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しあわせのパン

全編、絵本を見ているかのような色合いと内容で綴られたハートウォーミングな作品。

系列としては、「かもめ食堂」(2007)辺りから始まった、現実に疲れきった人の心を癒す女性感覚の映画のように思える。

ユーモアもあるし、登場している人物たちは、みんな絵に書いたような善人ばかり。

淡々としているし、嫌味もない。

季節ごとに1つずつ小さな愛のエピソードが描かれており、その中で心に悩みを抱えていた人たちが、みんな「食」を通して癒されて行くと言う、いかにも女性好みの一種のファンタジーのような展開なので、こんな辺鄙な場所で商売が成り立つのだろうか?など現実的に考えてしまってはいけないのだろう。

原田知世演じるりえさんと大泉洋演じる水縞君は、そうしたお客さんを見守る静かな傍観者として描かれている。

そして、最後には、その傍観者だった2人が、逆に客たちの悩みと快癒を経験したことで、自分たちの絆も再認識すると言う仕掛けになっている。

一見、甘いファンタジーのように見え、その奥にはちゃんとした大人の感覚が見えて来る映画だと思う。

子羊のゾーヴァの言葉かと思わせるモノローグの落ちも効いている。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

2012年、「しあわせのパン」製作委員会、三島有紀子脚本+監督作品一覧。

初恋の相手は「月とマーニー」だった。

小学生の頃、近くの図書館でその本を見つけた時、夢中になって座り読みした。

少年マーニーは、東の空から走って出て来る。

マーニーが太陽取って!一緒にいると、とってもまぶしくて…と月が言うと、太陽を取ったら君がいなくなるってことだよとマーニーは答える。

太陽がいる限り、君は照らされていて、君が照らしているってことなんだよ。

私はずっとマーニーを探していた。

だけど、どんどん廻りには好きじゃないことが増えて来て…、たった1人の家族だった父が亡くなって…、心が小さくなって、もうマーニーはいないんだと思うようになった。

そして、東京の出版社で働いていた私が好きじゃないことが貯まり過ぎていた時、水縞君がツキウラに帰るから、一緒に行こう…、そう言った。

タイトル

湖の湖畔に佇む小さな店「カフェ マーニー」

りえ(原田知世)は店内で静かにコーヒーミルを回していた。

そこにやって来たのは郵便屋さん(本多力)、店に入るなり、今日も来ていますねと片隅を見る。

そこにいた店の常連阿部さん(あがた森魚)が、郵便屋さんに、やあ!と挨拶する。

阿部さん宛のお手紙ですと郵便屋さんが渡すと、2人は、りえさんが入れたコーヒーの香りに惹かれる。

店の裏の釜では、りえの夫の水縞尚(大泉洋)が、焼き上がったカンパーニュを取り出していた。

「りえさんの煎れるコーヒーと水縞君の焼きたてのパン目当てで、遠くからこの店を訪れる人のために、二階には温かいベッドも用意してあります。

1年ちょっと前、この夫妻がツキウラに来たときから、私は何故か見つめていたいと思いました」(近くにいる子羊ゾーヴァの映像と、女の子(大橋のぞみ)の声のモノローグ)

水縞君、鏡欲しくない?ある日、りえさんが水縞君に語りかける。

欲しいね!行ってみようか?そう水縞君は答え、2人して、近くにあるガラス工房へ出かける。

すると、その工房の主、陽子さん(余貴美子)は、出来てるよ!鏡でしょう?作っといたから。私、耳だけは良く聞こえるからと言いながら2人を出迎えてくれる。

「地獄耳の陽子さん」と言われるのは、そうした理由からだった。

「カフェ マーニー」は、そんな陽子さんのガラス作品の小さな展示場になっていた。

りえさんは、1つ良いことがあると、小銭をガラスの壺の中に入れて貯めるようになっていた。

「こんな風に、2人のカフェは少しずつ出来上がって行くのです」

店の横の菜園で水縞君が野菜を収穫していた時、店にいたりえさんは電話を受ける。

今日から二泊したいと言う若い女性からの予約だった。

その後、「カフェ マーニー」の近くにあるバスの停留所に、その予約の娘齋藤香織(森カンナ)が黄色いワンピース姿で降り立つ。

店で出迎えたりえさんに二階の部屋に案内された香織は、ベッドに仰向けに倒れ込むとため息をつく。

彼女の荷物の中には、沖縄のリゾート地のパンフレットが入っていた。

その後、湖にボートで漕ぎ出した香織は東京の会社仲間に、今、ムーンビーチに来ているに決まってるじゃんと噓の報告をしていた。

携帯を切った香織はため息をつくが、その直後、ボートが転覆してしまう。

その頃、「カフェ マーニー」にはバイクに乗った青年がやって来ていた。

りえさんから呼ばれた水縞君は、店に入って来た青年山下時生(平岡祐太)を見るなり、時生君、久しぶりだね。今日は休み?彼女出来た?などと嬉しそうに声をかける。

出来てないっしょと、時生は苦笑するが、そこに全身ずぶぬれになった香織が黙って帰って来る。

広川さんが薪を持って来たので、水縞君は外に出て行き、りえさんはタオルを時生に渡すと、持って行ってあげてと頼む。

二階へ上がった時生は、部屋のシャワーを浴びているらしき香織に気づき、中に入るのをためらいながら、声だけかけるが、ビニールカーテンの隙間から不機嫌そうな顔をのぞかせた香織は、観てないで、取ってよ、タオル!と呼びかける。

水縞君はトマトを入れたパンを焼き、テーブルに座った香織と時生に出すと、時生に泊まっていけば?と勧める。

普通、ドタキャンします?などと、出されたワインをガブ飲みし出し酔って来た香織は、声高に愚痴を言い出す。

彼、沖縄のムーンビーチに行くって言ったんですよ。絶対行くって…。明日、私、誕生日なんですよ。彼、ぶっちゃけ、モテるんっすよ。人間あるんですね~…、レベルの違いが…。でも良いんです!忘れることにします!などと喚くので、水縞君もりえさんも、別のテーブルで食事をしていた時生君も困ってしまう。

もう帰らないで、ここで暮らしちゃおうかな~などと香織が言うので、ここにだって色々ありますよと時生君が不満そうに言い返すと、時生君君はここの人?と香織は聞く。

バイクで3時間くらいの所に住んでますと時生君が答えると、東京は大変なのよ、無理して微笑んで…、私、ずっと東京だもん、君には分かんないと思うよなどと香織が上から目線で言うので、それを恵まれているって言うんじゃないですか!と時生君は少し切れ気味に答え、早々に二階へ上がって行ってしまう。

その夜、ベッドに入った時生は、香織の歌声で目覚めてしまい、歌声が聞こえる外の様子を見る為窓辺に来る。

すると、草原に寝そべった香織が、沖縄なんて行ってられっか!ここは真逆の北海道だ!と酔った勢いで叫んでいた。

その内、泣きながら草地の中を転げ回り始めたので、思わず笑ってしまった時生に気づいた香織は、吐いていた靴を二階の窓目がけて投げて来る。

翌朝、香織は二日酔いらしく、すっかり元気なく下のカフェの椅子に座り込んでいた。

そんな香織にコーヒーを出しながら、私もね、無理して笑うこともあるんですと声をかけたりえさんは、素朴なパンも良いですよと言いながら、その日焼けたパンを出す。

香織は、出されたパンに蜂蜜をつけて惜しそうに食べる。

その後、時生は、何で俺なんですか?!と驚いていた。

香織と一緒に、水嶋君とりえさんの買い物に連れ出されたからだった。

道ばたで野菜を売っていた広川さん(中村靖日)と、奥さん(池谷のぶえ)の元にやって来た水縞君は、同行して来た香織を紹介する。

香織は、並べられていた白いなすなどを見つけて喜ぶ。

次に、同じく道ばたにあった花屋の前にやって来た水縞君は、ヒマワリの花を見つけると、付いてきた時生の顔を見て笑いかける。

花屋から帰り道、今日は誕生日なんですね?と時生が語りかけると、突然聞かれた香織は、まあね…とつれない返事をする。

これ、どうぞ!と言いながら、ヒマワリの花を時生が差し出すと、時生君、暇だったら、ちょっと付き合えよと突然香織が言い出す。

水着姿になった香織に付き合い、草原に寝そべることになった時生は戸惑う。

だって、私、沖縄に行ってることになっているんだもん、日焼けしとかなくちゃ…と香織は言い、強引に日焼けを続行しようとする。

その後、町まで出かけてみた香織は、シーサーやチンスコと言った沖縄土産を探しまわるが、北海道にある訳もなく、何故ないの!といら立つ香織に、バイクで送ってやった時生は、それ、東京っす。東京の感覚っす!と呆れる。

その時生のバイクも、途中でエンストを起こしてしまう。

重いバイクを押して、その前をすたすたと歩いていた香織の後から付いて来ていた時生に、何やってるの?と二階から声をかけて来たのは、地獄耳の陽子さんだった。

私さぁ、耳だけは良いんだよねと言いながら、2人を店の中に招いた陽子さんは、シーサーとか沖縄ガラスとか…と期待する香織の為に、大きな箱の中をかき回していたが、やがてそこから取り出したのは、奇妙な木彫りの人形だった。

これ何?と唖然とする香織に、コロポックルっすと教える時生。

ここらでは、収穫したものを持って来て窓辺に置いてくれる妖精として知られていて、持ってると小さな幸せが来るらしいよと説明した陽子さんは、まあ良いじゃない、コロポックルの幸せでもと言いながら、勝手に数個、人形を持たせようとするので、私、大きな幸せが欲しいいんです!と香織は反論する。

すると横にいた時生が、欲張りですね~と呆れる。

その日の夕食は、「カフェ マーニー」の店の前にテーブルを出し、香織の誕生日用に作ったごちそうを水縞君、りえさん、時生、香織の4人で食べることにする。

りえさんは、お祝いの時に焼く特別なクグロフと言うパンを香織の前に置くと、全員でワインを乾杯する。

時生は、ラザニア、美味しいよねと喜ぶ。

1つのパンを分け合って食べる水縞夫妻の様子を見ていた香織は、ちょっぴり寂し気な顔になりながらも、本当にありがとうございました!と祝ってもらったことに礼を言う。

じゃあ、クグロフ食べましょうか?とりえさんがクグロフを二つに切り分け、その一方を時生に渡す。

時生は、受け取ったクグロフを二つにちぎり、その一方を香織に手渡す。

食後、時生と夜空を眺めに行った香織は、私のこと、かっこ悪い奴って思ったでしょう?と聞くと、そうっすね。でも、かっこ悪いって分かってるのが、大人だと、俺、思いますと時生は答える。

だから、香織さん観た時、すごく笑えたんです。一生懸命幸せになろうとしているんだなって…。もがくことは格好悪いことじゃないです。俺なんて、毎日毎日、線路のポイント切り替えてるんっす。

電車が方向転換する為に切り替えてるんす。電車は簡単に切り替わるのに、俺の人生切り替わんないっす。線路はずっと続いているように見えるのに、北海道から出られない…。もがいてないですと時生は言うので、それって、もがいてるじゃんと香織が指摘する。

来てみれば良いじゃん、東京。一緒に行こう?と香織が誘うと、無理っすよ、仕事ないし…と時生は言う。

そうかな?と香織、そうすよと時生。

二人は、夜空にかかった三日月を見上げる。

翌朝、朝下のカフェに降りて来た香織は、素朴なパンも良いですねとりえさんに言いながら、水縞くんが焼いたばかりのライ麦パンを何個も購入しようとしたので、食べ過ぎですとりえさんが笑いかけると、会社のみんなにも食べてもらおうと思って…と香織は言う。

そして、カフェ内に時生の姿がない事に気づき、あの~…、時生君は?と香織が聞くと、急に帰るって…とりえさんは教える。

香織は、旅行バッグの上に、時生からもらったヒマワリの花を置いていたが、一緒に持ち上げると、りえさん、私、今までで一番嬉しい誕生日でしたと礼を言い、「カフェ マーニー」を後にすることにする。

これからも良いこと、ありますよ。これからも来て下さい。ここはいつでもありますから…とりえは言って送り出す。

時生君に、色々付き合ってくれてありがとうて言って下さいと香織は頼み、水縞君もお気をつけて!と言葉をかける。

外の湖を見渡した香織は、きれいだな~…、悔しいけど、きれい…と感激する。

バス停にやって来た香織は、近づいて来たバスの横から、時生の乗ったバイクが姿を現したので驚く。

時生君!と驚くと、バス停の前にバイクを停めた時生は、乗って!と言いながら、持って来たヘルメットを香織に渡す。

東京まで送ります!と走り出した時生が言うので、まじで?と驚いた香織だったが、じゃあ宜しくね、時生君!と声をかけ、時生の腰に手を回す。

「東京までの距離は1000km、1人が2人になる瞬間があります」(と少女の声のモノローグ)

夜、「カフェ マーニー」の横で三日月を見上げていたりえさんの横に来た水縞君は、やっぱり、ひまわりが効いたんだな~と感激していた。

時生君、ちゃんと東京まで、運転出来るかな~とりえさんが心配すると、大丈夫だよ、僕だって出来たんだから…。ここまで遠かったよね~。りえさん、ここで無理して笑うことないよと水縞君は慰める。

僕の欲しいものは一つだけですから…と言うので、何ですか?とりえさんが聞くと、内緒ですと水縞君は笑うだけだった。

店の中の駕篭の中に置かれた「月とマーニー」の絵本

自転車に乗って遠乗りする水縞君とりえさん。

2人は、森で栗拾いをする。

「秋がやって来ました。

程よい日差し、程よい風…、こんな日は、水縞夫婦の散歩日和です。」

店に戻って来たりえさんは、採って来た栗の皮を剥き始める。

そんな「カフぇ マーニー」にそっと近づいて来た地獄耳の陽子さんは、窓から勝手に新作のガラス壺をそっと中の棚に置いて、黙って帰ろうとする。

秋の新作だねとそれに気づいた水嶋君が言うと、陽子さん!栗のパン、食べます!とりえさんが帰りかけていた陽子さんに声をかけ、陽子さんは嬉しそうに振り返って戻って来る。

りえさんと水縞くんが洗濯物を一緒に干していると、ズボンの中から200円を見つけた水縞くんは喜ぶ。

そんな夫婦の様子をバス停から見つめていた小学生の女の子未久(八木優希)を、子羊が見ていた。

そこにバスがやって来るが、未久はバスに乗らないで、そのまま「カフェ マーニー」の方に向かって来る。

それに気づいた水縞君は、ホットミルク、作っとくよと言い出す。

玄関口にりえさんが立ち、やって来た未久を店の中に招き入れる。

店の中には、いつものように、阿部さんがテーブルに付いており、未久に、やあ!と手を挙げて挨拶する。

りえさんは、テーブルに腰を降ろした未久に、用意してあったホットミルクを出してやる。

そこに、バスに乗り遅れちゃったと言いながら、陽子さんがやって来てコーヒーを注文する。

さらに、郵便屋さんが阿部さんの手紙を持って来てやる。

そして、2人の子持ちだった広川さん夫妻が、さらに新しく生まれたと言う双子「スケちゃん」「カクちゃん」を乳母車に乗せてやって来るが、夫婦は、阿部さんがいつも床に置いている大きなカバンが気になって仕方なかった。

その後、バスがやって来たので、陽子さんはコーヒーもらっとくと言い、カップを持ったまま帰って行く。

広川夫婦も帰ったので、水縞君は未久に、今から小学校に配達に行くから、送ってやろうか?と声をかける。

はい!と素直に返事をしたので、未久を配達用の車に乗せ、水縞君は小学校の給食室にパンを配達しに行く。

給食室の3人のおばさんに、パンを渡した水縞君は、帰りに、送り届けた未久の教室内を覗いて行くが、未久は他の友達と明るく過ごしていた。

しかし、学校が終わり、1人自宅に帰って来た未久は、自分で鍵を開け、誰もいない家の中に入ると、テーブルに空の皿を3枚並べ、その後、1人でパンを食べる。

夜、帰宅して来た未久のパパ(光石研)は、今日、学校、遅れて行ったんだって?と未久に聞く。

未久は、ママの作ったカボチャのポタージュ食べたいとパパにねだり困らせる。

翌朝、パパは未久を連れて、一緒にバスの停留所まで来ると、未久がバスに乗り込むのを確認する。

バスが発車すると、停留場に残っていたパパは、子羊の姿と「カフェ マーニー」に気づいたようで、店に入って来ると。カボチャのポタージュスープってあるんですか?とりえさんに聞く。

りえさんが戸惑い、は?と聞き返すと、パパは慌てたように、良いんです。コーヒーを1杯下さいと頼んでテーブルに腰を降ろす。

ご夫婦でやってらっしゃるんですか?ここのご出身じゃないんですよね?とパパがりえさんに聞いて来たので、水縞君が、僕は札幌で、りえさんは東京ですと答えると、良く付いて来てくれましたね、こんな辺鄙な所に…、こんな美味しいコーヒーが毎日飲めるなんて良いですね?仕事、辞められたんですか?この仕事をやるために…、思い切りましたね~…と心底感心したようにパパは聞く。

ええ、好きな暮らししたいと思い…、好きな人と好きな場所で…。自分たちが感じたことを、パンを食べてくれたお客さんにも、ここの風景を見ながら感じてもらいたくて…と水縞君が答えると、1人じゃなかったら出来ますよ。誰かと一緒なら…とパパは言う。

「りえさんは、訳もなく哀しくなることがあります。そんなときは、水縞君も哀しくなります。」

その後、又、未久が1人で「カフェ マーニー」にやって来る。

いらっしゃいませ。どうぞと店内に招き入れたりえさんは、カボチャのポタージュ出来ましたと言いながら、未久のテーブルに運んでやる。

テーブルに置かれたカボチャのポタージュを見た未久は、家を出て行ってしまったママ(霧島れいか)の事を思い出す。

(回想)パパとママと未久は、幸せに暮らしていた。

そんなママの得意料理がカボチャのポタージュスープだった。

しかし、パパとママは喧嘩をするようになる。

そんな時、未久は階段に腰を降ろし、耳を押さえて耐えていた。

ある夜、ベッドで寝ていた未久の部屋を覗きに来たママは、何も言わず扉を閉めて行く。

ベッドの未久は寝ていなかったので、そっと目を開けると、寝室の窓から外を見る。

ママは自動車に乗ってどこかへ行ってしまった。

(回想明け)いらない!絶対、いらないから!そう叫んで椅子を立ち上がった未久は、ごめんなさい!お邪魔しました!とりえさんに挨拶して、店を出て行く。

りえさんは、その後、未久宛の案内状を書くと、郵便屋さんに届けてもらう。

夜、再び、未久が「カフェ マーニー」に来ると、常連の阿部さんが、やあ!と手を挙げて挨拶する。

その直後、未久のパパもやって来る。

裏手の窯でパンを焼いていた水縞君が近づいて来て、いらっしゃいませと挨拶する。

未久とパパは、2人別々に招待されていた事を知り驚く。

お待ちしてました、どうぞと、奥のテーブル席に2人を案内したりえさんは、丸いコロッケとカボチャのポタージュスープを、親子と阿部さんのテーブルに置く。

未久は、あ!カボチャのポタージュと驚くと、何も言わずに立ち上がり、そのまま店を出て行ってしまう。

見て来ると言って、りえさんが後を追おうとするが、水縞君が、未久ちゃんは大丈夫だよと言って止める。

外に一旦出た未久は、夜空に浮かぶ月をしばらく眺めていた後、又、店の中に戻って来る。

そして、奥のテーブルに座ると、黙って、カボチャのポタージュスープを食べ始める。

パパも一緒に食べ始める。

美味しいねと未久が言うと、美味しいな~…とパパも答える。

でも違うね。ママのカボチャのポタージュスープとは違うねと未久は言い、パパも、ああ、違うな…と答える。

ママはもう…、戻らないんだよね?と未久が聞くと、ああ、ママはもう戻らないんだ…、ごめんなとパパは詫びる。

その時、コーヒーを飲み干した阿部さんが、今まで誰も観たことがない、大きなカバンを取り上げると、中から取り出して演奏し始めたのはアコーディオンだった。

哀しくも美しいメロディが店内に流れ、未久もパパも、水縞君もりえさんも、全員が驚いていた。

阿部さんが音楽家だったなんて誰も知らなかったからだ。

椅子を立ち上がり、パパに近づいた未久は、未久、パパと一緒に泣きたかったと言う。

そんな未久を抱きしめたパパは、未久と一緒に泣き始める。

そんな2人に、水縞君は、お2人でどうぞと、焼きたての丸いパンを差し出す。

パパは、そのパンを2つに割り、片方を未久に渡すと、未久はありがとうと言って受け取り、パパも未久も、そのパンをカボチャのポタージュに浸し、全部平らげる。

その間も、ずっと、阿部さんの演奏は続いていた。

やがて、食事も終わり、又いつでも来て下さいねと水縞君とりえさんは、未久とパパを送り出す。

本当にありがとうございましたと2人に礼を言ったパパが外に出て歩き出すと、未久は、パパ?と言いながら自ら手を差し出す。

パパは黙って、その未久の手を握って、2人は帰って行く。

「1人じゃなく、2人だと気づく時があります」

今夜の演奏代ですと言って、りえさんが阿部さんに持って行ったのは、リンゴの蜂蜜パンだった。

焼きたてですよと水縞君が教えると、わぁ~!と喜んだ阿部さんは、パンに蜂蜜をたっぷり垂らして、美味しそうにかぶりつき始める。

私は幸せ者ですよ…、今夜は特に…と阿部さんは笑顔で呟く。

積もった雪の中を、夫婦揃って歩くりえさんと水縞君。

「ツキウラに、厳しい冬がやってきました」

これじゃあ、表に出られないよ…、店の中から、厚く積もった外の雪を見ながら、りえさんが呟く。

「そのお客さんがやって来たのは、月も凍るような夜のことでした」

吹雪の「有珠駅」に降り立ったのは、阪本史生(中村嘉葎雄)とその妻アヤ(渡辺美佐子)の老夫婦だった。

駅近くから「カフェ マーニー」に、少しの時間だけ行きたいと電話して来たので、水縞君が車で駅まで迎えに行くことにする。

2人を乗せ、店に向かう間、坂本は、若い頃、ここに来たことがあり、アヤに一旦振られ、ここで再会したんですと言う。

この辺を旅行していたら、こいつが追いかけて来て…、一緒にここで三日月を見て…、それで、有珠駅でもう1度プロポーズしましてね。

有珠駅の「有」とツキウラの「月」の字を取って、生まれて来た娘には「有月(ゆづき)」と名付けました…と坂本は語り、しゃべり過ぎたかな?と反省しながら、隣に座っていたアヤの様子を気遣う。

アヤは咳き込み出したので、もうちょっとだぞと坂本は励ます。

「カフェ マーニー」に到着した坂本は、咳き込むアヤに薬を渡してやり、身体を擦ってやる。

そんな坂本夫妻を出迎えたりえさんは、何か暖かいものを作りますねと声をかけるが、坂本は、すみません。こいつ、パン、嫌いなんですと言い出したので、じゃあ、ご飯の方が良いですねと答える。

しかし、蓄えの米は底をついており、お客様に出す量はなかった。

水縞君は、広子さんの所へ行くわ…とりえさんに伝え、吹雪の中、車で出かけることにする。

すみません、お金ならいくらでも払いますからと坂本は恐縮するが、水縞君は、少しだけ時間もらえますか?と断って店を出る。

心配して見送りに出て来たりえさんに、あの2人、ちゃんと見てて。何か、ちょっと変なんだよと水縞君は言い残して出発する。

月が出えへんな~と坂本は窓から外を観ながら、アヤに話しかける。

りえさんは料理の下準備を始める。

裏に「日之出湯」と彫られた懐中時計を取り出した坂本は、9時23分で止まった文字盤を見つめる。

アヤの薬はもうなくなっていた。

坂本は、優しくアヤの頭をなでる。

吹雪の中、何とか、広川さんの家に到着した水縞君は、お米もらって良い?と声をかける。

親切な広川さんは、これも持ってかない?と鶏を渡そうとする。

米だけをもらい、店に戻る途中、雲間から、もうすぐ満月になりそうな月が姿を現す。

「カフェ マーニー」にいた坂本はアヤに、そろそろ月を観に行こか?有月も待っとるわと声をかけ、外に出ようとするので、気づいたりえさんは、どうなさったんですか?と声をかける。

そんな格好で外に出たら寒いでしょうと言いながら、店の中に戻そうとするが、そこに、急いで車を飛ばして来た水縞君が戻って来る。

坂本さん!と水縞君も声をかけながら駆け寄ると、月を観に来たんです…と坂本が答えるので、月ならうちからでも見えます。この窓からでもよ〜く見えますから!と強調する。

りえさんは、2人が諦めて店内に戻ると、再び、ポトフを煮込み始める。

アヤは疲れたのか、椅子に座って眠っていた。

一緒になられて何年ですか?と聞くと、もう50年近くになりますかね〜と坂本は答える。

ずっと一緒に風呂屋やって来て…、地震で全部なくなりました…。

有月も逝ってしもうた…

それでも頑張って建て直してね…と坂本が言うので、地震、随分経ちましたね…とりえさんは言葉をかける。

こいつも、残った湯船見て、これがほんまの「露天風呂」やと笑っていました。

2人きりになってしまいました…。

十分や…、もう十分や…、そう思うんです。だってそうでしょう?

昨日まで出来たことが今日は出来へん…。

明日又、自分を追うから楽しみ出来るんですよ。

そうやけど、なかなか…、出来なくなることばかりでね…

覇気なくし…

そんな坂本の話の最中、土鍋で炊いていたご飯が出来、ポトフも完成する。

寝ていたアヤが目覚め、テーブルに置かれた料理を前に、頂きますと言って、皿の中のポトフを見ると、父さん、ジャガイモや…と言うので、そうや、ジャガイモや…と坂本も答える。

その時、ご飯と一緒にりえさんがテーブルに置いておいたパンに興味を持ったらしきアヤが、自らパンに手を伸ばす。

おい、それはパンや。食べられへんやろ?せっかくご飯、炊いてくれたのに…と坂本が注意するが、アヤは構わず、パンを頬張ると、美味しいわ〜と嬉しそうに呟く。

お豆はんの入ったパン、美味しいわ。私、明日もこのパン食べたいな…とアヤが言うので、じっとその姿を見つめる坂本。

その時、アヤが木のスプーンを床に落としてしまったので、坂本は床の上のスプーンを拾い上げようとかがみ込む。

そんな坂本に、お父さん、ごめんなさいねとアヤは声をかける。

坂本は床間近に顔を寄せたまま、思わず涙し、分かった、分かったと返事をする。

椅子に座り直した坂本に、アヤがパンを手渡す。

それを口にした坂本は、旨い!と呟く。

りえさんは、新しいスプーンとパンを2人のテーブルに持って行くと、アヤさん、明日もパン食べて下さい。チーズも又、違いますよと声をかける。

翌日、水縞君は、パンをこねる所から、坂本夫婦に披露する。

見よう見まねで、坂本も一緒にパン作りを手伝い、パンも良いですな〜と呟く。

これはカンパニヨと言うんですが、さて、どんな意味でしょう?ヒントは。パンを分け合う人たちのことなんですと水縞君は坂本にクイズを出す。

そして、史生さん、しばらくうちで過ごしませんか?もう少しいてくれたら、ここからでも満月が見えますよと水嶋君は坂本に声をかける。

そんな「カフェ マーニー」に、阿部さんの奏でるアコーディオンに合わせ、広川さん夫婦が、郵便で〜す!大地からと言いながら、チーズを持ってやって来る。

広川さんの奥さんは卵を持って来て、私が生んだんじゃないよと冗談を言う。

その広川さんのチーズを使い、坂本夫婦も手伝ってパンを編み込み、焼くことにする。

人は乾杯の数だけ幸せになると言います。ヨーロッパでは、一日の終わりを乾杯で締めくくれたら、それは幸せだと…

焼き上がったパンを前に、みんなで乾杯をし、パンを食べる。

その後、店内では、みんなが輪になって踊り出す。

坂本夫妻も笑顔で踊る。

翌朝、りえさんは表に雪だるまを作っていた。

その後、洗濯物を干していたりえさんは、水縞君のズボンの中から小銭を見つけ喜ぶ。

アヤは、店に置いてあった「月とマーニー」の絵本を読んでいた。

りえさんは、雪が積もった外にちょっと出てみる。

「ツキウラの真っ白い雪が、りえさんの心を包んで行くのが分かりました」

りえさんは、布団のように積もった雪の中に倒れ込んでみる。

そして数日後、満月の夜が来る。

坂本夫妻は、その満月を見上げ、きれいやね〜、きれいや。月はずっとここにあるね〜。明日もツキウラにあるね〜、そやな〜と感激していた。

そんな中、アヤは、お父さん?と呼びかけ、何や?と坂本が聞くと、ありがとう!と感謝の言葉をかける。

そして、2人は又、きれいな満月を見上げるのだった。

いつの間にか、止まっていた坂本の懐中時計が動き出していた。

翌朝、帰りますと言い出した坂本は、尚さん、カンパニオの意味、分かりましたわと、水縞君に話しかける。

家族と言う意味、違いますか?と坂本が言うと、惜しいです!仲間と言う意味なんです。でも、それが家族の原点だと思っていますと水縞君は教える。

その後、水嶋君とりえさんは、坂本夫妻を送って「有珠駅」までやって来る。

坂本夫妻が乗った電車が出発した後、ホームに残ったりえさんは、ずっとずっと見てて、私のこと…と水縞君に言葉をかける。

うん!と水縞君が答えると、水縞君のこと、私も見てるから…と言葉を続けたりえさんは、ありがとう、水縞君、ここに連れて来てくれて…と礼を言う。

頼んだの、こっちだよ。帰ろう…と水縞君は照れくさそうに答え、手を差し出す。

2人は手を繋いで帰ることにする。

ツキウラに春が来て、子羊のゾーヴァが鳴き、阪本史生からの手紙が「カフェ マーニー」に着く。

「りえさん、尚さん、冬の頃は色々お世話になりました。アヤはこの春亡くなりました。

マーニーさんに行ったとき、アヤに残されていた命は短かったので、ツキウラで一緒に死のうと思ってました。

しかし、それは傲慢でした。

アヤは嫌いだったパンを食べ、明日もこのパンを食べたいと言いました。

人間は最後の最後まで変化し続ける事を知ったのです。

アヤは懸命に生きて、死んで行きました。

それを私は全て見守ることが出来たのです。

私は今でも番台に座って、りえさんのスープを思い出しています。

ツキウラには、地に足がついた人間らしい暮らしがありました。

仲間と一緒に暮らして行く。そこにこそ、幸せがあるような気がします。」

水縞君は、涙ながらに手紙を読み終える。

その夜、水縞君と2人きりの夕食を食べていたりえさんが、水縞君、見つけたよ。私のマーニーと言い出し微笑んだので、水縞君も思わず微笑む。

「この日、水縞君は、たった1つ欲しかったものが手に入ったようです」

絵本の中で、月に手を抱くマーニーの姿

翌日、りえさんは、東京に行った時生君と香織さんや、未久とそのパパら、これまで来てくれたお客さんに向け、パンを詰めた贈り物を作っていた。

そこには、「しあわせのパン」と書いたカードも添えられていた。

やって来た郵便屋さんは、阿部さん、良い名前、付けますねと感心する。

りえさんは、包み終えた大量のパンの贈り物を郵便屋さんに託す。

郵便屋さんは、バイクの後ろに山のように箱を積んで出発する。

いつの間にか、羊のゾーヴァは大きく育っていた。

そんな中、りえさんは水縞君に、来年の予約が来たよと話しかけ、ここ!と自分のお腹を触る。

大喜びした水縞君が、表に飛び出す。

「幸せが何なのか、私にはまだ分かりません。でも私は決めました。水縞さんの所に生まれることを」