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君の名は

「放送が始まると、女湯が空になる」と当時の宣伝部が謳ったほどの人気ラジオドラマの映画化で、日本映画史上でも空前の大ヒットとなった三部作の第一作。

タイトルや音楽、数寄屋橋の有名なシーンなどはTVなどで何度か観たことがあったが、さすがに恋愛ものと言うこともあり、これまで観てなかった映画である。

結論から言うと、これはヒットして当然の映画である。

出来が良いとか何とか言うより、これは一旦見始めたら、続きが気になって止められない麻薬のような内容であるとしか言いようがない。

男が観てもそう感じるんだから、当時の女性が病み付きになったのも分かる。

展開は通俗な恋愛もの+すれ違いパターンだし、長い話をかなりはしょりながら描いているので、途中、何度も唐突な場面展開があったりして、映画としてはやや平板な印象があるが、とにかく波瀾万丈、どうなる?どうなる?と言う女性版クリフハンガーとも言うべき展開になっている。

今回、初めてこの作品を観て知ったのは、真知子と春樹はずっと最後まで会えないままなのかと思っていたら、あっさりこの第一篇で再会は果たしていること。

普通、恋愛ドラマとして考えると、そこで話が終わりそうなはずなのに、そこからさらに話が入り組み始める。

最初は、みんな善人に見えていた登場人物たちが、少しずつ嫌な面を出して来て、それがどんどんヒロイン真知子や春樹を苦しめて行く。

実は、良く見ていると、真知子と春樹も悪い面があることが分かる。

途中、春樹の姉悠起枝が真知子に告げる「私、どんな男の人も信じたくないんです」と言う言葉が一種の伏線であって、後半、その言葉通り、真知子は夫になった男の豹変振りに苦しめられる…と言う風にも受け取られるが、それは女性側だけに立った見方のように思える。

後半、子供が出来た真知子におばが言う「女と言うものは、辛く哀しいもんじゃの~」と言うセリフも、女性側から観れば、その通り!と頷きたくなる言葉だろう。

敗戦の結果、みじめな暮らしを余儀なくされたパンパンの2人には同情するしかないし、おじの勘次なども、典型的な封建主義の固まりで、悪い男の代表のような描き方になっており、当時の女性たちは、そのおじに敢然と歯向かう真知子にさぞ溜飲を下げたことであろう。

ただ、反対に男の目からこの話を見ると、ヒロイン真知子も、進歩派なのか保守派なのか曖昧な、優柔不断で嫌な女のように見えるし、その友人役の綾も余計なお節介焼きで他人の心に土足で上がり込む嫌な女である。

春樹の姉悠起枝も、何だか、消極的なだけで、世間を恨んでいるだけの嫌な女のように見えなくもない。

浜口の母親徳枝も典型的な嫌な母親だし、そう考えて観ていると、出て来る女性たちは全員、不幸がっているだけの嫌な奴だらけの映画のようにも見える。

その辺の通俗さこそが、この映画の商業的成功の秘密なのかもしれない。

「隣の芝は青い」ではないが、仮に真知子が再会した時点で、すんなり春樹と結ばれていたら、その後の結婚生活は安泰だったかと言うと、そうでもないのではないかと想像する。

徳枝のような姑はいない代わりに、案外、姉の悠起枝が、何かと疫病神になってきそうな気配もある。

やはり、恋愛話が結婚後の夫婦生活の話になると、もはや甘いロマンスでは収まらなくなると言うことだろう。

その辺のドロドロさも、当時の主婦層の共感を得た部分なのかもしれない。

この当時の佐田啓二は正に甘いマスクの超イケメン。

岸惠子さんの方は、美女は美女なのだが、さすがに今風のモデル顔とは少し違っている。

笠智衆は、好々爺風のイメージと、当時、時々やっていた悪人風の役柄の両面を生かしたようなキャラクターになっている。

何だか、第二篇以降に再登場しそうな雰囲気もある。

パンパンのあさ役の野添ひとみは若過ぎて、ちょっと観、分かり難いが、何度か画面に出て来るうちに気づく。

この作品でも、淡島千景と淡路恵子の両名がすでに一緒に出ているのは意外で、特に、海女役の淡路恵子さんの方が分かり難かった。

この時代のNHKドラマにも「アマちゃん」が既に登場していることにも驚かされる。

冒頭の東京空襲の特撮を担当しているのは、後に一緒に円谷プロで活躍する川上景司と円谷英二。

モノクロと言うこともあるが、さすがに初代「ゴジラ」前年の作品らしく、都市破壊のシーンは迫力がある。

上空を不気味に飛び過ぎるB-29の姿も見事。

このシーンを観るだけでも、特撮ファンには価値がある映画だと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1953年、菊田一夫原作、柳井隆雄脚色、大庭秀雄監督作品。

※公開された時代が時代だけに、今となっては不適切と言われる言葉も出てきますが、そのまま文中で使用しています。ご理解のほどお願いいたします。

昭和20年 秋深くー

佐渡へ向かう連絡船の上、1人の娘がデッキからぼんやり海を眺めている。

お嬢さん、どうしたの?舟に酔ったの?そんな娘に声をかけて来た女がいた。

佐渡は初めてなの?等と親し気に声をかけて来るその女は、あんた、町子じゃない?私、石川綾(淡島千景)、「ひさご」って店でいつもあなたを見かけていた。その頃からあんたに惚れてたんだねなどと話しかける。

東京からかい?などとしつこく聞いて来た綾は、あんた、泣いてたのかい?哀しいことがあったんだね~、これから向かう佐渡の方ではなく、来た方ばかり観ている…、恋人と辛い分かれでもして来たのかい?それとも死んじゃったのかい?と、寂し気な顔の娘、氏家真知子(岸惠子)の顔を見て指摘する。

私は人のことが気になる性分でね。辛いことは船酔いと同じで、吐き出してしまえば楽になれるものだよと言い聞かすと、半年前、5月24日の空襲の日、あの人に会いました…と真知子はようやく口を開く。

(回想)B-29の爆撃を受けていた東京の銀座周辺。

燃え盛るビル街の中を逃げ惑っていた真知子に、危ない!と近づいて来た青年がいた。

青年は真知子をかばうように抱きながら、安全な場所に連れて来ると、にっこり微笑む。

B-29の編隊が通り過ぎた翌朝、まだくすぶっているビルの残骸を目の前、朝もや煙る数寄屋橋の上に佇む2人

生きてることがまるで夢のようだ…、夕べだけでも何万と言う人が死んだかも知れないのだから…と青年が呟くと、私も…、あなたのお陰で助かりましたと真知子も答える。

僕は生涯、この思い出を忘れないつもりですと言う青年は、あなたの家はどこ?と聞き、四谷ですと真知子が答えると、じゃあお帰りなさいと勧める。

ありがとうございました…と真知子も礼を言って去りかけるが、この戦争もいつ終わるか知れませんが、もし今後もお互い生きていたとしたら、又ここでお会いしたいですわと呟く。

青年も賛成すると、では、半年後の11月24日、もしその日会えなかったら、さらに半年後の5月24日…と言う風に、半年ごとにここで待ち合わせると言うのはどうでしょう?と提案する。

真知子も同意し、では11月24日の夜8時、きっと参りますわ!と約束し、じゃあ元気でね!あなたもね!と声をかけあい2人は別れる。

その時、青年が、君!肝心なことを…、君の名は?と真知子を呼び止める。

私…と、去りかけた真知子が答えようとした時、又空襲警報が鳴り響いたので、では、半年後にお会いするまで名も知らずにおきましょうと青年は呼びかける。

(回想明け)

今日がその約束の日だったんですけど、おじが、そんな約束の為に2日も待っていられないと言って、東京に残るのを許してくれなくて…、もしその方が数寄屋橋の上で待っていてくださるかと思うと申し訳なくて…と真知子が打ち明けると、その晩の人が、どんな人より懐かしい人に思えるんだね~…と綾も同情する。

その時、真知子!降りる仕度せんか!と怒鳴りながら下から上がって来たのが、真知子のおじ勘次(市川小太夫)だった。

港に降り立った真知子に、「ひさご」に、寂しくなったらいつでも訪ねておいで、今頃、数寄屋橋の上でその人、待ってるかも知れないね~…と綾は語りかける。

その頃、銀座、数寄屋橋の上では、その青年、後宮春樹(佐田啓二)が、現れない真知子を探して待ちわびていた。

腕時計を確認すると、もう8時10分を過ぎていたが、真知子らしき姿は見えない。

そんな春樹に、お兄さん、遊ばない?と声をかけて来たのは、パンパンのあさ(野添ひとみ)だった。

春樹が無視をすると、ちぇ!しけてやがら~とバカにしたはるだったが、警官がパンパンたちを追って来たのに気づくと、慌てて逃げ出す。

春樹に近づいて来た警官は、追っても追っても出て来る。あいつらにも困ったもんですと語りかけ、誰かをお待ちですか?と聞いて来る。

恐れ入りますが、もしこの後、会う人がここにやって来たら、これを渡していただけないでしょうか?と春樹は、出版社の名前の入った自分の名刺を警官に託すが、警官が、その人の名は?と聞くと、それが…、知らないんですと春樹が答えると、困ったねえ…、その尋ね人は…と呆れる。

霧に包まれた数寄屋橋に、歌が重なる。

君ありてこそ~楽しけれ~♪

数寄屋橋を立ち去りかけた春樹は、近くの川縁から、梢!しっかりしな!と叫ぶ女の声が聞こえて来たので、何事かと側に寄ると、先ほど声をかけて来たパンパンが、別の女を抱き上げようとしていた。

どうやら、ぐったりした女は川に身を投げようとしていたらしい。

春樹に気づいたあさは、あんた!さっきの…と気づき、訳を聞かれると、子供が出来たんで死のうとしたんだよと教え、住まいはすぐ近くだと教えたので、春樹はぐったりした梢と言う女を抱えて、その住まいまで運んでやる。

翌朝、雪がうっすら積もった掘建て小屋の一軒から出て来たあさが、加瀬田のおじさん!ちょっと来て!梢が稼ぎに出るって言ってるんだ!と外に向けて叫ぶ。

すると、別の掘建て小屋から出て来た元軍人加瀬田修造(笠智衆)が、あさと梢の小屋に入って来て、お前そんなに死にたいのか?バカ!死んじまえ!と化粧をしていた梢に説教する。

死ぬよ!死ねば良いんだろう!と梢はヤケになったように答える。

梢君、君は俺と初めて数寄屋橋で会った時、死ねと言ったなと加瀬田が言うと、軍人は嫌いだから!と梢は答える。

だが、その時、飢え死にしかかっていた俺を助けてくれたじゃないか。俺はお前を見殺しにしたくないと加瀬田は言い聞かす。

その時、梢の小屋に一晩泊めてもらっていた春樹が起き出して来たので、夕べはありがとうと加瀬田は梢の礼を言う。

だって、あたいは死にたいんです。青い目の子供を生むくらいなら死んだ方が良いと梢は嘆く。

生まれて来る子供はわしのこと良いう事にしてやる。子供のことで心配しないで、ゆっくり養生しなさい。わしがモク拾いで稼ぐから、3人でまともに生きて行こうじゃないかと加瀬田は説得する。

横で話を聞いていた春樹も、僕の気持ちも加瀬田さんと同じだ。どんな時もやけになっちゃいけない。もっとまともに生きるんだと声をかける。

可哀想に…、罪のない娘たちがこんな目に遭うなんて…、戦争さえなかったら…、みんなわしら軍人が悪いんです。何とか彼女たちを助けてやりたい…と加瀬田は嘆く。

君の名はと尋ねし人あり…とナレーションが重なる。

梅の花が咲いた佐渡

勘次は、相手のうちは佐渡でも2、3に数えられる家柄だ。だからわしは、お前を佐渡に連れ帰って来たんだ。そうすれば、お前の亡くなった両親も喜ぶと思う。たった一度会った娘に声をかけて来るなど不良に決まっとる!わしの言うことが聞けないのなら、出て行け!と真知子に説教し、自分が勧める浜口勝則と言う男との結婚を勧めていた。

真知子は、そんなおじに、あの方をそんな風に言うなんて…、おじ様って、そんなに旧式な考えだったんですか?頭ごなしに言うばかりで…と嘆いていた。

勘次は、勝則さんも間もなく休暇で帰って来なさる。わがままは許さん!と言い放つと、不機嫌そうに席を立つ。

そんな話を横で聞いていたおばの信枝(望月優子)は、この家であの人に、あんなにはっきり言ったのはあんたが初めてだ。すっとしたよと感心したように話しかける。

町子さん、その人がどんな人か知らないが、名も所も分からないとなるとどうしようもない。一時は気が進まんでも、勝則さんと一緒になった方が、一生の為になるのではないか。私もうちのおじさんと一緒になる時は好かん人やったが…などと信枝が言うので、おば様、そんな忍従に耐えた結婚生活で、今は幸せですの?と真知子が聞くと、まあ、食べて行けるし…、あの人も頑固じゃが、根っからの悪人でもないからなと信枝は答える。

その時、下男が、真知子さんにお客さんです。綾と言う人が来ていますと伝えに来る。

外に出てみると、綾が、分かったよ!数寄屋橋で会った人のこと。うちへおいでよと言うではないか。

綾の家に同行すると、そこには風変わりな男が待っていた。

本間朝彦と名乗ったその男は、綾君から君の話を聞いて感激した。あなたは魂がきれいな人だと真知子を褒めると、「自由クラブ」と言う雑誌でこんな詩を書いた人を見つけたんだが、この人こそがあなたが探している人だと思うんだと言い出す。

そして本間が読み出した詩は、確かに、真知子が覚えているあの夜の光景を読んだもののように思われた。

冬の夜、数寄屋橋のほとり… 名も知らぬそなた 何処の人よ…

綾も、その詩を書いた人は、後宮春樹って名もちゃんと分かっていると嬉しそうに言う。

僕がこの詩を見つけたのは偶然だが、あなたたちは結ばれる運命なんだよ。ここは僕に任せてくださいと本間は言う。

真知子が心配そうな顔で、どうやって?と聞くと、雑誌の住所に問い合わせれば良いんだよと本間は答える。

東京の小さな出版社「自由クラブ」で働いていた春樹は、会社の出資者から、「相寄る魂」と題された、掘っ建て小屋に住むパンパンと元軍人のルポが載った「新自由クラブ」より、同じような記事がもっと扇情的に書かれた「新世界」と言う他社の雑誌を引き合いに、もっとこういうスリルとエロの記事が書けないかね?売れなかったらわしは手を引くよと文句を言って帰って行ったので困惑していた。

その後、あさと梢は、春樹が紹介したクリーニング屋で働くようになっていたのだが、そんな2人と加瀬田修造のことが他社の雑誌にも載っていることが不思議だったからだ。

(回想)ある日、加瀬田修造の掘建て小屋を訪ねて来たのは、横山(三井弘次)と言う戦時中、部下の男だった。

横山は戦後、紙を買って「新世界」と言う雑誌を始めたと打ち明けると、「自由クラブ」の写真家を買収し、こちらの記事を知ったので、それをうちの雑誌に載せたいと相談に来たのだった。

加瀬田は、あの記事は後宮さんのものだから…と戸惑うと、「自由クラブ」を出し抜くんです。言わば奇襲作戦ですな…と横山は笑う。

我々も戦時中は一千五厘で駆り出され、民衆を虐めたじゃないですか?などと悪びれる風もなく言うので、加瀬田は怒り出し、追い返そうとするが、横山は、記事はこっちで適当に書きますよと言い残し、金の入った封筒を置いて帰ろうとする。

加瀬田は、こんなもんはいらん!と言いながら、慌てて横山の後を追う。

(回想明け)あさと梢の掘建て小屋に帰って来た春樹から事情を聞いた加瀬田は、その時、金も返したんだが、私の不徳です。許してくださいと詫びる。

春樹も、もう今の社を辞めるつもりです。国に帰るつもりです。鳥羽の方に帰って、姉にも一度会いたいし…、加瀬田さんのせいじゃないですよと答える。

私は思うんだが、世の中、すべて悪くなっている…と加瀬田が嘆くと、あたいたちは、どんなことがあっても頑張るよ!とあさと梢は言う。

今は、仁義で生きているつもりでも、なかなか生きられない…と加瀬田がまだ愚痴るので、春樹も、僕も善意の勝利を信じたいですと同意する。

わしも信じています、あの子たちの為にも…と、加瀬田はあさや梢を見ながら答える。

外に出ていたあさが夜空を見て、星が飛んだよと喜ぶと、梢も、もう夏だね…と呟く。

佐渡の海岸にいた本間の所にやって来たのは綾だった。

真知子が、無理矢理結婚させられそうな相手の浜口って男と金北山に行ったらしいんで、私たちも行きましょうと誘いに来たのだった。

その頃、浜口勝則(川喜多雄二)に誘われ、金北山に登っていた真知子は、あなたに少しでも私との結婚への気持ちがおありなら、僕は東京に帰って役所に勤めていても、気持ちの頼りになるでしょうと返事を迫られていた。

そこに、綾と本間が声をかけて近づいて来たので、浜口は怪訝そうに、誰ですか?と聞くので、真知子は、友達ですのと答える。

真知子を呼び寄せた本間は、出版社に出した手紙、付箋が付いて帰って来たんだ。どうやら出版社が潰れちゃったらしいんだと教え、綾は、浜口さんに本当のことを言ったのかい?何だったら、あたいが言ってやろうか?でも、ちょっと良い男だね…と浜口の方をちら見しながら言う。

山から帰宅して来た浜口は、綾さんって面白い人ですねと真知子に話し、あなたって美しい方ですね。戦争中の思い出をいつまでも大切にしているなんて…と、春樹のことを綾から打ち明けられたことを打ち明け、僕と一緒に東京に行きませんか?その人が良い人だったら、僕は潔く姿を消します。僕はあなたが好きなんです。少しでもあなたのためになることがしたいと申し出る。

でも一応は、おじさんの手前もありますから、僕との結婚を承知したようにして下さい。僕を信じてくださいと浜口は真知子に言う。

その頃、掘建て小屋の中で、国への帰り支度をしていた春樹に、あさは、あの日までには帰って来るんだろう?数寄屋橋に行くんだろ?と聞いていた。

春樹はにこやかに、行くよと答える。

しかし、梢の表情は暗かった。

どうしてネームも聞かずにグッバイしたのさ?5月24日も来なかったんだろう?とあさが聞き、来たら、兄さん、取られちゃうじゃないかと複雑な乙女心を見せる。

今度来る時には、梢君、赤ちゃんがいるね。僕も君たちの幸せを祈っているよと春樹が話しかけると、梢は感極まって泣き出す。

故郷の鳥羽に着いた春樹は、姉悠起枝 (月丘夢路)のことを、公民館に勤める水沢謙吾(須賀不二男)に会って聞く。

(回想)水沢が言うには、悠起枝が嫁いでいた運送屋の西崎家に行って、既に夫も戦死しているのに、このまま悠起枝さんをこちらで年を取らせるのは惜しいと再婚を勧めたが、先方の母親が、戦時中は靖国の母などと言っておきながら、あんたは一体悠起枝の何ですか?あんたが前から悠起枝と仲が良いことは知っていると言いがかりをつけて来たらしい。

話を一緒に聞いていた悠起枝は耐えきれなくなり、謙吾さん、何もおっしゃらず、今日は帰って!と頼む。

落胆して西崎家を去る途中、水沢は、戸浦奈美(淡路恵子)と言う海女にいきなり親し気に話しかけられ、無理矢理、浜辺の浜木綿の花の群生地に連れ込まれてしまう。

前々から水沢に変な気持ちを持っていた女だと水沢は忌々しそうに説明する。

花畑の中に来た奈美は、いきなり、先生、お嫁さんにして!と言い寄って来る。

悠起枝さんは、人のお嫁さんじゃないか!私に何をしたって先生を恨まないよなどと迫る奈美。

そんな奈美を振り払おうとした水沢だったが、奈美が倒れたまま起き上がらないので、心配して抱き起こそうとすると、起こさなくても良い、このままで良い。きれいなお月様だ…などとロマンチックなことを言い出す。

そして、又、水沢に抱きついて来たので、とうとう水沢は奈美を抱いてしまう。

(回想明け)自分の優柔不断さを悔いるように、すべてを打ち明けた水沢は、悠起枝さんは、浜島の「松木」と言う料理屋で働いていると春樹に教える。

「松木」で久々に再開した姉の悠起枝は、姐さん、不幸に慣れているからなどと春樹に言う。

その頃、浜口と一緒に東京に出て来ていた真知子 だったが、一足違いで春樹が国に帰ったと知り落胆していた。

しかし、浜口は、町子さん、失望することないです。鳥羽へ行ってきましょう。もうすぐ夏期休暇が取れますからと慰める。

町子は、会えると思ったら、何だか会うのが怖くなりました。変ですわね…と複雑な気持ちを打ち明けると、僕だって、これでも気になっているんですから、とにかく行きましょうと言う。

その後、鳥羽に到着し、水沢謙吾に会いに行こうとした浜口が、公民館への道を途中で会った海女に聞くと、聞かれたのが奈美だったので、後宮春樹なら東京に帰ったよと言うではないか。

春樹の姉なら浜島の「松木」にいると聞いたので、真知子と共に「松木」に向かい、何とか悠起枝とだけは会うことが出来た。

悠起枝は、春樹の連絡場所を書いた紙を真知子に渡しながら、もう1日早ければ…と残念がり、何でも、友達と出版社を始めると申しておりましたと教える。

そして、浜口には、もし弟がこの町子さんを待っていたとしたら、あなたはどうなさるのですか?と尋ねる。

浜口は口ごもると、考えてないとおっしゃるの?こうして町子さんを励まして、こんな所まで来ているのですから、いつかは必ずその時が来ると思うのに…、身をお引きになるつもりなの?と食い下がる。

最初からそのつもりですから…と浜口が口を開くと、まあ、お気の毒な…と同情した悠起枝は、真知子さん、あなた幸せね。私羨ましいわ…と語りかけると、ちょっと外へ出ません?あなたと2人きりでお話ししたい野呂言い出す。

外に出た悠起枝は真知子に、あなた、浜口さんのこと、どう思ってらっしゃるの?と聞く。

良い方だですわ。私も時々あの方のことを思うと申し訳なく思いますと真知子が言うと、それならなおのこと、あの人を泣かさないようにしないと…と言い聞かせた悠起枝は、私、男を信じません!ときっぱり言いきる。

本当のことを言いましょうか?と切り出した悠起枝は、浜口さんってどう言う方か存じ上げないんですけど、どんな男の人も信じたくないんです!と言いながら涙ぐむ。

それを聞いた真知子は、お姉様は不幸な方ですのね…と同情し、私自身が不幸だから、そんな考えを持ってしまうのかもしれません…と悠起枝も答える。

その夜、真知子は考え込んでいた。

そして、浜辺の浜木綿の花の中で寝転んでいた浜口の側にやって来た真知子は、私…、お話ししたいことがあって…と口を開くと、おじの言葉通り、あなたの所へ参りたいと思います。幸せに生きて行きたいのですと言い出す。

後宮と言う人に会っていないじゃないか!と浜口は驚くが、もうお目にかからないつもりです。その方が良いと思いますの…と真知子は答える。

あなたは、あのお姉さんと言う人に何かを言われたのでは?と浜口がいぶかしがると、いいえ、怖いんです。その方にあったら私どうなるんでしょう?恐ろしい…、今ようやく分かったのです。分かっただけで良いんです。お姉様の言う通り、佐渡から東京、そしてこんな所へまで連れて来ていただいたあなたの心の温かさを知ると…と真知子が続けると、あなたは哀れんでいるんですね?私は人に哀れまれるのは嫌いです!と言いながら浜口は立ち上がる。

違うんです!私がこれ以上、どこへも行かないように、夢を見ないようにさせてくださいと真知子が訴えると、真知子さん、本当にそう思ってくれるんですか?心からそう思っているのなら…、真知子さん!と言いながら、浜口は真知子の手を取ると、僕は誰よりも君を幸せにしますと誓う。

その時、真知子の脳裏に、「君の名は何て言うの?」と言う春樹の数寄屋橋での言葉が蘇るが、それを振り払うように浜口に抱きつく。

どうしたんです?と浜口が聞くと、嬉しいんです!と言いながら、真知子は泣き出していた。

その後、佐渡の海岸では、綾が真知子からの手紙を読んでいた。

綾さん、真知子は弱い女です、浜口さんと結婚の約束をしてしまいました。あの方の消息が分かった途端、真知子は自分の夢に耐えられなくなったんです。平凡な結婚で良いと思うようになったんでしょう…と書かれていた。

それを読み終えた綾は、バカだよ…、忘れられるもんか、女の初恋が…と、一緒にいた本間に告げる。

一方、東京の梢の掘建て小屋に戻って来ていた春樹は、加瀬田のおじさんの景気が最近良いんだよ。闇屋になったんじゃないかしら?いつも夜だって帰って来ないんだもの…と梢から教えられ、その内、僕から話をしてみるよと答えていた。

梢は、そんな加瀬田からかってもらったと言うゆりかごの中の赤ん坊の目が、やっぱり青かったと哀しそうに言い、名前はお兄ちゃんの名前を頂いて、俊樹って付けたんだよと打ち明ける。

そして、この子、お父さんがいなくて本当に可哀想だね。後宮のお兄さんが…、ううん、何でもない。あたいはバカだよ。もしこの子のお父さんがお兄さんだったらと思って…。あたいのような女が図々しくて…と梢が恥ずかしそうに言い出したので、僕は嬉しいよ。お礼を言うよと優しく応じたので、梢は感激し、お兄さん!と呼びかける。

ただね、梢君…と春樹が口ごもると、知ってるよ、お兄さん、数寄屋橋だろ?と梢は寂しそうに答える。

霧の数寄屋橋でその日も待ち受ける春樹。

周囲を見回していた春樹は、そこに、あれほど待ちこがれていた真知子が立っていることに気づく。

あなたは!と春樹が驚くと、お久しぶりでございますと言いながら真知子が近づいて来る。

あの時はどうも…、氏家真知子ですと名乗ると、春樹も、後宮春樹ですと初めて名乗る。

お懐かしゅうございますと真知子が頭を下げると、ご無事だったんですね…、僕はあなたを随分待っていました。そして、とうとうこうしてお会いできた…と感極まったように言うと、ちょうど今時分でしたね、B-29の編隊がこの上を飛んで行き、あなたは震えていた…。僕は去年も、今年の5月も、ここで待っていたのです。僕はバカかもしれませんが、待っていたんです!と春樹は一気に想いのたけを吐き出す。

私だって、どんなにお会いしたかったことか…と真知子も胸が一杯の様子だった。

ずっと東京にいらしたんですか?今夜は色々お話を聞かせてくださいと、嬉しそうに春樹が頼むと、後宮さん!私、明日、結婚するんです!と真知子は告白する。

それを聞いた春樹はショックを受けたようだったが、すぐに冷静さを取り戻すと、そうですか…、結婚なさるんですか…、あの日お会いしてから、半年目も1年目にもお目にかかれなかったのに…と呟く。

真知子はお目にかからないつもりでした。ただ、結婚前の思い出として、この橋を見とうございました…、せめて一目だけでも…と真知子は言い、ありがとう!良く来てくれましたと春樹は答える。

僕はあなたの幸せを祈っていますと春樹が言葉をかけると、あなたもお幸せにね…、では…と会釈して、真知子はその場を立ち去って行く。

そして時は流れ…昭和23年

東京に出てきていた石川綾は、友達の芸者と一緒に数寄屋橋を見物に来ていた。

名も知らぬ娘と男がこの橋で会って、又会おうと約束し、男は詩を書いたんだよ…。娘は夢中さ。そんな2人が1年半後に巡り会ったんだ。女はもう結婚することに決まってたんだ。数寄屋橋エレジーさ…と、この橋を観に来た訳を綾は話す。

その後、友達と一緒に帰りかけた綾に、子供を抱いた男が、この子はあなたのお子さんでは?と言いながら追って来たので、綾は驚く。

すぐに、その母親らしき女が子供を取り戻しにきたので、今の子、間の子だよ。女子を産むような女だから、いい加減なもんだね〜などと綾は友人に話しかける。

そんな綾は、料亭「春日」で働いていたが、ある日、出版社主催の座談会が行われ、文化人たちが、最近の間の子やパンパンなどを嘆き、当局は徹底的に取り締まらなければ行けないねなどと話し合う席に同席していた。

すると、出版社の編集者らしき青年が、一概にその娘たちが悪い訳ではないと思います。今の日本の文化自体が混血みたいなものでは?と反論したので、指摘された文化人は、後宮君、君は日本を植民地にしたいのか?役所の雑誌を作っている君がそんなことを言うなんて!などと憤慨して突っ込んで来る。

その会話を聞いていた綾は、座談会終了後、文化人が退席した後、1人残っていた春樹が、今後とも利用させてもらうよと言葉をかけて来たので、お客さんは後宮さんとおっしゃるのですか?もしや後宮春樹さんでは?と聞いてみる。

春樹がそうですが?と怪訝そうに答えると、氏家真知子をご存知ですよね?私は真知子の親友なんです。私は自分で料亭をやろうと思って、今ここで働いているんですと綾は教える。

そして、男って、自分が結婚していたり、愛していない限り、女を信用しないのね。真知子は弱い女よ。好きでもない人と結婚したりして…と綾は詰め寄る。

あなた、今、独身?真知子が忘れられないんでしょう?座談会の時はあんなにはっきりおっしゃったのに…としつこく言い寄る綾を疎ましく感じた春樹は、帰ろうとするが、一度うかがっていいかしら?等と言い出す。

もう、結婚した人の話を聞いても…と春樹が戸惑うと、その内きっと、お邪魔させていただきますと一方的に綾は告げる。

その夜、綾は新潟の真知子に、あの人に会ったよと手紙を書いていた。

新潟

浜口勝則と表札がかかった家

浜口は、妻になった真知子に、まだあの人と付き合ってるの?綾って言う人…、手紙が来てたけどと、言いながら、封を切ったその手紙を取り出すと、役所と言う所はうるさい所だから、君にああ言う水商売の友達がいるって言うのは僕の評判にも響いて来るものだからね。人は外見で判断するものだよなどと言い聞かす。

後宮と言う人、本省の広報にいるらしいね。手紙を読んだよ。僕が本省に戻ると、毎日会うかも知れないなどと意味ありげに浜口が言っていると、近づいてきた母親の徳枝(市川春代)が、今日が最後の日なんですよと口を挟んできて、わざとらしく息子のネクタイなどを直してやりながら、だめね、やっぱり私じゃないと…と、真知子の目の前で嫌味を言う。

その後、台所で1人になった真知子は、夫から受け取った封書をそっと破いて、燃やし始める。

東京

役所の広報課に勤めていた春樹は、課長の命令で、先日の座談会の企画が中止になったと同僚から聞かされ驚く。

出張してたため、新しく課長に赴任した浜口の所へ、遅れて挨拶にきた春樹は、あの記事は中止していただきたい。重要なだけに困ります。夜の女や混血児の問題は、まだ進駐軍がいる今の時代、そっとしておいた方が良いんです。事なかれ主義で行きましょうと言い聞かせ、春樹も黙ってその場は引き下がる。

しかし、その日帰宅した浜口は考え込んでいた。

そして、真知子に、君は僕に対し、本当に愛情を持ってるのかね?あの人のことはもう忘れたんだね?後宮さんのこと…と質問する。

唐突な言葉に真知子は、もう2年も経ちましたわ…と呆れたように答えるが、愛情ってそんなものなのか?僕たちの幸せを他人の為に侵害されたくないんだよと浜口は言う。

あなたが気にしようとしておられるだけですわと真知子は軽く流そうとするが、嬉しいんじゃないかい?今日、僕は役所で会ったよと言うと、普段は飲まない酒を飲み出す。

そこへやって来た母親が、明後日は歌舞伎座なんですってね?と聞いて来たので、局長の奥さんから招待されたんですと浜口が答えると、日本もだんだん元に戻るんですねと母親は感激したように言う。

歌舞伎座では、母と真知子を連れ観劇していた浜口だったが、隣に座った真知子の様子がおかしいことに気づく。

そわそわして落ち着かないのだ。

浜口は何か予感めいたものに気づき、客席を見回すうちに、そこで観劇している春樹の姿を見つける。

気分が悪いんだった廊下に出たらどう?と真知子に話しかけた浜口は、客席係に春樹を廊下に呼びださせる。

今日は雑誌記者の招待日でしたので…と挨拶をしてきた春樹に浜口は、君にちょっと会わせたい人がいるんだと言って、外のソファに腰掛けていた真知子の所へ連れて行くと、後宮君、僕の家内です。真知子ですと、わざとらしく紹介する。

再び出会った春樹と真知子は面食らうが、君の噂は前から聞いていたんです。お互い久しぶりだと思うんで、ゆっくり話してくれと言い残し、浜口が席に戻ると、互いに無言で立ちすくんでしまう。

久しぶりでした。お変わりなくて結構ですと春樹が挨拶すると、真知子も、後宮さんもお変わりなく…と応じる。

何かおありになったんですか?ご主人はどう言うつもりで僕たちを…?僕たち、お会いしない方が良かったんじゃ…。席に戻られた方が宜しいのではありませんか?僕、あなたにご迷惑をかけているような気がしますと春樹が聞くと、そんなこと!と言って真知子は絶句する。

どうなすったんです?と春樹が再度問いかけると、いえ、失礼いたしますと頭を下げ、真知子は席の方へ戻るが、そこへやって来た徳枝が、何なさってたんです?失礼じゃないですか、皆さんに…と真知子を叱りつける。

その日、下宿に帰宅した春樹は、下宿の伯母さんから、女のお客が待っていると聞かされる。

二階へ上がってみると、そこにいたのは綾だった。

下の伯母さん失礼しちゃうわ。あんたのような女は上げられないなんて言うんですもの!と憤慨して見せると、掃除しといてやったわと恩着せがましく言い、知ってる?真知子、東京に来てるのよ。もう訪ねてくれるなって、浜口が手紙を寄越したのよと打ち明け、後宮さん、あんたもそう思う?私、真知子に会いたいんだけどと聞いて来る。

春樹は無表情にその言葉を聞き流し、会いましたよ、歌舞伎座で…、ご主人と…と答えると、それで真知子元気だった?幸せそうだった?と綾が聞くと、ええと答える。

本当?綾は半信半疑のようだった。

その時、又下に客が来たとおばさんが声をかけて来たので、春樹が降りて行くと、そこにいたのはあさだった。

お兄さん、夕刊見た?と言い、見てないのねと言いながら、持ってきた夕刊を玄関先に拡げてみせる。

加瀬田のおじさんが大変なのよ!梢も警察に呼ばれたわ。兄さんも呼ばれるかもよとあさが言うので、夕刊の記事に目を凝らすと、そこには「大密輸団摘発される!」の大見出しのもと、元軍人の加瀬田が首謀者であるかのように書かれていた。

翌朝、浜口課長に呼びだされた春樹は、密輸団に君の知人が関係してるそうじゃないかといきなり切り出され固まってしまう。

君が無関係なのは分かっている。上の連中もみんな知ってるんだよと続けた浜口は、ただ…、形式だけでも、進退伺いを出してくれないか?後々面倒になりはしないかと思ってね…と言って来る。

考えておきましょうと答えた春樹は、どう言う事です?と聞き返してきた浜口に、ですなら辞職届を出すつもりですと答えたので、浜口は戸惑ったように、君、感情的になっているのではないだろうね?と聞いて来る。

君は、真知子の事を言っているんだね?僕はそんな私事と公のことを混同するつもりはないよと浜口が付け足すと、拘られても仕方ありません。人間ですから…と言い、会釈した春樹は退室する。

その日帰宅した浜口は、どうしても辞めると言うんだと真知子に春樹のことを教えていた。

真知子は、あなたのせいじゃありませんもの…と言いながらも、でも、進退伺いなど言い出す前に、御自分でもみ消されていたら立派だと思うだけです。私はあなたが、卑怯な方と思われたくないのですなどと付け加えたので、かっと来た浜口は、そんなにまであの男をかばいたいのか!と激高する。

あの方と私は赤の他人ですと真知子が言っても、噓を言いたまえ!この間、劇場で会った時の君の目を分かってる!と浜口は食い下がる。

それでも真知子は、他人だからこそ、同情申し上げているのですと冷静に答えるが、そこに又、何のお話なの?と母親が割り込んで来る。

最初は、黙っていた浜口だったが、繰り返し母親から問いただされると、何でもありませんよ。真知子の昔の恋人の話なのです。お母さんも劇場でご覧になったはずですと暴露する。

耐えきれなくなった真知子は隣の部屋に逃げ込み、母親は浜口の後を追いながら、勝則さん、お風呂は?お背中でもお流ししましょうか?などと甘い言葉をかける。

その後、又、春樹の下宿を訪ねた綾は、北海道から来た友人と会っていると聞いた春樹を待ちかねていたが、そこにやって来たのが真知子だったので驚く。

綾さん!真知子の方も、そこに綾がいたので驚くが、どうしてここに?と聞かれると、私、どうしてもお目にかかってお詫びを申し上げないと…と答えたので、私も変だと思ったよ。急に仕事辞めるって聞いたんでねと綾も事情を知って納得する。

それだけかい?さっき私の顔を見ただけで泣いたね?辛いことあるんだろう?そうじゃなきゃ噓だわ。大体、最初から間違って痛んだよ、気持ちを偽った結婚なんて…と綾は言い、後宮さんが何でいつまでも独身のままで待ってると思う?この際、思い切って…と続けるが、真知子の表情を見ると、あんたはあたしなんかと違って育ちが言いからね〜…と、嫌味っぽく言う。

その時、春樹が帰ってきたので、下に降りた綾が、後宮さん、真知子さんが来てるんだよと伝えると、何しにいらしたんですか、こんな所へ…と春樹は愕然としたようだった。

お詫びに上がりましたのと真知子が言うと、僕はもう、詫びていただくようなことは何もないはずですが…、過去のことはもう忘れましょう。日本は今、みんな忘れかけています。僕は今まで忘れられなかったけど、これからは忘れるつもりでdす。あなたも忘れてください。お互い、忘れることにしましょう。僕たち、知らない者同士になりましょう…。お帰りになってください!と、春樹は真知子に言い聞かせる。

真知子は泣きながら下に降りて行ったので、真知子!と呼びかけながら綾も降りて行く。

下宿の外に出た真知子に、物陰から出てきて声をかけて来たのは、付けてきていた徳枝だった。

あなた、どこに行って来たの?あの二階に、あなたと何かあった人がいることは勝則から聞いています。さ、話は帰ってから、雨が降り出す前に!と言いながら、徳枝は真知子を用意していた車に乗せる。

雨が降り始めた中、帰宅した真知子を前にした浜口は、何故あの男の所に、君が謝りに行かなければいけないんだ!と問いかける。

あなたは、夫や夫の母親よりも他人の方が大事なの?あなたがいると、この家はめちゃめちゃになる!と、徳枝も嵩にかかって説教して来る。

真知子は浜口に、あなたはことごとく悪くお言いになって、ちっとも私のことを信じていただけない!と反論するが、あなたは人のこと思っていて、この家に幸福になれると思ってるの?と又、徳枝が口を挟んできたので、睨みつけると、何その顔!怖い方ねと叱りつける。

私は2人だけで話し合いたい。そうすればすぐに分かりあえるはずなのに!と真知子は浜口に訴えかけるが、私が邪魔になるのなら出て行きます!嫁からそのような言葉を聞くとは…と徳枝が憤慨して立ち上がったので、浜口は、お母さんに詫びなさいと命じる。

しかし、真知子は何も言おうとしないので、私が余計なことを言わなければ良かったんですと徳枝はすね始める。

あなた!私、何か悪いことしましたでしょうか?と真知子は浜口に聞くが、信じて欲しければ、もっと信じてもらえるようにするんだ!と言いざま、睨んできた真知子の顔に、浜口は湯飲みの茶を浴びせかける。

お母様は、今まで、僕の為だけに生きてきてくれたんだ。君のように、他の男の為に生きるような人じゃないんだよ!と浜口が口汚く罵ると、真知子はとうとうその場に泣き崩れてしまう。

あなたも、何も承知の上であんなはしたない人をもらうんじゃなかったのに…などと言いながら、徳枝は、浜口の為に布団を敷いてやる。

その後、泣きながら寝室に入ってきた真知子は、先に蒲団に入っていた浜口が、背中を向けたまま電気スタンドのスイッチを消してしまったので、愕然とする。

その夜、起きて来た浜口は、真知子の姿が消えたので探しまわる。

夜中、下宿で寝ていた春樹は、大変興奮した浜口が訪ねて来たので驚く。

真知子が来てませんか?と聞くので、否定すると、役所の連中には黙っていてくれと頼むので、言うはずがありません。僕はもう辞めたんですから…と春樹は答える。

そうだったね…と呟いた浜口は、雨の中、帰って行く。

そんな浜口をやり過ごした真知子が、路地から下宿の前に出て来て二階を見上げる。

二階に点いていた電燈がやがて消える。

「お互い忘れることにしましょう。二度とこんな所に来ては行けません」そう言った春樹の言葉が真知子の脳裏をかすめる。

電燈を消し、蒲団に入り直した春樹だったが、下から下宿の伯母さんが、この間来た人が表に立ってましたよと声をかけて来ると、驚いて起き上がり、傘もささずに表に飛び出して行く。

近くの駅の駅員は、何ですか、急に気分が悪くなって…と言いながら入ってきた真知子の顔色が悪いので、寒さにやられたんでしょう。こちらで休んでいなさい。始発までまだ間がありますと言いながら、奥の火鉢の側に案内する。

どちらに行かれるんですか?と聞くと、佐渡に参ろうと思いますと真知子が答えたので、そりゃ、大変ですな…と呟く。

暖を取り始めた真知子だったが、その時、窓の外を通り過ぎた春樹の姿に気づき、そっと窓から様子をうかがう。

雨が降りしきる中、春樹は、近づいてきた3人の工事人たちに何事かを聞き、さらに遠くへ向かう。

「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」春樹は、雨の中、真知子の姿を探し求めて、黙々と坂道を上って行く。

佐渡への連絡船に乗っている真知子に、君と分かれ〜♪哀れ人妻〜♪涙ほろほろ〜♪佐渡の渡しに泣いている〜♪と歌が重なる。

いつものように春樹の下宿に上がり込んでいた綾は、真知子、今になって自分の間違いに気づいたんだよと春樹に話かけていた。

佐渡に行ったことが分かったら、浜口さん、行くでしょう?と春樹が答えると、一度結婚したら、他人のことなどどうなっても良いの?真知子の事は忘れてしまったんだね?じゃあ、お願いがあるの。私、あんたが好きになっちゃったのよ。真知子の代わりに、渡しを好きになってくれないかい?などと綾は言い出す。

春樹が黙り込んでいると、嫌なんだね?と笑った綾は、佐渡に行こう!真知子が可哀想だよと誘い、すぐに旅の仕度を始める。

その頃、佐渡では、迎えにきた浜口の手前、真知子を呼んできなさい!とおじの勘次が大声を出していた。

おばの信枝が、会いたくないんだってさと言いに来ると、真知子は離婚でもしたいと言ってるんじゃないでしょうね?と浜口は憮然とする。

ひっぱたいておやんなさい。女なんて、甘やかすとつけあがるからと勘次が勧め、浜口は離れにいた真知子に会いに行き、僕は君と分かれない。君の心に後宮君がいる限り、僕も苦しむんだ。僕は負けず嫌いだ。僕は後宮君に負けたくないんだ。お母さんが君に冷たいのは知っている。でも、君が僕に愛情を持っていたら問題ないはずじゃないか?役所もあるし、明日帰らなければ行けない。一緒に帰ってくれないかと説得するが、無言で立ち上がりかけた真知子は、その場に倒れ込んでしまう。

驚いた浜口は、座敷のおばたちを呼ぶ。

浦田医院

心配して付いてきた浜口が、診察室から出てきた信枝に、どこが悪いんですか?と聞くと、信枝は不機嫌そうに、おめでただそうです。あんたの赤ちゃんが出来たそうです。当分一緒に帰るのは無理だから、うちで預かっておきますと言う。

連絡船で帰る浜口を港で見送る信枝と真知子。

連絡船が出ると、残された真知子に、苦しいじゃろ?あんたの気持ち、良う分かる…。逃げて帰ってきた時から良う分かっとったと信枝が声をかける。

今となっては、生まれて来る赤ん坊が可哀想じゃ…。女と言うものは、辛く哀しいもんじゃの〜…と信枝は不憫がる。

浜口が乗った連絡船とすれ違った佐渡へ向かう連絡船に乗っていたのは春樹と綾だった。

考え込むように無言の春樹とは対称的に、綾は、見えて来た佐渡を指差しながら、あの山の向うにいるんだよ。真知子、どんなに喜ぶだろう!とはしゃいでいた。

その真知子は、夕日の落ちかけた浜辺で一人しゃがみ込んでいた。

やがて潮が満ちて来る。

訪ねて来た綾と春樹を前に、信枝は、どこにもおらん!とうろたえながら、慌てたように玄関口に出て来る。

一緒に探しに行ってくださらんか?書き置きはないし、短気なことはすまいと思うが…、大分苦しんどったからの〜…と信枝に頼まれた綾と春樹は、いなくなった真知子を探しまわる。

海岸を探しまわっていた春樹がふと見上げると、尖閣湾の上の方にかかった吊り橋の真ん中辺りに佇む人影を発見する。

その吊り橋にやって来た春樹は、橋の真ん中で真知子を抱きしめながら、真知子さん!君が何でこんな真似を…?と絶句する。

真知子はただ泣くだけだった。

泣きたまえ、気の済むまで泣きたまえ…、そして、二度とこんな真似はしないと約束してくれと真知子の身体を抱きしめ春樹は頼む。

私、死にたくありません!あなたがいる限り、死ぬなんて…、哀しゅうございますと真知子は答える。

浜口と別れるつもりで…、二度とあの家には帰らないつもりであの家を出ました。後宮さん!私、どうしたら良いんでしょう?子供が!子供が!この子が生まれたら、命が続く限り、浜口さんとは…、後宮さん!私、どうしたら宜しい?そう必死で問いかける真知子。

真知子さん、君はやっぱり帰るべきかも知れない、浜口さんの所へ…。生まれて来る子供の為にも…。僕たちはどうしても忘れなくちゃ行けないんだ!と春樹は言い聞かせる。

後宮さん!としがみついて来る真知子。

その時、真知子〜!と呼ぶ綾の声が聞こえて来る。

信枝と綾が吊り橋の所へやって来て、真知子を連れて帰る。

そして翌日、春樹は傷心のまま、佐渡を発った…

君の名は 第一篇 終


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