TOP

映画評index

ジャンル映画評

シリーズ作品

懐かしテレビ評

円谷英二関連作品

更新

サイドバー

世にも面白い男の一生 桂春団治

映画に出て来るタイトルは「桂春団治」だけなのだが、何故か「世にも面白い男の一生 桂春団治」と言う長いタイトルが通名(?)になっている。

名作「夫婦善哉」のコンビ、森繁久彌と淡島千景が出ているので、これもそれなりの名作なんだろうと予想はしていたが、想像通りの出来だった。

軽妙洒脱な森繁の演技と美しい盛りの3女優の共演、そして木村恵吾監督の粋な演出にまたもや感心させられた。

ロケなのか、大掛かりなオープンセットなのか分からない法善寺界隈の様子。

途中までは、全く愛情や人間関係に無頓着な芸人と、それに翻弄される3人の女性の姿を描いた、どちらかと言うとまじめな文芸ものかと思っていたが、最後は何とファンタジックな演出になっており驚かされた。

さすが「狸御殿」で有名な監督だけのことはある。

最後のファンタジックな演出に違和感を感じる人もいるかもしれないが、力蔵と春団治の関係、力蔵の病気のことは最初の方から描かれており、決して唐突な演出でもないような気がする。

この映画の中で、3人の女性より重要な存在として力蔵は描かれている気がする。

一見、無学で頭が固そうに見える男だが、実は、春団治の人間としてのダメさを一番近くで見つめて来た男である。

春団治に惚れる女たちが、みな一様に、その人間性よりも、芸人としての力量、将来性と言ったロマンに惹かれているように見えるのに対し、力蔵は、単純に春団治を等身大の人間として観ているような気がする。

つまり、力蔵は、春団治の肉親的な立場からの客観性を持っている存在なのだ。

その客観性が、あるときは春団治の頬を叩いたり、赤ん坊を抱かせたりする。

口数は少ないが、どこか人間を超越した仏様のような存在と言っても良い。

だから、その死後も、すんなり仏様として春団治を迎えに来ているのだと感じる。

何ともとぼけたような力蔵を演じているのは田村楽太と言う人で、ちょっと調べてみた所、この作品と「夫婦善哉」にしか出ていないようである。

普通の役者にはない存在感がある人である。

森繁の若い頃からの達者振りは良く知っているが、この時期の淡島千景、八千草薫の若さと美貌、そして確かな演技力には改めて感心する。

ベテラン高峰三枝子も、まだ色っぽく美しい。

面白うて、やがて哀しき映画…なのではないだろうか。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1956年、東宝、長谷川幸延原作、渋谷天外脚色、木村恵吾脚色+監督作品。

不振の関西演劇界にあって…と長々しいテロップ

タイトル(「道頓堀行進曲」をアレンジしたようなテーマ曲)

大阪ミナミ法善寺横丁の中を、岡持を持って歩くお美代(日夏有里)がやって来たのは寄席の「花月」。

注文の品を楽屋裏の芸人に渡すと、ちょっと高座の様子を覗いてみる。

今日も満員のお客でにぎわっていた。

そんなお美代の尻を触って帰ろうとしたのは、桂春団治(森繁久彌)だった。

その春団治に、20銭貸してくれへんかと声をかけた若手芸人(加藤春哉?)に、20銭ならあるけど、これ帰りの電車賃やと答える春団治。

今日の高座、良かったな?と、その若手におだてられ、持っていた20銭を渡してしまう。

そのお陰で電車賃がなくなってしまった春団治、下足番に金を借りようとして呆れられるが、そこにやって来たのが、飲み屋「二鶴」のおたま(淡島千景)だった。

1年分もたまっているツケを取り立てに来たのだが、逃がすまいと春団治の手を握ると、ほら観てみい!腕時計落としたやないか!と春団治が慌てたように文句をつけたので、驚いて手を離した途端、春団治は逃げ出す。

騙されたと気づいたおたまは、法善寺横町の中を追いかける。

その時すれ違った浪花節語りの双竜軒梅月(杉山昌三九)が、花橘知らんか?と言うので、知らんと答えて別れたおたまだったが、その直後、法善寺の側で、その立花屋花橘(田中春男)に出会ったので、今、双竜軒が探していたでと教える。

それを聞いた花橘は女と2人連れのようだったが、こそこそと逃げるように去って行く。

その後も、春団治の姿を求めて、町内を走り回ったおたまだったが、あいつに貸したらあかんわと、店の前にいたお美代に声をかけられたので、子供が口出さんときと睨みつける。

そんなおたまの様子を観たお美代は、惚れてるわと呟く。

逃げ回っていた春団治は、出会った双竜軒梅月から花橘を知らんかと横柄に聞かれるが、憎たらしそうに知らんわ!と答え、双竜軒が立ち去ると、なんや、偉そうに言いやがって!と悪態をつく。

その後、春団治は、法善寺の境内で、師匠の桂円治郎(浮世亭歌楽)に会う。

女房が熱を出したので看病しに帰らなあかんのやが、これから京都の席に出なあかんのや、穴開ける訳いかんから、お前行ってくれんかなどと言うが、お上さんならさっきぜんざい食うてましたがなと春団治が呆れると、そのぜんざい食うて熱出したんやなどと言う。

円治郎は、実はあいつに会いに行くんやと本音を打ち明け、値段の交渉の末、円治郎は6円だすから、9時半までに京都へ行ってくれ。早めに行ってくれよと頼んで、そそくさと去って行く。

しかし、春団治は、6円の臨時収入が入ったので、そのまま「二鶴」に向かうと、良く来られたわねと呆れるおたまに、今手に入れた6円を財布から出して見せ、飲ませてくれと頼む。

その様子を観ていたお上(汐風享子)は、貸したらあかんでと奥から声をかけて来るが、大丈夫や、今日はお金持っていてるわとおたまは答え、おちょうしを持って行ってやる。

酒を飲み始めた春団治が、時間を聞くと、奥から8時やと答えがあったので、まだ飲めるな、もう一本…と注文し、周囲の女を物色し始めるが、その時、座敷でちょと良い女と一緒にいた立花屋花橘に気づく。

春団治に気づいた花橘は、連れのおてる(毬るい子)と言う女を紹介し、兄弟子に当たる春団治に挨拶させると、実は、東京から来た浪花節の双竜軒梅月の女だったおてると出来てしまったので、あいつに追われて困っている。逃げようにも一文もないので…と打ち明ける。

それを聞いた春団治は、金で解決出来ることかいな、さしあたっていくらいるんやと格好を付けて聞くと、20円やと言うので、20円くらい持ってるけど、ここの払いが14円あるんで、6円くらいならあると言い、財布には行っていたなけなしの金を全部渡してしまう。

花橘とおてるは感謝しつつ、店を後にする。

おたまが春団治に、花橘さん、何だって?と訳を聞きにやって来ると、今でて行ったばかりの花橘が慌てた様子で店に戻って来て、梅月に会うたんやと言う。

その直後、双竜軒梅月と仲間の双竜軒梅丸(青山正雄)が「二鶴」にやって来る。

花橘とおてるは怯えて春団治の背後に身を隠したので、梅月は春団治に、怪我したくなかったら退いてくれ!と凄んで来る。

春団治はビビるが、客たちがいる手前、逃げる訳にも行かず、春団治が喧嘩するんや!と客たちに見物料を要求し、花橘にそれを集めるよう指示を出す。

騒ぎに気づいた野次馬たちも、店の前に集まって来る。

春団治はもうヤケになり、梅月と喧嘩を始めるが、興奮した梅月は包丁まで持ち出して来る。

そこにやって来たのが、京都の寄席に代役を頼んだ桂円治郎、京都の席に穴を開けてしまい、6円も持って行かれたと春団治に迫ると、ヤケになった春団治は、自分の顔を自分で殴って許してもらうことにするしかなかった。

喧嘩で怪我をした春団治の下宿に、その夜、おたまが見舞いにやって来る。

家の二階を貸している俥屋の坂井力蔵(田村楽太)は、早よ帰らな、電車のうなるでとやって来たおたまに声をかける。

布団に横になっていた春団治の額に、絞った手拭いを乗せてやりながら、早よ、お勘定くれなはれと迫るおたま。

そんなおたまに甘えるように、新生天然痘違うか?などと大げさなことを言う春団治は、今はないんやと金のことを言う。

今あると思うたら、もう人に騙されて…、口惜しかったら泣きなはれ!と冷たく言い放つおたま。

あんたは優しい女子やろ?もうちょっと女子らしいこと言えんか?わてがおたまはん、好きやったらどうなる?いっぺんさしてんかと言ったかと思うと、起き上がり、おたまの頬にキスをする。

そして、熱出て来た…と言いながら、又布団の上に寝転ぶが、キスされたおたまは怒るでもなく、あんたな…、あての心、知ってはったん?と色っぽい目つきで恥ずかし気にうつむく。

その後、銭湯から帰って来た力蔵は、二階へ上がる階段の下を観て、まだ女物の雪駄が置いてある事を知ると、もう帰らないで泊まる気やと気づいたのか、さっさと表の戸を閉めてかんぬきをかけてしまう。

その後のある朝、近所の女房が、力やん、そろそろこの俥もあかんな…と力蔵に話しかける。

わてと20年あまり一緒に走っとるんやと答えながら人力車を磨く力蔵。

そこにやって来たおたまが、おじさんも朝食まだやろ?と力蔵に話しかけると、女房が、持病の胃やと教える。

二階に上がったおたまは、まだ寝ていた春団治に、早よ起きへんと、身体に毒だっせ。姉さんの家を出るの大変やったと伝える。

おたまは、今まで一緒に暮らしていた姉の家を出て、春団治と暮らす決心をしたのだった。

寝ていた春団治は、1人で寝るの寂しいやないかと言いながら、おたまの手を引いて布団に引っ張り込もうとするので、髪が崩れる!とおたまは怒り、早よせんと遅れまっせと、早くも世話女房の言葉になる。

何とか起きた春団治は、玄関の前に来ると、力蔵の人力車の持ち手を足で踏みつけ、こないなもんで良う商売しとんなとからかうように言うので、力蔵が怒ると、洗い場に逃げかけて、浴衣を濡らしてしまう。

その後、春団治とおたまは新居を構えるが、正月になり、おたまの姉のおあき(浪花千栄子)がおたまを訪ねて来る。

おたまは、店屋物を取って歓迎するが、移ってから三月になり、春やん、近頃偉い看板になったそうやな?そやのに、ここタンスもないんか?と呆れたように部屋の中の様子を見回す姉に、姉ちゃん…と言い訳しようとする。

春やん、この屋敷に座っていたの当初だけやないの。最近はずっと京都に泊まって来るそうやないの。家には一銭も入れんと、米屋の払いも出来ひんそうやな?それ知っとるさかい、こんなもん取ってもろうたかて、咽通りまへんのやと店屋物には手を付けず言い聞かせる。

あては、文楽でお茶子してたけど、あんたみたいな女子観たことないわ。それが貞女の鑑か?と呆れ果てたように言い、一体、春やんのどこが良くて惚れたんや?と聞くが、おたまが何も答えないので、ないの?と驚く。

おたまは下を向きながら、ほんま…取り柄ないんやと言うので、分からんわ~…、あんたの話聞いてたらじりじりするわ、女ってはかないもんやな、こうなったら、もうあかへんわ…と諦めたような口調になると立ち上がり、自分の財布ごとおたまに渡して、こう二度と来いひんわと言い残し帰って行く。

表には獅子舞が来ていた。

寄席に、大きな春団治の看板がかかる。

その寄席にやって来た春団治は、すれ違った二人連れの娘の片方の尻を何気に触って驚かれる。

寄席の前でそれを見ていた俥屋の力蔵は、あんなことしなはんな、人が観てまんがなと、近づいて来た春団治に注意し、今日は家に帰りますのやと人力車に乗り込んだ春団治に言うが、何言うてんのや、今日は年始回りするんやと春団治は言う。

桂円治郎は、先頃亡くなった小間物問屋岩井辰の家に年始の挨拶に来ていた。

もう1人来ていた噺家と、あの若さで気の毒や…と、後家になったおりゅうを気の毒がる。

それでも、亡くなった主人の供養やと思うて、どこまでもわてらの面倒観てやろう言うてますねんと噺家は言う。

そこに、春団治もやって来たので、後家のおりゅう(高峰三枝子)が姿を現す。

昨年中は偉う御贔屓になりまして…と円治郎が挨拶すると、おりゅうは女中のおそのに酒を出すように伝えるが、春団治は酒癖が悪いそうやから出さんといてなどと言う。

さらに、あんたの高座、えげつないわ。顔赤うなるわ…と春団治の芸風を批判する。

その頃、屋敷の上がりがまちで酒を勧められていた力蔵は、最前から飲み過ぎて、又少し痛うなってきたわ…と言いながら胃の辺りを押さえる。

座敷では、春団治が自ら三味線を弾いて艶っぽい歌を歌っていたが、困った表情をしていたおりゅうが、止めて!もう聞きとうないわ、そんな歌!と不愉快そうに声をかけたので、それ見い!と円治郎は弟子の春団治を睨むが、懲りない春団治は、それなら次郎長外伝!と曲を買えようとするが、おりゅうは呆れたように、あかん!性が合わへん、あんたとは…と言うので、なら、いっぺん…と春団治は身を乗り出す。

何をする気や?と円治郎が驚くと、酒でも飲もか~…言うてんねんと春団治はごまかす。

その後、円治郎らは先に帰った後も、春団治は座敷で眠っていた。

それに気づいたおりゅうは、席の方、良いのんか?師匠帰ったでと声をかけながら座敷に戻って来る。

そして、羽織が脱ぎ捨ててあったので、それを畳みながら、いやらし…、赤い裏付けて…と眉をひそめていたが、その時、横で寝ていたと思っていた春団治がムクリと起き上がり、ごりょうはん!と言いながら、おりゅうに抱きついて来る。

おりゅうは慌てて、堪忍して!声出すで!と抵抗するが、やがて、その声も聞こえなくなる。

屋敷の中には琴の音だけが響いていた。

1人、つましい夕食を食べていたおたまの家に来客がある。

おばのおりん(千石規子)だった。

いっぺん来ようと思って、この辺ぐるぐる回ったんやと言いながら上がり込んで来たおりんは、火鉢の中に火もない事を知るとがっかりする。

袂に煙草を入れ忘れていたことに気づいたおりんだったが、それに気づいたおたまも、あても煙草止めましたさかい…と煙草を持ってないことを詫びる。

それにしても、一月も帰らんて極道やな…と、おりんは春団治の噂を聞いて来たようだった。

偉いとこの後家にくっついたそうやないかと言うので、おたまも正直に、岩井辰の後家なんやと打ち明ける。

最近は、力はんの言うことも聞かんそうやな?とおりんが聞くと、うち最近こんなことしてんのやと、おたまは仕立物を見せる。

一文も入れんそうやなと呆れ果てておりんが聞くと、あて、もう、腹立ててもしようがない思うてます。運命や、思うてますとおたまは諦めたように答える。

それを聞いたおりんは、あんたの方が後家はんやと同情し、年は60過ぎた人やけど、鋳物工場やってはるんや。その人が、なんぼでも金は出すさかい、気持ちのざっくりした人欲しい言うとんのや、あかんやろ?と用向きを話しだす。

他に、内職言うても…とおりんは困ったように言う。

かねがね、おたまから、良い内職がないやろかと相談されていたのだった。

あの人が、少しでも偉うなってくれたらと思うて…とおたまが言うと、もう偉うなってるわ!とおりんは言い聞かす。

しかし、おたまは、あの人の芸はこれからやと言う。

そんな所に、当の春団治が酔って帰って来る。

帰り道、良う分かったなと、一ヶ月振りの帰宅におたまは嫌味を言うが、力やん、知っとるがな…と春団治は答え、おりんに気づくと、何か告げ口しに来たんやないか?と嫌味を言って追い返す。

おたま、しばらく会わんうちに大きくなったな?ここが…と言いながら、おたまの尻を触る春団治。

もうゼゼ、あらへん…と言いながら、春団治は、おりょうに持たされた財布を出して見せ、ええ匂いやと、おたまの目の前でその財布の匂いを嗅いでみせる。

そして妬いてんのか?と酒の準備をするおたまに聞くが、妬いてませんとおたまが無視すると、焼いてまんがな、このメザシ…、これでも尾頭付きでっせなどとシャレを言う。

おたまは、鏡台の前に行くと、涙を拭って、化粧をし直し、もうあらしまへんでと、酒がないことを伝えるが、辛気くさい!と不機嫌になった春団治は、醤油がこぼれたと言い、早よ嘗めんかいなと甘えたように自分の口元を差し出す。

おたまは春団治の頬にキスをし、思わず抱きつきながら、うちにいて!頼むさかい!と頼む。

ごりょうはんとどっちが好きや?嫌や!誰にも渡さへん!と言いながら、おたまは春団治にしがみつくが、芸人は大衆のもんやなどと春団治は混ぜっ返す。

その時、ちょっとうかがいますけど…と夜分にも関わらず、玄関で呼びかける女の声が聞こえる。

迷惑がったおたまは、もう寝ましたけどと言って置い返そうとするが、こちら、桂春団治はんおおうちだすか?京都から来たもんどすけど…と言いながら、その若い娘は玄関を開けて顔をのぞかせる。

仕方なく、おたまが応対に立つと、その娘は、辻本と言う宿屋のとき(八千草薫)と言う者ですけど、そう言うてもろうたら分かりますと言う。

おたまが座敷に戻ると、春団治の姿がないので、奥の方を覗くと、隅の方に隠れた春団治が、困ったような顔つきで、ダメダメ、追い返せと言うような手振りをして見せる。

しかし、ときと言う娘は、ちょっと上がらしてもらいますと言って、勝手に上がって来ていた。

あんた、厚かましいな。悪いけど、春団治は留守ですねんとおたまは座敷に戻って伝えるが、ぜひ会うて、お話ししたいことありましたねんとときは言う。

その時、奥で物が壊れる音がする。

おたまが、うちが話を聞きます。あたい、春団治の家内ですからと言うと、驚いたようなときは、奥さん!あったん!と言いながら泣き出す。

おたまは呆れ、出て来て話付けてと奥の春団治に声をかける。

それでもなかなか姿を見せないので、奥に行ってみると、そやから裏木戸付けてくれ言うたんや。こんな高い塀、登られへん…と情けなさそうな顔の春団治が言う。

どうやら、裏の塀を越えて逃げようとしていたらしく、転んだ時に割ったのか、足下には花瓶が割れていた。

あんた、宿屋の娘さん?ときさん言うの?と座敷に春団治を連れ戻って来たおたまは聞き、ほんま、情けのうなってくる。あんたもあんたや!と嘆く。

独身や思うとった…、大阪に来い、わしも男や、任しとき…言うてたから…とときが嘆くと、あんたも、これから気いつけやと、春団治が人ごとのようにときに言い聞かすので、そんな無責任な!とおたまは怒る。

この家で、ごちゃごちゃと3人で住もか?などと春団治は言うので、女の気持ちは、そんなふざけたもんやあらしまへん!とおたまは切れる。

今日の所は辛抱して、うちが代わって謝ります。遅うならんうちに帰ってな…とおたまはときを説得し、ときは一旦、玄関口に向かおうとするがそこで立ち止まり、うち…、家には良う帰られへん…、赤ちゃん生まれますねん…と振り返って告白する。

これにはおたまの方が仰天する。

翌日、法善寺にやって来たおたまは、呼びだした春団治と会うと、今から帰ります。ときさん、大事にしてあげてねと告げたので、お前、出て行くのか?と春団治は絶句する。

半年もしたら可愛いややこが生まれます。私はもういらない女ですとおたまが言うので、寂しいがな…、3人一緒に…などと春団治が止めるので、何言うてますねん!とおたまは怒る。

そんなおたまが持っていた紙包みを開いてみた春団治は、今そこで買うた焼き芋ですと言われ、がっかりしながら1つ頬張つが、うち、もう食べるもんあらへん…と嘆くおたまの言葉から顔を背ける。

さよならと言って去りかけたおたまだったが、もういっぺん、おたま言うてと言うので、春団治は、おたま、おたまはんて…何度も呼びかけるが、それを聞きながら泣き出したおたまは立ち去って行く。

大阪の町に夏がやって来る。

金魚売りがやって来る。

1人留守番をしていたときは、高座の声を頭に思い浮かべ深刻な顔になる。

その時、赤ん坊が泣き出したので、泣かんとき、泣かんとき、声の枯れるまで泣いたかて、お父はんは帰らへん…、白い鬼がついてますねん…と言い聞かせる。

春団治は、その後も家には戻らず、ずっとおりゅうの元に居座っていた。

おりゅうは、蚊帳の中で昼寝をしていた春団治に、たまには家に帰らへんと…、ややこが可哀想で…と話しかけるが、蚊帳から出て来た春団治が後悔してるんか?と聞くと、後悔どころか、今は別れられんようになってしもうたと言いながら、おりゅうは泣き出す。

力はんから言われました。女なら、女の気持ち分かるやろうと…、そう言うおりゅうに春団治が手を差し伸べると、わて、アホや!おたまはんの真似、良うしません!と言いながら、おりゅうは春団治に抱きつく。

後日、おりゅうの家を円治郎が訪ねると、留守でんねん。この家を買うてもまだぎょうさんあったお金を、すっかり春団治にやってしもうて…と留守番をしていた老婆おとり(三好栄子)は嘆く。

噂は世間にも広まり、「花月」の高座に上がった春団治に、客の中から「よう、御家殺し!」の野次が飛ぶようになる。

「花月」の表に俥を止め、春団治を待っていた力蔵は、赤ん坊を抱えたときがやって来たので驚き、芸人のお上はんがややこ抱いてこんな所に来たらあきまへん!と制止するが、ときは思い詰めたように、わて、京都に帰ろう思いまして、師匠に会いに来たんですと言う。

そんなときに、ここで会うたら具合が悪い。芸人は世間体がありますと力は言い聞かす。

高座がはね、御家殺し!と道行く野次馬からも声をかけられながら力蔵の人力車の所へやって来た春団治は、力蔵の姿が見えないので困惑する。

すると、ちょっとうどん食うてましたんねんと言いながら、力蔵が戻って来て、今日は家に帰りますと言い聞かす。

しかし、春団治は、おりゅうはんの所でちょっと飲んで行くさかい角屋町やと言いながら、人力車に乗り込もうとするが、そこに赤ん坊が置いてあることに気づき驚く。

春団治は赤ん坊を良く確認し、こりゃ春子やないか!わいの子や!と言うので、力蔵は、わいがうどん食うてる間に、お上はんが置いて行きよったんやとわざとらしく言う。

しゃあない、高津行きやがな…とぼやいて車に乗り込もうとしていた春団治は、力蔵がいきなり引っ張ったので、まだ乗ってへん!アホ!と驚く。

敵ながらあっぱれや…とはる子を抱いて自宅に戻って来た春団治はときに言う。

春子ちゃんと一緒に酒飲もか…と赤ん坊に言いながら座ろうとした春団治だったが、ときは、すんまへん…、酒ないの…と言う。

何でないの?と不機嫌そうに春団治が聞くと、買いとうても金のうて売ってくれまへん…とときは答える。

いらんで!いらんで!とすね出した春団治に、この子、殺す気か!とときが迫ると、天井から吊るしてあった子供用の下駄に気づいた春団治は、何じゃこんなもん!と言いながら、それを引きちぎり投げ捨てる。

わいは噺家や!変わったことせえへんと客は笑わへんねん!と言い放ちながら表に出た春団治は、外で待っていた力蔵に、おりゅうはんの所や!と声をかけるが、いきなりその力蔵から顔を殴られる。

どついたのはわいの手やない。この子を思うて出て行ったおたまはんの手やで…と力蔵は淡々と言い聞かし、京都まで送って行こうとときに話しかける。

その後、すっかりおりゅうの屋敷に居着くようになった春団治は、朝食の準備をしていた見慣れぬ女中に名前を聞き、おとよで、年は18と知ると、いつものようにその尻を触る。

おとよの悲鳴に気づき春団治の元にやって来たおりゅうは、師匠!名前に関わりまっせと睨みつけ、ここへ来て5年…、春子ちゃんも6つになりますがな…と言い聞かせようとするが、たった1人の子より、わいには大勢の客がいるんやと春団治は開き直る。

それより、力の奴、ここんとこ寄り付かんようになったが、どないしとるやろな?力やん、この半助好きやったんや…と言いながら、春団治は鰻の頭が盛られた小鉢の中を見つめる。

その時、契約違反や!と言いながら男が屋敷にやって来る。

その後、質屋にやって来たおりゅうは、指輪を金に買えようとし、2000円いると申し出るが、店の主人は呆れたように、良う出して500円と言うので、おりゅうは、それは母の形見なんですと訴えるが、石も小さいし、近頃ダイヤはあきまへん。もう100円張り切りましょうと言うだけ。

がっかりするおりゅうに、名前を呼びかけたのは、先に店に来ており背中を向けていたおたまであった。

おりゅうもおたまはん!と驚くが、始めて声をかけていただいたのに、けったいな所で会いますな…とおたまが笑うと、新しい客が3人も入って来たので、店の主人が迷惑がる。

おりゅうの屋敷では、戎(清水元)らによる差し押さえが行われていた。

何にもないな…、芸人てこんなもんか…と、呆れたように2人の差し押さえ人が話し合っていたが、それを聞いていた春団治は、まだまだ金目のものあるで、それ一枚くれと言い、差し押さえの紙を受け取ると、自分の口に貼ったので、アホなこと止めなはれと弟子の桂小春団治(本郷秀雄)が止める。

確か、人力車あったな?と差し押さえ人が気づくが、ありまへん。あれからいっぺんも乗ってまへん。今は電車で通うてまと春団治は言う。

そこに、戎さん!お金が出来ました!と言いながら、おりゅうが戻って来る。

おたまは、下宿をしている八百屋に戻って来るが、主人が、誰や来とりますでと伝える。

二階に上がって見ると、そこで待っていたのは春団治だったので、姉が来ているのかと思い込んでいたおたまは立ちすくむ。

ご機嫌さん。おりゅうはんが行って来いって…、礼を言って来いって言うので…と照れくさそうに春団治が言うと、やっぱりおりゅうさん、言ったんか?未練があって、あのお金を作ったんやおまへんでとおたまは答える。

偉い金持ちになったんやなと春団治が感心すると、仲居してポチ貯めて…、1人になってもう7年…、あれくらい貯まりますがなとおたまは淡々と答える。

えらい近いとこに住んでたんやなと春団治が言うと、この窓から、あんたが偉くなるの観てましたんねんとおたまは答える。

一枚看板になったらなったで、人にゲラゲラ笑われるだけで、何やこう、心の底がスカスカと言うか…、頼りない気してな…と春団治がしんみり言うと、早よ、お茶飲んで帰っておくれとおたまは冷たく言い放つ。

酒あるやないかと、春団治が一升瓶を見つけると、あんたに飲んでもらう酒やないんや!うちの寝酒や!早よいんで!とおたまはきつく言う。

春団治がふてくされて帰りかけると、もっとええ芸人になっておくんなはれとおたまが声をかけたので、やかましい!と怒鳴り返した春団治は、物は相談やが、今晩一晩だけでも泊まっていったらあかんか?と甘えて来る。

よりを戻したさに、あのお金を作ったと思われたら、この7年は水の泡や!家もいらん、女房子供もいらんて、そんな芸人…、春団治と言う人は、芸人の苦しさは分かっても、人間の苦しさ分かってへん!とおたまは言い、春団治は何も答えず帰って行く。

1人残ったおたまは、あほや…と呟くと泣き出す。

ある日、おりゅうが神社に参りに来ると、おかみはん!と声をかけて来たのは、噺家を止め、この地に店を構えていた桂円治郎だった。

力はん、死にはったそうやな…とおりゅうが聞くと、4、5日前、田舎で死んだそうや。胃がんて怖いな…と円治郎は教える。

大将、力の骨、京都へ持って行ったと言うが、あの人も天下を取りましたなと感心する。

おたまはんは二号はんになりましたんや。金より、男が欲しゅうなったって言うて…、昨日、ここへお参りに来てましたと円治郎は言う。

京都

外出していたときが戻って来ると、向かいの女房が、春団治はんの弟言う人が訪ねて来よった。土産だけ置いていく言うて…と伝える。

家の中に入ったときは、そこに置いてあった土産が下駄であることを知り土間に落とす。

そこに、ごめんやすと言いながら入って来たのは春団治だった。

出て行っておくれやす!とときはそっぽを向いて言うが、半日も探して来たんや。向かいのおばはんに薄情もん言われ、まさか本人とは言われず、弟やと言うたんやと春団治は苦笑を浮かべながら話す。

いっぺん、子供さんにお目にかかりたい思うてな…。と春団治はときに言い寄ろうとするが、春団治と言う人は客を笑わすことは出来ても、たった1人の子供泣かす人です!とときは言い返す。

それが最近分かって来たそうや。力やんにどつかれた時にも気づかなんだ…、3人で暮らす訳にはいかんやろか?と春団治は懐柔しようとするが、何言うの?おりゅうさんはどう言うの?春子は、うち1人で育てます!とときは言い放つ。

おたまはんもみんな強くなって行くのに、わい1人うろうろしているような気するわ…と春団治が反省すると、芸だけは立派になっておくれやすとときは頼む。

物は相談なんやけど…、今晩いっぺんだけ泊まったらあかんか?とまだ春団治は甘えかけ、ときの顔色をうかがいながら、そら、あかんな…と1人合点し、えらい邪魔したな…と言い残し出て行く。

遠くで聞こえていた女の子たちの「かごめ、かごめ」が終わり、春団治は、2人の女の子が帰って来たのに表で遭遇する。

春団治の顔を見た女の子が、子取りや!と言うので、春子ちゃんか?と言いながら、手を添えた春団治は、お父ちゃんは?いやへんの?と聞く。

すると、春子は、死なはってんと言う。

これでままごとでもし、手を出しいと言いながら、小銭を渡そうとした春団治だったが、こんなんいらん!と、春子は小銭を地面に投げ捨てて、お父はんは…と話しかけようとする春団治に、死なはった!ともう1度繰り返した春子は家の中に飛び込んで行く。

春団治は呆然とし、捨てられた小銭を拾い集め、とぼとぼと帰路につくしかなかった。

桂小春団治は、往診から帰る医者(横山エンタツ)を屋敷の前で見送りながら、先生、あきまへんか?と聞く。

医者は、ちょっと持ち直しているようやと曖昧な言い方をして帰って行く。

座敷では、おりゅうが床で苦しがる春団治の背中を擦っていた。

居間で葬式の心配をしていた夷の元にやって来たのは、立花屋花橘だった。

何で知らせてくれへんのや、兄弟同様に暮らして来たのに…と、すっかり春団治が死んだように言うので、花橘さん、師匠まだ生きてますでと夷が教えると、何やしょうもないと花橘は態度を変える。

さらに、桂円治郎も、胃がんやそうやな…と言いながらやって来て、香典を出そうとするので、花橘が香典、早いねんと教える。

花橘と円治郎が春団治の寝ている座敷にやって来ると、寿司と酒飲ましたり、どうせそれだけが目当てやなどと春団治がおりゅうに言うので、あんまりやと2人は怒る。

胃ぐらいに負けたら生きられへんでと花橘は励ます。

居間に戻って来た円治郎は、力さんが胃がんで亡くなって、師匠も胃がんやなんて奇妙な話や。先に逝った力さんが呼んでるのと違うか?などと言い出し、ここへ来しな墓があるやろ?あそこで人魂観ましたねんなどと言い出す。

その話をきっかけに、何や気色の悪い晩やな…とその場にいた全員は怯え出す。

悪うおますけど、わい、帰らせてもらいますなどと花橘は立ち上がりかけるが、風が吹いて庭のすすきがなびき、電燈が点滅し出したのでさらに怯える。

そこに奥から来たおりゅうが、花橘さん、おたまはんはまだ見えはらしませんか?と聞いてきたので、電報打ちましたと座り直した花橘は答える。

すると、おりゅうが、今、師匠!師匠と呼ぶ声が…と言いながら庭の方に目をやったので、師匠が呼んだんと違うか?と円治郎は言う。

奥へ戻ったおりゅうが、師匠!と声を上げたので、容態が急変したと悟った夷は、医者を呼んで来い!と叫ぶ。

白っぽい衣装を着た力蔵が人力車を引いて屋敷の前に来ると、庭に面したガラス戸がひとりでに開く。

庭先に入り込んで来た力蔵が、師匠、お迎えに上がりましたと春団治に声をかけると、床に寝ていた春団治の身体から、魂が起き上がって、ご苦労さんと言いながら力蔵に近づき、まだ2、3日は持つやろう思うてたけど…と言う。

力蔵も、わても急なことで驚きましたなどと答え、ほなぼちぼち行きまひょうか?と春団治を誘う。

玄関を出かけた力蔵と春団治の幽霊は、慌てて駆けつけた医者が靴を脱いでいるのを振り返ってみる。

座敷にやって来た医者は、腕を取り、心配ない、ええ脈やと太鼓判を押すが、横に座っていた花橘が、それわいの手や!と突っ込む。

門前の人力車の所へ戻って来た力蔵は、急に立ち止まり前に進めなくなった春団治の霊を観て、あきまへんな、カンフル注射してますわと言い聞かす。

春団治の枕元に集まっていた全員は、何や、口が動いてる!何か言いたいんやなどと騒いでいた。

庭先に戻って来た春団治の霊は、力さん、ちょっと待ってくれと頼む。

力蔵の霊も、カンフル効いてるうちはしようがありまへんと答える。

おりゅうはんやおたまはん、おときはん、春子にも謝って行きたいと春団治の霊は言うが、床に寝ている身体の方はもう口がきけなかった。

噺家が口きけんようになったらお終いやな…声、出えへん…と哀し気に春団治の霊は呟く。

何言うてんのか分からんと哀し気におりゅうも言う。

力はん、もうちょっと待ってくれと春団治の霊が庭先で頼むと、門限までもうちょっと時間ありますから…と力蔵の霊も答える。

師匠!もう一言言うてくれ!と弟子たちが春団治に声をかける。

師匠、待っている人、もう来てくれまへんで…と力蔵の霊が春団治の霊に言う。

来てくれと言われる義理もあらへんし…、ほなぼちぼち行こか…と諦めたように春団治の霊が答えると、医者が看護婦にカンフルや!と叫ぶ。

おりゅうはん、泣いてる…と、座敷の様子を観ていた春団治の霊は呟くが、諦めなはれとそのおりゅうを慰めている夷を観た春団治の霊は、あの男、えらく親切にしてるな、気になるな〜、こらあかん!心配になって来た…とぼやき始める。

力はんも師匠も同じ病気やったし…、それにしても力はんも立派な男やったな…と弟子たちが言い始めると、今頃そんなに褒められても…と庭に立っていた力蔵の霊はちょっとちょっと喜びかけるが、しかし、頭も古いし、けったいな男やったなと悪口になると、憮然とする。

そこに、おたまが駆けつけて来る。

それを庭先で観ていた春団治の霊は、おたま…と呼びかける。

時間ないでと力蔵の霊が呼びかける。

床の春団治は、おたまが来たことに気づいたのか、布団の中から右手を出して来る。

何や、言うてる!と、春団治の顔をのぞいていた花橘が言う。

わてのことやったら、何の心配もいらへんで!とおたまは床の春団治に呼びかける。

あいつら、葬式の段取りまでしやがって!と春団治の霊は弟子たちのことをぼやくが、師匠、時間ないで、門限やと力蔵の霊が語りかけて来る。

表に向かいかけた春団治の霊は、力はん、あの看護婦、ちょっとええな…と言うと、駐車を運んで来た看護婦の尻を触る。

看護婦は飛び上がり、後ろから付いて来た男を睨みつける。

アホなことしなさんな!と力蔵の霊が諌めると、最後のサービスやと春団治の霊はとぼける。

ところが、もんを出て人力車に近づいた所で、又、春団治の霊は立ち止まる。

食塩注射打ちよった!

もう制限時間ギリギリやと、人力車の横に発った力蔵の霊は呆れる。

そんな2人の霊の横を通り過ぎ、門を入って行ったのは、春子を連れたときだった。

早よ行こと力蔵は声をかけるが、春子を見送った春団治の霊は、春子、堪忍してや。ときさんも堪忍してねと詫びる。

あかん!と座敷で花橘が叫ぶ。

ご臨終ですと医者が告げる。

そこに駆けつけたときは、怖いことないで、お父ちゃんやでと春子に言うと、春子は、お父ちゃん!と叫んで、死んだ春団治の遺体の首にすがりつく。

みなはん、ほんまに泣いてくれたんやろか?自信ないわ…と人力車に乗り込んだ春団治の霊は言い、力、行こと声をかける。

力蔵が引く人力車は、闇の中に消えて行く。

法善寺はその日も賑わっていた。

そんな中、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて亭主らしき男と嬉しそうに歩くお美代の姿があった。