまで色々な人が語りかけてくれた言葉が思い浮かぶ。

どうじゃ、算哲、精進せよ!と言ってくれた建部伝内。

頼みましたよと言ってくれた伊藤重孝。

算哲、思いのままに生きよ!と言ってくれた山崎闇斎先生。

授時歴を斬れ!安井算哲!と言ってくれた関孝和。

どこにおっても、御主を観ておるぞ…と言ってくれた保科正之。

しかし、最後の鐘が鳴り終わっても、日が欠けることはなかった。

無念そうに目をつぶる算哲。

野次馬たちの間にもざわめきが広がり、どないするつもりやと噂しあう。

来いへんやん、そこで腹を召されよ!と呼びかける公家。

算哲はその場に正座すると、小刀を抜き、土御門が心配げに見守る中、その刃を左手で握りしめようとする。

その時、旦那様〜!と声が近づいて来る。

えんが駆けつけて来たのだ。

どうか、私より先に、死なないで下さい!えんが言った言葉が、算哲の頭に浮かぶ。

その時だった。

カラスが一斉に飛び立ったではないか。

空を見上げていた土御門が、食でございます!と嬉しそうに叫ぶ。

幕に写った太陽のシルエットも端から少しずつ欠けて来るのが分かった。

これを目撃した野次馬たちは仰天する。

旦那様!と叫びながら、縁台の上にいた算哲に駆け寄るえん。

えん!と呼び返す算哲。

天地明察でございます!と言いながら、えんは算哲に抱きつく。

安井算哲殿、ご明察でございます!皆様!安井算哲殿、ご明察でございます!と土御門も叫ぶ。

塾にいた村瀬義益を空を見上げ、満足そうに微笑んでいた。

関孝和も満足そうだった。

水戸光圀も喜んでいた。

星です!そう算哲はえんに教える。

すっかり太陽を月が覆い隠したため、昼間なのに夜のようになった空の一角に星が見えたのだった。

後に大和歴は貞享暦と名を変え、新しい暦に採用される。

安井算哲は渋川春海と名を変え、初代天文方に任じられた。

奇しくも算哲と妻えんは、同じ年、同じ月、同じ日に亡くなった。

算哲が作った暦は、江戸から明治に時代が変わっても、ずっと庶民の間に使われ続けている。


岡田准一/天地明察

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