池部良と雪村いづみが共演したラブロマンス。
雪村いづみが出ているので、歌がたくさん登場する歌謡映画のようなものを想像していたが、劇中で歌われる歌は1曲だけで、しかもBGMとして使われているだけで、本人が歌っているような描き方ではない。
基本普通のドラマ仕立てになっている。
つまり、この映画での雪村いづみは、歌手と言うよりも女優として通している訳だ。
甲府の町を背景に、バスの運転手の車掌の淡い恋物語と言う良くあるパターンながら、嫌味のない展開になっている。
珍しくとぼけた芝居がない美女役の横山道代や脱線トリオの面々が画面をにぎやかなものにし、沢村貞子、藤木悠、沢村いき雄、千石規子、左卜全、飯田蝶子、内海突破と言った渋い脇役がしっかり芝居を支えている。
注目すべきは、マザコンを演じている藤木悠の存在だろう。
この時代から、マザコンと言うのが存在していたと言うことが分かる。
走行中のバスの内部の描写にはスクリーンプロセスを使ったセット芝居が併用されているが、クライマックスになる雨の中のバス走行シーンは、合成やミニチュアを使用しない、全て本当の雨の日を選んだロケのようである。
降り続く雨は一部合成かもしれないが、道は本当にぬかるんでいるし、バスの屋根は水しぶきで白く霞んで見えるので、大半のシーンは雨の中の撮影だったものと思われる。
それだけでも大変な撮影だったに違いない。
冒頭の甲府盆地を見渡す風景も、かなり山の上の高い位置から撮影されているようで、甲府の町が小さく見える。
まだ木造作りの家並みが多い韮沢駅前商店街の様子や、懐かしいD51機関車、ボンネットバスなど、懐かしいアイテムが次々に登場するので、そう言うレトロネタに興味がある人には嬉しい作品だと思う。
後半の展開は、大人の目から観るとちょっとあっけないようにも感じるが、おそらくターゲットは若い客層だったと思われるので、これはこれで良いのではないだろうか。
劇中の週刊誌の表紙には、「その人 稲尾和久」などと言う文字も見えるが、これは、この作品の直後に公開された、同じ本多猪四郎監督作品「鉄腕投手・稲尾物語」に引っ掛けているようにも感じる。
個人的には、かなり好感の持てる作品だった。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼ |
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1959年、東宝、棚田吾郎脚本、本多猪四郎監督作品。 甲府の山並みを背景にタイトル ブドウで有名な甲府盆地の西の外れにある小さな駅 ハイキングなどで利用した方もいるでしょう。 この韮沢から紅葉沢、宿木村までバスで約25分 間違えないでね!私が乗っているのは、このバスではなくて…こちら!(と、駅前からきれいなバスが出発すると、その向う側に止まっている古びたボンネットバスが写る) そのボンネットバスの中の掃き掃除をしていた声の主、三好タマ子(雪村いづみ)を呼ぶ声がする。 鍋さんの声ですわ。怒りん坊で、いつも怒鳴っているの。(…とタマ子のナレーション) 鍋さんこと鍋山精造(池部良)の所へ行ってみると、営業所の裏手の空地に洗濯したラクダの下着を干しているので、こんなの干して、みっともないわよとタマ子が注意すると、掃除が終わったら、買い物に行ってくれと言う。 この土地のバスガールがメッセンジャーの役目も兼ねており、色々客から頼まれた買い物の代行作業までやっていたのだった。 色々、宿木村の主婦から頼まれた買い物を買い集めていたタマ子は、最後に本屋に寄るが、店の息子である平沢健一(藤木悠)から、君が読むのかい?と聞かれながら渡されたのは「花嫁全集 妊娠から出産まで」と言う本だったので、嫌ねえ~、頼まれものですよ!とタマ子は膨れる。 健一は、その時、タマ子が履いている靴の先のフェルト地がすれて白くなっている事に気づく。 あんたも嫁に行くんだろう?と言いながらも、健一は、いつものように、何故か「週刊明星」を1冊おまけに付けてくれる。 大量の買い物を抱えバスに戻って来たタマ子は、出発を待ちわびていた客を気にする運転席の鍋さんから、何してたんだ!と怒鳴られてしまう。 こうして、タマ子が乗り込んだ、紅葉沢、青霧峠経由、宿木行きバスは出発する。 平沢書店の前をバスが通り過ぎる時、何故か、健一が店の前にでて来て、嬉しそうにバスを見送るので、鍋さんは、あの息子、何だ?いつも店の前にでて来て…、お前のこと好きなんじゃないか?と言うので、タマ子もそうかもねと冗談っぽく返す。 運転しながらも、鍋さんはうぬぼれやがってとタマ子を叱る。 このバス、良く揺れるでしょう?でも、このくらい揺れないとバスに乗った気分がでませんからね(とタマ子の声) その後、乗客の若者3人組(加藤春哉、重信安宏、大村千吉)がタマ子に馴れ馴れしく話しかけるのに気づいた鍋さんは、ちょっと苛立たしそうな顔になる。 しかし、若者たちがしゃべり続けているので、ぬかるんだ凸凹道をわざと走り、一番しゃべっていた若者(大村千吉)が座席から飛び上がり床に転げ落ちると、運転していた鍋さんは愉快そうに微笑むのだった。 ヤッホ~♪山は青空、峠は遥か~♪(山道を進むバスの映像にタマ子の歌声が重なる) 紅葉沢に到着したので、タマ子は、買って来た飯台を、停留所で待っていた客に渡し、そこにいた子供から途中に置いておいてくれ。おみおつけが入っているから気をつけてと父親用の弁当を託される。 紅葉沢から青霧峠までがバスガール泣かせの難所なんです。(とタマ子の声) すぐ脇は崖と言う狭い九十九折れの道は、ガイドが扉から身を乗り出してタイヤの位置を確認しながら「オーライ!オーライ!」と声をかけながら進まなければならない危険なコースだった。 途中で逆コースのバス同士がすれ違う事もある。 それでも、タマ子と鍋さんのコンビは無事にそのコースをこなしたので、どうです?私と鍋さんのコンビ、ちょっとしたもんでしょう!とタマ子は自慢する。(声で) ヤッホ~♪ヤッホ~♪(と、又タマ子の歌が重なる) 青霧峠では道の脇に預かって来た弁当をタマ子は置き、3人の若いハイカーたちが降りる。 青霧峠を出発してしばらく走ると、山仕事から戻って来た3人組と出会ったので、タマ子は、お弁当、いつもの所に置いといたわよ~!と窓から呼び掛け、男たちも、ありがとう!と手を振って答える。 終点の宿木村に到着したタマ子は、停留所に集まっていた主婦たちに、頼まれた買い物を渡しながら、「花嫁全集」を頼んだのは誰?と聞く。 すると、小さな女の子が受け取りに来たのでタマ子は驚くが、実は、その子に頼んで受け取ったのは、停留所に座っていた姉のあやで、妹から本を受け取ると、恥ずかしいのか、逃げるように立ち去って行く。 それを見た主婦たちが、あの子、タマちゃんと一緒の学校だったろう?と噂し合う。 午前中の仕事を終えたタマ子は、昼食を取りに自宅へ戻ろうとし、鍋さんに、家に食べに来ない?いつもパンかじってばかりじゃつまらないでしょう?と誘うが、鍋さんが頑固に断ったので、チョンガーは可愛そうねと嫌味を言って、自宅である宿木村の床屋に帰る。 それを通りかかった籠屋の爺さん(左卜全)が聞き、おタマ坊、なかなか言うじゃないか。お前さんも早く嫁をもらう事だよと下宿人である鍋さんに笑いかける。 「美男製造所」と書かれた床屋で、父菊三(沢村いき雄)と母おせん(千石規子)が相手をしていた客は、常連の為さん(由利徹)と勝ちゃん(南利明)だった。 タマ子は、棚から母親が用意してくれていた厚揚げと牛蒡の煮物を取り出して昼ご飯を食べようとするが、そこに帰って来た中学生の弟富雄(伊東隆)が、厚揚げを盗んで行ったので怒ると、一口かじって戻したので、もう!汚い!と叱りつける。 為さんはタマ子に、祭りには京子も帰って来るんだってよと話しかけ、勝ちゃんは、俺、今年、竜神様だからばくばくって噛んでやるよとタマ子に声をかける。 この村には、祭りの時、竜神様から頭を噛まれると良縁に恵まれると言う言い伝えがあったのだ。 タマ子は、興味なさそうに、ご飯に茶をかけていた。 その頃、下宿している籠屋でコッペパンをかじっていた鍋さんに、爺さんも、今年辺り、竜神様にばくってやられるんだなと冷やかされていた。 世話好きな婆さん(飯田蝶子)は、良い若い衆が1人であくせくしているのはみっともないよ。お前さんをまとめれば、ちょうど19組目だ。私ゃ、死ぬまでに36組まとめるつもりだよなどと言うが、それを聞いていた爺さんは。今度で18番目だ!調べてみろ!と文句を言うので、私の予定では、鍋さんが19組目で、おタマ坊が20番目になっているんだからと婆さんは反論する。 祭りの日には、街に働きに出ている人が帰って来るので、村は急ににぎやかになります。(とタマ子の声) その日、韮沢駅から乗り込む客を押し込んでいたタマ子は、東京に出ている顔なじみの京子(横山道代)に気づき喜ぶ。 しかし、あんまり客を詰め込み過ぎるので、運転席の鍋さんから、こんなに詰め込んだら、峠を越えられないじゃないか!とまたもや文句を言われてしまう。 それで、京子を乗せ出発させようとするが、その時、京子は、片方の靴を外に落としてしまった事に気づく。 それを知ったタマ子が慌てて降りるが、靴はバスの後輪に踏みつぶされてしまう。 それを拾い上げたタマ子は、走り出したバスに追いつこうと走って焦る。 鍋さんはまた怒り、客たちは、車掌落っことしてたんじゃまずいよななどと笑い合う。 その夜、宿木村では、諏訪神社の境内には提灯が飾られ、詰め掛けた見物客相手に露天商の啖呵売などが行われていた。 籠屋で晩飯を食っていた鍋さんは、婆さんから、早くすまして竜神様に行きなされ。35にもなって独身で下宿暮らしなんてみっともないとは思わないのかいと嫌味を言われていた。 兵隊に取られ、その後も抑留されていたんだから仕方ないだろ?と鍋さんは面白くなさそうに反論する。 一体何が面白くて働いているのかと婆さんが言い返すと、バスに乗る事だよと鍋さんは答える。 まさかお前さん、カ○ワじゃないだろうね?兵隊に行った人には時々そういう人がいるそうだからねなどと婆さんに言われた鍋さんは憮然とするが、無精髭でも剃ってきなと言われたので、その言葉には従う事にする。 タマ子の床屋には、京子を始め、タマ子の顔なじみ(小桜京子、笹るみ子、河美智子)が揃って店先で盛り上がっていた。 そこにやって来たのが鍋さんだったが、顔を剃って欲しいんだけどと言うと、タマ子は今日は祭りなので休みだもん。ひげ剃りならそこにあるから自分で剃ったらなどと言う。 そこへ為さんがやって来て、娘たちを祭りに誘ったので、全員出かけてしまい、後に残された鍋さんは、仕方ないので、自分でヒゲを剃りだす。 そんな鍋さんを玄関先で見かけた富雄が、ちょっとバカにするように、夜店で買った風船笛を、プア~ンと鳴らしてみせたりする。 神社の境内でタマ子は、その年の竜神様役になったので白装束を着た勝ちゃんに会う。 勝ちゃんは京子にばかりチヤホヤするので、タマ子はちょっと膨れる。 そこに神主(八波むと志)がやって来て、竜神様役の勝ちゃんに準備をするようにと叱りつける。 その神主に、来年は私に竜神様をさせてと為さんが頼むが、神主は馬鹿にしたように、お通じを良くして来いと答えて去って行く。 演台では、菊三が横笛、籠屋の爺さんが妙鉢と鳴りものを担当し、神社の境内から鬼に扮した若者たちがゾロゾロと出て来て踊り始める。 最後に、勝ちゃんが扮した竜神様が登場する。 そんな所に、鍋さんを連れた婆さんが見物客の前に強引に割り込んで出て来る。 竜神様は、大釜で沸騰しているお湯を笹の葉に浸すと、それを鬼たちに浴びせかける。 すると、鬼たちは嫌がりその場を退散して行く。 やがて、見物客の方に進み出た竜神様に対し、客たちは我先に自分や連れの頭を差し出す。 すると、獅子舞のように口を大きく開いた竜神様が、がぶっと客の頭を噛む振りをする。 最初に男の子が頭を食われ、続いて、婆さんに押された鍋さんも頭を食われる。 為さんも頭を指しだすが、竜神様の口の中から出て来た手で叩かれてしまう。 京子がその次に頭をかじられたので、タマ子も、噛んで!と言いながら頭を指しだすが、何故か噛まれないままで終わってしまう。 翌日の韮沢駅前では、東京に帰る京子を見送りに為さんと勝ちゃんがバスで来ていた。 京子はタマ子に、東京にお出でよねと誘い駅に入る。 営業所にやって来た鍋さんは、夕べ噛まれたんだって?と同僚の運転手諸田(内海突破)たちからからかわれたので、ばかやろう!と怒鳴り返す。 やがて、駅からD51が出発し、裏の空地に出て来た鍋さんも、そこにいたタマ子と一緒に、東京行きの機関車を見送る。 みんな帰っちゃうのね…、まるで潮が引くみたいに…。ねえ鍋さん、私も東京に出て働けるかしら?毎日毎日バスに乗っていると、何だかつまんなくなっちゃったとタマ子が言い出したので、バスが気まぐれに動いたらどうなる?仕事に慣れて来るとそう言う気持ちになるんだ。仕事なんて、何やったって同じさ。近頃の会社はオートメーションで人間が動かされているそうだ。それに比べるとバスで働いてた方が良いさと鍋さんは言い聞かすが、何故か、タマ子は上の空で、人の話など聞いてないようだった。 その日も、バスが出発して、駅前商店街の平沢書店の前を通過する時、店の中から息子の健一が出て来て嬉しそうにバスを見送っていたので、母親の孝子(沢村貞子)が、健一!いい加減にしなさい!しょうがない人ね~と叱りつける。 そんなある日の韮沢駅前バス営業所内で、鍋さんは諸田相手に将棋を指していたが、タマ子は買い物に行くと出かけようとしていた。 そんなタマ子が、靴先のすれた部分をマジックインキで塗ってごまかしているのを鍋さんは観てしまう。 タマ子が出かけると、諸田は、通りの平沢書店の息子、タマちゃんに惚れているそうだよと話しだす。 平沢さんと言えば、格式高い家だからなと、側にいた主任(藤尾純)まで話に加わる。 すると、勝負の途中だったにも拘らず、鍋さんが急に、自分も買い物があると言い急に立ち上がって出て行く。 その頃、平沢書店に来ていたタマ子は、健一から、君に上げたいものがあるんだと言われ、家の中庭に連れ込まれる。 私今、勤務中だから…とタマ子は警戒して帰ろうとするが、健一はすぐにすむからと押しとどめて離れに連れて行く。 一方、ワシントン靴店にやって来た鍋さんは、女性ものの靴を選び始める。 健一も、用意していた箱をタマ子に渡していたが、開けてみると、それも靴だった。 昨日、東京に行った時に買ったんだ。君の靴がすれているの、知っていたからねと健一は言うが、タマ子が履いてみようとするとサイズが小さくて入らない。 それに気づいた健一は、君、足袋、何文履いてるの?と聞く。 タマ子は、こんなものをもらう理由がないと返そうとするが、健一は、理由はあるんだと迫る。 しかし、タマ子は逃げるようにその場を立ち去る。 その後、籠屋の婆さんが、平沢孝子が宿木村にやって来たのに出会い、どちらへ?と言葉をかけるが、ちょっと…と孝子は言葉を濁して歩き去る。 孝子がやって来たのは床屋で、三好タマ子さんのお宅はこちらでしょうか?と菊三とおせんに挨拶をする。 その日、バスで宿木に到着した鍋さんは、客が全部降りた後、タマ子に買って来た靴を手渡し、いつも怒鳴ってばかりいるからな…と照れくさそうに笑いかける。 嬉しくなったタマ子は、素直に、どうもありがとう!と靴をもらい、履いてみると、サイズがぴったりだったのでタマ子が驚くと、足、9半だろう?いつも会ってれば分かるよと鍋さんは嬉しそうに言う。 鍋さんは怒鳴ると嫌だけど、良いとこあるわねとタマ子は褒める。 その後、気分が良くなった鍋さんは、珍しく口笛など吹きながら下宿先の籠屋に戻って来る。 すると、婆さんが、バスガールって大したものだね。おタマ坊に大した口がかかったよと声をかけ、栗田町の平沢さんだと爺さんも教えたので、鍋さんは驚いて立ち止まってしまう。 三好家でも、おせんが、何しろ身分違いで、提灯と釣り鐘みたいな話だろ?と帰宅したタマ子に、平沢家との結婚話を打ち明けていた。 弟の富雄はそれを聞いて、イカす!などと言うが、教育も、中学までがやっとだったからな…とおせんは心配するばかり。 しかし、父の菊三の方は、昼間訪ねて来た平沢孝子が、もう民主主義の時代ですから家柄など言いません。健一を信じておりますと話していたのを思い出しながら、10日ばかり家に寄越して、家風に慣れしてくれと言われたと伝える。 それでもおせんは、それで帰されたら、帰ってタマ子に傷が付くでしょうなどと案じ、タマ子自身の意見を聞いてみる。 タマ子はのんきそうに、悪い気はしないけどさ…などとにやついているだけなので、もっと良く考えるんだよ。鍋山さんにも良く相談してみろ。長い事世話になっているんだから…とおせんは言い聞かす。 翌日、営業所の裏の空地でタマ子からその話を聞かされた鍋さんは、自分の気持ち次第だろ。どうなんだ?お前の気持ちはと聞き返す。 するとタマ子は、この頃何となく仕事に飽きて来てたしさ。女はどうせ結婚するんだし…と煮え切らない答えをする。 縁談としては申し分ないと思う。後はタマちゃんの愛情だよ。結婚って、2人で一生懸命作り上げるもんだと思うよと鍋さんはアドバイスし、タマ子も、ありがとう、鍋さんと礼を言う。 その後、バスのエンジンをいじっていた鍋さんに、お茶が入ったよとタマ子は知らせに行くが、何故か鍋さんは無視する。 営業所の中では、結婚話を聞いた諸田が、いつ頃辞めるんだねなどとタマ子に聞いていたが、戻って来た鍋さんは不機嫌そうに行くぞと声をかけるだけだった。 そんな鍋さんに諸田は、おめえも早く相手見つけろや。女房ってええもんだぜと勧める。 バスの客は為さんと勝ちゃんだったが、2人とももうタマ子の結婚話は聞いているらしく、村中で噂だよ。こいつの顔観てみろ。かっくんと来ている顔だよなどとなどと、がっかりした顔の勝ちゃんを指し、為さんがタマ子に話しかけて来る。 それを運転しながら聞いていた鍋さんは、不機嫌そうに、無闇に乗務員に話しかけないようにと規則でなっているんだなどと注意する。 そんな鍋さんの側にやって来たタマ子は、ねえ鍋さん、私、平沢さんちに行って、本当に務まるかしら…?鍋さんに怒鳴られるのもこれでお終いねなどと弱音を吐く。 その後、職場を辞めたタマ子に代わり、鍋さんの相棒のバスガールは瀬戸信江(小柳久子)と言う娘になるが、前の営業所でNo.1だったと自慢するこの子は口先ばかりで仕事は怠け癖のあるダメな女性だった。 バス内の掃除なども全くせず、外で同僚とおしゃべりばかりしているので、信ちゃん!とバスの中に呼んで、客と馴れ馴れしくおしゃべりするのがサービスじゃないよと鍋さんは注意するが、信子はふてくさせるだけだった。 一方、タマ子を平沢家に連れて来た両親が、中卒である事を打ち明けると、なまじ教育を受けてない方が言うことを聞いてくれるでしょうと孝子は言う。 そこに、健一も呼ばれて同席するが、タマ子は、母親の前では借りて来た猫のようになってしまう健一の姿にちょっと違和感を感じていた。 その夜、夕食のおかずように魚を七輪で焼いていた鍋さんの元に、婆さんが、三好さんの家から内祝いとして赤飯をもらったよと重箱を持って来る。 いよいよ今度はお前さんの番だよ、18番だよなどと話しかけて来る婆さんにいら立った鍋さんは、あっちへ行ってくれよ!と怒鳴りつける。 婆さんは、何を怒っているのかね?と首を傾げながら部屋を出て行く。 その後、焼き上がった魚を皿に盛り、重箱の蓋を開けてみた鍋さんは、赤飯を観ると、畜生と叫び、ヤケ食いのようにかぶりつくのだった。 平沢家に住み込むようになったタマ子が、ある朝、庭掃除をしていると、孝子が、そんな事は下男にさせるんですと注意する。 ガラス戸を拭いていても、健一がやって来て、女中にやらせろよと言うので、私、いつもバスの掃除をしてたので…とタマ子が答えると、君!ここはバス会社じゃないんだ!と健一は注意する。 タマ子を呼びつけた孝子は、あなたは黙って召使いの監督をしていれば良いのよと言い聞かせ、健一とはあまり馴れ馴れしくしないように。婚約披露前に何か間違いがあっては、平沢家の家名に傷が付きかねませんからねなどと念を押すのだった。 その後、床の間の花瓶の位置を女中に指示していたタマ子は、つい口癖が出てしまい、オーライ!オーライ!と言ってしまい、女中から、オーライ、オーライか…とバカにしたようにおうむ返しさせる。 やがて、店の中で孤独感を感じるようになっていたタマ子は、しょっちゅう店の前を通り過ぎるバスを見かけては、寂しい想いにかられるようになる。 その時、店の前を通りかかった鍋さんがちらちら店の中を覗き込むので、タマ子が声をかけると、お前、どうして家に頼りを出さないんだ。みんな心配しているんだぞ。それで様子を見て来いって言われたんだが、入り難くてな…などと鍋さんが言うので、タマ子は店の中に招き入れると、近頃、ガソリンの匂いを嗅ぐと切なくなって来てね…。もう1年くらい家に帰らないような気持ちになっている…などと打ち明ける。 そんな2人に気づいた孝子が、ちょっと健一の所へ言ってやって下さいとタマ子に声をかける。 タマ子が奥に引っ込むと、鍋さんの元にやって来た孝子は、近々、親戚のものを集めて婚約者として披露しようと思っておりますと挨拶する。 一方、奥の間にやって来たタマ子を前に健一は、いくら前に勤めていたバス会社の人間だろうと、馴れ馴れしく店先で笑ったりして欲しくない。親戚に披露するまで、もっと慎重な態度を取ってもらわないと困るよと注意する。 その日、宿木村の床屋にやって来て、菊三にヒゲを剃ってもらいながら、何にも心配する事ないよと鍋さんは報告する。 そんなある日、孝子はタマ子に、健一と一緒に東京に行って来ますと伝えながら、出かける準備をする。 奥の間で着替えていた健一も、おじさんの所に結婚の報告に行くんだとタマ子に言うので、何だか自分の事じゃないような…、自分が自分じゃないような気がするですとタマ子は打ち明け、健一さんは本当に私の事を好きなんですか?いつもお母様の顔色ばかりうかがっているように見えますと問いかける。 すると健一は憮然とした顔になり、母は、僕が小さい時、父がなくなってから、ずっと1人でこの本屋をやって来たんだよ!とムキになり、愛している証拠を見せようか?お母さんに内緒で…などと言いながら顔を近づけようとしたので、思わずタマ子は身を引き、その時、玄関口から孝子が健一を呼んだので、健一はそのまま何もせず出かけて行く。 孝子と健一が出かけた後、店番をしていたタマ子は、何事かを考え込んでいたが、11時10分のバスが店の前を通り過ぎるのを観ると、思わず店を飛び出して、次のバスに乗り込んでしまったので、店にいた店員はあっけにとられてしまう。 その頃営業所では、鍋さんが主任から、瀬戸信江を何でもタマ子君と比較して注意すると、言われる瀬戸くんも辛いよと注意されていた。 タマ子は久しぶりに宿木村の実家の床屋に戻って来ると、もう向うの家に買えるのは嫌!と言い出したので、ホレ観なさい!あんたが無理矢理やるもんだから…とおせんは菊三に文句を言うが、当の菊三の方は、嫌になったら帰って来たら良かっぺなどとのんきなことを言う。 弟の富雄は、もう夫婦喧嘩かい?早いななどとませたことを言う。 おせんは、早く帰った方が良いとタマ子を急かす。 その時、富雄が、母ちゃん、雨が降って来たぞと、外を観ながら教える。 雨はどんどん激しくなり雷雨になる。 菊三がおせんに、タマ子、どうしてる?と聞くと、帰りたがらないようだけど引き止める訳にも行かないとおせんは頭を抱え、そろそろ返る仕度を下方が良い。追い立てる訳じゃないけれど、母ちゃん、心配だからな…とタマ子に声をかける。 その頃、籠屋の爺さんは、鍋さんが乗ったバスが到着すると近寄って行き、町まで乗せて行ってもらいたいものが出た。病人だ、立派な病人だ!と声をかける。 籠屋に鍋さんが来てみると、お腹の大きな姙婦(若水ヤエ子)が布団の中で苦しそうに呻いており、その夫(瀬良明)とその母親(出雲八重子)が心配そうに見守っていた。 爺さんが言うには、町の病院で手術しないと赤ん坊が生まれないらしい。 しかし、鍋さんは、車掌がいないんだよ。途中で叱ったら、怒って降りちゃったんだと言い、困惑する。 お前1人で行けねえはずあるまい?と爺さんは言うが、この雨じゃ、峠は雪になっているかもしれない。客を乗せたら責任持てないぞと鍋さんも言い返す。 その間も、布団の中の妊婦は、痛ぇよ、痛ぇよと苦しんでいる。 その時、婆さんが、床屋のおタマ坊が帰って来てるよと思い出す。 その頃床屋では、おせんが、こうしている間にお母様が帰って来たらどうすると心配し、菊三の方も、世の中、どこへ行っても同じだぞと言い聞かせていた。 でも、この雨じゃ帰れないわとごねていたタマ子だったが、そこにやって来た鍋さんが、タマちゃん、急病人なんだ。町まで乗って手伝ってくれねえか?と声をかけると、じゃあ行くわと即答する。 合羽を来たタマ子がバスに戻ってみると、既に、妊婦が布団と一緒に運び込まれていた。 籠屋の爺さん、婆さんに見送られ、タマ子も乗り込んだバスは出発する。 バスは難所の九十九折れの箇所に差し掛かる。 タマ子はいつものようにドアから身を乗り出し、タイヤの位置を確認しながら、オーライ!オーライ!と声を出す。 さらに、ぬかるんだ場所では、タマ子自ら外に出て、バスを誘導する。 その間、バスの中では、妊婦が、父ちゃん!私を助けて〜!私を殺さないで〜!私が死んだら、父ちゃんも死んでくれる?などと夫に話しかけていた。 夫が、ああ、オラも死ぬともと返事をするのを聞いていた夫の母親は、おめえら、オラ1人の越して逝っちまうかよ!と呆れていたが、妊婦は、義母ちゃん、いなくて良いよなどとあっけらかんと答える。 そんな妊婦に寄り添ったタマ子は、麓まで行ったら、こんなに揺れないようになりますからねと声をかける。 何とかバスは麓の町までたどり着き、妊婦は駆けつけて来た隊員たちに担架に乗せられて運んで行く。 医者は大丈夫ですよとタマ子に教える。 妊婦を見送ったタマ子は、良かったね、間に合ってと鍋さんに笑いかけると、鍋さんの方も、タマちゃんが来てくれたからだよ。生まれるのが女の子だったら、バスガールになるさと嬉しそうに答える。 任務完了って感じとタマ子が喜ぶと、久しぶりに呼吸ぴったりあったな。何と申しましょうか…、満足感と言うか、充実感と言うか…と鍋さんも冗談めかして言い笑う。 そうなのよ!と浮き浮きした様子のタマ子に、そんな事言ったら、あの家の奥さんになれないぞと鍋さんは注意する。 そんなタマ子が店に戻ってみると、東京から戻っていた孝子が店員を叱りつけている所だった。 奥に呼ばれたタマ子は、誰も帰っちゃいけないなんて一言も言ってないんです、帰りたいのなら、一言何で言ってくれなかったんです。私たちは叔父のうちでさんざん嫌な目に遭って来たと言うのに…。叔父はこの結婚に反対なんです!と孝子から小言を食らう。 タマ子は反省し、すみません。二度とこのような事はいたしませんと謝る。 その頃、営業所に帰って来た鍋さんが、やっぱりタマちゃんだよなどと嬉しそうに報告すると、それを聞いた諸田は、あめえ。タマちゃんの事、好きなんじゃねえのか?と驚いたように聞く。 平沢家では、孝子が、この健一が可哀想だと思いませんか?いまだにあなたがバスの車掌のまねごとなんてして…と小言を続けていた。 その言葉を聞いたタマ子は、宿木へ行った事は重々悪かったと思いますが、人助けでバスに乗った事は悪かったとは思いません!ときっぱり答え、孝子を呆れさす。 すると、一緒に話を来ていた健一までもが、君は鍋山と言う運転手が好きだったんだろう?人を口車に乗せるのが巧いから。君と鍋山の仲が良い事は興信所に調べさせて分かったんだなどと言い出す。 孝子も、私は今まで、我慢してあなたを教育して来ました。でもバスガールはしょせんバスガールですと言い放つ。 それを聞いたタマ子は、私は宿木に帰ります。あなた方が我慢していたように、私も我慢しました。たかがバスの車掌のくせになどとおっしゃいますが、それがどうしたと言うのでしょう?人を卑しんだり蔑んだりする方が、よっぽど卑しいんです。バスガールも立派な仕事です!と言い返し、立ち上がると部屋を出て行こうとする。 それに対し、待ちなさい!出て行くなら出て行くで、順序があります!などと孝子は止めるが、それを無視してタマ子が廊下を歩いていると、後ろから健一が追いかけて来たので、私はあなたを一生懸命好きになろうとしました。でも、さっきのあなたの話で分かったんです。私は鍋さんが好きだったんだと。あなたは一生お母様だけを愛して行けば良いのよ!と告げる。 何を!と怒ってつかみ掛かろうとした健一だったが、タマ子が避けたので、そのまま勢い余って中庭の池にはまってしまう。 健一!と慌てて駆けつける孝子。 そんな2人を置いて、店子は店を飛び出して行く。 雨上がりの街を歩き、バスの停留所に来たタマ子だったが、そこには「豪雨のためバスの運航を中止します」と書かれた貼紙があった。 がっかりしてベンチに腰を降ろしたタマ子に気づいたのは、ちょうどバスに乗り込もうとしていた鍋山だった。 おい、タマちゃん!と声をかけられたタマ子は、あ、鍋さん!と言いながら駆け寄ると、私、あそこを出て来たのよ。もういっぺん車掌になりたいの。鍋さんと働きたいんだ!と打ち明ける。 それを聞いた鍋さんは、宿木初のバスを回送に行くんだ、乗れよ!と、どこか嬉し気に声をかける。 バスに乗り込んだタマ子は、発車オーライ!と呼びかける。 そのまま2人を乗せたバスは、雨上がりの町を走り去るのだった。 |
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