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七つの顔

戦後、チャンバラ映画をGHQに禁止されたため、時代劇スターを活用した現代劇アクションとして始まったとされる「多羅尾伴内」シリーズの第1弾。

戦前、時代劇スターだった俳優さんたちも、戦後のこの時期だけは、否応なく現代劇に転向せざるを得なかったようだ。

この主人公像は、劇中の会話でヒロイン役が憧れている、探偵要素もあった「怪盗ルパン」が発想のベースになっているものと思われる。

動きが少なくセリフだらけの名探偵ものより、怪盗ものの方がアクション要素を取り入れ易く、映画向きであるためだろうが、このシリーズは徐々に、その荒唐無稽振りから、当時の子供たちに大人気となったらしく、その変装、変身設定は、後の「七色仮面」等と言った子供向け東映変身ヒーローの原点になっているのではないかと推測される。

ただ、第一作目の本作は、GHQへの配慮もあってか、ラストのカーチェイスを除けば、まだアクション要素は希薄と言わざるを得ない。

ヒロイン役は、時代も食べ物も違うので、今のモデルのような体型とは言いがたいが、まだ痩せていた時代の轟夕紀子さん。

歌も披露しており、愛らしい風貌の頃である。

重要な役どころで登場する月形龍之介にはすぐに気がつくが、警察所長の役で登場している俳優の顔を良く見ていると、時代劇の重鎮役などに良く出ておられた香川良介だと気づく。

当然のことながら、両者とも極めて若々しい。

古老の政治家役で登場している上田吉二郎なども、老けメイクとは裏腹に、声が若々しく、後年の悪役イメージとはまるで別人である。

古い作品だけに、セリフが聞き取り難い箇所がいくつかあるが、大まかな展開を理解するのに支障があるほどではない。

トリックは、劇中でもその名が登場するエラリー・クィーンものの「神の燈」にヒントを得たものではないかと想像する。

ただ、この作品では、ベースとなるトリックに独自の工夫が凝らされているため、模倣している印象はほとんどない。

探偵ものの古典的海外ミステリを読んでいる人なら、シンプルながらも、この作品、当時のミステリの基本をそれなりに踏まえた展開になっていることが分かるはずで、警察が途中まで活躍していない印象なのも探偵ものの約束事であり、警察が優秀だと、探偵の出番がないからに他ならない。

事件の背景にあるのが、戦後民主主義の象徴とも言うべき選挙に廻る不正であるのも興味深い。

汚辱に紛れた高潔な人物が精神を病んでしまうと言う展開も、同年に連載されていた「本陣殺人事件」などに通ずる部分がある。

その「本陣殺人事件」の映画化「三本指の男」(1947)で翌年金田一耕助を演じるのも、多羅尾伴内をと同じく御大片岡千恵蔵であるのも因縁を感じる。

劇中に登場する野々宮早苗と言う名前も、1950年に連載された横溝正史作品「犬神家の一族」のヒロイン野々宮珠世に似ており、その辺もミステリファンとしては気になる。

ただ、謎解きとして本作に説明不足の部分がないでもなく、本格謎解きと考えるより、謎解き風の通俗ヒーローものと解釈した方が良いかも知れない。

それでも、無線機付きの多羅尾伴内専用乗用車の登場などは、後のボンドカーなどを連想させ、興味深い要素もある。

御大の後、東映金田一を受け継いだ高倉健さんの作品にも白いスポーツカーが登場していたが、シリーズ化されていたら、まさしくボンドカーのような車の活躍を観られたかも知れないなどとも妄想する。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1946年、大映、比佐芳武脚色、松田定次監督作品。

シルエット風の絵を背景にタイトル、キャスト、スタッフロール

東洋劇場、マスクをかぶったリリーシスターズの看板

舞台では、女性歌手が歌い、ダンサーたちが背後で踊っている。

歌い終わると、白いカーテンが閉じ、再びカーテンが開くと、1人の髭のマジシャンがマジックを披露し出す。

楽屋では、清川みどり(轟夕起子)宛の花束が届いたので、どなたから?と聞くと、野々村さんからと持ち込んで来た老人が言うので、みどりは考え込む。

花束に挿してあった名刺で「野々村信介」の名前を確認したみどりは、隣でメイクしていた女から、心当たりないの?と聞かれたので、聞かない名よ…と、鏡台の前に座り、髪を梳きながら答える。

すると、隣でメイクをしていた滝田万里(服部富子)が、あの人の変名じゃない?と口を出し、みどりはまさか…と笑う。

そんな会話を、楽屋に遊びに来て背後で聞いていた金田金平(村田宏寿)は、あの人とはどの人じゃな?と詮索して来たので、良い人よ…と隣の女が答える。

良い人と言う言葉にも色々な意味があるがね…と金田がしつこく食い下がると、恋人よと万里が答える。

誰の?と金田が聞き返すと、むろん私よとみどりが笑顔で答え、だけどあちらは知らないわ…と、鏡の自分に向かってみどりは嬉しそうに言う。

舞台では、髭のマジシャンがカードマジックを披露している。

それは青年かね?と金田が興味津々と言う顔できくと、32才よと万里が答える。

美男子かね?と金田が聞くと、もちろんよと万里が答える。

君は野々宮信吾に惚れとるんじゃないのかね?と金田が椅子に腰掛けたみどりに問いかけると、野々宮信吾って誰のことですの?とみどりは怪訝そうに聞き返す。

野々村信介と野々宮信吾、この二つの名には類似点があると金田が睨んで来たので、妙なことをおっしゃるのね…とみどりは相手にしない。

それでも、君は確かに、野々宮信吾に惚れとる!人を介してわしに借金を申し来んで来た貧乏紳士の野々宮信吾にな…と金田は、みどりを威圧するように断定する。

あなたは、心の中にやぶにらみのもう一つの目をお持ちなのね…と苦笑するみどり。

そうかも知れんと頷いた金田だったが、しかし、ポケットにはこんなものがあるんじゃと言いながらケースを取り出すと、ネックレスを取り出し、表情が曇ったみどりの首に掛けてやる。

みどりくん、時価百万円のそのダイヤの首飾りは、初日以来、日ごとそうして君の胸に光り輝き、君の舞台に花を添えとると金田が得意げに言うと、おそらく、隣の女がからかうように口を挟んで来る。

無条件で?とみどりが聞くと、そう言う訳にはいかん!と金田が言うので、じゃあこれは、いつまでも私のものにはならないわ、あなたの物よ!と言いながら立上がったみどりは、そのまま舞台に向かう。

廊下に出たみどりは、舞台を終えて戻って来たマジシャンと出会ったので、にっこり微笑み、すれ違おうとするが、その時、みどりさん!と呼び止めたマジシャンは、その首飾りには忌まわしい伝説があるのです。あなたの身に災いがなければ良いのですが…と不吉な言葉を投げかけて来る。

金田が客席に来ると、舞台では踊りが終わり、マスクを付けたみどりが登場する。

マイクの前に立ったみどりは、マスクを取ると歌い始める。

客席の金田は、みどりがしている首飾りの説明をしようと背後の客に話し始めようとするが、迷惑がられたので、舞台に目を戻し、満足そうに微笑む。

マスクの女の顔のアップ

不気味な仮面をかぶった2人の賊の顔のアップ

驚く万里と千早エリ子(丸山英子)のアップ

楽屋に置いてあった花束が燃え始めたのだった。

誰か来て!火事よ!と万里が廊下で叫ぶと、男の楽屋にいたマジシャンも気づく。

劇場内は、火事だ!と叫び、うろたえる者たちが入り乱れ、大混乱になる。

舞台も緞帳が降ろされ、みどりも舞台袖に下がろうとするが、その前に立ちふさがったのは、仮面をかぶったピエロ姿の2人組だった。

2人は、逃げ出そうとするみどりを捕まえると、麻酔薬を染み込ませた白いハンカチをみどりの口にかぶせる。

気絶したみどりを肩に担いだ翁の面のピエロは、裏口から階段を下りると、外に停めてあったに車背後に、待っていたマスクを付けた矢絣模様の着物の女性と共に乗り込む。

車は、とある洋館に到着し、みどりを抱えたピエロと矢絣の女は、中に入って行き、二階へと上がる。

ソファーにみどりを寝かせると、その胸に輝いていた首飾りを取り上げた矢絣の女の方が、電気スタンドの灯でそれをじっくり確認、素晴らしいわと喜んだので、ピエロの方が見せろと迫ると、これは私のものよ、男には価値がないものよなどと抵抗するので、ピエロは、見せないのか?と苛立つ。

仮面の二人が口争いをしている中、みどりは意識を取り戻す。

矢絣の女は、みどりが立上がったことに気づくと、ナイフを持って迫って来ると、静かにおし!静かにしていれば、命まで取ろうとは言わないよと女は威嚇して来る。

返して!返して下さい!とみどりは哀願するが、うるさいね、兄さん、そこのコート取ってよと、矢絣の女が言うと、ピエロが、ソファーにかけてあったコートを取り上げ、それをみどりの頭の上からかぶせる。

再び、みどりを車に乗せた2人は、とある場所でみどりを解放すると、お前は損をしなかった、かえって得をしたんだよ、世間の評判になり、人気は高まる一方だろうからねと矢絣の女は言う。

悪く思うなよと、仮面のピエロの方も、みどりの肩を軽く叩いて車に乗り込み、矢絣の女と共に姿を消す。

「歌姫ゆうかいさる」「スター清川みどりをめぐる謎?」「ダイヤの首飾りを廻る怪事件」「劇場の出火 歌劇スター誘拐さる?」「奇怪 百万円ダイヤの盗難」と言った扇情的な文字がすぐに新聞紙上をにぎわす。

警察関係者が捜査を終え立ち去ったみどりの屋敷にやって来たのは、金田金平だった。

昔、鬼刑事と言われた本堂應助(光岡龍三郎)君じゃと、ベッドに横たわっていたみどりに会った金田は連れて来た男を紹介する。

名刺を渡した本堂は、昨日の仔細をと聞いて来たので、それは先ほど警察の方に申し上げましたわ、警察でお聞きなさいませ…とみどりが答えると、バカを言いなさい!警察は警察、こっちはこっちです!と勝手にソファーに座った金田が声を荒げて来る。

でも、金平さん、みどりさんは気分が悪いのよ…と、見舞いに来ていた万里が弁護すると、気分よりわしのダイヤの首飾りじゃ!と金田は言う。

私に責任があるとおっしゃるの?とみどりが聞くと、ないとは言えまい?盗まれたのは君じゃと金田は睨んで来る。

まあ酷い!とみどりは呆れ、冷酷だわ!と万里も立上がって睨み返すと、冷酷ではない!当然だ!と金田は言って立上がると、君には責任がある!その責任を回避することは出来ん!あのダイヤの首飾りがわしの手に戻らん限り、君はその償いをせにゃならんと言いながらみどりに迫る。

酷いわ!みどりさんにそんな力がないことはお分かりのはずに!と万里が間に立ちはだかる。

力がなくても身体がある…と金田は言い出す。

わしの条款では、その身体は100万円の…と金田が続けようとした時、お客様が見えてますよと、同じく見舞いに来ていたエリ子が名刺を持って入って来る。

「多羅尾秘密探偵社 多羅尾伴内…」と名刺を読み上げたみどりに、そんな奴はインチキだ!断ってしまいなさい!と金田が口を挟む。

すると、良くご存知ですな…と言いながら、メガネをかけた風采の上がらない中年男が入って来る。

どうですかな、御気分は?と言いながら、みどりのベッドに近づいて来たその男多羅尾伴内(片岡千恵蔵)は、みどりの額を触ると、ほう…、微熱がありますな…、いや、大したことではありませんわい…と言葉をかけて来る。

ところで、あなたは探偵小説は愛読しますかな?と多羅尾は、自分で勝手に椅子をベッド脇に持って来て座り込むと、みどりに聞き始める。

ええ…とみどりが答えると、すると、シャーロック・ホームズをご存知ですな?と多羅尾は聞き返す。

ホームズ、ルコック、ソーンダイク博士、チャーリー・チャン、ファイロ・ヴァンス、クイーン…と多羅尾が名探偵の名をあげて行くと、あら、ルパンが欠けてますわとみどりが嬉しそうに補足する。

いや、あれは怪盗です…と多羅尾が反論すると、同時に探偵よ!正義と真実のために戦った人ですわとみどりは楽しそうに言う。

ほお…、あんたはそう思いますかな…と、多羅尾は感心したように問い返す。

信じますわ…とみどりが笑顔で答えると、宜しい…、見解の相違です…と多羅尾は笑うので、おいおい、それは何の話だね?と金田が面白くなさそうに口を挟んで来る。

世界の名探偵のはなしですよと多羅尾が答えると、世界の名探偵とわしのダイヤがどういう関係があるのかね?と金田は苛立つ。

多分、何にもないでしょうな…と惚けながら、多羅尾がくわえた煙草に火を点けると、ベッドの上のみどりや女たちは、おかしそうに笑い出す。

あんた、あると思いますか?と金田をからかうように聞き返し、どうです?少しは気分が良くなりましたかな?と多羅尾はみどりに話しかけ、人間は気分のものですからな…と優しく語りかける。

本当に気分のものですわと言いながら、みどりが金田の方を見やると、気後れしたのか、金田は黙ってソファーに座り込む。

実はわしも探偵でして…、どうです、みどりさん、この事件をわしにご依頼になりませんか?もちろん、駆け出しのことですから、調査は無料ですと多羅尾がみどりに言うと、有料でも結構ですわとみどりが答えたので、とは、ご承諾の意味ですな?と多羅尾は確認し、早速質問に取りかかりますと言い出す。

新聞の報道は、大体において正しいものでしょうな?と多羅尾が聞くと、ええ…とみどりが頷いたので、すると、犯人は2人の面の男と1人の仮面の女ですか…と多羅尾は確認する。

私の目に触れたのは、その3人だけでしたけど…とみどりが答えると、あなたが昏睡から醒めたのは?と多羅尾が聞く。

洋風の書斎でしたとみどりが答えると、醒めてまず、何を観ました?と多羅尾は聞く。

首飾りを争っている兄妹でしたわとみどりが答えたので、兄妹?と多羅尾は意外そうに聞き返す。

ええ、だって、仮面の女は翁の面の男に兄さんと呼びましたもの…とみどりは言う。

その女に付いて、何か…?と多羅尾が問いかけると、紫の矢絣模様の着物を着て…、指には三つの真珠を組み合わせた指輪を…とみどりは思い出す。

他に何か…?と多羅尾が促すと、帰りがけに数えたんですけど、二階への階段は18段でしたわ…、玄関を出ると6歩の石畳があり、それから3段の石段を降りて、門までの砂利の道はきっかり22歩でしたとみどりは答える。

それから、門から自動車までは63歩、公園までが15〜6分、自動車の番号は、確か…、1234番でしたとみどりは記憶力の良い所を披露する。

それ以上の情報は得られないと判断した多羅尾は、この事件を要約するとこう言うことになりますな…、人目をくらますための花輪、その発火、2人の面の男、白いハンカチ、眠り薬、1234番の自動車、仮面の女、洋風の家、22歩の砂利の道、3段の石段、6歩の石畳、玄関、18段の階段、二階の書斎、紫屋矢絣の着物、3つの真珠の指輪…、本堂さん、あなたはこの事件からまず何を感じますかな?と、背後で手帳を拡げていた本堂に声をかける。

すると、本堂は、藤村の手口です。怪盗となり、紳士盗賊と言われたあの藤村ですと答える。

ああ、なるほど…、昭和16年以来、ぷっつり消息を絶った藤村大蔵ですな…と多羅尾も思い出したようだった。

さすがにあんたは鋭い!この犯罪の知能的な所は、確かに藤村に似ていますな…、しかし、これは藤村の犯行ではないですな…と多羅尾が言い出したので、反証がありますか?と本堂が聞くと、まず心情的に言いますと、藤村大蔵は罪なき女性は苦しめませんよと多羅尾は言う。

反証にしては薄弱ですな…と本堂がバカにすると、では、事実について言いましょう。藤村は首飾り一つ手に入れるために、人手を借る男ではありませんよ。彼の犯行はあらゆる場合、単独でした。それは彼の犯罪経歴がそれを立派に証明してますよ…と多羅尾は笑って答える。

しかし、本堂さん、この事件は割に簡単ですな…と多羅尾が聞くと、左様…、簡単ですと本堂も同意する。

どう簡単ですの?とみどりが聞くと、それは、家と言う特殊な証拠があるからですよと多羅尾は答える。

その位置も、あなたの機智によって、かなり解剖されているんです。これは我々にとって非常に有利ですが、その簡単な所に複雑性が…と多羅尾は、急に表情を曇らせる。

つまりですな、この犯罪は、単なる首飾りの盗難事件で終わらないと言うことですよ。この裏には何かが…、もっと重大な何かがありますな…と多羅尾は言う。

それについて、何か証拠があるんですか?と本堂が問いかけると、否、証拠はわしの直感ですよ…と多羅尾は言うだけだったので、直感は証拠にはならん!と金田が口を挟む。

しかし、少なくとも推理の母体にはなりますからな…と答えた多羅尾は、本堂さん、あんたは家の発見に何日を必要となさいますかな?と問いかける。

まず、三日もあれば良いでしょう…と本堂が答えると、何!三日…!ほお…と多羅尾は驚いたようだった。

「探査三日間 ダイヤ首飾事件に暁光見ゆ」の新聞報道

すっかり元気を取り戻したみどりは、自宅のピアノを弾きながら歌を歌っていた。

それを側で聞くエリ子と多羅尾

伴内さん、いかが?と歌い終えたみどりが物足りなそうに聞くと、非常に結構でした…と、考え事をしていた多羅尾は答える。

本当?噓!あなた、音楽なんて上の空だったのよ、ちゃんと顔にかいてあるわ!と、みどりは不機嫌そうに言う。

そんなことはないですよ。わしは音痴ですが、音楽を聞くことは好きですからな…と多羅尾は言い訳する。

ねえ、伴内さん、あなた、あのことを気にしてるんじゃないの?と言いながら、伴内の側に座ったみどりは、本堂さん、三日もあればとおっしゃいましたわ。今日はその三日目よとみどりは言う。

あぁ、そのことならば、とんと見当違いですよ、わしは昨日、あの家を発見しておりますからなとあっさり多羅尾は言い、わしの憂鬱はそんなことではありませんよ。犯罪の必然性と言うことに付いて大きな疑問があるのですと続ける。

そこで、あんたたちにも警察にも、あの家のことは伏せてあったんですからな…。不思議だ…、どうも分からん…と多羅尾はまたもや考え込む。

そこにお手伝いがやって来て、金田様からお電話でございますとみどりに伝えたので、みどりは部屋の外に出て行く。

何でしょう?とエリ子が聞くと、わしには分かっていますよと多羅尾は答え、万里に、何か弾いて下さいと頼む。

万里は、はいと答え、ピアノを弾きだす。

本堂君はあの家を発見しましたね?と、戻って来たみどりに多羅尾が確認すると、これから警察に行って一緒に踏み込むんですってとみどりは教える。

すると多羅尾は、行きましょう!一昨年亡くなられた有名な政治家野々宮宗介先生のお宅ですとみどりに告げる。

表札には、「野々宮信吾」と書かれてあった。

万里とエリ子も伴い、みどりと一緒に車で屋敷に到着した多羅尾は、こちらが早かったようですな、好都合ですと言うと、先を歩いて家の玄関に近づく。

22歩だわと、砂利道を歩いたみどりが驚くと、3段の石段と多羅尾が指摘、6歩の石畳!とみどりは確認する。

二階に上がりかけていた野々宮信吾(月形龍之介)が、3人の女性と共に訪問した多羅尾に、あなたは?と問いかけると、折り入って、ちとお聞きしたいことがあるんですが…と言いながら、多羅尾は名刺を差し出す。

どうぞ…と応接間に招き入れようとした野々宮に、差し支えなければ、二階に書斎でお話をお聞きしたいのですが…と多羅尾は申し出る。

多羅尾の後に続いたみどりは、二階への階段を登りながら段数を数える。

書斎に入ると、矢絣模様の着物を着た女性がいたので、みどりは驚く。

妹の早苗(喜多川千鶴)ですが?と野々宮が紹介すると、多羅尾に近づいたみどりが、あれを!と指差して教える。

その方向にあった早苗の指には、真珠を三つ組み合わせた指輪が光っていた。

母の形見の品ですが、この指輪がどうかしたんですか?と、その視線に気づいた野々宮が聞くと、多羅尾は黙って部屋の中を観察しだし、みどりは怯えたように、やっぱりこの部屋ですわと言う。

多羅尾が無言で頷くと、表に車が停まる男が聞こえて来る。

それは、本堂を伴いやって来た金田と警察の車だった。

訪問して来た長谷川隆治警部(香川良介)から家宅捜査の命令書を見せられた野々宮は、その中味を確認し、どうぞ…と許可する。

お聞きしますが、ご家族は?と長谷川警部から聞かれた野々宮は、ただいまは妹と二人…と答えると、お兄様、鈴木さんのことも申し上げておいた方が…と野々宮に告げる。

そうだね…と早苗に答えた野々宮は、言い忘れましたが、鈴木春雄と言う男が二三日前まで同居しておりましたと補足する。

それは、御親類か何かですか?長谷川警部が聞くと、いえ、父の生存中にここにいた車の運転手ですと野々宮は答える。

それが、今年の5月、南方から復員してきまして…と野々宮が答えていると、そこに、家宅捜査をしていた刑事たちが、翁の面と女がかぶっていた面の二つを持って来る。

それを観たみどりは怯え、野々宮は無言で固まってしまう。

あなた、面白い趣味をお持ちですな…と長谷川警部が言うと、いいえ、これは父の形見ですよ…。父は生前、面の収集では相当知られていました…と野々宮は答える。

ところで最近あなたは、人を介して、ここにおられる金田金平氏に金融を申し込んだそうですが…と長谷川警部が聞くと、お恥ずかしいことですが、事実です。ある必要のため、この家具を抵当としまして…と野々宮は答える。

ある必要とは?と長谷川警部が畳み掛けると、申し上げる時期ではありません。いずれお分かりになるでしょう?と野々宮ははぐらせる。

つかぬ事をお尋ねしますが、あなたの自動車の番号は?と長谷川警部が聞くと、僕は自動車を持ちません。父の死後、間もなく手放しましたよ野々宮は言う。

すると、運転手の鈴木を置いたのは、他に何か理由があるはずですが…と長谷川警部は聞く。

他に行きどころがない復員車が自分を訪ねて来た場合、あなたならどうなさいます?と野々宮は長谷川警部に反対に聞き返す。

では、鈴木がこの家を出た理由は?と長谷川警部が迫ると、それは本人に聞くべきでしょう。鈴木は僕に無断で突然いなくなったのですと野々宮は答える。

そこに、物置の隅にこんなものがありましたと言いながら、「1234」のナンバープレートを持った刑事が入って来る。

長谷川警部は、目をそらした野々宮に、最後の質問を致しますと告げ、あなたは12月5日午後8時から10時40分までのアリバイがありますか?と聞く。

その証明は私が致しますわ。兄は5日のその時間には、書斎で読書しておりましたと早苗が割り込んで来るが、せっかくですがお嬢さん、実はこのアリバイは、あなたにも証明して頂かねばならないのですと長谷川警部が言うので、早苗は仰天する。

清川君、あなたはこの家に付いて証言ができますな?と長谷川警部から聞かれたみどりは、はあ…と答える。

娘さんがはめている、あの指輪に付いても証言できますな?と本堂もみどりに確認して来る。

みどりは、はいと答える。

野々宮さん、私はあなたたちをダイヤの首飾り事件の容疑者として逮捕いたします!と長谷川警部は告げる。

野々宮は、その場で刑事たちに腕を取られるが、長谷川警部に近づいた多羅尾は、5分間で良いです、わしに顔を貸して下さいと頼む。

長谷川警部と共に廊下に出た多羅尾は、わしは自分の良心に誓って申し上げますが、あの兄妹は犯人ではありませんぞと言う。

何か確証がありますか?と長谷川警部が問うと、いや…、確証は…、あの人格です。2人の人格はこの犯罪とはよほど縁遠いものですと多羅尾は笑う。

しかし、物的証拠はその人格を否定している!と長谷川警部が冷静に反論すると、いや、そこです…、そこがあなた方の錯覚ですと多羅尾は言う。

わしの見解によれば、あの物証はあの兄妹の犯行を裏付けるものではありません。むしろ、それを否定するものですと多羅尾は言う。

すると長谷川警部は、多羅尾さん、あなたは探偵業を廃業なすった方が良いようですな…と言いながら部屋に戻ろうとするので、ではわしを信用して下さらんのですか?と多羅尾が追いすがると、信用するしないは問題ではない。警察としてはあれだけの物的証拠がある以上、一様犯人として追求しなければならんのですと長谷川警部は答える。

では、野々宮さんをここに呼んで、2、3、質問させて下さいと多羅尾は頼み込む。

時間は?と長谷川が聞くと、3分!ほんの3分ですと多羅尾は頼む。

宜しいと答えた長谷川所長は、部屋に戻り、その直後、早苗が部屋を出て来る。

部屋の中の野々宮の方は、手錠をかけられ、我々は煩雑を避けたいのです。この屋内に首飾りがあるのなら、今のうちにお出しになった方が良いですよ?と長谷川警部から迫られていた。

すると、この家の解体費は、わしが出しても宜しいと金田が口を挟んで来る。

とにかく一日も早く、わしのダイヤを…と金田が続けようとした時、廊下から銃声が轟いて来る。

刑事たちは慌てて廊下に飛び出し、野々宮は、早苗!と刑事に掴まれながら暴れだす。

廊下では、割れた窓ガラスの前で、拳銃を持った多羅尾が、早く追って下さい!と情けなさそうに刑事たちに声をかける。

女と思って油断したのがいけなかったのです…、わしの責任です!わしの失態です!と多羅尾は長谷川警部に謝る。

その後、力ない足取りで帰る多羅尾とみどり、万里、エリ子たち…

先を歩いていた多羅尾に駆け寄ったみどりが、私、間違っていたんでしょうか?と不安そうに聞くので、そんなことはありませんよ、あなたは経験した事実を正しく証言しただけですから…と慰める多羅尾。

でもあなたは、あの2人は犯人ではないとおっしゃるじゃありませんか?とみどりが聞くと、それはそれ、これはこれ…、あんたは私のための気鬱になることはないですよ…と多羅尾は言い聞かせる。

でも本当かしら、多羅尾さん、あの2人は本当に犯人じゃないの?と追いすがって来た万里が聞くと、断然、犯人じゃありませんと多羅尾は断言する。

けど、どうしてそれが分かるんですの?とエリ子が聞くと、証拠が揃い過ぎているからですよと多羅尾は言う。

犯罪者と言うものは本能的に証拠の隠滅を計るものですが、この事件はそれにがかえってむき出しにされていますからな…と多羅尾は言う。
じゃあ、誰かがあの2人に罪をなすり付けようと…とみどりが指摘すると、結論はそうなりますな…と多羅尾も答える。

酷い奴ね…、お二人がお可哀想だわ…とエリ子は同情する。

家に戻って来たみどりが、お寄りになるでしょう?と聞くと、多羅尾は無論ですよ、お客様を待たせていますからな…と答える。

お客様?と戸惑うみどりたちに、そう…、思うんですがな…と多羅尾は答え、どなたなんですの?と万里が聞くと、野々宮早苗ですよと多羅尾は明かす。

悪いとは思ったんですが、あの場合、ああするより他に方法がなかったものですから、一芝居打った訳です…と言いながら、多羅尾たちが家に入って来ると、確かに、そこで待っていたのは早苗だった。

まさか誰も、加害者が被害者のうちのおるとは思わんですから…と言いながら、早苗の前に多羅尾たちがやって来て、良く無事に来られましたなと声をかけると、兄は…、兄はどう致しましたでしょう?と心配げに早苗が聞いて来る。

誠にお気の毒でした…と多羅尾は報告すると、早苗は感極まって泣き出したので、心配なさることはないです、詮議と真実は必ず近くに…と慰めようとするが、いえ…、ダメなんですと早苗は泣きじゃくる。

どうして?あなた方の無実が分かればそれで良いじゃありませんか?と多羅尾が聞くと、それでは手遅れになるんです!兄の一生は、これで何もかもダメなんです!と早苗は嘆く。

落ち着いて、その間の事情をわしにお聞かせなさい。兄さんの一生がダメになると言うその訳は?と多羅尾が優しく問いただすと、選挙です!兄は次の知事選挙に出るつもりだったのです。兄はお父様の志を継いで、政治家として立つことが兄の一生の念願でした。これで何もかも…と早苗は打ち明けて泣き崩れる。

それを聞いた多羅尾は、そうだったのか…、国民の正しい一票から生まれるはずだった知事が、こんな不正から、生まれずに落ちるんだな…、それがこの事件の裏か…とつぶやく。

破滅です…、兄はきっと…と早苗が言うので、そんなことはないですよと多羅尾は慰めようとするが、いいえ、私には分かります…、その他に取る道はありません…と訴えて泣き崩れる。

「良心の呵責か 狂言か ダイヤ首飾事件 犯人 野々宮発狂」「百万円ダイヤ首飾事件 容疑者野々宮 精神錯乱か 取調べ不能!」の文字が新聞紙上に踊る。

警察の長谷川部長を訪ねた多羅尾は、野々宮が酷い興奮状態にあるため、まだ取調べもできないと聞かされる。

ほんの3分間だけ面会させてくれないかと頼んだ多羅尾だったが、お断りするよ、どうも、君のその3分が危ないんだ…と長谷川警部は皮肉って来る。

どう危ないのです?と多羅尾が聞くと、はっきりは言えんのだがね、本堂君など、野々宮早苗逃亡事件に関しては、ある疑問を抱いているんだよと長谷川部長は言う。

では、わしが逃亡させたとでも言うんですか?と多羅尾が切り返すと、いや、そうは思わん。まさか君がこんなことをしようとは僕は信じないが、とにかく面会は困るね、お断りするよ!と長谷川ははっきり断る。

野々宮が入っていた牢に近づいて来た老守衛は、名を呼びかけ、笑顔で手招くと、待て、しこうして希望せよと言う言葉がありますな、あんたが待ち、希望するならば、あなたはやがて潔白の身になり、立候補して知事になるのですと老守衛は話しかける。

あなたは…、あなたはどなたです?と無表情のまま野々宮が聞くと、多羅尾です。伴内ですと老守衛は答える。

驚きながらも、早苗は?と野々宮が聞くと、無事です、安全です。わしを信用しなさい。正義を信ずるのですと多羅尾は答える。

そうですか、早苗が無事ならそれで良いと野々宮は答えると、人目につくと大変ですから、急いで私の質問に答えて下さいと多羅尾は言い出し、今度のあなたの立候補を知っているものは?などと聞く。

後日、毎夕新聞の記者を名乗る男(片岡千恵蔵)が大村平左衛門(上田吉二郎)を訪問し、今度の選挙に関して、先生のご感想を…と質問して来る。

公職追放の大村は、左様な感想などある訳がないと苦笑するが、しかし、先生も国民の1人として一票を行使する権利も義務もあるはずですがな…と記者は言う。

それでは申し上げようと言い出した大村は、最初は、野々宮信吾がもっとも有力な候補であった…と答えだす。

ところがあの事件で、辻川保二郎の立場が大いに有利になったように思われる。

すると、辻川さんが立つんですか?と記者が聞くと、いや…、そんな噂だね〜と大村ははぐらかして来る。

先生は辻川さんをご後援なさるんですか?と記者が聞くと、わしは後援はせんよ、元々わしは野々宮派じゃと大村は言う。

しかし、先生は、亡くなられた野々宮宗介先生の反対派だったと承知しておりますが…と記者が戸惑うと、いや〜。今時の若いものには分かるまいが、つまりはそれが、政敵の友情と言うものじゃ…と大村は笑う。

辻川先生の家までは、大村の車で送ってもらった記者は、君は大村先生の所に来て何年になるかね?と運転手に質問する。

かれこれ6年になりますと言うので、大村さんの所へ来るまでは?と聞くと、タクシーの方を7年ばかりやっておりましたと言うので、君は鈴木春雄を知っているだろう?と聞くと、運転手は驚いたように振り返る。

僕の同郷で鈴木って言うのが、かなり古い運転手だからね?君知らないかね?と記者が言うので、運転手は、知りませんね…、一向に聞かない名前ですが、この町にはいないんじゃないんですか?と答える。

辻川保二郎(原聖四郎)に会い、大村さんによると、あなたの当選は間違いないらしいですね?と切り出すと、辻川は愉快そうに笑いながら、そう先走ってもらっては困るよ。僕の腹はまだ決まっていないんだから…とはぐらかす。

でも、結局はお立ちになるんでしょう?と記者が聞くと、ま、立つつもりだがね…と辻川は答えるが、そこにやって来た女中が、御園生俊彦子爵(原健策)が…と言いに来る。

部屋に入って来た御園生は、先客がいることに気づき、お邪魔しても宜しいですかな?と聞いて来る。

辻川は記者を紹介し、御園生も挨拶して同席する。

新聞社と言うのは実に早耳ですな…と辻川が言い、僕の立候補のことをもう嗅ぎ付けとるんですよと御園生に教える。

大村さんに聞いたらしいんですが、新聞社じゃ、もう僕の当選を予想しているんだそうで…と辻川は嬉しそうに話す。

それはめでたい話じゃないですかと御園生が答えると、しかし、新聞辞令と言うのは良く分からなくてね…と辻川が戸惑うので、気になさることはないでしょう。気にすると限りのない話になる…と御園生子爵は煙草に火をつけながら言い、うちの美恵子などはね…と続けようとしたので、その美恵子さんと言うのは?と記者は口を挟んで来る。

家政婦です、牧本美恵子と言う、これが又なかなかの迷信家でね…と、御園生子爵は答える。

しかし、迷信もあまり否定できませんな…と記者が応じ、僕の友人に手相見がいますが、これは百発百中ですな。あまり良く当たるので恐いくらいですなどと言い出すと、一度、お屋敷にうかがいさせましょうと記者は御園生子爵に一方的に提案する。

後日、御園生艇にやって来た手相見(片岡千恵蔵)は、お手伝いの美恵子の手を観ながら、失礼ながら、あなたは上流社会の男性に縁があり、その男性があなたの幸運に非常に力を注いでいますな…などと占いだす。

さあ?それはどうかしら…などと美恵子がはぐらかそうとすると、いや、お隠しになさらんでは良いです。わしの前では無用ですと手相見は言う。

それから?と促す美恵子に、あなたは大事な人に死別していますと言い、どうですかな?間違っていますかな?と手相見が聞くと、その先を…と美恵子は促す。

ところが、その後、あなたは又、別の男性の保護を受けることになりましたな…と続けた手相見は、そのまま今日に至っているのですが、最近あなたは、思わぬ物質を得ましたな?と言い出したので、のめり込んで聞いていた美恵子はぎょっとして顔を上げる。

例えば、ダイヤのごとき…と手相見が補足すると、存じませんわと美恵子は顔を背け、それより将来はどうなるんですの?と聞いて来る。

すると、手を観ながら沈み込んだ様子の手相見は、突然立上がり、失礼しますと告げたので、美恵子は同士真下の?と慌てる。

待って!とその手相見の前に立ちはだかった美恵子は、待ってちょうだい!私の将来は?と聞くので、現在の環境から脱しない限り、破滅です!と手相見は断定する。

破滅…と立ち尽くした美恵子の前を、黙って手相見はかえって行くが、その直後、おい!どんな話だった?と御園生子爵が部屋に入って来る。

しかし、手相見からショッキングなことを言われた美恵子は、ピアノの前に座り込み、黙ってしまうのだった。

その様子を呆然と見つける御園生子爵

しばし考え込んでいた美恵子は、突然、ピアノの蓋を開け、曲を弾きだす。

その頃、みどりの方も、家でピアノを弾き、伴内さん、又今夜も来ないわね。来ない!きっと来ないと思うわ。伴内さんが、何だかふと消えてしまいそうな…と言い出したので、その場にいた万里とエリ子が、バカね…、あんたこの頃どうかしてるわと問いかけると、どうかしてるわ…、本当にどうかしてるのよ…、あの人の事を考えていたくせに、又伴内さんを好きになるなんて…と、ピアノの前のみどりは言い出す。

あんた、伴内さんが好きだったの?とエリ子が驚くと、ええ、始めっから…とみどりは打ち明ける。

始めて会った時から、手も足もでない方にぐんぐん引きずられて行く…、どうにもならないんだわ!とみどりは頭を抱え込む。

まあ呆れた…、とんでもない人ね…と万里が言うと、ええ、呆れるくらいとんでもない女よ!あんたたちに言われなくても、私は私に愛想が尽きてるんだわ!いくらなんでも、あんな爺むさい、あんな田舎っぺの!あんな…とみどりが興奮している所に、その多羅尾本人が入って来たので、みどりは驚きながらも喜ぶ。

大層評判が悪いですな〜と多羅尾が苦笑すると、いいえ、良いのよ、必要以上にね…と、万里とエリ子がフォローしてやったので、ありがたいですな…と多羅尾は喜ぶ。

その後、早苗に会った多羅尾は、牧本美恵子と言う人物をご存じないですかな?家政婦なんですがな?と質問する。

最初は存じませんけど…と答えていた早苗だったが、家政婦なら、6年ほど前に…、でもその方は確か、黒川典子と申しましたわ…と早苗は言う。

美人でしたか?と聞いた多羅尾は、ええ、大変と言う早苗の答えを聞くと、お父さまは定めしお気に入りだったでしょうなと問いかけるが、その逆で、父は不思議なほどその方を憎みましたのと早苗は言う。

そのために、典子さんは、1年も経たないうちに私の家から出て行きましたのと早苗は言う。

それを頷きながら聞いていた多羅尾は、鈴木春雄が見つかりそうですよと教える。

後日、とあるバーのカウンターで1人酒を飲むアイパッチ姿の男がいた。

男は、片隅のテーブルで1人酔いつぶれていた男に目をつけると、そのテーブルの向い側に勝手に座り込み、おい、鈴木君!と声をかけて起こす。

君は鈴木春雄君んだろう?と片目の男が聞くと、鈴木じゃないよと相手は戸惑う。

そこにやって来た大村家の運転手山田政吉(水原浩一)は、鈴木の横に立つと、その前に座っていた片目の男をうさん臭そうに睨みつける。

そして、鈴木に、まだこんな所でうろうろしてたのか?と声をかける。

そして、片目の男に一瞥を向けながら、奥のテーブルに向かうと、そこでタムロッイェイや数人の男たちに何事か声をかける。

すると、そのテーブルの男たちは一斉に立上がる。

鈴木が又酒を注文すると、片目の男は、君は苦しんだろ?と声をかける。

何、大丈夫だと鈴木は虚勢を張るので、君は酔いたくても酔えないんだろ?と片目の男が話しかける。

悪党でもない男が悪事の片棒を担ぐとな…と片目の男が言うと、鈴木はギョっとしたように尾横の顔を見る。

バカ言え!俺は悪事を働いた覚えはねえよと鈴木は答えるが、隠すねえ、隠したって俺は知ってるんだと片目の男は言う。

1234番のナンバーを物置の隅においたのは、誰でもない君さ!と片目の男が指摘すると、鈴木は驚く。

その時、チンピラたちが殴り掛かって来たので、片目の男は、店内の電気のスイッチを切り、片っ端から倒して行く。

最後に片目の男は、山田政吉を叩きのめす。

翌朝、夜の後に朝が来る…、朝が来れば清々しい光が射し、小鳥が無心にさえずり立てる…と、窓辺に下げた鳥籠を観ながら多羅尾が言う。

これは何の変哲もない天地の必然だがね…、ねえ、鈴木君、この必然は君にも訪れなくてはいけないんだよと、事務所に連れて来ていた鈴木に言い聞かせていたのだった。

でなければ、君は救われん…と多羅尾は、テーブルの前で頭を抱えだした鈴木に告げる。

又、早苗さんや信吾さんも救われないのだ…と多羅尾は続ける。

分かるかね?と多羅尾が優しく言い聞かせると、鈴木は突然泣き出してしまう。

みどりは、言えの前で車が停まる音が聞こえたので、伴内さんよと立上がったエリ子に、違うわよと反論する。

でも、きっと伴内さんだわ!とエリ子が繰り返すと、そうかしら!と嬉しそうに言いながら、玄関に向かう。

すると、予想通り多羅尾が立っていたので、一瞬、素の状態に戻ったみどりたちだったが、次の瞬間笑顔になる。

何ですか?どうかしましたかな?と戸惑いながら多羅尾が部屋の中に入り、誰かなにかおっしゃいと迫る。

すると、エリ子がテーブルの上に置いてあった新聞を取り上げ、新事実よ!と多羅尾に教える。

新聞には「ダイヤ首飾事件迷宮入り? 怪盗藤村の出現!子爵家の家政婦謎の失踪」と言う記事が載っていた。

すると、ハッハッハと笑い出した多羅尾は、牧本美恵子の失踪を藤村と引っ掛けるなど、御園生子爵もなかなか洒落ものですわいと言うと、早苗に、この女はあなたの所にいた黒川典子じゃありませんか?と新聞写真を見せる。

すると早苗は、そうなんでございますと肯定する。

まあ、良くご存知ねとエリ子が感心すると、眼力です!多羅尾伴内の眼力の前には、今や新事実はありませんよと多羅尾は答える。

つまり、事件は解決したんです…と多羅尾は告げる。

え!解決ですって!とみどりが喜ぶと、そうです、解決です。明日は犯人一斉検挙の日であり、同時に信吾君無罪釈放の日でもあるのですと多羅尾は言う。

まあ!と早苗が喜ぶと、たがて信吾君は立候補するでしょう、そして、国民の正しい審判の前に立つでしょう…、正義と真実は勝ったんです!と多羅尾は嬉しそうに告げる。

女性たちがみんな喜ぶ中、しかし気になるのは黒川典子の失踪…、今夜は究明しなければなりません。どうです、みなさん、わしはあんたがたに驚くべき情報を提供しますよ、一緒に来ませんか?と、多羅尾は女性陣を誘う。

女性たちはみな喜んで、参りますわと同意する。

外に出た多羅尾は、満月だ、良いですな〜と言うと、借り物ではありませんよ、わしのですよと言いながら、停めてあった車に乗り込む。

それ何?と乗り込んだ万里がダッシュボードに付いた不思議な装置を聞くと、放送設備ですよと多羅尾は教える。

素晴らしいわねと万里が感心すると、素晴らしいのはこれから暴露される真相ですよと多羅尾は答え、車を出発させる。

洋館前に到着した多羅尾は、早苗さん、ここはあなたのお宅ですな?と後部座席に乗っていた早苗に聞く。

はい!と早苗が答えると、宜しいかな?ここに野々宮信吾さんのお宅があると言って、多羅尾は、又、車を出発させる。

端を通過し、別の場所に停まった車から降り立った多羅尾は、女性たちを引き連れて、別の屋敷の門の中に招き入れる。

中に入ったみどりたちは、目の前に出現した建物を観て立ち止まる。

それは、野々宮家とそっくりな洋館だったからである。

ごらんなさい、3段の石段、6歩の石畳、さっき来た時調べたのですが、門までの砂利の道がきっかり22歩ですと多羅尾が説明する。

屋敷の中に入り込み、電気を点けると、廊下…、18段の階段と指摘すると、全員を二階の書斎に案内する。

書斎の内装も、早苗の屋敷と瓜二つだった。

応接間に来ると、どうです?早苗さん、お宅にかえったような気がしませんかな?と多羅おは聞く。

唖然としながら、どなたの?どなたのお宅なんですの?と早苗が聞くと、亡くなられたお父さんが、黒川典子のために建築した言えですよと多羅尾は教える。

私は、亡きお父さんに対するあなたの幻滅を恐れます。しかし、事件の究明上、これだけは言わねばならんのです。

黒川典子は、野々宮宗介先生の晩年の愛人だったのです。

黒川典子が家政婦としてあなたの家庭に現れたとき、宗介先生の最後の情火が燃えたのです。

先生は、それに負けまいとして苦しみ、そして、黒川典子を憎みました。

しかし、結局それは空しいあがきでした。

典子が言えを去るとき、先生は既に典子の誘惑に負けていたのです…と多羅尾は話し終える。

でも、それならば、どうしたあの方を家に置かなかったのでしょう?と早苗が聞くと、だってそれは、お父さんがあなたや信吾さんを愛していたからですよ…と多羅尾は答える。

そのために、お父さんは黒川典子を家庭から遠ざけたのです。

すると、虚栄心の高い典子は、それが不服です。そして、あくまでも、野々宮家の女主人として主張することを止めません。

そこでやむなくお父さんは、この家を設計し、建築しました

あなたや信吾さんがいないもう一つの野々宮家は、かくして出来上がったのです…と多羅尾は言う。

そう言えば、色々思い当たることがございますわ…と早苗は言う。

あの当時のお父さまのあのお苦しみ…、お可哀想なお父さま…と早苗は言うと泣き出す。

さ、泣いてる場合じゃないです。この際大事なのは、信吾さんの完全なる無罪証明ですと多羅尾は言い聞かす。

そのためには、金庫の発見が絶対必要です!と多羅尾が言うので、金庫?金庫などございませんわと早苗は戸惑う。

しかし、多羅尾は、あちらにはない…、しかし、こちらにはある!人の目のつかない所に確かに金庫があるのです!と断言する。

その中に、解決に必要な一切がありますよと言いながら立上がった多羅尾は、さ、早苗さん、しっかり観て下さい!この部屋に何か変わった所はありませんか?と問いかける。

その言葉に従い、立上がって部屋を見回した早苗は、壁の一面に近づくと、ここはあちらの家ではお仕入れになっていたはずですと指摘する。

押し入れ?と繰り返した多羅尾は、その壁の反対側に移動し、壁の様子を確認する。

そこには、山を描いた油絵と、船の形を象った飾り物が下がっていた。

多羅尾がその飾り物を横にどけてみると、その下にはボタンが出現する。

ボタンを押そうとしたその時、表で車が停まるブレーキ音が聞こえて来る。

多羅尾は、急いで部屋の電気を消すと、みどりも同じように他の電気を消す。

暗くなった室内で、多羅尾は女性たちに、隠れて!絶対音を立ててはいけませんよと注意する。

やがて、部屋の中に入ってきたコート姿の男は、電気を灯し、テーブルの前に来ると、自分の腕時計を覗き込む。

座ったその男は、御園生子爵だった。

子爵が煙草を吸い始めると、表に又車が停まる音が聞こえて来る。

カーテンの背後に隠れ、じっと子爵の様子を監視する多羅尾とみどり

新たに部屋に入ってきたのは、大村平左衛門と運転手の山田政吉(水原浩一)、そして辻川保二郎だった。

この深夜に何の用かな?と、ソファに腰を降ろした御園生子爵に辻川が聞くと、それは山口又吉から申し上げたはずですと御園生子爵は言う。

しかし、報酬の10万円は既に渡したはずだと辻川は立ったまま答えると、ところが10万円では少ないんですよと御園生子爵は言う。

政吉は、追加として50万円を要求するのですと御園生子爵が言うので、約束を反古にするのか?と大村は詰めよる。

そう、反古にね…と御園生子爵は平然と答える。

それではしかし、紳士とは言われまいと辻川が問いただすと、元々僕は紳士じゃないと御園生子爵は笑いながら答え、子爵とは名ばかりの借金だらけの男ですよと悪びれる風もなく言う。

それ故にこそ、あんたたち紳士の手先に使われて、野々宮信吾失脚のお手伝いをしたのですよ、その結果として、辻川さんはやがて知事となる。大村さんはその地位を利用して、利権を漁る…、その利息を考えたら、50万円など高の知れた金額ですよ…と御園生子爵はうそぶく。

さあ、早くお出しなさいと御園生子爵が迫ると、大村は、扉の前に立っていた政吉に、貴様、どうしてわしを裏切ろうと言うのか?と問いかける。

別に裏切るって訳じゃないんですがね、変な男に追われてからは、この土地にイライラしましてね…と政吉は言う。

お聞きの通り、政吉も僕も、やむを得ぬ無心なのです。そこをご理解願って…と御園生子爵は説明するので、君たちには時価100万円の首飾りがあるじゃないかと辻川が聞く。

ところが、それがいけないのです。

家政婦美恵子…、いや…、僕の内縁の妻恵美子は、そのダイヤを拐帯して、その藤村大造と共に…と御園生子爵が説明しだしたとき、突然室内に笑い声が響く。

驚いて御園生子爵も立ち上がり、声のする方を注視すると、カーテンの端から、白手袋の手に握られた拳銃が覘く。

誰だ?貴様は誰だ!と御園生子爵が聞くと、七つの顔の男ですよ…と言いながら、多羅尾伴内が姿を現す。

ある時は多羅尾伴内…と言いながら、多羅尾は、かぶっていたソフト帽を取る。

ある時は奇術師!と多羅尾が言うと、物陰で聞いていたみどりが驚く。

ある時は老巡査…、ある時は新聞記者…と言いながら、多羅尾は、自ら、髭や丸メガネを取り外して行く。

又、ある時は手相見、片目の運転手…と言いながら、眉を取り外し、しかして実態は…と言いながら、神をむしり取ると、藤村大蔵だ!と名を明かす。

驚く御園生子爵、大村、辻川と共に、物陰のみどりも驚き、思わず笑顔になる。

ソフト帽をかぶり直した藤村大蔵は、みどり君、早苗君!と呼びかける。

はい!と答え、女性たちが部屋に中にやって来ると、そこに立っていたのは、変装を取り去った藤村大蔵の姿だった。

誰でも良い、額の下のボタンを押すのです!と藤村が頼むと、みどりが、飾り物の下のボイタンを押す。

すると、その横の壁がスライドし、隠し金庫が出現する。

扉を!と藤村が命じ、みどりが扉を開けると、典子の死体が転がりだして来る。

その手には、ダイヤの首飾りが握りしめられていた。

御園生子爵!この女は、何者かに絞殺されていますな?と問いかける藤村

黙って後ずさっていた御園生子爵が、突然拳銃を取り出し発砲して来る。

藤村は、天井のシャンデリアを撃ち抜き、室内の灯を消す。

御園生子爵はなおも撃ち返し、大村や辻川たちも部屋の外へ逃げ出す。

怪我はありませんか?とみどりたちに確認した藤村は、僕は追跡します。あなた方は警察に連絡して下さい!こちらの波長は4.4メガサイクル!伝えると、家を飛び出して行く。

御園生子爵と政吉が車で先に逃げ出したので、大村と辻川は、別方向へ逃げ出す。

藤村はその後を車で追尾する。

みどりは警察に電話を入れていた。

尾行に気づいた御園生子は、運転していた政吉に飛ばすように命じる。

波長は4.4メガサイクル!とみどりが警察に伝える。

警察本部では無線機の前に、長谷川部長以下、刑事、警官たちが揃っていた。

多羅尾探偵、非常放送!と、車の放送局のマイクを握った藤村が連絡を取り始める。

敵は子鹿町交差点!と藤村が御園生子爵の車の位置を刻々と報告する。

敵は国道を西へ逃走中!

その放送を聞いた長谷川部長たちも、全員車で出発する。

御園生子爵の車は、鉄道の遮断機をかい潜り、後続の藤村を引き離していた。

桜警察本部では、重要犯人、国道を西へ逃走中!遮断の手配せよ!と各警察署に無電発信する。

サイドカーで現場に向かう長谷川警部たち

アクセルを踏み、先行する御園生子爵の車に近づく藤村大造

御園生子爵が鉄砲を撃って来たので、藤村の車のフロントグラスにヒビが入る。

藤村は、撃って来る御園生子爵の弾を避けながら、車を近づけ、相手のタイヤを狙い撃つ。

パンクした御園生子爵の車は停まり、政吉と子爵が降りて来る。

御園生子爵はまだ発砲して来るが、藤村の方も手前で車を停めると、ドアの陰に身を隠し、反撃しして、敵の鉄砲を弾き飛ばす。

大村の方も、銃を弾かれ、動くな!と藤村から声をかけられる。

藤村は銃を構えたまま、片手で煙草を取り出すと、1本口にくわえる。

そして、同じように、コートのポケットからライターを取り出すと、煙草に火を点ける。

そこに、サイレンの音が近づいて来て、サイドカー軍団が接近する。

反対方向からも、同じようにサイドカーが終結して来たので、藤村は車に乗り込む。

御園生子爵と政吉が逮捕される間に、藤村は車を反転させ、現場を出発していた。

一方、その現場に警察車両に乗せられ、接近していたみどりたち女性陣は、迫って来た伴内の車に気づく。

すれ違い際、両方の車が停まり、みどりは、藤村の車に駆け寄る。

藤村さん!と声をかけると、オープンカーの運転席で振り返った藤村は、万事終わりました。あなたともお別れです…と言い出したので、みどりは驚き、どちらへ?と尋ねる。

旅ですと藤村が答えると、私もお供しますわ!とみどりが声をかける。

いけません!と藤村は拒否するが、参ります!連れてって下さいとみどりは迫る。

それでえも、ダメです!と拒絶した藤村は、藤村大造が真人間として復活するには、まだ多くの正義と真実が必要です。絶対に来てはいけません!と前を向きながら答える。

こう言う詩がありましたな…と言いだした藤村は、我は白ユリを愛す。愛するが故に、その白さにも その花のほのかなる匂いにも心痛めて 表背ける…

ごきげんよう!と言い残し、藤村大造は車を発進させる。

あ、待って!藤村さん!伴内さん!とみどりは追いすがろうとするが、藤村の車はそのまま。みどりや早苗たちを残し、走り去って行くだけだった。